Roisin Murphy 『Hit Parade』-New Album Review

 Roisin Murphy   『Hit Parade』




Label:Ninja Tune

Release: 2023/9/8



Review 



UKソウルの代表格、ジェシー・ウェアとのコラボレーション等で知られるロイシン・マーフィーは、アイルランド出身で、当地を代表するソウルシンガーの一人である。ダンス・ポップ・リヴァイヴァルの体現者であり、超実力派のシンガー。『アルバム発売日直前、アーティストがLGMTQの発言に関して、SNSでスキャンダラスな一件を巻き起こしている。しかし、少なくとも、マーフィーが指摘したのは、同性愛の権利をしっかりと認めた上、成長過程でまだ性差の認識がない時期に、そういった刷り込みをすることは健全ではないということであり、つまり、アーティストは何ひとつも間違ったことは言っていないし、彼女の考えは健全であると擁護しておきたい。むしろキャンペーンばかりが目立つ中、こういった反駁もあってしかるべきではないか。偽のキャンペーンの二次被害者が出る前に弥縫策を打っておくことも必要だろう。

 

 

さて、『Hit Parade』は、ハンブルクとベルリンを経由して制作されたというが、その全般は個人的なスペースを重視して制作が行われた。DJ Kozeとのコラボレーションアルバムとロイシン・マーフィーは銘打っており、フロア・ミュージックの要素が強いダンス・ポップとして楽しめる。それらのダンサンブルなビートの中にソウルミュージックの要素も散りばめられていることもニンジャ・チューンらしいリリースだ。すでにクラブ・ビートの壮絶な嵐の予兆は、オープニング「What To Do」に顕著な形で見える。ここではネオ・ソウルとダンス・ポップを融合させ、アルバムをリードする。大人のダンス・ポップ/エレクトロ・ポップとしてこれ以上のオープニングはない。「CooCool」ではヒップホップの影響を交えて、スモーキーなソウルとしてアウトプットしている。その中にはディスコに対する憧憬も含まれている。ボーカル・ラインはジャクソンを思わせ、それがコーラスのヴィンテージ・ソウルの要素と劇的にマッチしている。

 

その後はよりヴィンテージ・ソウルの奥深い領域へと畏れ知らずに踏み入れていく、「The Universe」ではMTVの時代のライオネル・リッチーの音楽性、いわばアガペーに根ざしたソウルを展開する。その中に生ずるDJ Kozeのスクラッチを駆使したターンテーブルのプレイもヴィンテージ感満載だ。80年代のソウル・ミュージックの後のオールドスクール・ヒップホップを思わせるナンバー。この時代には、明確にヒップホップとソウルの違いがなかったのに、いつしかそれは明確に分別されるようになってしまったのはなぜなのか。音楽のジャンルに違いはないのにも関わらず、である。マーフィーのボーカルも淡い哀愁が漂って素晴らしいが、着目すべきは、DJ Kozeのソウルのサンプリングネタのチョイスのセンスの良さ。ソウル・ミュージックのストリングスのアレンジを部分的に織り交ぜ、ノスタルジックな質感を生み出している。


ロイシン・マーフィーは、このアルバムを通じて、様々な感情性を複雑な心の綾として織り交ぜようとしたと説明しているが、「Hurtz So Bad」ではハードコアなエレクトロに、ソウル/ファンクを融合させ、自らの傷ついた経験を歌おうとしている。クラブ・ミュージックに近いグルーヴィーなテンションが特徴のトラックであるが、マーフィーのボーカルから不思議と悲哀や哀愁が匂い立つ。UKベースラインのビートのトラックメイクも巧緻であることに疑いはないが、ロイシンの老獪なヴォーカルは、速めのBPMをバックに歌われているにも関わらず、スモーキーかつスロウなソウルの安定感がある。これらの渋さは、ひとりの人間としての人生経験が色濃く反映されているのだろうか。そこには社会性に対するニヒリズムも読み取ることが出来る。これらの感覚が合うかどうかは別として、ネオソウルとして見ると、聴き応え十分である。

  

 

アルバムの序盤ですでに何度かフィーチャーされているファンクのギター・カッティングが続く「The Home」は80年代のディスコ・ナンバーをファンクの側面から再解釈しようとしている。そして、実際、アース・ウインド&ファイアー、スタイリスティックスのようなファンクなグルーブ感を生み出す。もちろん、ロイシン・マーフィーはリズムを最重要視しながらもメロディーの良さにも気を配る。特に、ファルセットの部分には、サザン・ソウルの全盛期のシンガーに比する圧巻の存在感がある。これは、俗に言う歌謡曲のこぶしのようなフックが強い印象性を及ぼすのだ。マーフィーはホワイト・ソウルとは別のブラック・ミュージックの源泉に迫る。ただ、それらは単なるアナクロニズムに堕することがない。後半部の最近流行りのボーカルの部分的なディレイを掛けることにより、現代的な質感を持つソウルとして昇華するのだ。

 


「Spacetime」は、異星人との邂逅を表現したと思われるシュールなトラック。ここではアルバムのアートワークのような不気味ともユニークとも付かないレーベルカラーの際どい部分が示される。ふざけているのか、それとも真面目なのか、どちらとも解釈しようのあるスニペットだ。しかし、この悪ふざけにも思えなくもないトラックの後にアルバムで最も神妙な瞬間が訪れ、アーティストのアイルランドのルーツへの敬愛が示される。「Fader」のMVは、アーティストの故郷であるアークローで撮影された。当日は、「ハリウッドのような太陽が輝き信じられないほどの好意が感じられた」「アークローの人たちは、私をとても誇りに思ってくれました」と振り返っている。アーティストは、アイルランドを離れてもなお、このトラックに込められている郷土性を誇りに思うのだ。 それらは、ヒップホップ、ソウル、ダンス・ポップ、つまりアーティストが知りうるすべての音楽性を混在させ、それらに分け隔てがないことを示している。実際に本曲のミュージック・ビデオは今年見た中で一番素晴らしい内容となっている。

 

 

 

 

「Free Will」はアルバムの中で風変わりな印象性を持つ楽曲だ。イビサのダンスミュージックに触発されたトロピカルの風味をエレクトロとミックスし、エネルギッシュなナンバーとして昇華している。 他の曲に比べると、ロイシン・マーフィーのポップシンガーとしての性質が最も色濃く反映されているのではないか。曲の後半では、躍動感のあるダンス・ビートとソウルの要素が劇的に融合し、刺激的な瞬間を呼び起こす。イビサ島の夜の泡パーティーでかかっても違和感がない多幸感満載の素晴らしいナンバー。この曲は、イギリスの80年代のマンチェスターのファクトリーのフロアで鳴り響いていた音楽とは、かくなるものかと思わせる何かがある。

 

「Fader」と合わせて、アルバムのもう一つのハイライトともなりえる「You Knew」もチェックしておきたい。この五分半にも及ぶ壮大なトラックで、マーフィーは自らの人生を描写しようとしている。「オープンハートで、生きる動機を明らかにする人間でありつづけたがゆえに、人から愛されなかった代償もあった」と語るマーフィー。曲の後半にかけてダイナミックな瞬間が出現する。ベースラインを基調としたミニマルな構成は、その反復的な構造を持つがゆえに中盤から終盤にかけて強力なエナジーを発する瞬間がある。それらは満ち引きを繰り返す海岸沿いの波さながらに荒々しく波打ったり、それとは正反対に静かに引いていったりもする。ロイシン・マーフィーの人生もまた同じように波乱に満ち溢れたものだったのではないか。それらの怒涛のようなコアなダンス・ビートは、このアーティストのキャリアの集大成を象徴するものでもある。そして、それらの演出的な効果をDJ Kozeの巧みなフレージングが支える。力強く。

 

アルバムの序盤では、ネオソウルとエレクトロ、そして中盤では、ナラティヴな要素を擁するダンスミュージックと変遷を辿っていくが、アルバムの終盤でもそれらの流動性は継続し、「You Knew」のミニマルなクラブビートの気風を受け継いだ「Can't Replicate」では、それらのミニマル・ビートをアシッド・ハウスの要素を融合させている。不思議なのは、DJ Kozeの生み出すビートは軽快かつシンプルで、フロアの扇動的な側面、あるいは多幸感溢れる側面をフィーチャーしているが、このトラックにロイシン・マーフィーの円熟味のあるボーカルが加わったとたん、その印象が一変することである。実際、ノリの良さと渋みを兼ね備えたクラブ・ビートは躍動感と深い情感という際どい感覚、また、それと相反するように思えるアンビバレントな要素を両立させる。これは両者のアーティストとしての才覚が最も鮮やかに掛け合わさった瞬間だ。

 

「Spacetime」でのシュールなスニペットは続く「Crazy Ants Reprise」でも顕在である。ここでは真面目な性質とそれとは正反対にある戯けた性質という2つの局面がぎりぎりのところでせめぎ合っている。オートチューンを掛けたボーカルは、とりもなおさず、ロイシン・マーフィー、DJ Kozeのユニークな性質を表している。

 

このクールダウンの後、突如、アルバムはクライマックスへ脇目も振らずに突き進んでいく。 「Two Ways」は意外にも、UKドリルに触発されたポップ音楽であり、ソウルシンガーとは別のボーカル・スタイルが採られる。特に近年のビヨンセの作風に近い。クローズ「Eureka」では、イントロにクリッチ・ノイズを配して、アヴァン・ポップとネオソウルの新境地へと向かう。チルアウトの要素もなくはない。しかし、そこには独特の緊張感が立ち込め、飽和状態に至ることはない。スモーキーなボーカルの魅力はもとより、このクローズの抜群の安定感にロイシン・マーフィーの真骨頂が表れている。本作はまさに『ヒット・パレード』のタイトルに相応しく、どこをとっても聴き応え十分。新時代のポピュラー・ミュージックの台頭に震撼せよ。

 

 

 

90/100