boygenius  『the record』/ Review

boygenius  『the record』

 

 

Label: Interscope

Release: 2023年3月31日



Review


今週最大の話題作であり、また、ソロアーティストとしても活動するフィービー・ブリジャーズ、ルーシー・デイカス、ジュリアン・ベイカーのスーパーグループ、boygeniusの待望のデビュー・アルバムは非常に高いクオリティーを擁する聴き応えのあるロックアルバムとなっている。


昨年、いまだ記憶に新しいが、boygeniusのトリオはロサンゼルスに突如姿を現し、撮影を行っていたことがメディアの間で話題に上った。さらにファンの間ではデビュー・アルバムのリリースが間近なのではないかという噂が流れた後、遂に公式にインタースコープから『The Record』のリリースが発表された。その後、boygeniusのメンバーはカート・コバーンが死去する直前のローリング・ストーン誌で特集が組まれた際、コバーン、ノヴォセリック、グロールを模したスーツ姿で撮影に臨み、表紙を華々しく飾った。これはトリオの大胆不敵なメッセージ代わりとなり、多くの音楽ファンに鮮烈な印象を与えたことだろうと思われる。


既に、今作は、Pitchfork,Stereogum、DIYといった世界の著名な音楽メディアに好意的に迎え入れられており、その音楽性の良さに関しては既に疑いないものとなっていることは事実である。特に、このアルバムが聴き応えがあるのは、トリオが単なる趣味のバンドとしてboygeniusを立ち上げたわけではなくて、実際に曲作りやレコーディングに関して本気度の高さが感じられることによる。他のメディアも指摘しているとおり、三者の結束がもたらす友情性の魅力もさることながら、時々、ライブセッションの節々からはギターロックとして熱狂性すら感じられる。これまで本格的なガールズロックバンドは数少なかったが、その歴史を今まさにboygeniusは塗り替えようとしているわけなのだ。いや、それはニルヴァーナを模していることからも分かる通り、ロック史を塗り替えたいというboygeniusの声明代わりとなるようなアルバムと言えるのである。もはやロックは男性だけのものではない、というメッセージがこのアルバムから読み取ることも出来る。

 

そういった意味において、プレスリーの時代、またのちのビートルズ、オアシスやニルヴァーナの時代、また、その後に続く時代を経て、『The Record』はロックの一つの転換点にあるような作品と呼べる。そして、ポストロック、カントリー、グランジ、ポップス、R&Bというように、楽曲ごとに音楽性が切り替わっていく。そして、ソロアーティストとしても活動するフィービー、ルーシー、ジュリアンのボーカルは曲ごとに分たれているのではなく、一曲の中で、メインボーカルが切り替わり、常に流動的な流れを形作り、聞き手をほとんど飽きさせることがない。何より、ポップネスが何たるかを熟知するフィービー、そしてカントリーの影響をポップスとして落とし込むダカス、さらにはフォーク寄りの音楽的なルーツを持つベイカーの三者三様の個性がセッションを通じてスパークする場合もある。つまり、ソロアーティストの寄せ集めではなく、トリオの本気のロックセッションがクールな形で繰り広げられていくのである。

 

アカペラでオープニングを温和な雰囲気で彩る「Without You Without Them」で気持ちが和むが、続くポスト・ロックの影響を受けた乾いた質感を持つ「$20」でboygeniusは自分たちが最高のロックバンドであると世界に対して勇敢に主張する。さらに続くフィービーを中心に書かれたという話である「Emily,I'm Sorry」は個人的な記憶にまつわる悔悟のような意味が見出せ、そこに切なさすら感じる。


「True Blue」は新時代のロックアンセムといえ、特にアルバムの中で最もコーラスが絶妙に溶け合っており、ときに凛とした美しさすら感じられる。その他、爽やかなミュージック風のイントロからロックアンセムへと様変わりする「Not Strong Enough」もアルバムのハイライトとなる一曲である。ギターのバッキングの心地よさと、メイン・ボーカルのクールさがきらりと光る。またアルバムの後半に収録されている「Leonard Cohen」は偉大なカナダのフォーク/ロックの影響下にある最も渋さのあるブルージーなナンバーとしてリスナーを聴き入らせる力を持っている。

 

「Satanist」はboygeniusのグランジへの讃歌代わりとなるナンバーで、このトリオの音楽的なルーツを探ることが出来る。特にシンプルでありながら、ひねりの聴いたコード進行を打ち出そうという点は、2020年代において最も勇気を必要とすることなのである。またアルバムの最後に収録されている「ある年老いた詩人への手紙」は意味深なニュアンスを読み取る事ができるが、エンディングにふさわしい繊細なバラードソングだ。アルバムの最初と同じように、アカペラ風のモチーフが最後になって美しいエンディングへと繋がっていることがわかる。

 

『The Record』は、他の媒体のクリティックにおいてboygeniusの友情ばかりが重要視されているが、もちろん魅力はそれだけにとどまらない。これは、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・デイカス、ジュリアン・ベイカーという秀逸な音楽家の勇気が美しい結晶となったデビュー作でもある。

 

 

 

94/100

 

 

「True Blue」