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意外だと思うのは、Z世代以降の若いジェネレーションに、クラシックなロックを志向するバンドが多く散見れることである。これらは従来からリバイバル運動と名付けられて、ロックの再利用のような形でシーンの一角を担ってきた経緯がある。例えば、Libertines、Strokes、White Stripes、Hivesといった2000年代に登場したバンドは、パンクとガレージ・ロックのエッセンスを融合させ、モダンなロックとしてそれらを再提示したのである。
このリバイバルの動向は、ロックファンが注目すべき潮流の一つとなるだろう。この運動は今なお継続されていて、Lifeguard,Lemon Twigs、Horsegirlなどがこれに該当する。自分たちが生きていない時代の音楽を復刻させ、それらを新しくモダンに組み替えるグループだ。特に上記のバンドが参考にするのは、80、90年代どころか、それよりもさらに古い、60年代や70年代のクラシックロックである。ロック音楽が、リトル・リチャードやチャック・ベリーといった象徴的なミュージシャンから始まり、名うてのレコード会社からエルヴィスが出てきたのは50年代である。その後、テレビの出演などで、スターシステムが確立され、ロックスターが登場した。古いといえば古いが、音楽の悠久の歴史からみたら、ほんの瞬きのような期間である。
もうひとつの流れとして、80年代後半になると、独立レーベルが音楽産業の一部を担ってきた。これらは上部のメジャーの組織と連携しながら、90年代を通じて、巨大なロックスターのシステムを構築してきた。
その出発は、ファンジンの発行や小売での販売、レーベルでの販売である。これらの流れに乗じて、90年代以降は、主要な音楽産業を担ってきたアメリカ、イギリスを中心に、無数の独立レーベルが乱立していった。ジャンルが細分化するごとに、おのずとレーベルの数も増加していき、音楽ファンの嗜好に合わせたリリースが増加していく。2000年代は、IT革命の時代であり、これらの音楽がインターネットで普及するという段階を形成していった。2000年代ごろにはまだ、インディーズアーティストには明確な自負心があり、メジャーとは契約しないという暗黙の了解を忠実に守ってきた印象がある。しかし、それらの2つの音楽業界の構造の垣根が取り払われたのが、ミレニアム世代以降である。2010年代に入ると、ほとんど、メジャーやインディーズの線引きがなくなり、自由にその2つの領域を行き来できるようになった。
今日の2020年代というのは、明らかにAIの時代である。音楽の分野では人工知能と音楽がどのような関連性を持ちうるか、いかなる革新的な技術が出てくるのか、という「ポストIT」のジェネレーションである。人工知能をどのように使いこなすのか、それとも使われるままでいるのか。しかしながら、そのオートメーション化されたアルゴリズムの主流を逆手にとって、アナログな趣向を徹底的に打ち出したのが、今回、紹介するGFBである。彼らのサウンドは、アメリカの初期のパンク、ガレージ・ロック、そしてパワー・ポップを総合化したものである。
以降、数ヶ月、頻繁に彼らの楽曲がアップロードされると、パンク&DIYレーベルの運営者、マーティン・メイヤーの目に留まった。同じ志を持つパンク・ジャングラーたち、Sharp Pins、Answering Machines、Wishy、Pardoner、Horsegirl、Graham Hunt、Golomb、Chronophage、Playlandとステージを共有したり、日々成長しながら、ラフなギターロックのリバイバルに取り組んできた。
Good Flying Birdsの音楽を聴くと、Guided By Voices、Beat Happening、DLIMC、Talulah Gosh、The Vaselinesをはじめとする、ジャングリーなローファイ/DIYのレジェンドの音楽を思い浮かばせるが、言うまでもなく、彼らは独自の世界を持ち合わせている。安いタンバリンを傍らに、頬を赤らめながら、目をしっかり見開き、崩壊していく世界を見つめるような真正直で若々しいエネルギーに満ちたサウンド。今年、グッド・フライング・バーズは名門カーパーク・レコードと契約し、「Erik's Eyes」をカーパーク&スモーキング・ルームとの共同リリースで発表した。
『Talulah's Tape』は、中西部発のグッド・フライング・バーズの幻のデビュー作。インディペンデントなギターミュージックのスペクトルを網羅した、シンプルなホームレコーディングのパッチワーク風のミックステープを介し、バンドはDIYパンクとトゥイーポップの親密で甘い雰囲気の間に位置する、色彩的で複雑なポップソングを提供する。ブレイクビーツ、ミーム、ノイズがすべてを結びつけて、本作を時代を飛び越えた永遠のオンラインにいるような感覚にさせる。
2025年1月、マーティン・マイヤーズのセントルイスのレーベル「Rotten Apple」からカセットテープでリリースされ、1か月足らずで300枚以上を売り上げた。その後すぐ本作は廃盤になり、幻のアイテムになった。マイヤーズは、作品を「ポップヘッドにとって間違いなく魅力的な作品」と評価しています。今回、選別されたトラックリストとグレッグ・オビスによる新たなマスタリングを経て、幻のデビュー作がCarpark/Smoking Room からフィジカルとデジタルで再発。
『Talulah's Tape』は、パステルイエローのキャンディコーティングの殻に、思慮深い配置とメロディックな実験が凝縮されている。ケヴィン・バーンズ(Of Montreal)、スチュワート・マードック(Belle & Sebastian)といった特異なソングライターと同じフィールドにあるグッド・フライング・バーズは、悲しさの中に甘さを見出し、カラフルな花柄のソファに涙の痕跡を見つける。 同時に、ザ・パステルズ、オレンジ・ジュース、Joseph Kをはじめとするスコットランドのネオアコースティックを彷彿とさせる、ざらついたギターと活気あふれるリズムを見出すことができる。
Good Flying Birds 『Talulah's Tape』 Carpark/Smoking Room
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Good Flying Birdは、ステーシステムとは距離を置いたニッチなロックバンドであることは明確である。元々は、インターネットのミーム文化から始まったことを考えると、ヒップホップカルチャーなども大いに参照しているのかもしれない。その出発点も、スターシステムとは対極に位置し、レーベルと契約してから曲を作るのではなく、すでに曲があり、ネットでひっそりと発表していたところへ、名門レーベルが目星をつけたというものである。これらのインディーズ文化、あるいはDIYの文化は今後、人工知能が何らかの形で音楽業界の一端を担うことになろうとも、何らかの形で若い世代を中心に受け継がれていくことだろう。Good Flying Birdsの音楽そのものは、Huker Duが中西部のパンクシーンに登場し、それまでまったく脚光を浴びなかった当該地域のベースメントのシーンを構築していった時代の音楽性をはっきり思い起こさせる。
一度は廃盤となった、幻のデビュー作『Talulah’s Tape』を聞くと、Husker Duの最初期のデモに近い雰囲気がある。パンクファンなならお気づきになられるはずだ。その後、メロディックパンクの先駆者として名を馳せるハスカー・ドゥであるが、最初期は荒削りなハードコアパンク、ガレージ・ロック、ビーチ・ボーイズをごった煮にしたワイアードなサウンドを演奏していた。これは中西部という地域そのものが、多文化の混在によって成立していたことを伺わせる。グループが登場したインディアナポリスという地域は、シカゴとルイヴィルに隣接しており、アヴァンギャルド・ロックの名産地に近いというのも、ひとつの重要なポイントとなるだろう。ローカリゼーションーー地域性というのは、今日のロックにおいて無視されがちだが、度外視できないものがある。その土地の音楽というのが必ずあり、GFBはそれを信じているのだ。
Good Flying Birdsは、ロックの得体のしれない原始的な魅力、無尽蔵の可能性、若々しい鮮烈なエネルギーなど、このジャンルの総合的な醍醐味を見事に体現させている。そして、カセットテープが原盤であることからもわかるように、ミックステープのような作品である。デモの延長線上にある音質も荒い作品であるが、同時にロックソングの原初的な魅力に焦点を当てている。
「Down On Me」は、Husker Duの最初期のデモトラックそのままで、ガレージロック風のラフな演奏に、パワーポップの伝説的なコンピレーション・アルバム『Shake Some Action』のような甘酸っぱいメロディーのボーカルが搭載される。
彼らのサウンドは、アメリカ的であるとは限らず、カーパークが紹介するように、スコットランドの音楽の影響下にある。Young Marble Giantsを始めとする、イギリス圏のインディーズ音楽の最初期の流れを汲み、英国の伝説的なレーベル、Creationの系譜に属している。誰でも気軽に演奏できるようなサウンドは、The Kinks、Flaming Groovy、The Jamといったモッズロックの系譜にある。GFBは、丈の短いローライズのスーツは着込まないものの、リバプールのマージービートの次世代のイギリスのロックを受け継いだ、ジェントリーなロックソングを展開させる。
「GFB」は、ローファイのテイストを突き出した曲で、ビーチ・ボーイズはもちろんのこと、ディック・デイル、ベンチャーズ風の古典的なサーフロックのサウンドが絶妙に引き出されている。まるで60年代か70年代に迷い込んだかのようなビンテージライクなサウンドが素敵だ。
特に、パンクロックという側面において、アルバムの序盤には名曲があるので聞き逃さないようにしてほしい。「Wallace」は、グレッグ・セイジ率いるWipers風のガレージパンクで、 ザラザラとしたシングルコイルのギター、直でアンプに繋いだ轟音サウンドなど、Guitar Wolfみたいパンクサウンドである。パンクソングは基本的に三分で伝えたいことを全部盛りこめというのがひとつの美学となっているが、この曲はそのハードコアな部分を見事に体現させている。聴き方によっては、Husker Duの最初期に通じるものがあるが、同時に、英国/サンダーランドのパンクの伝説、フランキー・スタブスのLeatherface、あるいはロンドンのパンクバンド、Snuffに近い。 この曲の哀愁に満ちたサウンドは、メロディックパンクの一つの醍醐味とも言えるものだ。
「Dynamic」もまたクールな一曲。奇異なことに本日ニューアルバムをリリースしたBar Italiaの最初期のサウンドを彷彿とさせる。同じようにザラザラとした質感を持つギターに、ざっくりとしたドラムの演奏、そしてルー・リードのようなボーカルが乗せられるが、これらに甘酸っぱいテイストを添える、ジャングルポップ/パワー・ポップ風のサウンドが絶妙である。同じフレーズの反復が多く、それほど難解なことはやっていないけれど、間奏にギターソロにはまばゆいほどのきらめきが感じられる。これらのガレージロック風のサウンドの中で、リバプールのマージー・ビートやローリング・ストーンズのようなラフなロックサウンドが優勢になっていく。ギター・ソロもあるが、ボーカルや全体的なリズムセクションを通じて、温かい感覚がにじみ出てくる。この曲は、ロックソングの持つ親しみやすさを感じることができるはずである。
「Fall Away」は、小山田圭吾のプロジェクト、 Cornelius(コーネリアス)がMatadorからリリースした代表的な名盤『Fantasma』の系譜にある、夢想的な感覚に満ちたギターロックソングだ。渋谷系とも少し相通じるものがあり、疾走感に満ちたシューゲイズ風のサウンドに、スコットランドのネオアコースティックと呼ばれるフォークポップの要素が付け加えられる。相変わらずニッチなサウンドであることは確かだが、なぜか、この曲には、ワクワクした感覚を感じる。上手くミックスされておらず、シンセとバンドサウンドのバランスが取れていないのも一つの魅力である。これらは結局、ローファイの重要なサウンドの一角を担う内容ともなっている。この曲は音質もへったくれもない。それでもロックソングとしては一級品なのである。
「Fall Away」
本作の中盤では、ほとんど実験音楽的なマテリアルが登場する。しかも、実験しておいて、そのままに放置したような出来かけのトラックである。しかし、奇妙なほど完成された作品よりも、不思議な魅力を感じてしまう。その中には、ロックやダンスミュージックの原初的な醍醐味に満ちている。そういった中で、「Every Day Is Another」だけは本格的な曲で、甘酸っぱいメロディーを散りばめたデビューバンドらしい、初々しいロックソングを聴くことができる。この曲では、SilverApplesのようなコアな打ち込みのマシンビートがロックソングと融合している。
アルバムは基本的には二枚組の構成を一枚にまとめている。「Eric's Eyes」は、 彼らの実質的なデビューシングルで、The Jamのようなイギリスのモッズロックをベースにした鮮烈な印象を放ってやまない。全体的には、ロックの要素が強い曲であるが、ミッドウェスト・エモからの影響を感じさせ、例えば、Midwest Penpalsのようなマニアックなトゥインクル・エモの影響が織り交ぜている。
これらは、彼らがインターネット文化で、音楽的な蓄積や知見を得てきたことを伺わせる。これは、Good Flying Birdsのサウンドが、ガレージロックやモッズロック、あるいは、ニューヨークのプロトパンクに依拠していることを証だてる。このバンドは、ときどき、ロック的なインテリジェンス性を垣間見せることがある。
「Golfball」は明らかに、Televisionの『Marquee Moon』を彷彿とさせ、ニューヨークのインディーズの源流を継承している。トム・ヴァーレインのボーカルとは対象的に、ボーカルは音程がよれた気の抜けた歌い方を強調し、ジョニー・サンダース(New York Dolls)のようなニューヨークのプロトパンクのイディオムを復刻させる。
その一方で、「Glass」では、西海岸のサーフロックやビーチ・ボーイズのサウンドを下地に、ビンテージなパンクロックソングを書いている。 ただ、アルバムの序盤と同様に、スコットランドのインディーズミュージックからの影響が、このサウンドに独特な雰囲気をもたらす。そして、こういった牧歌的な空気感は、米国中西部の特有の音楽性なのではないかと思う。
いくつかのハイライト曲がヒップホップミュージシャンがやるようなサンプリングと合わされて、このデビュー作は誕生している。ということで、音楽的にはそのかぎりではないけれど、ヒップホップのミックステープのようなインディーズカルチャーも織り込まれている。むちゃくちゃなようでいて、上記のターンテーブルのような手法は一聴の価値あり。しかし、実験的な音楽性も含まれているが、同時に、ふざけすぎないとい点もこのバンドの持ち味となっている。
本作の最後の三曲、「Pulling Hair」、「I Will Find」、「Last Straw」はどれも聴き応えがあり、ロック/パンクファンにとって、ダイアモンドの原石のように見えるはずだ。「Pulling Hair」は、Husker Duのハードコアパンク性を受け継ぎ、それらに西海岸のパンクのエッセンスを付け加えている。ガレージパンクを基調としたシリアスになりすぎないストレートエッジともいえる。
「I Will Find」は、バンドアンサンブルに、タンバリンの演奏が加わるが、この曲では甘酸っぱいセンチメンタルなフレーズがロックソングの持つ原初的なサウンドと絡み合う。ローリング・ストーンズの初期の初々しいサウンドを思わせる。
『Talulah's Tape』の最後を飾る「Last Straw」もバンドの一体感が感じられる。これらのサウンドはカルト的な人気を呼びそうな予感。コアなパンク/ロックファンは抑えておきたい。基本的にロックソングというのは、シリアスになりすぎず、気軽に聞けることが一番ではないかと思う。幻のデビュー作の再発ということで、ぜひパンク/アルトロックファンはチェックしてもらいたい作品。
86/100
「Eric's Eyes」
▪Good Flying Birds 『Talulah's Tape』は本日、Carparkから発売されました。Bandacampでの試聴はこちら。
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