New Album Review Art Moore 『Art Moore』

 Art Moore 『Art Moore』

 

 

Label: Anti-

Release: 2022年8月5日

 

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オークランドのインディーポップ・トリオ・Art Mooreはセルフタイトルのデビュー・アルバムをリリースし、ミュージックシーンのスタート地点に到達した。しかし、バンドのメンバーはそれぞれこのアート・ムーアというプロジェクトを開始する前に、別々に音楽活動を行っていました。特に、ボーカリストのテイラー・ヴィックは、ボーイ・スカウトというバンドプロジェクトで活動を行っていた。その後、テイラー・ヴィックは、コーヒーショップで一緒に勤務していたトレヴァー・ブルックス、さらに、エズラ・ファーマンとの関係を通じて、もうひとりのメンバー・サム・ダークスと出会い、アート・ムーアというプロジェクトの形が整いました。

 

このデビュー作で、ソングライターを務めるテイラー・ヴィックは、みずからの想像力を交え、心地よく耳障りの良いモダンな雰囲気を擁するシンセ・ポップの楽曲を展開している。制作過程は多くがパンデミック中のリモートを通して、メンバー間で音源のやりとりを繰り返すことでアルバムとして完成へと導かれていますが、このことについて「適度な人間関係における距離感が作品を生み出すにあたって良い方向に働いた」とテイラー・ヴィックは述べている。

 

「もし、この作品が多くの駆け出しのバンドのように過度なライブサーキットとともに生まれたものであったなら、このような作風にはならなかったかもしれない」というような趣旨のことをテイラーは語っています。その言葉どおり、このデビューアルバムには、デビューアルバムらしからぬ一貫した落ち着きが感じられ、浮ついたところがほとんどなく、じっくり腰を据えて制作されたという印象です。これは、テイラー・ヴィックは他のバンドメンバーとほどよい距離感を保ちながらソングライティングに取り掛かることが出来たのでしょう。このアルバムには一貫して少しアジアンテイストの漂う、夏の暑気を吹き飛ばすような、シンプルで軽快なビートをベースにしたミドルテンポのシンセポップ/オルトポップが繰り広げられていきます。

 

デビューアルバムの中に垣間見える世界観とも呼ぶべきものは、夢想的な雰囲気に彩られています。「A Different Life」「Something Holy」といった楽曲に象徴される、外向性と内向性を併せ持ったモダンポップ性がこのアルバムには貫流している。それらの楽曲は、アート・ムーアの実生活からもたらされるイマジネーションから生み出されたもので、楽曲に幻想的で夢想的な雰囲気が伴うのは、テイラー・ヴィックが現実と夢想の狭間にテーマを置いているからなのでしょう。

 

その点をアート・ムーアのシンガーソングライターは1番気に入っているらしく、前身のボーイ・スカウツでは出来なかったことをこのアルバムで達成することが出来たというように考えているようです。事実。ここでヴィックは新しい体験をしている。以前、ボーイ・スカウツでは個人的な恋愛にまつわる楽曲を書いて来て、彼女自身それに辟易としていたという話ですが、今回、それらの失恋にまつわる思い出をテイラー・ヴィックは深遠な夢想性を交え、独特なスタイルで表現している。それらは音楽の底に文学性、繊細なうるわしい情感を与えています。

 

シンセサイザーの同音進行のシンプルなベースラインを活かしたディスコサウンド全盛期のダンスミュージックを下地にしているらしいものの、それと正反対の内省的な気質に根ざしたアンニュイなインディーロックテイストに彩られた、デビュー・アルバムに収録されているこれらの良質なポップソングの数々は、現時点では、必ずしも大衆を惹きつける力を持ち合わせているとは言いがたい。しかし、それでも、このバンドの明るい未来を感じさせるような才覚がいたるところに発揮されています。アルバムに収録されている殆どの楽曲には、強い芯のようなものが通っていて、じっくり聴かせる良質な音楽性がその内側に込められているように思える。言い換えれば、これらの楽曲には、トリオが丹念にじっくり生み出してきたからこそ、聞き手の襟を正させるような強い説得力を持つ。このデビューアルバム『ART MOORE』は、最近のインディー・ポップとは異なり、アーティスティックなテイストがほんのり漂う作品です。

 

 

 Rating: 78/100

 

 Featured Track    『Something Holy』

 

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