Martin Courtney 「Magic Sign」

 Martin Courtney  「Magic Sign」

 

 

Label:  Domino

Release:2022年6月24日



マーティン・コットニーは、ファンはご存じのことと思われますが、Real Estateのボーカリストとして活躍するミュージシャンです。「Magic Dsign」はマーティン・コットニーが、ソロアーティストとしてドミノとの契約を結んでのデビュー作となります。


このアルバムの制作のエピソードとして、マーティン・コットニーはニュージャージー州の子供時代の思い出に回帰を果たそうとします。ニュージャージ州はすごく緑が多く、きれいな場所が多い。子供時代の彼の目には、(我々がかつて皆そうであったように)すべてのものが新鮮に美しく映ったはずです。そして、彼は、家の近くを遊び回っているうち、時々、迷子になってしまった。そんな中、家に帰るための手立て、導きとなったのが、この「Magic Signー魔法の印」というものでした。それは、不思議なことに、彼が家に帰る導きのように思えたことでしょう。そういった、ジョージ・オーソン・ウェルズの文学に垣間見えるようなノスタルジックでファンタジックなサウンドが展開されていくのが「Magic Sign」の大きな醍醐味といえそうです。


マーティン・コットニーの音楽性は、サーフサウンドとインディーロック/フォークの融合というテーマを持ち、2010年代の西海岸のシーンに台頭したReal Estateの延長線上にあり、それほど癖のない爽やかなインディーロックが繰り広げられています。おそらくリアル・エステイトの傑作「Beach Chamber」、「Atlas」を聴いたことがない人にはうってつけの作品といえそうです。

 

ギターのリバーヴとアコースティックギターを重ね、ソングトラックに独特なグルーヴ感を引き出す手法についてはバンドの方向性と合致する。マスタリングについては、バンドサウンドよりも遠くに聴こえるような処理がなされ、バンドよりも曲の輪郭がはっきりとしています。さらに、シンセサイザーでチェンバロの音色を使用していることから、マーティンはこの作品において、音感の良さを活かし、チェンバーポップ寄りのアプローチを図りたかったように思えます。それは、オープニングトラック「Corncob」で功を奏し、ザ・ビートルズやギルバード・オサリバンのような、往年のポップスの深い味わいのあるポップスソングに仕上げられています。

 

アルバムはそれほど起伏はないように思えるものの、時々、このアーティストの遊び心が込められているのがとてもおもしろいです。例えば、「Sailboat」ではディストーションの強い鮮烈な印象を持つインディーロックに挑戦し、「Time To Go」では、シンセポップとポップソングの融合と、バンドでは見られなかったようなタイプのトラックも収録されているのにも注目です。

 

ただ、リアル・エステイトと比べて、劇的な変化があるといったら、それは誇張になるかもしれません。マーティン・コットニーは、依然としてリアル・エステイトの2009年から2021年にかけての音楽に心を置いているため、グループのサウンドから脱却しきれていないようにも思える。「Saiboat」「Time To Go」のような曲でソロアーティストらしい特性が伺えたと思ったら、その「Magic Sign」の冒険の世界がしぼんでいき、閉じてしまい、作品のクライマックスで、完全にリアル・エステイトに戻ってしまったことだけが少し残念。マーティン・カットニーは素晴らしいソングライターであることには変わりないので、今後の作品によりソロアーティストらしさが引き出されるようになることを期待したいところです。



75/100 

 


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