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Label: Blitzcat
Release: 2026年1月30日
Review
英国/ブライトンのアートロックグループ、Flip Top Head(フリップ・トップ・ヘッド)はコレクティヴの編成で構成され、6人のメンバーを擁している。
彼らは、”カルトロック”を自称するグループであるが、Caroline、The Last Dinner Party、The New Evesの系譜にあるサウンドを特徴としていて、ロックオペラやフォーク、実験的なロックサウンドを織り交ぜ、個性的な音楽世界を構築している。
Flip Top Headを最初に当サイトで紹介したのは、2023年の「Alfred Street」だった。マスロック/ポストロック的なサウンド、Led Zeppelinのようなハードロック、物悲しさを感じさせるボーカルラインなど、 個性的な音楽センスが盛りだくさんだった。ミュージックビデオも古めかしい町並みをバンドメンバーが疾走するという、なかなか微笑ましい感じの内容だった。現在、Flip Top Headはベースメントやインディーズの範疇に収まるバンドではありながら、独創的なサウンドを制作しようとしている。
現時点では、Flip Top Headの作品はシングルとEPの発売にとどまっている。『Trilateral Machine 』は確認出来たかぎりでは、二作目のミニアルバムのリリースとなる。シングルではバラバラに散らばっていたマテリアルがミニアルバムという形で収められると、明確な形になってきたという気がする。Flip Top Headは、6人という分厚いアンサンブルを象徴するかのように、メインボーカルに加え、複数のボーカリストが メイン的な役割を担う。メインは女性ボーカルだが、他のイギリスのロックバンドのように、一人のフロントパーソンだけが大活躍するという感じではない。それぞれが個性を持ち寄り、どんなサウンドができるかの試作、あるいは実験である。
彼等は、マスロックやポストロックのような変拍子のサウンドを織り交ぜたり、曲の展開がいきなりジャンプしたりと、予想出来ない独創的な音楽性をはらんでいる。現時点では、メインボーカルのペーソス溢れる切ないメロディーセンスがカルト的なロックサウンドの支柱となっている。ボーカリストはアイルランド民謡のような地域性のある古典的な音楽を、ロックオペラのようにドラマティックに歌い上げ、それらが現代的なロックサウンドの基底に組み込まれる。
まだ、全体的には、完成されたサウンドとは言い難いが、その荒削りな魅力はインディーズロックのファンの心に響く何かがあるに違いない。そして、The Who、Led Zeppelinのような70年代のロックバンドの影響を感じさせるとはいえ、その中には、80年代後半のブリットポップへの親しみもある。
例えば、後半の収録曲「What I Really Want To Know」は、ザ・スミスのサウンドに近い。一般論として、The Smithsの追走者になることを、多くのバンドは避けてきた印象もあるのだが、ここでは、マーやモリッシー的なセンスを受け継いでいる。
今作もまた、ポストロックのセンスが健在であるが、実際の音楽性については深度を増したように感じる。「Porcelain Plugs」では、複数のギターのアルペジオの重なり、そしてゆったりとしていて安定感のあるドラム、そして悲しみと癒しに満ちたヴォーカルが混在し、その中で、アイルランド民謡に根ざしたメロディーが独創的な音楽世界を作り上げる。短調を中心とした曲展開の中で、その中で雲間から一筋の光が差し込むように曲調が明るくなることもある。
さらに、2分後半以降は、変拍子が随所に散りばめられ、プログレッシヴロック寄りの展開を見せることも。やがて、ロック的な曲展開から、オペラやバラードのような別の音楽性へと繋がっていく。これらの予測出来ない音楽性へと繋がる瞬間は、やはりコレクティヴならではのものだろう。特に、彼らはリズムの側面で独創的な才覚があり、曲の後半では、6/8の性急な拍子へと構成を様変わりさせる。イントロは、基本的な四拍子であるが、後半では三拍子中心の拍動へとドラスティックな転換を遂げる。すると、同じような歌の旋律でも、まったく異なる音楽であるように聞こえるのだ。
2曲目に収録されているタイトル曲などは、彼らのマスロックの嗜好が滲み出た一曲である。80年代後半から90年代は、アメリカのインディーズに限られていたこの音楽が、最近ではイギリスのバンドを中心に再興しつつある。これらはエモやパンクを経た後の実験的なロックサウンドとして注目を浴びつつある。「Trilateral Machine 」では、それらのマスロック/ポストロックの文脈を強かに踏襲し、フォークサウンドと結びつけ、新鮮味溢れる音楽性を築き上げている。この曲は、ロンドンのバンド、Honeyglazeのサウンドにも近い風味が感じられるかもしれない。曲のリズムやアンサンブルはかなり複雑なのだが、ボーカルはシンプルで聞きやすさがある。例えば、この曲の後半を聴くと、英国のロックは新しいステップにさしかかっていることを実感する。
「My Greatest Hits」は、Carolineのアートロックのサウンドをスポークワードなどを散りばめて、再構築しようとしている。イギリスのニューウェイヴを近年のポストパンクという視点を通して、どう組み替えられるかの試みだ。 また、ボーカリストのスポークンワードの語りの中には、The Last Dinner Partyのようにロックオペラからの参照もあり、また、舞台芸術の音楽性を感じさせることもある。楽曲そのものに、舞台芸術や演劇が付随するような音楽だ。
おのずと楽曲の中には、視覚的な効果が組み込まれていることは明らかだろう。それらが、このグループらしい独創的な音楽性で組み上げられ、ドラマティックな瞬間を呼び起こす。それは、六人組としての個性の化学反応ーースパークーーが生じた貴重なモーメントでもある。また、Flip Top Headのサウンドは、必ずしも轟音やノイズの側面だけが特徴ではない。特に、静けさや沈黙にフォーカスが絞られるときもある。それは、この曲の四分半以降のクワイアの合唱に宿る。こうした多角的なサウンド構成を織り交ぜながら、最終的には、一体感のあるアルトフォークに行き着く。言ってみれば、一曲の中に、ミルフィーユのように様々な構造が混在していておもしろい。
「What I Really Want To Know」もまた興味をそそられる一曲である。先にも述べたように、マー、モリッシーの系譜にあるThe Smithsのようなペーソスに満ちたサウンドがベースになっている。しかし、カクカクとしたマスロックのリズムがそれに加わると、やはり独創的なサウンドが生み出される。決してポピュラーな音楽とは言えないが、全体的なメインボーカルには、何らかの親しみを感じさせ、ついつい聴き込んでしまうのが不思議だ。この曲の中には、おそらく、ブライトンの寛容的な多彩な文化観が盛り込まれているという気がする。また、彼らの音楽的なアイディアは瞬発的に終わることはない。彼らはじっくりと曲の次のセクションへ繋げて、スムーズに展開させる術を知っている。これもまた演奏力の高さや音楽の理解力の賜物であろう。そういった中で、この曲は、アンセミックなフレーズを呼び起こすことに成功している。サビ(コーラス)で聞かれるような癖になるボーカルのフレーズが魅力だ。
メインボーカルの節回しは、オペラ風になったり、民謡風になったりと、変幻自在なキャラクターが沢山盛り込まれている。本作のクローズ曲「The Ladder」は、レトロなシンセを活かしたプログレッシヴロックソングで、フロントパーソンやボーカリストとしての存在感が際立った一曲だ。独特なボーカルの節回し、ドラムのパーカッシヴな迫力も然ることながら、この曲には得難い魅力が滲んでいる。
めくるめくようなアンサンブルや全般的な楽曲の展開は、UKプログレッシヴロックの系譜に属しているが、その中でじっと耳を澄ましていると、メインボーカルの音楽的な感性が明瞭に浮かび上がる。そこには、なにか大きく期待すべき音楽性が偏在していることに気がつく。曲のクライマックスでは、EPに似つかわしくない、壮大な音楽的な感性を捉えることができる。まだまだアイディアが沢山あるという感じで、これからの活躍がとても楽しみな存在だ。
80/100

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