Weekly Music Feature: aus  『eau』 和楽器/箏とシンセサイザー、ピアノが織りなすモダンなテクノ/アンビエント作品


ausは、東京出身の作曲家/プロデューサー。10代の頃から実験映像作品の音楽を手がける。身近に存在する音を再発見し、再構築を繰り返すことによって見出されるausの音楽は「自然に変化を加えることによって新しい自然を生み出す」と自身が語るように、テレビやラジオから零れ落ちた音、映画などのビジュアル、言葉、長く忘れ去られた記憶、内的な感情などからインスピレーションを受け、世界の細かな瞬間瞬間をイラストレートする。これまでにヨーロッパを中心に世界35都市でライブを行い、Faderなど国際的にも注目されるレコード・レーベル、FLAUを主宰している。また、自身のオリジナル作品の他、リミックスを手掛けることもある。


昨年のアルバム『Fluctor』に続く作品『Eau(オー)』は、依然としてエレクトロニックサウンドを維持しつつも、日本の楽器の中で最も特徴的な弦楽器のひとつである箏の音世界を軸に展開する、アウスの魅力的な方向転換といえるアルバムです。繊細でありながら豊かな数々の箏のフレーズと音色は、非常に才能豊かな演奏家、奥野楽(おくの・えでん)が担当。アウスは作品解説の中で、このプロジェクトにおける奥野の演奏とその芸術の重要性を称賛しています。


『Eau』の収録楽曲は、箏の微妙に変化するアタック、揺らめく響きの音色と、他の楽器の音色のバランスをとるようにデザインされています。箏の繊細なディケイ(減衰)と韻律の柔軟性は、持続的なシンセサイザーの音色と対位法的に構築されたピアノの旋律に包まれ、引き込まれるような底流と、物憂げで流動的な質感を伴う、流れるようなアンビエンスを生み出しています。


今回のアルバムはダイナミックに和楽器の魅力を伝える内容となっている。楽器としての主役は、箏が担っている。箏の現代史を俯瞰したさいに、日本のコンテンポラリー音楽の愛好者は『Eau』を聴いて、沢井忠夫がリアライズした吉村弘作曲作「アルマの雲」(1979年)、あるいは、箏の演奏グループ、Koto Vortex(コト・ヴォルテックス)が同じく吉村弘の作品を取り上げたアルバム『Koto Vortex I: Works by Hiroshi Yoshimura』(1993年)を思い出すかもしれません。しかし、いずれも箏を伝統から引き剥がし、アンビエント~テクノの文脈に配置しようとした先駆的作品で、『Eau』にも影響を及ぼしている。また、諸井誠の『和楽器による空間音楽』といった70年代日本の現代音楽作品も『Eau』の重要な影響の源となっている。



aus  『eau』- FLAU/EM Records


 

これまで、エレクトロニックと和風の旋法や音楽的なテイストを交えて電子音楽を制作してきたaus。 昨年発表された前作では、サム・シェパードこと、Floating Pointの系譜にある西洋的なテクノとポストクラシカルを融合させた。本日、FLAUから発売された『Eau』では、ドラスティックな転換を図った。和楽器と独自のテクノのセンスを結びつけた一作で、日本のテクノシーンの見過ごされてきた音楽性と、ポストクラシカルの要素を織り交ぜ、新鮮な作風に転じた。

 

アルバムでは、日本の伝統芸能である能のような形式を図り、箏が主役の「シテ」を担い、aus自身は脇役の「ワキ」を演ずることがある。もっとも、サウンドデザインの才覚に恵まれたausは、舞台装置のように音楽を演出し、アトモスフェリックなシンセサイザーでアンビエント風のテクスチャーを生成したり、また、伴奏としてピアノを演奏することもある。しかし、興味を惹かれるのは、それらの役割は必ずしも一定ではなく、シテがワキになり、ワキがシテになったりして、流動的な音楽を作り出されることである。アルバムを聴いていると、音楽的にはその限りではないものの、ジャズの流動的なソロパートのやり取りや受け継ぎを感じさせる。背景にある楽器パートは、前面に出ることもあり、前面の音楽が背景に変わることもある。

 

ausの新作を楽しむ上で、箏という楽器の特性を把握しておくことが必要不可欠となるだろう。 箏は、ヨーロッパのツィターとか、ペルシアのダルシマーに似た楽器で、専用の爪で演奏する。制作に参加した奥野楽は、地歌/箏曲の専門的な演奏家であり、その演奏は一聴に値する。一般的な考えとしては、「こと」として、一括りにされる場合も多いが、琴と箏は厳密に言えば、同根にある器楽といえども異なる楽器である。柱(じ)と呼ばれる、西洋楽器でいうブリッジが備わっているのが箏の特質である。いわば、これは全般的なフレットのような働きをなす。

 

奥野楽の演奏は、和音階のスケールを作り出し、律音階の旋法的な連なりを生み出す。和音階には、民謡音階、律音階、都節音階、琉球音階の4種が存在するが、今回のいくつかの曲では、明治以降、西洋音階を踏襲した上で普及した「ヨナ抜き音階」、それ以前の「ニロ抜き音階」が中心となる。全般的に、平安の宮廷音楽である、律音階の雅やかさを現代的に明瞭に伝えるとともに、八橋検校(生八ツ橋のルーツ!)に代表される江戸時代の世襲的な箏曲文化を反映している。

 

本作には、和風の音楽観が各所に敷き詰められているが、魅力はそれだけにとどまらない。いわば伝統的な解釈の再構築が全般的な作曲の中心を占め、テクノやアンビエント/ポストクラシカルなど制作者が得意とする音楽性が凝縮されている。 ”和モダン”な作風が作り出され、新旧混合の音楽が、オスティナートを用いたミニマル音楽の形式によって繰り広げられやかと思えば、カウンターポイントを意識した西洋音楽の系譜にある二声/三声の新しい伝統音楽が展開されることも。和音階には、西洋音楽のようなハーモニーがないと言われるが、このアルバムに関してはその限りではあるまい。オスティナートの音の連続、シンセのシークエンスや雅楽の系譜にあるドローンの持続音が、音楽的な背景を担い、時折、倍音の基底からハーモニーが生じる。

 

今回のアルバムでは、全般的な制作者の着想と、実際的にアウトプットされる音楽が上手く合致している。それほど長い構成ではないものの、 時間以上の密度の濃さを感じさせ、また、同時に、これらのクラシックとモダンを兼ね備えた音楽の中には、aus自身の美学やセンスが織り交ぜられている。前作『Fluctor』に続き、水のイメージが受け継がれ、エレクトロニック、クラシック、日本の古典的なフォークミュージックなど形式を問わない音楽が、バランスよく展開される。当サイトに連絡を取ってくれた時期から、ausはエレクトロニックやポストクラシカルの方式を基に、日本的な感性を探求していたように思えるが、ようやく1つの形になったとも言える。個人的には、このアルバムを聴いて深い安堵を覚えた。それは音楽的にも同様である。

 

 「Tsuyu」は、雅楽をエレクトロニックから解釈しており、箏がリードの役割を担う。単旋律だけではなく、複数旋律が同時に演奏されることもある。奈良/平安文化を感じさせるような雅やかなイントロダクションだ。奥野楽の箏は、律音階を作り出し、その背景では、ausの笙のような音響効果を持つシンセサイザーのテクスチャーが敷き詰められている。落ち着いた感覚は、このアルバム全体に、吉村弘のような環境音楽の要素をもたらしている。全体的には2つの楽器が融合し、倍音の性質が美しいハーモニーを生み出している。特に、奥野楽の演奏の特質は、同音反復を続け、余韻のある残響効果を生み出す。曲の後半では、導入部の余韻に浸らせる。


「Tsuyu」

 


序盤部では、和音楽と同時に西洋音楽の形式が強まる瞬間もある。「Uki」はその好例となり、ミニマル・ミュージックの手法を中心としている。全般的な律音階の分散和音を繰り返し、万華鏡のようなカラフルな音響世界を作り出している。ライヒやグラス、アダムスのような現代音楽のミニマル・ミュージックというよりも、ポストロックや音響派の手法の影響を感じさせる。そして複数の分散和音を辛抱強く重ねる中で、どことなく雅やかな音の響きを作り出していく。後半部では、構造的な音の流れが途切れ、水のようなシンセサイザーが現れ、静寂を作り出す。今回のアルバムでは全般的に、静寂をどう作るのかが、一つの作曲的な核心を占めている。それは同時に日本的な感性で繰り広げられ、水の波紋がポツリと出来るような瞬間がある。

 

三曲目と五曲目に収録されている変奏曲「Variation Ⅰ」「Variation Ⅱ」では、ドイツのピアニスト/作曲家、Henning Schmiedtなどのリリースを手掛けるレーベルオーナーとしての表情も垣間見える。「Ⅰ」では、ausが主体となり、アコースティックピアノで清涼感のあるフレーズを生み出す。遊び心のあるピアノのパッセージの中で、箏が落ち着いた和風のテイストを生み出す。神社仏閣の庭園に見いだせるような落ち着いた静寂を、見事な楽器パートにより作り出す。また、ピアノのほか、曲の後半では、シンセサイザーも加わり、室内楽のようなサウンドが楽しめる。一方、「Ⅱ」では箏を演奏する奥野楽がメインリードを担い、同じように律音階を使用しながら、優雅な音の流れを作り出す。その一方、ausはシンセサイザーで背景となるアンビエンスを作る。二つの変奏曲は、主役と脇役が入れ替わるという内容で、音楽的な面白さがある。

 

その間に導入される「Orientation」は、これらの二つの変奏曲を繋ぐ役割を持ち、また、独立したポストクラシカルの曲として成立している。ausによる卓越したエレクトロニックのサウンドデザインの能力が遺憾なく発揮され、きらきらした光、澄んだ水のような印象が、シュトックハウゼンのトーン・クラスター(群衆音階)で作り出される。また、アルバムの現代的な音楽性を決定づけるかのように、ボーカルのコラージュが中盤に登場する。ここには、aus独自の美学やセンスが明瞭に反映されていることに驚きをおぼえる。音をデザインするという意識は、従来の作品にはなかったもので、ausの電子音楽が新しい段階に差し掛かった瞬間を捉えられる。

 

本作の副次的なテーマは続く「Tsuzure」で明らかにされる。 曲を聞くごとに、平安時代の御簾のような帳、あるいは床の間の障子がゆっくりと開き、それぞれ別の風景が広がるような感じがある。雅楽の笙の音を模したシンセサイザーがドローンの音響効果を担う中、情景的な音楽が繰り広げられる。そこには、枯山水の庭のように洗練されたデザイン、そしてその中から、モダンな空気感が汲み出される。これらは、現代日本建築のような印象をもたらし、制作者が明かすように、伝統音楽を組み換え、再構成(リプロダクト)するーー 伝統から引き剥がし、アンビエント~テクノの文脈に配置するーーという制作者の意図が反映されているように感じる。


しかし、この曲は、単なる雰囲気だけの音楽だけではなく、ハッと目の覚めるような瞬間がある。一分前後に登場する箏の律音階の音色は、背景となる雅楽のテクスチャーを重なり、うっとりするような瞬間を作り出す。日本音楽を感覚的に捉えるという手法がこの曲の核心を担う。また、ドローン的な音の流れがアンビエントのような性質を強める。特に、そのなかから、箏の演奏は、都節音楽のような半音階(♭)を用いたスケールが日本風の優雅さを醸成する。

 

 「Shite」は、和風のミニマルミュージックとしても十分楽しめるが、同時に、ファラオ・サンダースとフローティングポインツのコラボ作「Promises」に触発された一曲としても聴かせる。箏とグロッケンシュピールのような音色を用いたシンセの融合がどのような化学反応をもたらすのかぜひ確認してみていただきたい。また、続く「Minawa」のイントロでは、再びトーン・クラスターが登場し、続いて、サウンド・デザインのような印象を持つ電子音楽が展開される。アトモスフェリックなピアノ、リサンプリング的な手法を用いたアンビエントのシークエンスが音楽的な背景を形作る中、ausが得意とするポストクラシカルのピアノが単旋律を中心に、静かに鳴り響く。この曲では、アンビエントピアノと和音楽の形式が見事に合致している。

 

「Soko」は前曲の音楽的な気風を受け継ぎ、同じようにサウンド・デザイン的な手法を選び、水の泡のようなサウンドを作り出している。全般的なプロデュースを見てもかなり面白く、Gavin Brayersのような遠くで鳴り響く抽象的なアンビエンスを強く意識している。そんな中で、''ししおどし''のように響くピアノの音色が心地よいアンビエンスを作り出す。ここ数年のausの音楽制作の中で、最も癒やしの雰囲気に満ちたサウンドで、 それは例えば、制作者自身の気負いのようなものが抜け落ち、あるがままの音楽性が生み出された瞬間を捉えられる。先にも述べたように、ジャズのインプロバイゼーションのソロパートなどで見受けられるサウンドは、箏のリードという形で置き換えられている。何より、このアルバム全般で、制作者が意図している雅やかな律音階が自由な音楽の流れを作り、同時にくつろいだ感覚をもたらしている。同時に、和音楽では不可欠な''間''の要素もある。これらの音楽的な工夫をバランスよく配置し、このアルバムのハイライトとも呼ぶべき瞬間が、この曲では体感することが出来るはずだ。

 

しかしながら、同時に『Eau』の終盤では、無類のポストクラシカル好きのレーベルオーナーとしての色あいが強まる。そして、その個性が発揮される瞬間、本作の最大の醍醐味を感じることがある。「Strand」は、このアルバムの音楽的な主題となる''和と洋の融合''が繰りひろげられるが、ピアノと箏の室内楽的な合奏には、凛とした響きがこもる。音の持続を十分に引き伸ばしながら、音の間を作り、このアルバムに登場するトーン・クラスターとの対比を描いている。


このところ、制作者は、ライヴの開催などで忙しい日々を過ごしていたと思うが、気忙しい日常から解放されるための、安らかで優しげな響きのある理想郷を見事に作り出してみせた。この作品には、日本のミュージシャンとしての強い自負が感じられる。それはまた、制作者自身が、アイスランドのOlafur Arnold、イギリス/アメリカのアーティストとの交流を通じて、西洋文化にも親近感を感じているからなのかもしれない。近年では、日本文化という概念がますます希薄になる中、強固なアイデンティティを感じさせてくれる、素晴らしいアルバムが登場した。

 

 

 

84/100 



 

 

 


■ ストリーミング/ダウンロード

https://aus.lnk.to/Eau


■ リリース詳細

https://emrecords.shop-pro.jp/?pid=188331291

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