New Album Review: Taylor Dupree ・ Zimoun 『Wind Dynamic Organ, Deviations』  スイス・ベルン大聖堂のオルガンが使用されたアンビエントの注目作

Taylor Dupree ・ Zimoun 『Wind Dynamic Organ, Deviations』


 
Label: 12K
Release:2025年12月5日
 
 
 
Review
 
 
12kはニューヨークのインディペンデント・レーベルで、テイラー・デュプリーによって1997年に設立された。それ以降、世界的にも希少なアンビエントに特化した実験音楽レーベルとして名を馳せてきた。実験音楽やアンビエントに携わる者にとっては、羨望の的となるレーベルとも言えるでしょう。


スイスのアーティスト、Zimoun(ジモン)、そして、レーベル・オーナーによる共同アルバムは、Tim Hecker(ティム・ヘッカー)を彷彿とさせるアブストラクトなアンビエントを中心とした難解なアルバムとなっている。しかし、同時に、ある程度の聞きやすさが担保される作品ではないか。
 
 
全般的なアンビエントの制作のスタイルとしては、アナログ/デジタルに依らず、シンセサイザーを用いたり、ギターからテクスチャーを生成し、リサンプリングのような手法でノンビートとして抽出したり、フィールドレコーディングから組み立てたり、また、ボーカルアートのような形式を採るものなど、多岐にわたる。今作は、スイス/ベルン大聖堂に設置されているオルガンが録音に使用されたという。パイプオルガンのような楽器は、鍵盤楽器と吹奏楽器の両方の性質を兼ね備え、これらの奏法の性質を活用している。『Wind Dynamic Organ, Deviations』に関しては、吹奏楽器の性質を強調させて、オルガンの名にあるように、風のような効果を発生させている。


本作は、アンビエントを未来の前衛音楽として解釈させるにとどまらず、無限に拡大する音響を、録音としてどのポイントから収めるのか、その収めた音をどのように聴かせるかに焦点が置かれる。要するに、レコーディング/マスタリングにおける壮大な実験が行われたとも言えるかもしれない。
 
 
 
本作は、六つの変奏曲/組曲の形式により展開される。全般的には、アンビエントのシークエンスをトラックの背景に敷き詰め、その中で、メインの楽器となるオルガンのトーンや音のコントラストがどのように変化していくかの実験が試みられている。


『Ⅰ』は、Tim Hecker、畠山地平に類するドローンノイズが敷き詰められ、 オルガンがあるポイントから現れたり、また、しばしば消えたりというように、カウンターポイントのような複声部の形式が敷かれている。


その音響は、工業的な響きを形作り、無機質な音の連なりを生み出す。これは全体的に、現代的な建築を目の当たりにしたときのような、スタイリッシュな雰囲気を添える。こういった都会的な響きは、William Basinski(ウィリアム・バシンスキー)のドローンテクスチャーを彷彿とさせる。またトラック全体には、微細なノイズが敷き詰められ、クリアトーンとノイズが混在している。これらの本来であれば、相反する音を組み合わせ、混沌とした音の渦を作り出す。どうやって作るのかといいたくなるほど。
 
 
 
また、「Ⅱ」では、ドローン/ノイズの性質がさらに強調付けられる。ホワイトノイズやヒスノイズといった本来のデジタル録音であれば除去される音を強調させ、本来は醜悪とされる概念の向こうに美しさを投射する。


さながら、それは1つの考えの転換のようなもので、2つの対極に位置する考えが相似する概念であることを伺わせる。そして、本来であれば倦厭されるノイズの背景に、それとは対象的に、古典的なオルガンの音色を配置し、天上的な楽の音を登場させる。オルガンの演奏は、トーンの変調を交えながら、色彩的なコントラストを作り出す。この絶妙なコントラストは、作曲論や方法論に終始しがちな昨今のアンビエントに、新鮮なニュアンスをもたらしている。
 
 
「Ⅲ」では、同じ類いのノイズを用いながら、風や嵐のような鋭い音の効果を持つアンビエンスを強調させている。しかし、同じような音楽的な手法を用いようとも、全体的な印象は、きわめて対照的となっている。


この曲では、ゴシック・メタルのようなダークな雰囲気、まるで空を雲が覆い、情景が少しずつ移り変わっていくような時間の経過が含まれる。「Ⅰ」に見い出せるカウンターポイントが生じ、オルガンの持続音が向こうに現れたかと思えば、また立ち消え、別の方向から異なる持続音が出現する。
 
 
 「Ⅳ」のイントロでは、シネマティックな音楽がイントロに配置される。抽象度としては、前の三曲よりもはるかにこちらの方が高い。まるで印象派のような絵画的な音のコントラストは、全般的にはモノトーンにより表出されるが、その中で微細な音の変調を織り交ぜ、水墨画のような音の玄妙な世界を作り出す。アブストラクト・アンビエントの真骨頂のようなトラックである。現代音楽や実験音楽の極北とも呼べる手法により、アヴァンギャルドの最前線を行く。


しかし、ドローン/アンビエントの手法は、必ずしも恣意的な内容ではなく、計算され尽くしている。全体的な音のパレットの中で、印象音楽のような音のマテリアルが配置され、茫漠とした荒野のような情景の中に豆粒のような何かが動き回るように、副次的な音楽が展開される。それは一つの音の世界の扉を開くと、また、もう一つ神秘的な世界が現れ、どこまでも果てしなく、その世界が続いていくかのような奇妙な感覚をおぼえる。こういった無限を感じさせる音楽はアンビエントならではのもの。
 
 
 「Ⅴ」では、こもった音像を駆使し、外側に放射される音響ではなく、それとは対象的に内側に向かう音響を強調し、内省的なサウンドが繰り広げられる。フィルターのような装置を用いながら、全体的な音像をわざと曇らせ、ある意味では、バシンスキーの系譜にあるような、音響を解体するような試みが行われる。これは「ミュージック・コンクレート」の一貫とも解釈出来る。


しかし、他の曲と同様に、全般的なハーモニー、調和、そして均衡は維持されている。ぼんやりとしたシークエンスの中でも、なにかしら二人の製作者の美学のようなものが揺らめき、せめぎ合いながら、この曲の全体的なバックグラウンドを支えている。こういった曲は、ノイズ/ドローンの名手、ニューヨークのプロデューサー、ラファエル・イリサーリの手法に準じている。また、曲の後半では、オルガンの持続音が徹底して強調され、このアルバムの核心のようなポイントが現れる。美しさとも醜さともつかない、一般的な価値観を超越したイデアを提示する。二項対立の音楽だ。
 
 
作曲的な側面としては、クローズを飾る「Ⅵ」が傑出している。この曲では、ミニマリズムの音形を反復させ、アシッドハウスのようなエレクトロニックに手法を駆使し、その中で、オーボエのような木管楽器の音色を登場させる。一般的には、ジャズとアンビエントをクロスオーバーさせた曲で、依然としてアンビエントのウェイトが強い。全般的なトラックのマスタリングも秀逸で、微細なディレイや波形の反復を用いつつ、特異な音響を得ることに成功している。
 
 
『Wind Dynamic Organ, Deviations』は、12kらしいアルバムで、生の録音とプロデュース的な手法が見事に合致し、世にも稀な実験音楽が登場したと称せる。アンビエント/ドローンの音楽は、あらかじめ計画された構想や反復的なストラクチャーから、予期せぬ”偶然の要素”が出てくる瞬間が一番楽しい。実のところ、本筋や本道からそれた時、予想外の風景に出会い、未知の魅惑的なサウンドスケープが出てくる。合理主義とは対極にある本物のアヴァンギャルド精神が貫かれる。偶発的な音の発生を散りばめたチャンスオペレーションの要素が、本作の六つの変奏曲を通じて、ひっきりなしに出てくる。アンビエント/ドローンの面白さを改めて体感するには、うってつけの作品と言えるのではないでしょうか。
 
 
 
86/100 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
Details:
 

 
スイスのアーティスト、Zimoun(ジモン)は、スイス/ベルンに設置されたユニークな楽器「ウィンド・ダイナミック・オルガン(プロトタイプIII)」と共に過ごす光栄と喜びを得た。過去数年にわたり、彼はこの楽器を探求し録音する機会を与えられたのだった。 結果、2枚のアルバムが生まれた。ソロ作品『Wind Dynamic Organ, One & Two』(12k2061)と、 Taylor Dupree(テイラー・デュプリー)とのコラボレーションによる本作『Wind Dynamic Organ, Deviations』である。


ジモンはこの体験を語る。

「ダニエル・グラウスとそのチームが開発した真に傑出した驚異的な楽器『ウィンド・ダイナミック・オルガン プロトタイプIII』と、長期にわたり定期的に関わる素晴らしい機会に恵まれました」


「従来のオルガンとは異なり、各パイプへの風圧と空気量を能動的・継続的・動的に形成できるため、音色は単にオンオフされるだけでなく、発音中に変調されます。 これにより、ダイナミックな音の進化を操作したり、実際の音色の境界領域で音を生成したり、純粋な空気ノイズやきらめくさざめきを統合することが可能になる」


「鍵盤のストロークは音の立ち上がり(アタック)を変え、ストップを変更せずに、明瞭にアクセントの効いた音形から溶け合った音の帯へとシームレスに移行させる。こうして、現在の風圧に反応する、空気感あふれるノイズ・トーンのテクスチャーや、ちらつきながら振動する倍音の雲が生まれた」


『Deviations」は二人のアーティストがオルガンを出発点として、楽器の音の特性を掘り下げ、テクスチャーを強調/変容させ、新しさを作り出すための変奏を展開。オルガンはスイス・ベルン大聖堂に設置。スイス国立科学財団の支援を受け、オルガニスト兼作曲家ダニエル・グラウスの指導のもと、ベルン芸術大学(HKB)の研究プロジェクトの一環として開発・製作された。 

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