Weekly Music Feature: NoSo 『When Are You Leaving?』



『When Are You Leaving?』は、シンガーソングライター兼プロデューサーの韓国系アメリカ人、ペク・ホンがNoSo名義で発表した2作目のアルバムであり、ホンが幻想から現実へと向き合う姿を描いている。以前、ホン(they/he)は性転換手術を前に「まっすぐな腰」や「シンプルな手足」への憧れを歌っていた。 この数年間、ソングライターは、ジェンダー観と内的な格闘を行ってきた。しかし、ノソの音楽は、そういった重い概念を超越するために存在する。


デビュー作『Stay Proud of Me』はロックダウンの制限下で制作された。トランス男性としてのアイデンティティを完全に受け入れるとはどういうことかを描いたアルバム規模の白昼夢だった。「私の最初のアルバムは、私が自分のアイデンティティを受け入れたら、私の人生がどのようなものになるかについての空想で構成されていました」とNosoは回想している。 


「”Stay Proud of Me”は、私が今まで作った最初の作品で、私が誇りに思うことを知っています。そのレコードを作るためにどれだけ多くを学ばなければならなかったかを知っているので、それは私にとって永遠に特別なものです」  


2022年にリリースされたこの作品は批評家から絶賛され、NPRの、Paste、The Guardian、Notionなどから称賛を受け、Tiny Deskでのパフォーマンスも実現した。 しかし、移行を切望することと、実際に移行することは別物だった。転換手術をするということは新しい自分になるということでもある。


ずっと望んでいたものを手に入れた時、新しい問題が伴うとなると、どうなるのだろうか? 自分の肌に心地よさを感じようと全力を尽くしても、誰が自分を見ていて、誰が見ていないのかは判断がつかない。 『When Are You Leaving?』は、機知に富み成熟した視点で、そうした人間関係が内面に及ぼす影響を優しくも率直に探る。過去の作品に漂っていた痛みが、より思慮深く抑制されたものへと移行し、その過程でより完成された複雑なフォンの姿が浮かび上がる。


「このレコードはリアリティに根ざしており、私の啓発的で激動の経験を真正面から表現しています」とホンは説明している。 「そのヒントは「Sugar」のいたるところにある。夢のようなディスコのグルーヴときらびやかなポップな外観の下には、思いやり、境界、そして傷ついている人のために空間を保持することの反映があります」


「『Sugar』は、不安定で体調の良い個人と交流する繊細なダンスについてです」とホンは説明する。「それはそれらの経験を反映し、怒りではなく同情を持ってアプローチすることを目指している。これが私が前進できる唯一の方法だと学びました。それらの記憶を養うのではなく、彼らに力を与えることが大切です」


NoSoは、シカゴ出身でカルフォルニアのソーントン音楽学校でギターとソングライティングを学び、現在はロサンゼルスを拠点とする。

 

その音楽は、彼の異なるアイデンティティが交差する地点で生じる疎外感と向き合っている。 芸名「NoSo」は、白人中心の地域で育った彼がよく受けた質問に由来する。ロサンゼルスではギターの才能で知られるようになったが、最終的に自ら深く個人的な音楽を書き続ける道を選んだ。『When Are You Leaving?』は彼がこれまでに手掛けた作品の中でも最もパーソナルな作品と言える。


彼はアルバムについて説明する。「歌詞の内容は時に強烈ですが、それでも栄光に満ちています。ただ、以前よりもそれを地に足がついた形で表現してみたいと思った」 その喜びは空想からではなく、有害な人間関係や苦痛な状況から抜け出すといった、具体的な小さな出来事から生まれる。

 

タイトル『When Are You Leaving?』は、そうした力学に適切に対処し、あるいは完全に脱却するために必要な精神的な強さから来ている。 音楽はそうした小さな成功に相応しいスケール感を与えている。アルバムは広々としたアレンジが輝き、時折サックスやストリングスが彩りを添える。「Nara」のような曲は80年代ニューウェーブの舞踏会にもなり得た。フオンがその名前をリズミカルな詠唱に変えるコーラスは、聴衆が一緒に歌い出すのを待っているかのようだ。


『Stay Proud Of Me』と同様、ホンは、全曲セルフ・プロデュースを手掛け、音楽の幅を広げることに、ますます自信を深めている。 全ての楽器はリモート録音されたが、その総合効果はホンがルーツとするベッドルーム・ポップとは程遠い。本作は彼の多様な趣味を反映している。 


『When Are You Leaving?』ではプラトニックな失恋、人間関係や職場における力関係といったテーマが、鮮烈で具体的なイメージで描き出され、ジャンルや年齢、性的を超えた普遍的な共感を聴き手に呼び起こす。 その中には、やはり、性別の葛藤という主題が織り交ぜられている。女性とベッドを共にするが、自分自身として認識されない。他の曲では自分自身として認識されるが、愛されていると感じられない。 これらが投影された不安なのか、相手の真の感情なのかは決して明かされない。しかし、それがアルバムの歌詞に潜むずれに拍車をかける。


洗練されたサウンドメイクと棘のある歌詞は互いに補完し合い、ペク・ホンという人物のより豊かな肖像を描き出す。しかし、それもまた、ホン自身の言葉通り「自分のエネルギーは依然として女性的だと気づいた。でも、ある時期、自分の見せ方ゆえに男らしさのステレオタイプを体現しようとしていた」と語るように、決して完全にはフィットせず、齟齬のようなものがある。 そう考えると、Nosoは、こういった認識下にある違和感を音楽により体現させてきたのだ。

 

本作の核心にあるのは「よりよく理解されたい」という誰でも持ちうる切望だ。矛盾するように見える要素は撞着などではなく、一人の人間を構成する異なる側面である。この趣旨を捉える手腕こそが、『When Are You Leaving?』を人生の複雑さの細部を詳細に描き出す唯一無二の作品にしている。そして、このアルバムは内的な葛藤を描きながらも、ときに軽快さを併せ持つ。



Noso 『When Are You Leaving?』-  Partisan



NoSoの音楽は、米国のミュージックシーンにおいて、日に日に存在感を増しつつあるソフィスティポップの系譜にある。もともと、中性的な歌声をホンは持っていて、それが清涼感のあるソングライティングと結びついていた。


ボーカリストとしてだけではなく、ギタリストとしての性質が強いNoSoであるが、バランスの取れた音楽性が主な特徴である。西海岸の音楽の影響下にあることは事実だと思うが、その中には独特なオリジナリティが込められている。フォンのソングライティングは、聴きやすさを維持した上で、暗い感情から晴れやかな感情をくまなく表現し、起伏のある音楽性をもたらす。

 

アルバムのオープナー「Believable Boy」ではイントロのシンセのベースラインの後に、比較的ゆったりとしたテンポを持つエレクトロポップが続いている。その後には、ボーカル、ギター、そしてピアノのアレンジを織り交ぜながら、不安の領域にあるインディーポップソングを展開させる。新しい自分へと生まれ変わったことへの不安か、あるいは以前の自分からの声を聴くかのように、亡霊的なボーカルが漂い、暗さと明るさの間にあるアンニュイな領域をさまよう。


Nosoのボーカルはどことなく哀愁を漂わせていて、The National、Interpol、Radhioheadのようなオルタナティヴなバンドを彷彿とさせる。 一曲目のソングライティングは、表面的には、ポップに属するが、その内核にあるのは、インディーロックへの親しみである。

 

今回のアルバムの冒頭では、ベースラインを強く意識することにより、軽さと重さのコントラストを併せ持つアルトポップソングが誕生している。そして内的な感情の変遷を体現させながら、波のように起伏のある曲を作り上げていく。エレクトリック・ピアノ、ギターがまるで感情の混合体のような働きをなす。


Nosoの曲は、沈鬱な趣を持ったかと思えば、それとは対象的に、ダイナミックでドラマティックになったりする。その中には、物悲しいペーソスが漂うが、同時にそれは孤立せず何らかの共感を誘う内容である。内的な痛みを癒やす何かがこの曲には内在している。この曲がドラマティックな印象を持つのはボーカルの箇所ではない。器楽的な効果を強調した2分以降である。特にギターラインの多重録音の箇所では息を飲むほど美しいハーモニーを形成する。これらの少しずつ音楽がドラマティックになっていく感覚が本作の醍醐味でもある。そこには遠回りしてでも本物の領域にたどり着きたいというアーティストの強い意志を垣間見ることが出来る。


「A Believable Boy」

 



先行シングルとして公開され、そして、Noso自身が、本作の核であると話す「Sugar」は、前作よりも遥かにポップでライトな音楽性を探っている。明らかに、シンセ・ポップやテクノ・ポップを強く意識した曲であり、感覚的には日本のシティポップやYMO/Meta 5のような音楽性を併せ持っている。しかし、中音域から上の帯域ばかりに気を取られがちだが、この曲の素晴らしさは、楽器の音域のバランスの良さに求められる。ベース、ギター、シンセ、中音域から高音域にあるボーカルが適切に配置され、音域の重複がないため、クリアなサウンドとして耳を捉える。例えば、中音域ばかりに音を集中させると、どうしても音が曇ったり、ぼんやりする。高い音域を聴いても、低い重低音のような音域を聴いても、絶妙なバランスが取れている。


Nosoの歌は、レッテルなどは人の認識に過ぎないをあらめて意識させ、同時に、それらを乗り越えることの大切さを教えてくれる。デビューアルバムと同様に、ボーカルの素晴らしさが際立っている。例えば、0:54以降のサビ/コーラスの箇所はかなり劇的な印象をもたらす。この箇所を聴く限りでは、シンガーとしても驚くべき成長を遂げていることがわかる。一般的にヴァースからサビにかけて跳躍するメロディー進行こそ、ポピュラーソングのソングライティングの基本である。この点をシンガーソングライターは踏まえ、サビに移行するときに、跳ねるような軽妙な感覚を聞き手に付与する。それがつまり、Nosoがいうところの、他者に勇気を与える、ということなのである。メロディーの側面、あるいは曲のストラクチャーの側面、あるいは和声がどのように動いて、そして、メロディーと連関するのか、これらすべてをNosoはしっかりと把握しながら、聴き応えのあるポップソングを提供している。いうまでもなく、その高水準の楽曲を実現させたり体現させているのがペク・ホンの高い演奏技術である。特に、ファンクを強く意識したカッティングギターがボーカルと合わせて最大の聞き所となるだろう。曲は徐々に軽快になっていき、ディスコポップに近い踊らせるためのナンバーに変貌する。

 

「You're Not Man」では個人的な体験を通して、切ない感覚を持つギターロックのバラードを制作している。しかし、イントロではバラードであるものが、曲の途中から少しずつ変化し、ダイナミックな印象を持つディスコポップへと移行する。つまり、NoSoの作曲のすごい点は、一曲の中で体現させるジャンルが変わっていくのである。感情や体験を象徴づけるに相応しい音楽は何か、それを丹念に解き明かし、そして最終的には軽快なポップソングに昇華させる。また、サビやコーラスの箇所でも、基本的にはポップソングを中心に構成されるが、時々、ソウルやファンクも器楽的な効果に合わせて内包させている。そして、曲の構成としても、ヴァースとコーラスを瞬間的に配置するのではなく、ブリッジの箇所を設け、タメの部分を作っている。おのずとサビやコーラスの箇所がダイナミックかつドラマティックに聞こえる。このあたりには、細部にわたって、ソングライティングの構成の面に気を配った痕跡がのこされている。また、サビの後には、コーダのような箇所を作り、良いフレーズの余韻を作り上げる。こういったどのような細部にも手を抜かない姿勢は、全体的な水準の高さに直結しているのである。

 

新作アルバムでは、新しい試みーーバンドアンサンブルを通じた新しいサウンドの追求ーーを見つけることが出来るはずだ。例えば、「Don't Hurt Me, I'm Trying」は、ポストパンク風のイントロで始まる。今まであまりなかったヘヴィーな音楽性を盛り込んでいる。これらはエレクトロパンクとも呼ぶべき音楽の入り口となり、スパイスの効いた音楽をご所望のリスナーの期待にこたえている。この曲では、以前は女性的な性質を持っていたが、それとはもう一つの男性的な側面を反映させている。オーバードライブの効いたサウンドは、ポップとロック、パンクの中間に位置づけられるニューウェイブへのリスペクトを意味する。 サビ/コーラスの箇所がかなり聞き所である。このアーティストとしては珍しく、最もロック的なキャラクターを感じられる。この曲に見いだせる肩で風を切るようなクールな感覚は、本作の最大のハイライトとなる。

 

 

 「Don't Hurt Me, I'm Trying」

 

 

 

 「Dad Made Toast」では、4ADのBartees Strangeがコラボレーターで参加している。イントロはギターで始まり、その後、エレクトリックとソウルを融合させたネオソウル風のサウンドへ舵を取る。一般的な音楽性に強い個性を添えているのが、バーティーズ・ストレンジのボーカルであり、このサウンドにR&B的な感覚を付与している。そしてそれは依然として、ダンスミュージックやデュスコというこのアルバムの副次的な音楽のテーマを織り込んでいる。異なる個性が別の化学反応をもたらすという点では、コラボレーションのお手本と言えるだろうか。

 

アルバムの中盤には、ポストクラシカルの音楽性に傾倒した一曲がキラリと光る。「My Fault,My Fault」は、映画のサントラのようである。映画「アメリ」のサウンドトラックのような音楽性をボーカル曲と結びつけている。オーラブル・アーノルズが好むようなピアノの音色であるが、分散和音と終止形の反復を交互に織り交ぜながら、ミステリアスな音楽世界を探求している。そしてその伴奏に合わせて、トム・ヨーク的な響きを持つボーカルをかけ合わせる。

 

その後に続く「Who Made You This Sweet?」では、爽やかなフォーク・ソングを提供している。アコースティックギターによる楽曲であるが、音楽そのものから牧歌的な光景が目に浮かんでくるはずである。特に、対旋律法によって2つのボーカルが併置されるという点では、ポピュラーソングの作曲に大きな革命をもたらしている。この曲の繊細なボーカルには、瞠目すべき箇所がある。現代のボーカリストとしては、(カウンター・テナーであるということを加味したとしても)実力が傑出している。そして、2つの自己やアンデンティティを並立させるように、別の人格としての歌を歌い上げる。その瞬間、このアルバムの最も美しい瞬間が訪れるのだ。


冒頭でも述べたソフィスティ・ポップの影響は「But You Want Him」にも表れている。この曲では、80年代のAORやディスコポップ、あるいはニューウェイブなどを参考にし、ソウル、ポップ、ダンスなどのサウンドをひとまとめにする。この曲では、ドラムの演奏が首座を占め、背景となるシンセの淡いサウンドや、ジャズをほんのりと意識したサクスフォンの演奏と合致している。これらの重層的なサウンドは、曲に対する興味を惹きつける要因ともなるはずだ。アルバムのオープナーと同様に、The Nationalのようなサウンドもサビ/コーラスの部分で登場する。どうやら、NoSoは、TV On The Radioのようなインディーロック・バンドも好んで聴くという。シンガーのオルタナティヴロック好きの一面は、このような曲に明瞭に表れ出ていると思う。

 

 

 「Nara」は『Stay Proud of Me』以降、ホンさんが探求していた音楽性が大きく花開いた瞬間だ。清涼感のあるポップセンス、実力派シンガーの力量、そして作曲の練度の3点において傑出している。この曲は、NoSoを知らないリスナーには入門編として最適なトラックとなるだろう。The Police、Boz Scaggsの音楽性を彷彿とさせる精妙で軽やかなポップソングとして大いに楽しめること請け合いである。まったりした雰囲気のシンセポップはこの歌手の代名詞でもある。 


アルバムの最後の収録曲では、未知の音楽的な領域に足を踏み入れている。ローファイ風のギターのインストから、渋いアルトポップソングへと移行する。やはり一つの曲の中でジャンルの境界線が曖昧になっていく、シンガーソングライターらしい音楽性を捉えられる「Let It Die」は、トランスジェンダーとして生きることの悲しみや切なさを体現させている。曲の終盤ではビートルズの名物プロデューサー、フィル・スペクターの代名詞「Wall Of Sound」が登場する。チェンバーサウンド(反響する音)は、オーケストラストリングとの豪華な共演により実現した。


二作目は変わった部分もあるが、変わらなかった部分もある。それが一番良いと思った理由だ。

 

 

「Nara」

 

 

 

 

85/100

 

 

 

▪NoSoのセカンドアルバム『When Are Your Leaving」はPartisanから本日発売。ストリーミングはこちらから。


リリース情報:  NOSO  2NDアルバム『WHEN ARE YOU LEAVING?』を発表  10月10日にPARTISANからリリース

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