Weekly Recommendation KENDRICK LAMAR 「Mr Morale & The Big Steppers」

 KENDRICK LAMAR 「Mr Morale&The Big Steppers」

 


 

Label: pgLang

 

Release Date: 2022年5月13日


ー王者の帰還ー


「Mr.Morale&The Big Steppers」は、ケンドリック・ラマーが新たな境地を開拓した作品と評せるでしょう。彼のラップシーンにおいての大きな功績は、既に「To Pimp A Butterfly」「Damn」といった近作のアルバムが証明していますが、ケンドリックは、メインストリームに引き上げられてもなお、その名声に溺れることなく、アメリカ国内で象徴的なラップアーティストとなってもなお、自らの芸術性、表現性をこのアルバムにおいて探求しようとしている。これまでの作品において、彼は、スポークンワードを介しての政治的な発言、アメリカという国家にたいする社会的な提言をする言うなれば「代弁者」としての役割を持ってきたのは周知のとおりですが、この作品においてラマーはより大きな代弁者としての歩みを前に進めたように思えます。

 

彼は本作において、個人的な問題にとどまらず、他者、特に、女性やトランスジェンダーに対する人権についての考えをアルバムの中で提示しているようにも思えます。彼は、アルバムアートワークに示されているように、父親になりまた二人の子を授かったことにより、女性的な視点を持ってスポークンワードを紡ぎ出していることに注目です。 (先行シングルのミュージックビデオで顔を七変化させたのにはアルバムの重要なヒントが隠れていた)いくつかの他者になりきり、それを鋭さのあるスポークンワードとして紡ぎ出すこと、それらの彼の試みが最も成功を見た曲が、「We Cry Together」、アルバムのハイライトともいえるポーティスヘッドのベス・ギボンズをゲストボーカルとして招いたジャズ/チルアウトの雰囲気を持つ「Mother I Sober」です。

 

ケンドリック・ラマーは、女性に対する優しい思いやり、さらに傷んだ心を持つ人の立場のなりかわり、痛烈に叫ぶことにより、前者のトラックでは、苛烈なスポークンワードとして、後者では爽やかでありながら熱情を兼ね備えたスポークンワードが生み出されています。ラマーにとってのラップをするとは、子供を持つこと、つまり、新たな命を授かることと同意義であるように思えます。彼の言葉には、慈愛があり、温かさが込められている。もちろん、彼の代表的な傑作のひとつである2015年のアルバム「To Pimp A Butterfly」の頃に比べると、表向きの苛烈さはいくらか薄れているものの、それでも、幾つかの楽曲では、落ち着いた深い精神性を擁し、今まで感じられなかった人間的な温かさがスポークンワードの節々に滲んでいます。これは、父性を表しており、ケンドリック・ラマーが、父親としての深い自覚をもったからこそ、また、子を持つ親としての自覚を持つからこそ生み出された表現といえるかもしれません。

 

既に指摘されているように、今回のアルバムで、ケンドリック・ラマーは、アメリカらしいヒップホップというよりかは、UKのブリストルサウンドのトリップホップ/ロンドンのヒップホップに近い質感を持った作風を制作構想に取り入れていたように思えますが、彼の構想は、ポピュラーミュージックの中に潜むような形で、アルバムの幾つかの楽曲で見事に花開いています。メインストリームのアーティストとして、過分な注目を受けた後、何らかの創造性を失ってしまう例は多く見られますが、少なくとも、ケンドリック・ラマーというラップシーンきってのビッグスターにとって、以上のことは無関係であるようです。さらに、「Mr.Morale&The Big Steppers」は、叙情詩の才能が既存作品よりも引き出され、ケンドリックの代名詞的なアイコンとなりえる力強さがあり、また、夏の暑さを吹き飛ばすのに適したアルバムと言えるでしょう。

 

100/100(Masterpiece)

 

 

Weekend Featured Track 「Mother I Sober」

 

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