Weekly Recommendation-- 【For Tracy Hyde】  『Hotel Insomnia』

Weekly Recommendation For Tracy Hyde  『Hotel Insomnia』

 

 

 

 

Label: P-Vine

Release: 2022年12月14日


 

 

Review

 

2016年にファースト・アルバム『First Bleu』をリリースし、デビューを飾ったオルタナティヴ・ロックバンド、For Tracy Hyde(フォー・トレーシー・ハイド)は東京のシーンの中で要注目のシューゲイザー・トリオ、今後、国内にとどまらず、海外での活躍が予想される。宇宙ネコ子とのコラボレーター”ラブリーサマーちゃん”が在籍していたことでも知られ、辻村深月の原作の演劇『かがみの孤城」への楽曲提供等、他ジャンルの媒体と豊富なコラボ経験を持つグループです。

 

通算5作目となるフルレングス『Hotel Insomnia』は、13曲収録というボリューミーな内容となっています。本作は、シューゲイズサウンドを基調とし、ニューゲイズ、モダンなインディーロック、渋谷系、ネオアコースティックと、幅広いライブサウンドが展開され、このバンドのバックグランドがどのようなタイプの音楽で構成されているのかを知る手立てになると思われます。

 

My Bloody Valentine、RIDE直系の轟音のディストーション・ギター、ダンサンブルなビートはこのジャンルに属するバンドとしては王道を行くもので、加えて、日本のバンド、Passepied(パスピエ)の大胡田なつき、平成ポップ・チャートを席巻したJudy and MaryのYukiに象徴されるファンシーなボーカルに通じるものがあり、彼らの織りなすタイトなアンサンブルーードリーミーなサウンドとJ-POPサウンドの劇的な融合ーーが心ゆくまで楽しめる内容となっています。

 

オープニングを飾る「Undule」は、ギター・トラックの多重録音による重厚なディストーションサウンドを体感できますが、あくまでそれらのバックトラックと対象的に、幻想的なボーカルがが乗せられ、同時にスタイリッシュな雰囲気を漂わせています。MBVの音楽の最大の特徴はエレクトロを基調としたダンサンブルなビートとスコットランドのキャッチーなネオ・アコースティックの融合にありましたが、このバンドはそれを十分再現する作曲能力と演奏力を兼ね備えています。二曲目の「The First Time」では、オリジナルのシューゲイズ・サウンドとは対象的なニューゲイズ・サウンドが展開されており、甘美でノスタルジア満載のインディーロック、渋谷系に代表される多幸感のあるメロディーやコードに裏打ちされた楽曲が一曲目とは対象的な趣を持つ。

 

その後も、オルタナティヴ・ロックとネオ・アコースティック、J-POPの本質を見事に捉えた個性的なサウンドが続いていきますが、その中に微妙な楽曲のメリハリや緩急があり、聞き手の集中力をほとんど途切れさせることはない。特に、ノイズ・アヴァンギャルドやアート・ロックを意識したディストーション・ギターは、ソニック・ユースの最初期のような感性の尖さと抽象性の高いサウンドとして昇華され、中盤に収録されている楽曲は、純粋なギターロック/ネオ・アコースティックとしても聴いてみても楽しめるはずです。また、アルバムの中盤に収録されている「Friends」では、繊細な感覚と青春時代の切なさ兼ね備えたJ-POPの本質的な魅力の未知の可能性を追究しています。もちろん、彼らは、この曲に象徴されるように、J-POPのメロとサビの対比、サビのキャッチーさとシンガロング性を踏まえつつ、それらを最新鋭のオルタナティヴ・ロックとして再構築している。以上の特性は、彼らが、単なるPassepied(パスピエ)のフォロワーでなく、その未来系を行く新鮮なサウンドを提示している証ともなっています。

 

終盤になっても、バンドの音楽におけるチャレンジ精神は旺盛で、奥深いインソムニアの世界が果てしなく広がりをましていき、ローファイ・サウンドやチルウェイブを一緒くたにした彼らの構想するモダンなオルタナティヴの理想郷は破られることがない。序盤でキャッチーな表情をみせながら、中盤から終盤にかけてマニアックなサウンドに様変わりする瞬間は圧巻ともいえ、それらはアルバムの全体像にカオティックな印象を形作っている。このバリエーションに富んだオルタナティヴ・サウンドがこのアルバムそのものの価値を高め、一方ならぬ聴き応えをもたらしている要因でもある。これらの新旧のオルタナティヴ・ロックサウンドを自在に去来する伸びやかなライブ・セッション、そして、手強さのある骨太サウンドは、22年の東京に新たな音楽が到来した瞬間を告げている。この清新なサウンドが持つ妙味は、今後、連続したウェイヴのような形で魅力的なバンドが次々に台頭することを予兆的に示しているように思える。

 

現在も、無数のバンドがひしめく東京のミュージック・シーンにあって、For Tracy Hydeのサウンドは、力強い存在感を放っている。ある意味で、自由奔放と称せる伸びやかな表現性は、ロンドンの2022年のインディー・シーンに相通じる要素があり、今後、アンダーグランド・レベルで、世界的人気を獲得する可能性も少なくないように思えます。彼らが今作において日本のポップの要素を核心に置き、洋楽の感性に近い音楽を確立し、それが意外な形で反響を呼んだことは、最新アルバム『Hotel Insomnia』が発売後、タイニー・デスクで名高い米メディア、NPRのレビューとして率先して特集されたのを見てもわかる。For Tracy Hydeは、既に5作をリリースしている経験のあるロックバンドですが、作品リリースやツアーを介し、今後どのような形でブレイクを果たすのかに注目していきたい。オルタナ・ファンとしては、東京のミュージック・シーンに個性的な実力派バンドが登場したことを心から祝福しておきたいところです。



87/100



Weekend Featured Track 「Friends」