Sandrayati 『Safe Ground』/ Review

 Sandrayati 『Safe Ground』

 



 

Label: Decca/Universal Music

Release Date: 2023年3月17日

 


 

 

Review

 

インドネシアのサンドラヤティは、今後世界的な活躍が期待されるシンガーソングライターである。


米国人とフィリピン人の両親を持つ歌手、サンドラヤティは、既に最初のアルバム『Bahasa Hati』をリリースしているが、自主レーベルからイギリスの大手レーベルのDeccaへ移籍しての記念すべき第一作となる。元々、英国の名指揮者とロンドン交響楽団のリリースを始め、クラシック音楽の印象が強いデッカではあるものの、サンドラヤティはソフトなポピュラーシンガーに属している。いかにこのシンガーに対するレーベルの期待が大きいか伺えるようである。

 

説明しておくと、サンドラヤティは、メジャー移籍後の2ndアルバムにおいて自身のルーツを音楽を通じて探求している。東インドネシアの固有の民族であるモロ族から特殊なインスピレーションを受けて制作された。

 

彼女の2つのルーツ、英語とインドネシアの言語を融合させ、コンテンポラリー・フォークとポピュラー・ミュージックの中間点に位置するリラックスした音楽性を提示している。サンドラヤティの音楽は、南アジアの青く美しい海、そして自然と開放感に溢れた情景を聞き手の脳裏に呼び覚ますことになるだろう。そして、サンドラヤティの慈しみ溢れる歌声、温かな文学的な眼差しは、インドネシアの先住民の文化性、また、土地と家の関係や父祖の年代との関係、それから、近年の環境破壊へと注がれる。彼女は、COP26で代表としてパフォーマンスを行っているように、ある地域にある美しさ、それは人工物ではなく、以前からそこに存在していた文化に潜む重要性を今作で見出そうとしているように思える。そして、曲中に稀に現れるインドネシアの民族的な音階と独特な歌唱法は、そのことを明かし立てている。穏やかな歌声と和やかなアコースティックギターを基調にした麗しい楽曲の数々は、普遍的な音楽の良さを追求したものであるともいえるかもしれない。

 

オープニングの「Easy Quiet」から最後までサンドラヤティの音楽は終始一貫している。繊細なアコースティックギターをバックに、その演奏に馴染むような形で、雰囲気を尊重した柔らかな感じのボーカルが紡がれていく。英語とインドネシア語の混交はある意味では、このアーティストのルーツを象徴づけるものといえそうだが、一方で、実際にこのアルバムにゲスト参加しているアイスランドのアーティスト、ジョフリズール・アーカドッティルと同じように、アイスランドのフォークミュージックに近い雰囲気も感じ取ることが出来る。地域性を重んじた上で、そして、その中にしか存在しえぬ概念をサンドラヤティは抽出し、それらの要素を介し、やさしく語りかけるようなボーカルを交え、純粋で聞きやすいフォーク・ミュージックを提示するのである。


サンドラヤティのフォーク・ミュージックは、東南アジアとヨーロッパ、あるいは、米国といった他地域の間を繊細に揺れ動いていくが、中盤に収録されている「Saura Dunia」ではインドネシア語のルーツに重点を置き、モロ族の民族音楽的な音響性を親しみやすい音楽として伝えようとする。特に音楽的に言えば、アイスランドの音楽にも親和性のある開放的で伸びやかな彼女の歌声、そして、この民族音楽の特有の独特なビブラートは他のどの地域にも見出すことが叶わない。地上の音楽というより、天上にある祝福的な音楽とも称せるこの曲は、実際の音楽に触れてみなければ、その音の持つ核心に迫ることは難しいだろう。


他にも「Vast」では、ピアノとストリングスとボーカルの融合させたサウンドトラックのような壮大な音楽性を楽しむ事ができる。しかし、一見して映画のBGMなどではお馴染みの形式は、決して古びたものになっていないことに気がつく。サンドラヤティという歌手の繊細なトーンの変化や、そのボーカルスタイルの変化があり、清新な印象を聞き手に与える場合もある。コラボレーターのアイスランドのオーラブル・アーノルズのピアノは絶妙にシンガーの歌声を抒情的に強化し、繊細かつダイナミックな喚起力を呼び覚ますことに成功している。

 

また、アルバムの最後に収録されている「Holding Will Do」ではゴスペルに近いアーティストのソロボーカルを楽しめる。ピアノのフレーズと共に、ジャズ・ボーカルの影響を受けた曲で、アルバムのクライマックスに仄かな余韻を添える。最後には、語りに近いスタイルに変化するが、これで終わりではなく、次作アルバムへとこれらのテーマが持ち越されていきそうな期待感がある。

 

サンドラヤティの2ndアルバム『Safe Ground』には、インドネシアやバリ島、ジャワ島、それらの土地にゆかりを持つアーティストの人生観が温和なポピュラーミュージックの中に取り入れられている。アーティストは、これらの10曲を通じて、安全な地帯を見出そうと努めているように思える。そして、それらの表現はロジカルな音楽ではなく、詩情を織り交ぜた感覚的な音楽として紡がれてゆく。最初から完成しているものを小分けにして示すというわけではなく、各々のトラックを通じて、何らかの道筋を作りながら、最後に完成品に徐々に変化していくとも捉えることが出来る。


セカンドアルバムで、サンドラヤティの語るべきことが語り尽くされたとまでは言いがたいが、しかし、一方で、シンガーの歌の卓越性の一端に触れる事が出来る。本作は、週末をゆったり過ごしたいとお考えの方に潤沢な時間を授けてくれると思われる。



86/100





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