New Album Review - TORRES 『What An Enormous Room』

Torres 『What An Enormous Room』


 

Label: Merge

Release: 2024/1/26

 

 

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Review

 

ポピュラー音楽の最良の選択


 マッケンジー・スコットによるソロ・プロジェクト、TORRESは近年、盛り上がりをみせつつあるシンセ・ポップをソロシンガーとして探求している。

 

 しかし、月並みにシンセ・ポップと言っても色々なスタイルがあって、ニューヨークのマーガレット・ソーンのような実験的なエクスペリメンタルポップや、ロンドンのmuizyuのような摩訶不思議な世界観を織り交ぜたゲームサウンドの延長線上にあるエレクトロ・ポップ、Fenne Lilyのようなフォークを基調とする柔らかい甘口のインディーポップ、そしてメタルやノイズ、はては、ベッドルームポップまでを網羅するYeuleなど、アウトプットされるスタイルは年々、細分化しつつある。ダンスミュージックを実験的なサウンドて包み込むキャロライン・ポラチェック、DJセットの延長線上にあるエクスペリメンタルポップアーティスト、アヴァロン・エマーソンというように、枚挙に暇がない。よりノイジーなハイパーポップになれば、FKA Twigs、リナ・サワヤマやChali XCXとなるわけで、その細分化を追うことはほぼ不可能である。

 

 トーレスに関しては、やはりニューヨークのシンセポップのウェイブに位置づけられる音楽の体現者/継承者であり、それらのメインストリームとアンダーグランドの中間層にあるバランスの取れたシンセポップをこのアルバムで展開している。 序盤におけるこれらのバランスの取れたスタイルには、過剰なダイナミックス性やカリスマ性、そして圧倒的な歌唱力は期待するべくもないが、軽く聞けると同時に、聴き応えもあるという相乗効果を発揮している。シリアスになりすぎないポップス、感情を左右しないフラットなシンセ・ポップをお好みの方にとって『What An Enormous Room』は最良の選択となるかもしれない。

 

 トーレスは、エヴァロン・エマーソンのようなバリバリのフロアで鳴らしたDJではないのだが、他方、80年代の懐古的なブラックミュージックをポピュラーサウンドに上手い具合に織り込んでいる。まさしく「Happy Man’s Shoes」は、ファンクの影響を内包させた軽快なダンス・チューンを下地にし、このシンガーの特徴であるクールな感じのボーカルが搭載される。フィルターを薄くかけたボーカルに関しては、歌手としての主体性にそれほど重きをおかず、ダンス・チューンの雰囲気や曲の空気感を尊重しようという控えめなスタイルである。

 

 一見すると、きらびやかな印象ばかりが表向きにフィーチャーされる現代的なポピュラーシーンにあり、トーレスの曲そのものはいくらか地味というか、少し華やかさに欠けるような印象を覚えるかもしれない。しかし、音楽フリークとしての隠れたシンガーの特徴は続く「Life As We Don't Know It」に出現し、忘れかけられた1970年代のニューウェイブの音楽性を、みずからのポケットにこっそり忍ばせて、それをやはり軽快なシンセポップという形で展開させる。そして、それらのグルーブ感をグイグイ押し上げるかのようにダンスビートを覿面に反映させたトラックに、ポスト・パンク的なボーカルのフレーズをこっそり織り交ぜるのである。このボーカリストとしてのしたたかな表現性になんらかの魅力を感じても、それは多分思い違いではない。

 

 「I Got Fear」はハイパーポップに象徴されるノイズの影響を込めたダンサンブルなシンセポップで、現代的なポピュラー音楽を好むリスナーにとっては共感をもたらすかもしれない。コラージュ的な再構成によるアコースティックギターの録音に、トーレスは内面の感覚を織り交ぜようとするが、それは驚くほどシンプルであり、無駄なものが削ぎ落とされているため、スタイリッシュな印象を覚える。そしてバンガーのような展開を無理に作ろうとしないこと、これが曲そのもののスムーズな進行を妨げず、驚くほど耳にメロディーが馴染むというわけなのである。つまり、シンガーソングライターとしての自然体な表現がシンプルな質感を伴い、親しみやすい感覚を生み出す。

 

 その後も、耳障りの良いポピュラー・ソングが続く。「WAKE TO FLOWERS」については、現代のニューヨークのモダンポップスの範疇にあるアプローチと言える。知ったかぶりで語るのは申し訳ないと思うが、 この曲では近年のポップスの複雑化とは対極に位置する簡素化に焦点が絞られ、無駄な脚色が徹底して削ぎ落とされている。ベースとドラム、トーレスのボーカルという現代的な音楽として考えると、少し寂しさすら覚えるような音楽であるのに、驚くほど軽妙な質感を持って聴覚を捉える。そして、トーレスのボーカルに関しても、マーガレット・ソーンのように爽やかさがある。さらに、曲の終盤では、ノイジーなギターが入るが、それは決して曲の雰囲気を壊すこともなければ、マッケンジーのボーカルの清涼感を壊すこともない。

 

 上記のシンプルさに徹そうというアプローチは、IDM寄りの電子音楽と結びつけられる場合もある。「UGLY MYSTERY」では、レトロなシンセと混ざり合い、トーレスの優しげなボーカルの質感と合致するとき、内に秘められた密かなドラマティック性を呼び起こす瞬間がある。また、それほど即効性のあるポピュラー音楽のアプローチを選んでいないにもかかわらず、じんわりと胸に響くエモーションが込められている。それはR&Bのようなマディーな渋みとまではいかないが、マッケンジーのスモーキーで深みのあるボーカルによってもたらされる。


そして、フレーズを歌い飛ばすのではなく、しっかりと歌いこんでいるという録音の印象が、聞き手の興味を惹き付ける。これらの印象は、表面的な派手さとは別の「深み」という音楽の持つ魅力的な側面を生み出すことがある。そして、マッケンジーは、それまでエネルギーを溜め込んでいたかのように、続く「COLLECT」で一挙にその秘めたエネルギーを爆発させ、アンセミックなポピュラー・ソング、つまり、フローレンス・ウェルチに比する迫力を持つ大掛かりなポップ・バンガーに鋭く変貌させる。この変わり身の早さともいうべきか、一挙に音楽の印象が激変する瞬間に、このアルバムの最大の醍醐味が求められる。それまで長いあいだ、歌手としての才覚の牙を研ぎつつ、表舞台にでていく日を待ち望んでいたかのようでもあるのだ。

 

 驚くべき変身振りをみせたシンガーは、その流れに逆らわず、スムーズに波に乗っていく。「Artifical Limits」では、それをさらにエクスペリメンタルポップに傾倒した現代的なプロダクションに変化させ、 ヴィンセントの時代のシンセ・ポップの熱狂性を呼び覚まそうとしている。この曲もまたハイパーポップ/エクスペリメンタルポップの属するノイジーさはあるが、シンプルな構成を重視することにより、聞きやすく掴みやすい音楽を生み出している。しかし、それらの王道の音楽性と気鋭の歌手としての微妙な立ち位置やポジションが個性的な雰囲気を持つのもまた事実である。

 

 アルバムの終盤でも一連の流れや勢いは衰えることなく、スムーズにクライマックスへと繋がっていく。「Jerk Into Joy」、「Forever Home」では同じように、ニューヨークのモダンな最前線のポップスを継承し、「Songbird Forever」においても、歌手としての才気煥発さは鳴りを潜めることはない。


他ジャンルとの融合という近年のポップスの主要なテーマを踏まえて、ピアノの現代音楽的なプロダクション、鳥の声のサンプリングというフィールドレコーディングの手法を活かしながら、ボーカルの清々しい空気感は、アルバムのクライマックスで遂に最高潮に達する。それらは最終的に、クリアな感覚を生み出し、トーレスが、同地のマギー・ロジャースに比肩する2020年代を象徴付けるシンガーソングライターになるのではないか、という期待感を抱かせる。

 


86/100


 

Featured Track-「Jerk Into Joy」




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