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Label: Loose Future(Thirty Tigers)
Release: 2026年1月16日
Review
アリゾナのシンガーソングライター、コットニー・マリー・アンドルーによるニューアルバム『Valentine』は不思議な感覚に満ちている。その楽曲群は、過ぎ去った日々を回顧するかのような興趣に富み、同時に未来を俯瞰するような内容になっている。 アンドルーは、1970年代のフォークロックバンド、フリートウッド・マック、ビッグ・スターなどを参照しつつ、雄大で自然味溢れるサウンドを築き上げている。全10曲は、アンドルーが愛する人の死の淵、重要な関係の終焉、そして新たな恋愛の激動という暗い時期の中で生まれた。彼女はその混乱から逃げるのではなく、それを楽曲制作と芸術に注ぎ込み、献身的で反抗的な音楽を生み出してみせた。
深い喪失、感情の激動、そして新たな関係の不安定な始まりという時期に書かれたこのアルバムは、アンドルーの最も傷つきやすく、そして落ち着きのある姿を捉えている。「愛は、年月と信頼、変化の上に築かれるものなのだ」と彼女は言うが、『バレンタイン』は、その苦労して得た明快さを反映している。ジェリー・バーンハートとの共同プロデュース、そして大部分がテープ録音で制作されたこのアルバムは、スタジオでのフルパフォーマンスを収録している。
アンドルーのサウンドは、カントリー、フォークのスタイルを織り交ぜたポップ/ロックソングの範疇にある。『Valentine』を彼女の作品らしくしているのが、人生における個人的な愛の解釈であり、それらが歌詞に的確に反映されていることだ。そしてそれこそが、この作品全体に只ならぬ説得力や聴き応えをもたらしている。人間関係の変化や転変をときに素朴に、また、ときに直情的に解釈し、音楽そのものに深みを与えている。アルバムの冒頭から、アンドルーが愛したと思われる人物が歌詞の中に登場し、また、それはアートワークにも暗示されているのだが、これほど直情的な歌詞や歌に接したとき、琴線に触れるなにかがもたらされるはずだ。
本作の冒頭を飾る「Pendulum Song」はダイナミックなバラードソング。その人物がシンガーにとってどれほど大きな存在であったかがわかる。そしてこのピアノとドラムで始まるこの曲は、驚くほどダイナミックなプロセスをたどる。素朴なフォークミュージックの質感を残しつつも、ドラマティックな音楽性に至る。内面の静けさと外側の変化との折り合いをつけるために書かれた楽曲とも解釈できるかもしれない。基本的には、ヴァースとサビを交互に配置するというシンプルな構成から成立しているが、この曲のフォークソングのスタイルからは勇敢さや雄大な空気感が立ち上ってくる場合がある。それはシンセサイザーのシークエンスやギターのアルペジオ、そしてドラムが重なり合い、Weyes Bloodのようなドラマティックなサウンドを呼び起こす。「Pendulum Song」はこのアルバム全体の緩やかな物語の序章として成立している。
その後、『Velentine』は現代的なフォークロックのスタイルを織り交ぜつつ、中盤の注目曲 「Keeper」、「Cons And Clowns」に至る。前者は70年代のフォーク・ロックのスタイルを選び、一方、後者はビックシーフやマース・レモンのようなインディーロックやフォークのスタイルを図る。そして音楽性も変化に富み、少し物憂げな展開があったり、その後すぐに軽快になったりと、歌手の人生の変遷を暗示させている。その瞬間、他者の中に共通するなにかを見出し、共感を覚えることもあるかもしれない。それはまた、聞き手が、他者の人生を垣間見るというよりかは、追体験したり、自分の中にある人生を重ね合わせ、共鳴する瞬間を得るということである。こういった中で、パーカッションによる工夫を交えたアコースティックギターとボーカルを中心とする「Cons And Clowns」は比較的、多くのファンの心を捉えるに違いない。
アンドルーは、普遍的なフォークソングの形式を、アーティスト自らの人生観を徹して探求しているが、最も音楽的に目を惹くのが、古典的なスタイルの中で、革新的なサウンドが出てくる瞬間であろう。「Magic Touch」は本作の序盤のハイライトのひとつ。ドラム、ベース、ギターというシンプルなバンド編成のサウンドが、素朴な質感を持つアンドルーのボーカルと上手く連動しながら、曲の展開を次のステップへと運んでいく。 リズム的な緩急を用いながらも、必要以上に曲をコントロールせず、流れの中で面白い展開を呼び起こすことに成功している。
サビでのコーラスがこの曲の要所となるが、同時に、バックコーラスも主旋律に美麗な印象を添える。シンプルな構成を心がけながらも、かなり細かい箇所まで入念に作り込まれており、これが音楽の印象をドラマティックにしている理由なのだろうか。一見すると、同じようなコード進行や和声進行を用いているように思えるが、一分後半から単調のスケールや調性を用いて、曲の雰囲気がガラリと変化していく。それはミュージシャンとしてのアルバム制作の一つの目標である自分の人生を音楽的な形で象るという目論見が一つの成功をみた瞬間でもある。
コットニー・アンドルーの曲は、ボーカルが歌われている瞬間よりも、ボーカル中心とする楽節から、楽器中心の楽節へと移り変わるときに、圧倒的な雰囲気が出てくることがある。2分序盤からのシンセサイザーの構成がきわめて巧みであり、曲そのものの余韻を長い奥行きのあるシークエンスにより象っている。このあたりは、例えばフリートウッド・マックのサウンドからの影響が顕著に感じられる。この曲の場合はアメリカ南部のような情景を呼び覚ますのである。
このアルバムを通じて、アリゾナのシンガーソングライターは、普遍的な音楽性や良いメロディーとは何かを探求しており、それらは続く2曲に反映されている。「Little Picture of a Butterfly」がたとえ、ビートルズやビッグ・スターのようなサウンドを参考にしているとは言え、それらが単なるパティーシュやイミテーションにとどまっているといえば、そうではないだろう。同音反復で和声を分散させるシンセのベースは、ビートルズのようなサウンドでお馴染みのものであるが、コットニー・アンドルーは存在感に溢れる堂々たる歌唱を披露しながら、涙もろい音楽性を呼び起こす。そして、それは長調の和声の中に、独立的に単調を組み込むというポップソングの基本的な形で展開される。ここでは、夢想的な感覚、ほろ苦さ、強さや勇ましさを発揮し、何らかの障壁を乗り越えようとする素敵な歌手の姿を捉えることができる。それはもちろん、聞き手に何らかの形で潤いや勇敢さを与えてくれることは自明であろう。
このアルバム、おそらく日本の歌謡曲とも相通じるものがある。私自身はあまり詳しくないのだが、往年の日本歌謡の名シンガーがお好きなファンには、きっと琴線に触れる感覚があろうと思われる。素朴さ、あるいは繊細さや脆さという、いくつかの感情性を踏まえながら、このアルバムは続いていき、「Outsider」ではアメリカーナに古典的な解釈を試みることで、対象的に新しいサウンドを打ち立てる。 これまでスティールギターがアメリカーナの象徴でもあったのだが、アナログシンセサイザーの音色に組み替えることにより神秘的な楽曲へと昇華している。音楽そのものは、70年代のフォークバラードなどにその源流が求められるが、暗さ、温もりなどの感情を交差しながら、日本の歌謡曲にも近い独特な音楽性を呼び込んでいる。いわゆる泣きの要素を交えていて、そこには奇妙な癒やしを見出すことができるはずだ。これこそ、歌手が作曲や制作の際に内面と向き合いながら、今作のテーマを表現しようとした成果でもある。
その後、『Valentine』はフォークソングの基本的な形へと傾倒していく。しかし、音楽そのものは軽妙になったり、もしくは明るくなってくる。これは作品全体をあまりシリアルになりすぎないようにしたり、または、救いのような瞬間を与えようという作者なりの配慮でもあろう。とりわけ、終盤のハイライト曲「Best Friend」では、ワクサハッチーにも通じる秀逸なフォークサウンドを打ち立てている。そしてアルバム全般に言えることであるが、メインボーカルに加えて、バックボーカルが入ったときに、このミュージシャンの音楽の醍醐味が出てくる。
牧歌的で広やかなインディーフォークサウンド、南部の雄大な雰囲気、音楽から立ち上るゴスペルのような霊妙さ、それらをこの歌手らしい素朴なサウンドによって縁取っている。そして意外なことに、この曲は、レディオヘッドの初期のアルバム「Fake Plastic Tree」(『Bends』に収録)を彷彿とさせる、ボーカルの旋律進行の影響を明瞭に見出すことができる。スタンダードなフォークミュージックが中心のアルバムでありながら、その一方で、シンガーソングライターのオルタナティヴへのささやかな愛情が映し出された作品である。1月の注目作のひとつだ。
82/100
「Magic Touch」- Best Track


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