Smut 『Tomorrow Comes Crashing』
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Label: Bayonet
Release: 2025年6月27日
Review
シンシナティからシカゴに拠点を移して活動を続けるSmutの2022年以来となるニューアルバム『Tomorrow Comes Crashing』。前作よりもハードロック/メタル風のサウンドアプローチが展開されている。前作よりもキャッチーな曲作りを意識しているのが明らかで、それらがブルックリンでの10日間における集中的なレコーディング、そして、アーロン・コバヤシ・リッチの的確なプロデュースにも表れ出ている。
前作『How The Light Felt』よりメタリックなロックアルバムで、カルト的なスタジアムロック・バンドの座に上り詰めようとする。すべてではないにしても、ライブ中心のレコーディングになっていることが分かる。どのフレーズやシークエンスが後から被せられたものなのか、それはおそらく曲をよく聴けば分かると思う。ヴォーカルとギターの録音が全面的に押し出されたのは、このバンドの主要なソングライターとしての役割を担っているのが、ローバックとミンということを伺わせる。前作に比べると、ドラムのテイクがダイナミクスを増し、鮮明になった。しゃりしゃりした心地良いドラム/ハイハットのパーカーションにおけるプロデュース処理はその賜物だろう。
アルバムの紹介には、「パラモア・ミーツ・グリーン・デイ」とある。これは実際には、アルバムの二曲目に収録されている「Syd Sweeney」の紹介文であるが、このアルバム全体にも当てはまる。ただ、ヘイリー・ウイリアムスやビリー・ジョーのソングラインティングとは明確に異なることは双方のファンであればお気づきであろう。上記の二人のソングライティングは大衆的で扇動的な意味合いを持っている。他方、このアルバムには、スタジアムロック風の収録曲もあるにはあるが、全般的にはメインストリームのロックやパンクではなく、カルト的なロックやオルタナティヴの領域に属する作品と言える。
さらに、勘の鋭い聴き手であれば、アルバムのプロデュースを手掛けたアーロン・コバヤシ・リッチが所属するMommaとの共通点も容易く見出せるだろう。グランジ風のコード進行を巧みに活かしたオープニング「Godhead」などは、90年代のミクスチャーロックとも共鳴している。ラウドロックの志向を強く感じるが、それらに聴きやすさをもたらすのはやはり、メロディアスなボーカルである。つまり。テイ・ローバックのボーカルは、依然としてSmutの音楽全般にエモ性をもたらしていることがわかる。
さらに、このアルバムは、おおよそ三つのロックソングのタイプに分割されている。アルバムの序盤はスタジアムロックを意識したトラック、中盤からはシンシナティからシカゴ、そしてニューヨークとこの十数年でバンドが培ってきたメロディアスなロックソング、さらに終盤にかけては、Taking Back SundayなどのUSオルタナティヴロックからの影響をかけあわせたものまで広く存在する。全般的にはスタンダードなロックが中心だった『How The Light Felt』よりもパンクやメタルのようなフックを意識した曲作りやスタジオのセッションを想像することが出来る。その上で、エモやポストエモのエッセンスが加わり、バランスが良くなったという印象である。アルバムのどの部分から聴いても、違ったテイストが味わえる絶妙な作品となっている。
また、全般的には90年以降のオルタナの影響こそあれ、普遍的な80年代以降のロックソングの形を踏まえ、それらのハードロックを哀愁がある切ない感じのメロディアスのボーカルスタイルの形と結びつけるというこのバンド特有のスタイルは、「Dead Air」に発見出来る。それらがアルトポップの方向にベクトルに傾くと、「Ghost」、「Burn Like Violet」のような曲に変化する。後者の二曲は、AOR風の楽曲としても聴かせる。これらはSmutとしての絶妙なバランス感覚によって成立している。他のラインナップでは、こういった抽象的な領域にあるサウンドにはならず、よりクリアな音楽性になっていたかもしれない。これらのメンバーの相互に見出せる音楽的な理解というのは長く時間を共有しないと出てこない、いわば目に見えない形のサウンドという形で出現した、ある種の信頼関係のようなものであろうと思われる。
終盤のハイライトで先行シングル「Touch & Go」は、シカゴの伝説的なインディーズレーベルにちなんでいる。しかし、意外とこのレーベルの音楽らしくはない。いや、どちらかと言えば、Jade Treeのパンクソングだ。先にも述べたように、Taking Back Sunday、Third Eye Blind、Saves the Dayといった00年代前後の名物的なUSパンク/オルナナティブバンドの代表曲を彷彿とさせるものがある。イントロは、ハードロックやパンクロックなのだが、以降の流れはエモやパワーポップである。これらのメロディアスなエモの領域にあるサウンド、それと対象的なハードロックやヘヴィメタルの領域にあるサウンドのコントラストがアルバムの聞き所となるかもしれない。
「Crashing In the Coil」が従来のスマットの集大成であるとすれば、より一般的な支持を獲得するべく書き上げたスタジアムロックを意識したバンガー「Spit」こそ、彼らのサウンドが新境地に達した瞬間である。そして、Smutでしか味わえないサウンドは、陰影のある切ないメロディアスなポップソング。作曲のその真価はクローズを飾る「Sunset Hymnal」に明瞭に表れ出ている。
78/100