▪️Weekly Music Feature: Alice Phoebe Lou
アリス・フィービー・ルーは、南アフリカの山腹の街で育ち、地元のウォルドルフ学校に通い、音楽と芸術への生来の愛を育んだ。その後、16歳で初めてヨーロッパの地を訪れたときが、彼女の人生を変える旅となった。
そのとき、初めて彼女は歌がみずからを街に運んでくれるのを感じていた。ルーは学校を終えるため、家に帰ったあと、すぐにヨーロッパ、特にベルリンに舞い戻った。SSWとして必要となる最低限のもの、ギター、小さなアンプ、独特のオリジナル曲、酔わせる声を旅行カバンにつめてヨーロッパへ旅だった彼女は、すぐに国際都市で音楽の盛んなベルリナーにとどまらず、離れた場所からの観光客や通行人の心をとらえるようになった。その後、曲をソーシャルメディアで共有したとたん、驚くべきことに、世界中で熱心なファンのフォロワーを獲得した。
しかし、表向きのサクセスストーリーの裏側には音楽家としてのほろ苦い経験も付随している。2010年、16歳のとき、学校からの夏休みにヨーロッパへの最初の旅を企てた。パリでファイヤーダンサーを見てインスピレーションを得て、彼女は旅行の資金を得るため、パフォーマンスを始めました。
その夏、彼女は、パリとアムステルダムの間を歩きながら、ストリート・パフォーマンスの厳しさを体験した。ミュージシャンとは何のために存在するのかという永遠のテーマを実感した。しかし、少なくともこのジプシーのようなライフスタイルは創造的なインスピレーションであり、彼女にストリートの群衆の即時性に対する永続的な妙味を与えた。
アリス・フィービー・ルーはその後、自分の音楽を明確な形にし始めた。2014年にデビューEP「MOMENTUM」を自主制作し、その二年後には初のフルレングス「ORBIT」をリリースした。その頃のヨーロッパと南アフリカのツアーは、オースティンの毎年恒例のSXSWでショーケースセットを見た米国への訪問と同様、ライブパフォーマンスのためのすでに印象的な才能を築き上げた。
2017年になり、ようやくアリスの曲が日の目を見るようになった。評判が実力に追いつき始めたのだ。受賞歴のあるドキュメンタリー「Bombshell: The Hedy Lamarr Story」でルーの「She」がピックアップされ、エグゼクティブ・プロデューサーのSusan Sarandonがニューヨーク市のフェミニスト・インスティテュートでのプライベート上映前に、個人的にこの曲を演奏するように推薦した。いや、それだけではなく快進撃は続いた。ルーの「She」は、Sufjan Stevens、Mary J.などのアーティストの曲とともに、第90回オスカー賞の「Original Song」の候補に選ばれた。
「私はいつも憂鬱な音楽を作ってきました」彼女は過去に自分の作風について打ち明けている。「その多くは、私自身の暗い性質から来ているか、たぶん、それらは私の暗い経験と私が告白しているような内容によります。しかし、私は自分の音楽が悲しいと感じたことはありません。悲しい曲を演奏している間、なぜか気分が良いのです。私はそれらの感情が本当に美しいと感じるのです。個人的には、それらの感情がふと湧き上がってきて、それらを感じて、それを乗り越えるのが好きです。反作用が入ってきて、再び気分が良くなるようにすることができます。これらの暗い場所は私の一部であり、私も素晴らしく、楽しいと感じることがあるんです」
アリス・イザベルの6作目となるアルバム『Oblivion』は、世界と内面の両方を探求する彼女の旅路を深く掘り下げた、極めてパーソナルな作品集となっている。 過去5枚のアルバムで、アリスは表現力豊かな歌声と魅惑的な楽曲制作の新たな側面を次々と披露し、音楽界の重鎮としての地位を確立してきた。『Oblivion』でイザベルが求めたのは、地に足がついた作品で、芸術性によって導かれた成果であった。全11曲からなる本作は、初期のサウンドへのオマージュを捧げつつ、これまでになく深い領域に踏み込んでみせる。アリスはさらにこう語る。
「音楽業界では『より大きく』『自分を凌駕するように』なんて強調されるけど、私は路上演奏という原点に戻りたかった。これらの曲は、私の深層意識、夢、眠りの忘却、つまり、受け取られ方を気にせず、最も深い思考や欲望、記憶、真の感情にアクセスできる場所から出てきた」
2023年発表の『Shelter』以来となる新作アルバム『Oblivion』は、全曲自身による初のセルフプロデュース作品で、その洗練された質感は、初期キャリアの路上演奏の純粋さを思い起こさせる。楽曲には新たな輝きを放つ女性の成熟と率直さがにじむ。 アリスはこのアルバムの制作の全般について次のように語っている。「バンドセクションでの5枚のアルバムの制作を経て、10年かけて積み上げてきた個人的な物語を紡いだ楽曲の宝箱を開けたの。他の作品に収まらなかった曲、日の目を見るとは思っていなかった曲もある。 愛と遊び心を持って、シンプルに、そして自分らしく、こういった曲をあるがままに録音するという、勇気と興奮に満ちた旅に出てみた。自分の不完全さを受け入れて、私に大きな影響を受けた人々ーー時代を超えたフォーク・アコースティック・アルバムを生み出した人々ーーからインスピレーションを得た」
今年7月にリリースされた「Pretender」は、彼女の物語性と蜜のように甘い歌声が前面に出た、最小限の編成によるささやかな作品だった。それは、たとえ他人になる方が楽であっても、決して自分を妥協しない姿勢を称えながら、柔らかさの中に強さを見出した瞬間を祝うものだった。彼女の真摯さは、ファンが常に彼女の作品で称賛してきたことだったが、最新作は、彼女自身が心でそれを感じ取れるようになったモーメントを刻んでいる。
今後のアルバムに先立ち、アリスは複数の先行シングル「ユー・アンド・アイ」「ザ・サーフェス」「オールド・シャドウズ」、そして最新作『プレテンダー』をリリースしている。 その過程で、クラッシュ・マガジンは「内なる強さで輝く不透明なソウル」と評したほか、メタル・マガジンはアルバムのタイトルを予見するかのように「忘却から救い出されたこの楽曲は、アーティストのキャリアにおける根本的かつ自伝的な作品として生まれ変わった」と述べた。
「ダーリン」は、黄金のトーンと重層的で豪華なボーカルで、新アルバムに先駆けて聴く者を温かく包み込む。この曲は、愛の至福の初期段階を捉え、夢見心地の驚きと陶酔の瞬間を瓶詰めにしたようである。アリスは、さらに次のように語る。「『ダーリン』はアルバムで最も典型的なラブソングでしょう。人生と未来への楽観に満ちていて、瞳に心を込めて書いた曲です。それは一瞬だけ訪れる、ある種の幻想的な境地。全てがうまくいき、愛が勝利すると信じられる瞬間を意味します。さながら二つの嵐の間に浮かんでいるようで、あらゆる困難や苦難を一時的に忘れて、ただ、恋に落ちるときのような甘く温かな感覚だけに集中できるのです」
春にはロサンゼルスのザ・ロッジ・ルームで3夜連続のソールドアウト公演を成功させ、その後、レミ・ウルフと共にレッド・ロックス・アンフィシアターに出演した。 ヨーロッパツアーではロンドンのラウンドハウスを含む大陸各地で完売公演を成功させ、現在は北米再訪に向け準備中だ。音楽プロジェクト''strongboi''として、Men I Trustのサポート公演を行う。2024年には、Clairoとの親密な「チャーム・ツアー」に同行し、自身のヘッドライン公演も交えて活動中だ。
『Oblivion』-Nettwerk Music Group
Overview:
2025年の女性シンガーソングライターの良質な作品の多くに見受けられる現象は、内的な暗さを忌憚なく表側に吐露するというものである。しかし、暗さを表側に出すということは、知られたくない一面を公にすることなのだ。つまり、自己受容と内面的な強さが必要となるわけである。こういった内的な感情をシンプルに表現するのは、従来から、女性シンガーが多く、また、一部の芸術家肌の男性シンガーにも稀なケースとして存在した。
なぜ、暗い音楽は、ときに明るい音楽よりも、心に響くことがあるのだろうか。ただ、アリス・フィービー・ルーの曲は、実際のところ、そこまで暗いというわけではない。どちからといえば、それはアンニュイとも呼ぶべきものだろう。不自然なほど暗さを演出したがるアーティストも中にはいるのだが、このシンガーソングライターの場合はそれとは別である、ハッピーで明るくいなければならない(他者から憧れられるようなアイコニックな存在でなければならない)という今日の奇妙な社会通念に疑いの眼差しをむけながら、自然な形で溢れ出る感情表現を、フォークミュージックやピアノバラードで捉えようと試みている。その過程で、彼女は理想的な人間になろうとはせず、若い頃の自分へと戻ろうとする。いつしか社会通念や周りの評価によって何らかの形で強引に捻じ曲げられた自分とは異なる、本当の自分自身の姿にである。
ポピュラー音楽はいつしか、暗いものが遠ざけられることが多くなったが、それはある意味、社会学として見ると、病理的な一面や闇の部分を反映していると指摘したい。内的に打ち明けづらいこと、また友人や家族にもなかなか話せないこと、こういったことを表現するのが、シンガーソングライターの隠された役割である。それは音楽という形態が、マジョリティだけに存在するのではなくて、マイノリティのためにも存在する、つまり、両立の芸術であることを考えれば、至極当然のことである。マジョリティのためだけの音楽が世界を変えたためしはない。不朽の名曲というのは、少数派の心をしっかりと掴み、そして同時に、マジョリティを凌駕するものなのである。
アリス・フィービー・ルーの最新作「Oblivion」は正確に言えば、黄昏の雰囲気を擁するフォーク・ソング集である。このアルバムの全般的な楽曲は、昼下がりの心地よい白昼夢のような感覚から、日が暮れ始めて、夜に移ろい変わる時間に感じるほのかな切なさまでを網羅した時の流れの反映である。この作品は、明るくも暗くもなく、その中間層の感情領域を探ったおしゃれさと渋さを併せ持つ音楽が中心となっている。だからこそ、音楽そのものに淡い印象が付随し、奥深い魅力を持ったレコードとなっているわけである。昨日に一度聴いたところ、これは一度だけではよくわからない作品だと、私自身は感じた。何度も聴くうち、別の側面が次々に表れてくる不思議なアルバムである。また、それはソングライターの別の人物像を垣間見させると共に、聞き手自身の未知の自己との遭遇を意味するといっても、あながち過言ではあるまい。
また、近年の女性フォークシンガーは、Joni Mitchellの代表的な名作『Blue』の音楽的な影響が大きい。それはアリス・フィービーも同様である。加えて、昨年、PartisanからリリースされたLaura Marling(ローラ・マーリング)の最新アルバムに見出されたようなクラシカルな指向性を持った音楽を聴きやすいピアノバラードに仕上げた楽曲もある。しかし、いずれの楽曲も、 アーティスト自身が語るように、ささやかな形式に仕上げられ、目の前で弾き語りの演奏をするような音楽的な感覚が大切にされている。それこそが、ストリートミュージックへの回帰を意味する。そして、それは過去の記憶の糸を手繰り寄せ、それらを現在の自己とリンクさせる働きを形成する。優しく包み込むような歌声、撫でるような繊細さから強烈な激しさまで幅広い演奏を見せるアコースティックギター、そして部分的なピアノのテクスチャまで、これまでシンガーソングライターが培ってきた音楽的な蓄積や経験が惜しみなく注ぎ込まれている。
アルバムの冒頭を飾るアコースティックギターによるフォークバラード「Sailor」には、夢想的な空気感が流れている。音源という新しい扉を開けると、そこには別世界が満ち広がり、眠る直前のまどろんだような感覚を持ったソフトでナチュラルな感じのフォーク・ソングが流れていく。 また、カントリー的な空気感もあり、ささやかなアコースティックギターの演奏を背景に、のんしゃらん(nonchalant)な感じの歌声が、フォルテピアノの前身で、旧ドイツの民族楽器のダルシマーのアルペジオが、異国情緒の雰囲気を携えて、ゆるやかに流れていくのである。 ストリートミュージックと民族音楽が溶けあった、カフェの音楽のようなオープナーだ。
次曲「Pretender」は、ブラジルの音楽とフォークソングの融合であり、ボサノヴァの音楽性が強い。しかし、この曲のボーカルのおしゃれな感じには驚かされる。音楽には優雅さがあり、コスモポリタンの性質が上手く曲に乗り移り、見事なフォーク・ソングが誕生している。9度以降の色彩的な和音を活かして、見事な和音進行を形作り、ボサ/ジャズのテイストを放つ。この曲には、海辺のきらめくような光や淡いランデブーが心地よいフォークサウンドで展開される。
「Mind Reader」のイントロでは、同じ曲調が続き、トロピカルな印象を持つフォークソングを聴くことが出来る。心地よく波にゆらゆら揺らめくような、あるいは、昼下がりのまばゆい光の反射を浴びるかのような、絶妙なイメージが維持されている。しかし、この曲は、途中から、ジャクソン・ブラウンの曲のように、別の音楽が続いているような感覚にさせるミキシングが施され、サビからはジョニ・ミッチェルのような深みのある音楽へと変わる。それはサビの箇所で、テンポをさらに緩め、ビンテージな音律を持つピアノを断片的に使用することにより、メインのボーカルの旋律を聴かせるための配慮が施されている。そして、アコースティックギターの間奏を織り交ぜながら、憂いと喜びの中間にある淡い感情をフォーク・ソングに乗せて歌い上げる。その歌声はやさしさに満ち、心の奥底に響く神妙な感覚に縁取られている。
「Sparkle」は、2025年の随一の名曲と言っても良いのではないか。ピアノの弾き語りの曲で、王道のバラードソングである。例えば、トム・ウェイツが弾き語りをするときのようなアンティークなピアノの音色を活かし、懐かしく、どこか親しみのあるバラードソングを作り上げる。また、この曲に重要なエフェクトを及ぼしているのが、ジャズのスタンダードのテイストであり、このジャジーな響きが、まどろんだような心地よい空気感ーーアンビエンスーーを作り上げている。
曲の雰囲気こそ、ニューヨークの伝説的なジャズ・シンガー、ヘレン・メリルのような哀愁を思わせるが、楽曲の根幹となるコード進行は、ジョン・レノンの「Happy Xmas (War Is Over)」に比する。ポイントは、カノンのような低音部の旋律進行を使用し、徐々に高揚する感覚を導く。この曲の独特なホリデーソングのような空気感は、内的な幸福に根ざし、美麗で崇高な感覚を与える。和声進行では、V7(ドミナントに第七音を付加する)をフレーズのつなぎ目で使用して、効果的な和声法を展開させる。この傑出した和声感覚は、実際のボーカルにも反映され、どことなく夜のムードに溢れた、奥行きのある調和の感覚を作り上げる素地となっている。ヴァースやコーラス、ブリッジを行き来しながら、ハイライトとなるフレーズを演出する。さらに、曲の後半の間奏では、ピアノソロが登場し、ジャジーな雰囲気が引き上げられる。
「Sparkle」
今回のアルバムでは従来の暗い感覚と明るい感覚を揺れ動く切ない印象が引き出されている。「The Surface」では、アコースティックギターによるフォークソングに回帰し、ストリートミュージシャンの原点へ返り咲くが、依然として主調(Ⅰ)を特徴とした快活な印象をもたらす長調進行のヴァースと、下属調(Ⅳ)/属調(Ⅴ)を主体とした単調進行の悲しみをもたらすブリッジを対比させ、明るさと暗さを行き来しながら、絶妙なソングライティング能力を発揮している。親しみやすいフレーズ、現代的なポップソングの要素を捉え、見事なトラックを完成させている。
タイトル曲「Oblivion」は、アコースティックピアノの簡素な分散和音から始まる、ミステリアスなイメージを持つシネマティックなポップソングだ。主調の属音(ⅠーⅤ7)の転回形を使用し、主音を意図的に明示せず、和音を解決しないことで、不安定でミステリアスなヴェールに包まれたかのような音楽性を演出する。その後、ゼクエンス進行を取り入れ、一音下の同じ音形の分散和音を省略して重ね、この曲の主な楽曲構造が出来上がる。それに対するボーカルは、 同じように主音の存在感を薄め、解決されない和音進行やスケールを中心に、どことなく抽象的なボーカルが歌われている。明確には歌詞があるため、その限りではないが、ジャズのスキャットの影響を織り交ぜて、微細なビブラートのトーンの揺らぎを取り入れつつ、個性的な音楽性を作り上げている。この曲は、まさしくアンビバレントな印象を持つポップソングである。
ある意味では、和音的な解決は次の曲に引き継がれる。「You And I」は前の曲とは対象的に、 ほっと息をつかせるフォーク・ソングで、前の不安的な音楽から聞き手を開放させる。現在のところ、ストリーミング再生数も好調であり、人気が出そうな気配がある一曲となっている。特に、他の曲では、言及を控えていたが、アコースティックギターの演奏やマスタリングが素晴らしく、クリスタルのような澄んだ印象を持つ音像には何かしら圧倒されるものがある。特に精細なピッキングの演奏は、マンドリンやリュートのような響きに変わり、メインのボーカルを美しく引き立てる。また、ボーカルのマスタリングにも力が入っていて、大きめのアンビエンス/空間性を活用して、洞窟の中で響くようなボーカルの音のイメージを押し出している。よもや、この曲を聴いて、ラスコーの壁画を思い浮かべる人はいないだろうが、従来のフォーク・ソングの中に、このアーティストなりの美学や、芸術的な要素を付加した良曲である。そしてボーカルの主要な旋律の流れのなかで、カントリー風の音楽が登場し、ロマンチックな雰囲気を作り出す。曲の終盤では、何かしら陶然としたハイライトを体感出来ることだろう。
明確にジャズボーカルに舵を取った「Old Shadows」は、ドイツのジャズシーンに対する返答とも言える。ピアノを中心とするジャズバラードであるが、アリス・フィービー・ルーのポップセンスがこの曲に聴きごたえと聴きやすさをもたらしている。私自身は、ジャズは門外漢のため、具体的な言及を避けたいが、淑やかなジャズソングを側面を押し出した見事な一曲である。この曲で、ルーは、ジャズ・シンガーとしての適正を見事に示してみせたといえる。同じように、ストリートミュージックに根ざした曲が続くが、その音楽的なバリエーションはいよいよ広がりを増していき、本格派のアーティストとしての気風をとどめている。
このアルバムのすごい点は、ほとんど間に合わせの曲がなく、すべてが良曲として心を捉えるということである。そして、それは2年間という短いブランクながら、音楽家としてのキャリアハイが訪れたことを意味する。なおかつまた、そのキャリアハイというのは、意図して訪れたのではなく、また単なる偶然でもなく、物事が煮詰まったときに訪れる当然の結末でもある。アルバムの冒頭に現れたブラジル音楽の影響は、続く「Darling」にも反映されている。そして、このアルバムでこの曲は最も楽しく、心踊らせるような美しい瞬間をとどめている。それはアーティスト自身が語ったように、権威的なものから生み出されたのではなく、自分自身のあるがままの姿に立ち返ったことから生じたのである。「Darling」では、見栄も体裁もなく、ただ楽しい音楽をやろうという純粋な思いが曲に乗り移り、南米や南アフリカの気風を反映した、温和で開けた感じの陽気なフォーク・ミュージックが誕生することになった。とりわけ、外側の名誉ではなく、内側の名誉を追い求めたことが、こういった素晴らしい楽曲を誕生させた要因でもあろう。この段階でも十分なクオリティだが、まだまだこのアルバムは良い曲が続く。
「Skyline」は、摩訶不思議な雰囲気のある曲となっている。やはり、トム・ウェイツのようなアンティークなアコースティックピアノの音色を生かしているが、ミッチェルのような本格派のフォークシンガーの風格に加えて、ヨーロッパのコスモポリタンの気風が反映されている。正確に言えば、イエイエのようなフレンチ・ポップのテイストが、この曲にスタイリッシュなイメージを添えている。そして、その中には独特な静寂がある。内的な静寂が美に変化したとき、このアルバムの最も核心となるテーマのような概念が出現する。こういった音楽にたどり着くために、どれだけの年月が費やされたのか、それは部外者には想像だにできないほどである。しかし、もし、音楽家としての最も幸福な瞬間があるとするなら、それは誰にも規定されない、内的な幸福を獲得したときである。間違いなく、このアルバムには、それが確かに存在している。そしてそれは、表向きの幸福の概念とはまったく異なる形で、聴く者の心をしっかりと捉えてやまない。これを正真正銘の音楽といわずして、なんと言おうか。
アルバムの終曲「With of Within」は洒落の効いたタイトルだが、ロック的な魂を持った一曲である。依然としてこの曲はフォークミュージックに根ざしていながら、激しいアコースティックギターのストロークにより、激した感覚すら捉えることが出来る。ロックやパンクの精神とは、必ずしも表側に現れるとは限らない。10代の頃に培われたジプシーのスプリットが、時々、激しい印象を携えつつ、本作の最後の記念碑として君臨している。また、トラックの最後には、ダブのエフェクトがかけられている。表向きには、温和なフォーク・ソング集として気軽に楽しんでいただける作品だが、その底は深く、一度や二度聴いただけでは、本当の真価はわからないかもしれない。底知れない魅力をもつ作品が出てきた。
95/100
「You and I」
▪Alice Phoebe Louによるニューアルバム『Oblivion』はNettwerk Music Groupから本日(10/24)に発売されました。ストリーミングはこちら。






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