Pale Blue Eyes デビュー・アルバム「Souveir」に描かれる三者それぞれの人間模様

 

Pale Blue Eyes(PBE) Photo Credit: Sopie Jouvernaar

Pale Blue Eyesは、デビュー・アルバムを今年9月2日にFull Time Hobbyからリリースすると発表した。このバンドは既に英国のラジオBBC 6でヘビーローテンションが組まれている。おそらく伝説的なDJ,ジョン・ピールが存命であったなら、間違いなく肩入れしたであろう三人組のインディーロックバンド、Pale Blue Eyesとは一体、何者なのか。少なくとも、彼らはイングランドの田舎地方のトットネス出身の世界的な知名度を持たないロックバンドである。しかし、今後、彼らが強い存在感を英国内のミュージックシーンで持つようになる可能性は高い。ヤードアクトに続くニュースターとなるのか。そこまでは明言しかねるものの、彼らは、今後が楽しみなトリオだ。彼等は他のロックバンドとは一風変わったバックグランドを持ち、さらに音楽の他にも様々な活動を行っている。彼等の魅力今回、読者諸賢にご紹介していきたいと思う。

 

 

Chapter 1  大学の研究時代 メンバーの完成

 

2021年から発表されているシングルは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのサイケデリア、ステレオラブのキャッチーなグルーブを擁した楽曲として、イギリス国内のリスナーに好意的に受け入れられ、さらには英国の音楽メディアのClashにも取り上げられている。さらに、これらのシングルは、既に、BBC Music 6のオンエアのレギュラーを獲得し、ヘビーローテーションが組まれているという。

 

おのずとPale Blue Eysのデビュー・アルバム「Souvier」への期待も高まっている。彼らに注目するリスナーはまず目に狂いがない。彼らは正しい感性を持っている頼もしいリスナーたちなのだ。彼らの卓越したモダニストポップミュージックは、アイスランド、KLFランド、英国電子音楽の本拠地であるスティールシティを経由して、デボン、シェフィールドから発信されている。



ペイル・ブルー・アイズが所有する専用の「ペンキット・ミル・スタジオ」は、デビューアルバム「Souveir」のレコーディングにおいて重要な役割を担っている。PBEの所有スタジオは、ダートムーアの南に位置しており、頭上をハシビロコウが飛び交うデボンの緑の中にある。スープ工場、音楽フェスティバル、温室、映画館、お騒がせな企業イベントのバー営業、樹木医のアシスタントなど、バンドメンバーは、スタジオを作るために銀行ローンまで組んで、賃金の出るところでほとんどがむしゃらに働いた。すべては満足のいく作品をバンドとして作りあげるためだ。

 

PBEのデビュー・アルバム『Souvenirs』の中核は、シェフィールドのルーシー・ボードと南デヴォンのマット・ボードによって書かれ、録音されたものだ。マット・ボードとルーシー・ボードは、美術大学で出会ってから数年後の2018年に結婚している。つまり、彼らは夫婦なのだ。


「私たちが若かった頃、シェフィールドやプリマスの間に合わせのDIYの場所から、ウェールズのロックフィールドのようなレジデンシャル・スタジオまで、様々なスタジオで録音しました

 

とフロントマンのルーシーは言う。

 

ロックフィールドは、私たちにとって天国のような場所でしたが、2、3日しか滞在できない場所だったんです。僕らの夢は、もっとスタジオで時間をかけて、"時間 "に追われることなく曲を作り、自分たちでプロデュースする方法を学ぶことだった」



やがて、数年間の労働における苦労の末、バンド専用のPBEスタジオは完成した。このスタジオにすべての機材が到着した。それはレコーディングを行うには十分だった。Moog Little Phatty、Prophet 12、Roland Space Echo。Moon Funeral Fuzz、Big Skyリバーブ。スタジオにあるすべての機材と並んで、外部にみ重要な資源があった。中には、後にMoonlandingzやEccentronic Research CouncilのメンバーとなるAdrian Flanaganが監督したプロジェクトも含まれていた。

 

ルーシー・ボードは、その後、フラナガンのMoonlandingzの共同設立者であるディーン・ホーナーとも知り合うことになる。Róisín Murphy、I Monster、Human League、Add N To (X)などのアーティストとのスタジオ経験を持つディーン・ホーナーは、Pale Blue Eyesを語る上で重要な役割を担うようになった。彼は、アルバム「Souvenirs」のミキシングとマスタリングを担当し、レコード制作のアドバイザーも務めていた。つまり、プロデューサーに近い役割を担っていた。

 

ルーシー・ボードの大学を修了するときに書いた学位論文のタイトルは、音楽とは無縁ではない。既にこの頃から彼女の決意は固まっていたのだ。彼女自身のサウスヨークシャーのシンセサイザー革新への関心を明確にしている。「1973年から1978年までのシェフィールドのオルタナティブ・ミュージック・シーンに関する調査、特に、キャバレー・ヴォルテールについて」である。



ルーシーが故郷のハイファイ遺産を調査する一方で、マットの音楽的探究心はさらに遠くへ旅することになった。20代に入り、マット・ボードは、アイスランドで作っていたシガー・ロスの音に魅了された。ポストロックの代名詞の音楽は、世界の中でもっとも刺激的だったからそれもうなずけるような話だ。マット・ボードは、音楽修士課程で勉強している間に、何人かのアイスランド人に出会った。彼は学業に励むかたわら、スープ工場で働いて貯めたお金で、アイスランドに行き、しばらく過ごすことにした。首都、レイキャビク郊外にあるシガー・ロスのスンドラウジン・スタジオを訪れることになった。マットは、Sigur RósのスタジオエンジニアであるBirgir Jón Birgissonと共に、いくつかの形成的なレコーディングをすることになった。この最初期のアイスランドのポストロックシーンへの深い関わりは、このバンドに強い骨格のようなものをもたらしている。



ペイル・ブルー・アイズのストーリーを最後に完成させたのが、マベーシストのオーブリー・シンプソンだ。マットとルーシーとサウス・デヴォンの「Sea Change Festival」で出会い、3人目のバンドメンバーとして加入を果たす。オーブリー・シンプソンは、アメリカのR&Bのメインカルチャーを形作った名門レーベル「モータウンレコード」の大ファンで、同レーベルの専属ベーシスト、ジェームス・ジェマーソンに傾倒している。そのプレイにも強く影響されているという。

 

オーブリー・シンプソンは上記二人のシンセサイザーロック、そしてポストロックの要素に加え、ジャミングのようなジャズの要素を加える重要なメンバーである。彼は、様々なジャズ系アンサンブルで演奏しており、彼の父親が、Metronomy(イギリスのロックバンド、2022年には新作「Small World」を発表している」のJoe Mountと一緒にドラムを叩いていたという事実は、オーブリーの若さを物語っているようです。Pale Blue Eyesのオーブリーとマットは実は共通点があり、南デヴォンのマーケットタウンであるトットネスとその周辺で育った。トットネスは、環境保護とエンターテインメントの分野でイニシアティブをとり、社会文化のホットスポットとなっている場所である。

 

彼ら二人を引き合わせたフェスティバルは、Gruff Rhys、Aldous Harding、The Comet Is Coming、Peggy Seegerなどのアーティストを、人口8000人の半農村に招いたアート&ミュージック・スペクタクルであり、近年では、Sea Changeフェスティバルに象徴される知名度を獲得している。Sea Changは、マットが数年前から働いている「Drift Records」の人々によって制作されたもので、素晴らしいショップだ。ペイル・ブルー・アイズは、これらのトットネスの現地のネットワークの活動に強い触発を受け、彼ら自身もまたトットネスにおける持続可能な地域開発計画を支援するようになった。さらに彼らは、最近、ブライアン・イーノによる音と光のインスタレーションとともに、野心的な「Atmosプロジェクト」に音楽を提供している。既に、MetronomyやEnoを初め、デビュー前から大御所との関連性が強いバンドなのだ。


Pale Blue Eyesのデビュー・アルバムは、おそらく鮮烈な印象をイングランドのシーンにあたえるものになるはずだ。上記のようなシンセサイザー、インディーロックポストロック、ジャズ音楽に関する様々な要素が盛り込まれており、それが専用スタジオで何度も綿密に組み上げられていったため、付け焼き刃ではない洗練されたものとなっている。甘いシンセサイザーラインとメトロノミックなギターリフは、「デボン・クリーム・アデリカ」と呼ばれるように、アルバムにトランスポーター的な心を揺さぶる雰囲気を与えている。Globeのメロディアスなベースから、MotionlessやUnder Northern Skyのメタル調の明るいギターパートに移り、テレヴィジョンやエコー&ザ・バニーメンのWill Sergeantを思わせるようなサウンドが展開される。

 

ドイル/ベルリンのオールナイトテーブルテニスバーにちなんで名付けられたDr Pongのポップなフリークアウトは、アルバムがより広がりのあるゾーンに突入させる。ゴージャスなSFバラード/セットピースのChelseaは、美しい音楽である。歌詞はルーシーとマットがロンドンの下品で高級なパーティでバーの運営に雇われることになった夜に根ざしているという矛盾をはらんだ作品でもある。一見して浮世離れしているような印象もあるアルバムの主題にポピュラー性をもたラス理由は、実はこういったナイトライフの現実性に根ざしているから強い説得力を持つ。

 

 

Chapter 2  アルバムのタイトルの理由



PBEのデビューアルバムが「Souvenirs」と名付けられたのは、ルーシー・ボードが説明するように、「この曲には、数年分の思い出や経験、つまり、変化や個人的な悲しみの時期が凝縮されています。曲は私たちのはけ口であり、今となってはすべての時代の記念品となっている」という理由がある。

 

人生は縄目のように幸不幸が訪れると言われる。勿論、アルバムの制作中、順風満帆な出来事ばかり起きたというわけではない。Pale Blue Eyesがアルバム制作に取り組んでいたとき、不幸にもマット・ボードの父親が亡くなった。つまり、このアルバムは、彼の最愛の父親、故ダニー・ボードに捧げられている。

 

マット・ボードは、今でも父親との思い出が尽きない。「夏の朝、窓やドアを開けて大音量でCocteau Twinsのアルバムをかけている父親の音で目が覚めたとき」などを思い出として挙げる。 PBEは、マットの古い実家に隣接してスタジオを建設し、マットの母親の長期にわたる病気を助けるため、そこにいることができるようにした。このアルバムには、死や落胆した時期についての考察が含まれ、前作シングル「TV Flicker」は、その主題からすると驚くべきことかもしれないが、ラジオのプレイリストに登録されて、大ヒットとなった。しかし、ペイル・ブルー・アイズはネガティヴな側面を取り上げるバンドではない、彼らは、ポジティブな面を強調し、爽快感、美しさ、喜びで脈打つアルバムを作ることにより、困難な時代を打開しようとする。

 

このシングルは、Joe Meek風の不気味な縁日のメリーゴーランドから始まる。この曲は、ミークがプロデュースした1961年の全英1位曲Johnny Remember Meと同様、人間の死とその後遺症に根ざした、執拗で不吉なトラックです。


ドラマーのルーシー・ボードはこの曲についてこう語っている。「突然の家族との死別の時の感情や回想、不安でいっぱいの頭の中の空間へのスナップショット、思考のスイッチを切ることができず、ぼんやりテレビを見つめているような、そんな幽霊のような痕跡でいっぱいだと感じる。



一方、シンガー/ギタリストのマット・ボードは、この曲のダークでエモーショナルな内面を明かしている。「父の死後、私は時々チカチカするテレビの前で眠りに落ちていた。音や背景の台詞を聞きながら眠りにつくと落ち着くし、眠れるんだ」

 

「TV Flicker」の音楽と歌詞は、1970年代の冷戦時代の装飾品、つまり黙示録的な隠れ家、失われた核シェルターへ通じるハッチといった曖昧なイメージを想起させるのかもしれない。




 

 

 chapter 3  アルバムの完成 ジミー・コーティという立役者

 

このアルバム「Souvier」は、マットがアルバムのテーマを挙げたときに明らかになったように、ある種の選択的なポジティブさに満ちている。「良い時間を受け入れ、逃避し、周りがクソになっている時に至福の瞬間に身を任せる...損失や悲しみを処理し理解し、前進するための手段として音楽を使う...、平凡と戦いつづけ、夢をあきらめない...。良い夜の純粋な喜び、バンドやアートワークや素晴らしい映画に感動する瞬間...、今ある時間を最大限に活用する...」と、マットがアルバムのテーマを挙げていることからも明らかである。 特に、Little GemとGlobeは、楽観主義、ガーデニング、学生シェアハウスでの享楽的な日々など、ポジティブな雰囲気が漂っている。



Pale Blue Eysがアルバム「Souvier」を完成させたとき、レーベルであるFull Time Hobbyから多くの励ましがあった。レーベルとの契約に先立ち、PBEは、1枚の限定版シングルをリリースした。このシングルは、南デヴォンの先進的な3つの企業、ニューライオンブルワリー、マッシュルーム生産者のグローサイクル、グリーンヒューネラルカンパニーから資金提供やスポンサーを受けたものだった。

 

特に、グリーン・フューネラル・カンパニーは、ミューミューの葬儀屋であるカレンダー、フィリップス、コーティ&ドラモンド・アンダーテイカーズとも関係がある。Jimmy CautyとBill Drummondは、もちろん、The KLFやThe Justified Ancients of MuMuとの仕事でも知られている。

 

このJimmy Cauty(ジミー・コーティ)とPBE(Pale Blue Eyes)の繋がりは、一種のセレンディピティ(幸運の偶然)的な循環性を持っている。

 

ジミー・コーティは、イングランドの田舎地方のトットネスで育った。今、アートと音楽の分野で驚くべき偉業を成し遂げた彼は、偶然、自分を育ててくれた町に戻り、遠く離れた葬儀会社とつながりを持つようになった。その土地で、新しい音楽グループが生まれ、そのグループもまた、ジミー・コーティに少なからず関係していた。JAMMsから現在のEstateまで、ジミーは一貫して驚くべきアート、デザインを生み出した。新しいポップ・グループがこのような発明品と肩を並べるのは、本当に大変なことなのだが、これまで同様、Pale Blue Eyesは希望を持って旅をしているのだ。


彼らが、先日リリースしたばかりの新曲「Star Vehicle」は、Stereolabのポップな瞬間や、Flaming LipsのImperialのような側面を思い起こさせるような輝かしい復帰作となる。


「PBEのシンガー/ギタリストであるマット・ボードは、「この曲は希望に満ち溢れた高揚感のある曲」と話す。

 

「この曲は、未来を夢見ること、困難な時代を共に乗り切ること、どこか遠くへ行くことを空想しているようなものなんだ。

 

アートカレッジにいた頃、田舎にあるThe Rat & Emuという学生バーがあったんだけど、そこで過ごした日々を描いている。頭上の星がとても明るく見えたのを覚えている」

 

おそらく、この曲の宇宙への憧れは、そこからきている。田舎地方の空の無限の美しさに寄り添い、「Star Vehicle」はその中に静かな喜びを秘めている。

 

 





Pale Blue Eyes 

 

1st Album「Douvier」

 


Label: Full Time Hobby

Release: 2022年9月2日 

 

Pre-order:


https://fulltimehobby.co.uk/release/pale-blue-eyes/souvenirs

 

 

 

Pale Blue Eyes   ーBiographyー


Pale Blue Eyesは、イギリス南西部のデボンの田舎町に拠点を置く若いエレクトロモダニスト・ギターグループ。彼らの地平線まで広がるポップさと説得力のあるリズムは、Neu!、The Cure、そして、バニーメンのWill Sergeantの最もラガフレネティックな時のヒントを取り入れている。


Pale Blue Eyesは昨年、ダートムーア南部にある緑豊かなPenquit Millにレコーディング・スタジオを完成させた。The Moonlandingz, Róisín Murphy, I Monster, Human League, International Teachers of PopのDean Honerがミックスを担当した。2022年にリリース予定のデビュー・アルバム「Souveir」のレコーディング時には、頭上をウグイスが舞っていました。



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