New Album Review : Angus MacRae 『Warren Suit』 バーナード・ショーによる舞台劇『ウォレン夫人の職業』のために書かれた組曲

Angus MacRae  『Warren Suit』 


Label: Venus Pool

Release: 2026年2月6日

 

Review 


ロンドンの作曲家、アンガス・マックレイによる最新作『Warren Suit(ウォレン組曲)』は、バーナード・ショーによる舞台劇『ウォレン夫人の職業』のために書かれた10の組曲である。この舞台作品は、日本の劇場でも今年上映される話題作。


『ウォレン夫人の職業』は売春婦をテーマに母と娘の衝突、そして自立、家父長制が社会的規範であった時代の道徳とは何かを問う。1902年の発表まもなくバーナード・ショーの新作は上演禁止となった。文字通りの問題作である。

 

作曲家、アンガス・マックレイは、今回の音楽作品『Warren Suit』のために多角的な器楽のアプローチを図り、ピアノ、ハープ、弦楽器、電子音による女性声楽四重奏が導く、夢幻的な小品群として展開する。ミニマリズムとマキシマリズムを織り交ぜた音楽は、20世紀初頭のフォークとクラシックの伝統を汲み取りつつ、包み込むような現代的な音響世界へと再構築している。



「これは即興と実験のアルバムです。舞台作品とは並行世界として捉えてほしい——繋がりつつも独立した存在として」マックレイは語る。「原作のスコアの糸をひたすら引き続け、どこへ導かれるか見たかった。それは予想外の深淵へと私を誘った。このレコードの核心にあるのは言葉なき声たちだ。ショーの物語の中心に立つ女性たちの幽霊のような幻影として機能している。彼女たちの存在感を増幅させ続け、文章とは独立した形で物語を拡大させたかった」

 

制作者が語るように、どことなく舞台に登場する亡霊の声なき声が盛り込まれている。アルバムは「May Child」で始まり、電子音と女性のクワイアを中心にミステリアスな音楽性が組み上げられている。二声(以上)を中心とする女性のクワイアはこの物語の扉を開き、無限なる物語の道筋へと誘う。しかし、この舞台音楽が面白いのは、典型的なイギリスの響きが出てくることだろう。


「Warren Folklore」では、女性のメゾソプラノ/ソプラノを中心にさらにミステリアスな音楽が登場し、Secret Gardenのような音楽性を彷彿とさせるセルティック民謡(ケルト音楽)の要素が出てくる。この副次的なモチーフが独り歩きをして、物語の奥行きを広げるための導きを成す。曲の途中では、音楽そのものは本格的なオペラへと近づき、複数の声部の歌唱、ストリングスのハーモニーを通じて、ウォレン一家の悲哀のような感覚が露わとなってくる。賞賛すべきなのは、この音楽作品がそのまま、シナリオの暗示、もしくは道標となっていることだろう。

 

また、この舞台音楽のたのしみは、クワイアや弦楽と合わせてささやかなピアノの小品が収録されていること。そして「In Your Nature」のように印象音楽としての自然を描いたと思われる曲から「Nine Roses」のような物語の中枢に登場するような印象的なシーンを描いたものまで、それらが一貫してペシミスティックなピアノの音色で縁取られていることである。ここにはドラマ音楽の基本的な作曲法と合わせて、マズルカのような物悲しい音楽的なテーマが垣間見える。ここにも一貫して、古典的な家父長制度における女性の生き方という主題が、一つの物悲しさに結びついている。そしてその中には、女性たちの幽霊というショーの物語の中枢が見えてくる。その音楽的なテーマの中には、やはりイギリスの古典的な雰囲気を見いだせるだろう。

 

現代音楽としても興味をひかれる曲がある。四曲目に収録されている「Chalk Petal」は、Arvo Part、Alxander Knaifelのような東欧の作曲家の管弦楽法を受け継いだ曲として聞き入らせる。また、音響効果として舞台を演出する内容も、弦楽器の長いレガートにより培われるドローン音楽は、ワーグナーのオペラの通奏低音のような特殊効果を発揮する。 複数の主旋律が重なり合い、美しく可憐な音の構造を生み出すが、同時に、それはアンビエントのような音楽的効果を併せ持つ。しかし、ここまで一貫して、物悲しい音楽がいまだかつて存在しただろうか。音の旋律は美しさがあるが、それはまるで濃霧の中を永遠とさまよい続けるような無明の雰囲気がある。しかし、もっともこの曲が美しいのは、弦楽器の演奏のあとに登場するクワイアである。

 

そんな中で、ややコミカルな曲もある。「Forebears」のような曲は、悲哀溢れるウォレン夫人の物語のミステリアスな側面を強調付けるものであるが、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」のような音楽性を感じ取る事ができる。音楽全体は、室内楽のような感じで続いて、ピアノ、弦楽器の演奏を通して、ウォレン夫人を暗示するメインのボーカルが華麗な雰囲気を作り出す。この舞台音楽が最もアンビエント的な要素を強める瞬間が「Picking Fruit」である。シンセサイザーを通じて、作曲家のマックレイは電子音楽に近い音楽の手法を選んでいる。そして、クワイアやミステリアスなシンセサイザーの伏線を通じて、華麗な弦楽器のソロが登場する。ここではチェロと思われる芳醇な旋律が、力強く鳴り響く瞬間がこの曲のハイライトとなる。

 

声楽を中心とする曲の中で、最も目玉となる曲が「Bloodline」である。制作者が語る「亡霊的な響き」が最も色濃く表れ出た瞬間である。この曲は特に、夫人の売春婦としての艶やかな雰囲気がオペラティックな歌唱によく表れ出ている。一方でそれは艶やかで魅力的であるが、危険なバラのような棘を持った夫人の人物像を音楽の向こうに浮かび上がらせる。こういった劇伴音楽の手腕は本当に見事であり、たとえ舞台そのものの演出がなくとも、独立した音楽作品として十分自立していることを証し立てるものである。この曲に感じられるミステリアスな雰囲気はまさしく、バーナード・ショーの作品をくまなく読み込んだからこそなしえた凄技だろう。

 

本作『Warren Suit』はオペラティックな側面もありながら、バレエの組曲に近い音楽構成も発見出来る。そしてまた、アルバムの最後に収録されている「Ghosts In White Dress」は、ウォレン家の豪奢な暮らし、その裏に隠された物悲しいエピソード、当時の社会的な道徳という副次的な主題を鮮明に浮かびあがらせ、まるで音楽という舞台を中心に登場人物たちが甦るような不可思議な感覚に浸されている。音楽的には、Morton Feldmanの作品『Rothko Chapel』に近い感覚を見出せることもあった。近年聴いた劇伴音楽の中では随一の作品で、大いに称賛すべき組曲。

 

 

85/100 

 

 

 

 

 

日本版 ウォレン夫人の職業 2026年1月23日より劇場公開


Angus MacRae:

 

アンガス・マックレイは作曲家、マルチインストゥルメンタリスト、レコーディングアーティストであり、その作品はレコード、実験的なライブパフォーマンス、演劇・ダンス・映画のためのスコアの間をシームレスに行き来する。彼の音楽は容易に分類されることを拒むが、広くはクラシック音楽と電子音楽の交差点に位置し、即興がしばしばその核心をなす。


独特の音楽的世界構築で知られるマックレイの作品は、記憶と想像力をテーマに深く概念的な探求を続ける。数々の高評価を得たアルバムやEPを通じて、その音楽は世界的な聴衆に届いている。


彼の数多くの楽曲は、ナショナル・シアター、アルメイダ・シアター、BAM、ロンドンのウエスト・エンド、ブロードウェイなど、国際的に著名な会場で演奏、上映されています。ドミニク・クック、レベッカ・フレックナル、リンドジー・ターナーなどの監督、マイケル・ウィノグラッド、ナタリア・ツプリク、バレネスク・カルテットなどのミュージシャンとコラボレーションを行っています

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