Jay Som 『Belong』
![]() |
Release: 2025年10月10日
Review
ロサンゼルスのメリナ・ドゥテルテによるニューアルバム『Belong』は、Jimmy Eat Worldのジム・アトキンス、そして、Paramoreのヘイリー・ウィリアムズが参加した話題作である。
もう少しロックやパンクに傾倒するかと思いきや、意外とそうでもなかった。ポップ、ロック、パンクの中間に位置する作品である。Lucky Numberによると、ドゥテルテは十代の頃には、サンフランシスコのロックラジオをよく聴いていたそうで、2000年代のポップ・パンクや、エモのヒット曲を好んでいたらしい。
その中には、Bloc Party、Death Cab For Cutieなど誰もが聴いた覚えのあるインディーズロックバンドのアンセムが潜んでいたのだった。今作において、ジェイソムはまるでラックからお気に入りのレコードを取り出すかのように、それらのサウンドを織り込んだ良質なポップロックを提供している。人間関係の変化や人生の主題など、特に変化することなどを盛り込み、その中で普遍的なポップ・ロックの輝きを導き出そうとする。
ただ、それは、思い出にすがるというわけでもない。アルバムのオープナー「Cards On The Table」は間違いなくモダンなポップソングだ。K-POPやY2Kの影響を取り込み、電子音楽を中心としたポップソングを提供している。甘口のポップソングの類稀なるセンスはアジアにルーツを持つこのシンガーの重要な特性であり、また、ベッドルームポップに根ざしたZ世代以降の音楽のイディオムを的確に体現させるものだ。簡単に作れそうで作れない、このアルバムのオープナーはジェイソムのソングライティングの傑出した手腕が遺憾なく発揮された瞬間である。
しかし、そうかと思えば、対象的に、「Float」はジム・アトキンスへの賛歌であり、Jimmy Eat Worldの代表曲「The Middle」の音楽的なテイストを踏襲し、見事なリスペクトを示す。 しかし、ロック的ではなく、ポップソングの位置からエモを再考しているのが面白いと個人的には思った。これこそ、Jay SomがBeabadoobee、boygeniusといった象徴的なミュージシャンと関わってきた理由なのだ。
ミュートのバッキングを中心に、ギターロックの要素をあるにせよ、ジェイソムのボーカルはどことなく、パワー・ポップやジャングルポップ寄りで、時折、切ないテイストを滲ませることもある。
ボーカルやギターの演奏に関しても、Jimmy Eat World、Get Up Kidsのスタイルを絶妙に受け継いでいる。そして、これらは前者の初期の名盤『World Is Static』のような叙情的なロックサウンドと結びつくこともある。アトキンスのようなシャウトやスクリームはないのだが、ポップロックとしてこれだけ上手くまとめられるソングライターは他にはなかなかいないかもしれない。
今回のアルバムでは、電子音楽の要素とギターロックを上手く結びつけた曲が多い印象だ。「 What You Need」は、シューゲイズやドリームポップの音楽性を少しだけ感じさせる。そしてやはり、作曲面では、バンガーとまではいかないものの、アンセミックなフレーズを大切にしている。サビ/コーラスの箇所では歌えるフレーズを重要視し、聞き手に口ずさませるようなフレーズを提供し、それを切ない雰囲気を持つドリーム・ポップやパワー・ポップと結びつける。そして全般的なソングライティングが簡潔なのは、ベッドルームポップやTikTok時代の音楽文化に慣れ親しんでいるのが理由かもしれない。新しいものを否定せず、それらを自分を育んできた西海岸の文化と結びつけるのが、ジェイソムのソングライティングの特性なのである。これらは結局、彼女のソングライティングがフィービー・ブリジャーズのようなミュージシャンの系譜にあることを伺わせる。聴きやすく、そして親しみやすい曲が多いのである。そういった中で、ブリジャーズの系譜にある「Appointment」は西海岸らしいインディーポップソングと言えるだろう。どことなくエモ的な叙情性を漂わせたポップソングで、サッドコアのようなサウンドをベースに、清涼感のあるフレーズをサビ/コーラスを導く手腕が見事だ。特に、ヨットロックの影響下にある癒やしに満ちたギターもアトモスフェリックな音像を創り出す。聴くというよりも、体験に重きを置いたサウンドは、現代のポップソングの中でも希少である。
現代のポップソングは無数のジャンルを吸収し、クロスオーバー化に拍車がかかっているのはご承知の通り。多くの制作者は意図するかしないかに関わらず、日頃よく聴いたり、耳にした音楽を自分の作品の中にすんなり取り込んでしまう。「Drop A」はベッドルームポップやネオソウル、K-Popなどを巧みに往来する曲である。 こういったClairoの系譜にある曲をやすやすと書いてしまうのがジェイソムの凄さである。しかし、依然として、それらはこのアーティストのソングライティング、あるいはプロデュースが加わると、他の誰でもないメリナ・ドゥテルテの曲になってしまう。
「Past Lives」では長年の夢だったヘイリー・ウィリアムズとドゥエットが実現している。 しかし、曲そのものはパラモアとはまったく異なることがわかる。メロディーやハーモニーに重点を置いたパワー・ポップ風のロックソングで、琴線に触れるような感覚をもたらすことがある。また、シューゲイズやドリームポップへと傾倒する「D.H」では、このジャンルの根強い人気を印象づけている。ザラザラしたデモのような楽曲なのだが、この曲こそ、新しい時代のカレッジロックではないかと思う。アルトロックソングというのは必ずしも、完成度だけが重要ではないのかもしれない。それまで他の人が持ち得なかった何か、もしくは、他の人が気づかなかった何かを提供することが大切なのではないか。そのことをこの曲は教えてくれるのである。
終盤の収録曲に至っても、ジェイソムの全般的なソングライティングの技術や、メロディセンスが、なりをひそめることはない。それは先にも述べたように、Clairoやフィービー・ブリジャーズに近いものがある。米国の普遍的なポップ/ロックの系譜に属するといえるかもしれない。しかし、それぞれの人間の持ち味や個性が異なるのと同様、ジェイソムのソングライティングは上記の二人とは明確に異なる部分がある。「Casino Stars」ではパワー・ポップやジャングルポップを下地にしつつ、切ないテイストを持つロックソングを書いている。こういった曲はある年代を境に書くのが難しくなってくるが、ジェイソムはこういった曲を書く才能がずば抜けている。これらのポップ/ロックソングは、若い年代に受け入れられる可能性を秘めていると思う。
さらに、アルバムの終盤では、アルトフォークの楽曲も登場するが、「Meander/ Sprouting Wings」もジェイソムの手にかかると、ローファイや、ヒップホップのチルウェイヴのようなかなりラフな感じの曲に変貌を遂げる。自分の好きなものがよくわかっていて、それを惜しみなくつぎ込んだのが『Belong』の正体なのだ。それはまた、どこかの年代の誰かの写し身のように見えることもありうる。要するに、音楽そのものに共感性を呼び起こす力があるわけなのだ。
今回、ジェイソムのアルバムを聴けたのは幸運だった。良いシンガーソングライターだと思った。アルバムはそれほどシリアスにならず、ウィットやユニークさも含まれている。「A Million Reason Why」は強烈なサイケ/ローファイで、ヒップホップの最初期のミックステープのようで面白い。このアルバムは、未知の音楽に満ちあふれているが、同時にどこかで聴いたことのあるものも多い。ということで、デジャヴを呼び起こす、不思議な魅力を持つアルバムなのだ。
『Belong』のクローズ「Want It All」だけは明確なロックソングだ。ガレージロック・リバイバルの世代の音楽を新しく組み換えている。しかし、それを単なる後追いにしない理由は、やはり良質なメロディーセンスで、西海岸のポップソングを象徴づける、どことなく切ない感覚である。既出になるが、Rocketのボーカリスト、アリシアと声質が少し似ているのではないかと思った。『Belong』は2025年のオルタナティヴロック・アルバムでは隠れた良作に数えられる。
84/100
「D.H」 - Best Track





0 comments:
コメントを投稿