Sofia Kourtesis 『Madras』- New Album Review

 Sofia Kourtesis 『Madras』


 

Label: Ninja Tune

Release: 2023/10/27

 


Review



ドイツ、ベルリンを拠点とするシンガーソングライター、ソフィア・クルテシスの最新アルバム『Madras』は、ハウスをベースとして、清涼感と強いグルーブを併せ持つ快作となっている。


『マドレス』は、レーベルのプレスリリースによると、クルテシスの母親に捧げられた作品だ。しかし、もっと驚くべきことに、この曲は世界的に有名な神経外科医ピーター・ヴァイコッツィにも捧げられている。世界的に有名な神経外科医がこのレコードのライナーノーツに登場することになった経緯は、粘り強さ、奇跡、すべてを飲み込む愛、そして最終的には希望の物語である。オープニング曲「Madras」を聴くと分かる通り、原始的なハウスの4つ打ちのビートを背に、ソフィア・クルテシスの抽象的なメロディーが美麗に舞う。歌の中には取り立てて、主義主張は見当たらない。しかし、そういった緩やかな感じが心地よさを誘う場合がある。メロディーには、ジャングルの風景を思わせる鳥の声のサンプリングが導入され、南米やアフリカの民族音楽を思わせる時もあり、それが一貫してクリアな感じで耳に迫る。フロアで聴いても乗れる曲であり、もちろんIDMとしても楽しめる。オープニングの癒やしに充ちた感覚はバックビートを背に、少しずつボーカルそのものにエナジーを纏うかのように上昇していく。

 

アルバムの制作の前に、アーティストはペルーへの旅をしているが、こういったエキゾチックなサウンドスケープは、続く「Si Te Portas Bonito」でも継続している。よりローエンドを押し出したベースラインの要素を付け加え、やはり4ビートのシンプルなハウスミュージックを起点としてエネルギーを上昇させていくような感じがある。さらにスペイン語/ポルトガル語で歌われるボーカルもリラックスした気分に浸らせてくれる。Kali Uchisのような艶やかさには欠けるかもしれないが、ソフィア・クルテシスのボーカルにはやはりリラックスした感じがある。やがて、イントロから中盤にかけて、ハウスやチルと思われていたビートは、終盤にかけて心楽しいサンバ風のブラジリアン・ビートへと変遷をたどり、クルテシスのボーカルを上手くフォローしながら、そして彼女の持つメロディーの美麗さを引き出していく。やがてバック・ビートはシンコペーションを駆使し裏拍を強調しながら、 お祭り気分を演出する。もし旅行でブラジルを訪れて、サンバのお祭りをやっていたらと、そんな不思議な気分にひたらせてくれる。

 

クルテシスの朗らかな音の旅は続く。北欧/アイスランドのシーンの主要な音楽であるFolktoronica/Toytoronicaの実験的な音楽性が、それまでとは違い、おとぎ話への扉を開くかのようでもある。しかしながら、クルテシスはこの後、このイントロの印象を上手く反転させ、スペインのバレアック等のコアなダンスフロアのためのミュージックが展開される。途中では、金管楽器のサンプリング等を配して、この南欧のリゾート地の祝祭的な雰囲気を上手くエレクトロニックにより演出する。しかしながらクルテシスのトラックメイクはほとんど陳腐にならないのが驚きで、トラックの後半部では、やはりイントロのモチーフへと回帰し、それらの祝祭的な気風にちょっとしたエスプリや可愛らしさを添える。ヨーロッパの洋菓子のような美しさ。


「How Music Makes You Better」では、Burialのデビュー当時を思わせるベースライン/ダブステップのビートが炸裂する。表向きには、ダブステップの裏拍を徹底的に強調したトラックメイクとなっているが、その背後には、よく耳を済ますと、サザン・ソウルやアレサ・フランクリンのような古典的な型を継承したソフィア・クルテシス自身のR&Bがサンプリング的に配されている。それらのボーカルラインをゴージャスにしているのが、同じくディープソウルの影響を織り交ぜたゴスペル/クワイア風のコーラスである。そしてコーラスには男性女性問わず様々な声がメインボーカルのウェイブを美麗なものとしている。 曲の後半部ではシンセリードが重層的に積み重ねられ、ビートやグルーヴをより強調し、ベースラインの最深部へと向かっていく。


「Habla Con Ella」は、サイモン・グリーンことBonoboが書くようなチルアウト風の涼し気なエレクトリックで、仮想的なダンスフロアにいるリスナーをクールダウンさせる。しかし、先にも述べたようにこのアルバムの楽曲がステレオタイプに陥ることはない。ソフィア・クルテシスは、このシンプルなテクノに南米的なアトモスフィアを添えることにより、エキゾチックな雰囲気へとリスナーを誘う。ビートは最終的にサンバのような音楽に変わり、エスニックな気分は最高潮に達する。特に、ループサウンドの形態を取りつつも、その中に複雑なリズム性を巧みに織り交ぜているので、ほとんど飽きを覚えさせることがない。分けてもメインボーカルとコーラスのコールアンドレスポンスのようなやり取りには迫力がある。ダンスビートの最もコアな部分を取り入れながらも、アルバムのオープナーのようなくつろぎがこぼたれることはない。

 

 

「Funkhaus」はおそらくベルリン・ファンクハウスに因んでいる。2000年代、ニューヨークからベルリンへとハウス音楽が伝播した時期に、一大的な拠点となった歴史的なスタジオである。この曲では、スペーシーなシンセのフレーズを巧みに駆使し、ハウスミュージックの真髄へと迫る。00年代にベルリンのホールで響いていたのはかくなるものかと想像させるものがある。しなるようなビートが特徴で、特に中盤にかけて、ハイレベルなビートの変容を見いだせる。このあたりは詳細に説明することは出来ない。しかし、ここには強いウェイブとグルーブがあるのは確かで、そのリズムの連続は同じように聞き手に強いノリを与えることだろう。この曲もコーラスワークを駆使して、リズム的なものと、メロディー的なものをかけあわせてどのような化学反応を起こすのかという実験が行われている。それはクライマックスで示される。

 

一転して「Moving House」はアルバムで唯一、アンビエント風のトラックに制作者は挑戦している。テープディレイを用いながら、ちょっとした遊び心のある実験的なテクノを制作している。ただこの曲もまたインストでは終わらずに、エクスペリメンタルポップのようなトラックへと直結していく。しかし、こういったジャンルにある音楽がほとんどそうであるように、ボーカルは器楽的な解釈がなされている。これはすでにトム・ヨークが「KID A」で示していたことである。



アルバムの終盤にかけては、タイトルを見るとわかる通り、南欧や南米のお祭り的な気分がいよいよ最高潮を迎える。「Estacion Esperanza」は、土着的なお祭りで聴かれるような現地の音楽ではないかと思わせるものがあり、それは鈴のような不思議な音色を用いたパーカッション的な側面にも顕著に表れている。ただイントロでの民族音楽的な音楽はやはり、アーバン・フラメンコを吸収したハウスへと変遷を辿っていく。この両者の音楽の相性の良さはもはや説明するまでもないが、特にボーカルやコーラスを複雑に組み合わせ、さらに金管楽器のコラージュを混ぜることで、単なる多幸感というよりも、スパニッシュ風の哀愁を秘めた魅惑的なダンスミュージックへと最終的に変遷を辿っていく。ベースラインを吸収し、「Cecilla」はサブウーファーを吹き飛ばす勢いがある。さらにダンス・ミュージックの核心を突いており、おしゃれさもある。クローズ「El Carmen」はタイトルの通り、カルメンをミニマル的なテクノへと昇華させて、南欧的な雰囲気はかなり深い領域にまで迫っていく。これらの音楽は南欧文化にしか見られない哀愁的な気分をひたらせるとともに、その場所へ旅したかのような雰囲気に浸ることができる。そういった面では、Poolsideの最新作とコンセプト的に非常に近いものがあると思う。



82/100