Olivia Rodrigo 『GUTS』
Label: Geffen
Release :2023/9/8
Review
2021年の『SOUR』でグラミー賞の最優秀ポップ・ボーカル部門を獲得し、一躍スター・シンガーの候補として目されるようになったオリヴィア・ロドリゴ。続く『GUTS』でも、その勢いは留まることを知らない。
先日、New York Timesで紹介されたプロフィール記事の中で、新作アルバムの制作秘話を解き明かしていた。当該記事の中で、ロドリゴは、グラミー賞の後、ただならぬプレッシャーにさらされていたこと、ジャック・ホワイトにアドバイスを求めたこと、その他にも、St,Vincentのサウンドを作り出したアニー・クラークを重要なメンターとして挙げている。実際の音楽制作の影響としては、Snail Mail,Sleater Kinny、Jonny Mitchell,Beyonce,No Doubt,Sweetを例に挙げている。とくに、Sweetの「Ballroom Britz」をたくさん聞いたと率直に打ち明けている。これはあながち、ミステリアスな印象のある『Guts』という作品を語る上で度外視できない側面もある。つまり、新旧のスターシンガーの影響に加えて、パーティー・サウンドからの影響と、Snail Mail、Indigo De Souzaのような現行のオルタナティヴ・ロックを絡めたアルバムなのである。
実は、オリヴィア・ロドリゴの新作は、何を期待するかによって、評価もガラリと変わる可能性がある。つまり、端的に評価をつけるのが難しいように設計されているとも言える。また、私見では、ゲフイン・レコードは、超ヒット作も数多く輩出してきたが、その反面、どうしてもヒットさせることのできなかった迷作もリリースしてきた。つまり、賛否両論のあるアルバムを80年代からリリースして来た経緯があることは、頭の隅に置いておかねばならないだろう。
しかし、実際、ポピュラー・ミュージックとしては賛否両論を巻き起こしそうな気配があるが、オルタナティヴ・ロックとして素直に聞くと、結構楽しめるし、聞き所もあるアルバムだと思う。
オープニング「all american bitch」では、NIRVANAの「Smells Like Teen Spirit」の静と動の構造を踏襲し、それをインディー・フォークとポップ・パンクの対比という形に置き換えている。実際、これは使い古された形式ではあるものの、Clairo、Girl In Redのようなトレンドのベッドルーム・ポップに触発されたオリヴィア・ロドリゴのボーカルは、心地よい感覚をもたらす場合もあり、フックの効いたアンセミックな響きを帯びる瞬間もある。オープニングの掴みとしては最高のナンバーで、また、アルバムの全体的な印象を捉えるのにも最適である。スタジアム級のアンセムとしても、これ以上はない素晴らしいオープナーで、聞き手の心を鷲掴みにする。
「all american bitch」(Live Version) *アルバムの収録バージョンとは異なります。
「bad idea right?」 は、girl in redに対するオリヴィア・ロドリゴからのささやかな返答代わりとなっているのかもしれない。ここでは、ベッドルーム・ポップを下地にして、クランチなオルト・ロックの要素を突き出している。シンガロング性を重視するという点では、アリーナのスタジアムでのライブを意識している。とりわけ、ユニークだと思うのは、チアリーディングのコールのような要素をオルト・ロックの中に織り交ぜていることだろう。これは、Indigo De Souza(インディゴ・デ・ソウザ)が「Take Off Ur Pants」で披露している手法であり、米国のハイスクール・カルチャーのクインビーのノリを思わせ、明るく爽快でフレッシュな気分をもたらしている。曲のシンプルな構成は言わずもがな、テクノの影響を絡めた前衛的なサウンドを取り入れていることも、楽曲のエンターテイメント性を高めている。あまりにシンプルなサウンドなので拍子抜けしてしまうが、こういった痛快なサウンドを批判することは無粋となるだろう。
続く「vampire」は、米国のスターシンガーのバラードの形式を踏襲している。しんみりとしたナンバーであり、アーティストのナイーヴな一面を感じとることが出来る。そして、そのメロディーラインにはほろりとさせるものがあるが、残念ながら、その情感がリアルなものとはなっていない。もう一つ、問題を挙げるとするなら、ラナ・デル・レイ、ミッチェルのようなシンガーの領域へ挑戦するのは時期尚早のように感じられる。ソウル風の歌唱や高音域のビブラートに関しても大いに疑問符が残る。スター・シンガーらしい感じを出すのではなく、敢えて、もっと親しみやすいポップ・バラードに徹しても良かったのではないだろうか。ハスキーなボーカルに関しては、心を揺さぶられるものがあるので、シンガーの歌声の深化に期待したい。
「lucy」はアーティストのインディー・フォークのソングライターとしての一面が表れている。バラードとしての深みには乏しいところもあるかもしれないが、カントリーにも似た情景を喚起させる美しいフォーク・ソングとして楽しめる。 曲の中盤でコーラスが加わると、メロウな感じが出てくるのが興味深い。それほどソウルを意識した楽曲とは言いがたいが、ソウルとフォークが掛け合わさった画期的なナンバーだ。アルバムの中では、それほど派手な印象がないけれど、オリヴィア・ロドリゴがソングライターとしての進化を表している。この曲のクライマックスに関しては、ロドリゴのビブラートが伸びやかであり、並み居るシンガーとの才覚の違いを感じさせる。ポップ・シンガーとしての真価が、この曲に示されていると言えるだろう。
「ballad of a homeshooled girl」は、スネイル・メイルのオルト性とグランジと結びつけたような一曲、もちろん、アルバムのハイライトと称するべきだ。不思議なのは、しんみりとしたバラードとは異なり、こういったアップテンポのグランジに傾倒したサウンドのボーカルをとった途端、アーティストから鮮やかな息吹を感じる。これは好きでやっている人物に叶うものはないという格言の証明にもなろう。実際、曲としても成功を収めていて、サビに差し掛かった時、アーティストの最も輝かしい姿を捉えられる。パブリーなサウンドの印象が表立つ一方で、2023年のポップ・ミュージックの最高峰に位置する。アーティスト自身が影響を受けたと語る、No Doubtのグレン・ステファニーの爽やかなソングライティング性を継承し、エンターテインメント性の高い、心弾ませるような曲を生み出したのは見事としか言いようがない。
「making the bed」は、ベッドルーム・ポップを少しアヴァン・ポップ風にアレンジした楽曲となっている。もし、グラミー賞の授賞式で披露されようものなら、観客に感慨深さを与えることは必須であり、「vampire」と同じようにアーティストのナイーブな一面が表れている。迫力のあるボーカルに加え、アヴァン・ポップを意識したファズ・ギターが強固な印象を及ぼす。そして、これらのノイジーさが曲の終盤で途絶え、切ないような情感が呼び覚まされる瞬間がある。アルバムの中でも最もアーティストの感情の多彩さが現れた楽曲で、一聴する価値あり。
「logical」はカントリー/フォークの影響を感じさせ、他の楽曲とは異なる音楽性を示している。昂じるわけでもなく、反対にしんみりとするわけでもなく、フラットな感覚を美しいフォーク・ミュージックで縁取っている。ボーカルについては荒削りな部分もあるけれど、その歌声の中には真摯な姿勢が感じられ、胸を打つ瞬間もある。そして、曲の後半では、シンガーとしてのただならぬ潜在的な才覚を感じさせる場面が出現する。感情を剥き出しにして歌う瞬間には、息を飲むような美麗なひとときが留られている。すべてが洗練されているわけではない。ところが、頂点に登りつめようとする歌手の心意気には心を揺らぶられるものがある。それは以前のグラミー賞に手が届かなかった、レディー・ガガにも似た感覚があるのではないか。
しかし、こういった神妙なバラードソングの後、ジャンクなロックナンバー「get him back」を持ってくる点に、オリヴィア・ロドリゴの他では求めがたい個性味がある。 さながら着色料塗れのエム・アンド・エムズを一気に口の中に流し込むかのような感覚であるが、ジャンクフードにも近いオルトロックの毒味は、たしかにアルバムのアートワークと絶妙に合致しており、そして奇妙な好感を呼び起こす。綺麗なばかりが魅力ではない。バラのトゲのような要素がアルバムに重要なアクセントを与え、力強い印象をもたらす。そして、世間体や綺麗事だけでは終わらせない。それがオリヴィア・ロドリゴのロックシンガーとしての凄さとも称せるだろう。
「love is embarassing」も軽妙なポップナンバーだ。痛快な疾走感があり、現代のリスナーが求めてやまない軽やかなエナジーがほとばしる。楽曲の構成に従ってテンションが上がったり下がったりするメロとサビを擁する。ジェットコースターのような感じの曲ではあるものの、実はこういったシンプルかつ簡素な曲を書き、そして、それを大衆の期待に添える形でアウトプットすることは、実は一番難しいのだ。このサウンドの中には、アーティストの喜びや生の感覚が余すところなく込められ、それらが実際の人生のおける愛情という体験を通じ、大衆に理解されやすい形で昇華されている。そして、この曲は、メイジー・ピーターズが提示する2023年のポップスのメインストリームにある流行の音楽性を示している。この心楽しいサウンドは、実際、どのような陰気さをも吹き飛ばす力がある。アーティストとして最も重要な感性が、この曲で示されていると言える、そして、それは真摯な姿勢からもたらされるものでもある。
「the grudge」でも現行のベッドルーム・ポップの最新鋭の形が示されている。オリヴィア・ロドリゴの歌声は、曲がりくねった道のように複雑であるが、それこそ、若い年代の歌手が示すべき感情表現である。悲哀を込めた歌声は、円熟味とは対極に位置しているが、その素直さに心打たれるものがある。耳の肥えたリスナーにとっては、こそばゆいような感覚をもたらす場合もあるかもしれない。だが、そういった純なる感覚をシンプルなポップソングに落とし込もうというアーティストの意向は大いに賞賛されるべきだ。そして、それはやがて、激したエモーションへと変わり、劇的な瞬間を巻き起こす。スターシンガーとしての真骨頂は、曲の最後に表れる。それは純粋なものが込められているがゆえ、美しく輝かしい感覚の結晶と化している。
続く「pretty isn't pretty」 でも、インディーロックのソングライターとしての傑出した才覚を発揮している。AOR/ソフト・ロックにも近いマイルドなロックソングは、 The 1975のマティ・ヒーリーのソングライティングとはスタイルこそ違えど、2023年以降のトレンドとなりそうな作風だ。また、この曲には、アーティストのMTVの全盛期のディスコ・サウンドへのリスペクトが感じられ、80年代から続くアメリカン・ポップスの王道の音楽性が受け継がれている。意外にも、ここにアーティストの普遍的なポピュラー音楽への愛着を感じとることができる。
クローズ「teenage dream」では、アーティストの十代の感性との決別が切なく歌われている。ジョニ・ミッチェルの古典的なバラードを踏襲しながらも、2020年代の新しい音楽性の息吹を感じさせる。オリヴィア・ロドリゴのセカンド・アルバムの音楽は、グラミー賞の栄光にあやかろうとも、誰よりも真摯に音楽への挑戦を続けた結果として表れ出たものなのである。アーティストの表向きのイメージで全てを語ることは出来ないし、その先入観を全てその人物のイメージに当てはめることもできない。そういった人間の複雑性を表したという面で、本作は今年度のポピュラー・ミュージックの最高峰にふさわしいアルバムと言えるのではないか。少なくとも、前作に比べると、アーティストは見違えるほどステップアップしていることに気づく。彼女はどこまで凄い歌手に成長していくのだろう。実際、それは誰も知り得ない事なのだ。
97/100
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