Weekly Music Feature: Katie Gregson-Macleod 『Love Me Too Well, I'll Retire Early』  ~スコットランドのSSWのインディーズへの転身~

Weekly Music Feature:  Katie Gregson-Macleod



ケイティ・グレッグソン=マクラウドは、Tiktokで公開した「Complex」で予期せぬバイラルヒットを記録し、その後、コロンビア、ソニーとメジャーレーベルからリリースを重ねてきたが、今回はロンドンのシンガーソングライター、Matt Malteseが手掛ける新進レーベルからEPをリリースする。


スコットランド/インヴァネス出身のシンガー、マクラウドの音楽的なルーツはアコースティックポップフォークだったが、すでにエジンバラ大学の在籍時から、英国の主要なメディアの注目を集めてきた。マククラウドにとって、物心ついたときから音楽は人生の大きなウェイトを占めていた。「幼いころから歌い、ピアノやギターも演奏しはじめた。若い頃は音楽であれ、映画であれ、演劇であれ、クリエイティブな仕事に就きたいと思っていた。地元の音楽シーンにのめり込むようになったのは2019年のことだった」


グレグソン=マクラウドを音楽界に導いたのは、ストーリーテリングに対する理解と欲求だった。16歳のときにインヴァネスでスコットランドのシーンに足を踏み入れた彼女は、大都市にいる他のスコットランド人ミュージシャンから切り離されているというように感じていた。 やがて、彼女は、スコットランドの若手アーティストのためのメンター・シップ・プログラムにうまく参加して、そこからスコットランドの幅広い音楽業界のネットワークに触れると、パブやフェスティバル、サポート枠でギャラをもらってギグをするチャンスを得た。 「私は完全にインディペンデントで、レーベルもマネージャーも周りに誰もいなかった。 だから、できる限りのギグを得るために、とにかくいろんな人にメールを送るしかなかった」と彼女は回想する。 


グレグソン=マクラウドが弱冠18歳でリリースした最初のシングル「Still a Sad Song」は完全なセルフ・プロデュースで、後に全米ラジオで取り上げられた。 その後、彼女は2021年半ばにインディーポップソングを集めた『Games I Play』EPで初の作品群を発表した。 この最初のEPは、グレグソン=マクラウドの最新作とはサウンド面で違いがあるが、偉大な作家、ミュージシャンの始まりは、この初期の作品でも明らかだった。


やがて、グレグソン=マクラウドは故郷インバネスを離れ、大学で歴史を学ぶため、エジンバラへと引っ越した。 「どこか大きな都市に引っ越すことは、私にとって必要なことだったと思います。 エジンバラへの引っ越しは、とても大きな変化だった......。いろいろなギグをすることができたし、いろいろなことが起こっている場所にいることを生かすことができたのだから。 私のバンドになる人たちにも出会えたし、音楽仲間もたくさんできた」 寄与された学位は音楽ではなかったかもしれないが、それでも勉強は彼女のプロセスに役立った。彼女は、エッセイの締め切りがある週はいつも、最も生産的な執筆作業をしていたことを思い出しながら笑っている。


その後、彼女はロンドンにフルタイムで移住し、急成長する新世代のアーティストやソングライターに加わる準備をするようになった。 実際、彼女が私を呼んで滞在している友人達もミュージシャンが多く、彼女は数ヶ月でよく知るようになったというマット・マルタのギグに一緒に出かけることが多かった。 彼女の友人たちは、頭がくらくらするような経験の中で彼女を支えてくれたと彼女は言う。 「ずっと一緒に笑っていてくれた」


本日発売された5曲入りのラブソング・コレクション『Love Me Too Well, I'll Retire Early』は、ソニー・ミュージックエンタテインメントUKを離れ、ラスト・レコーディングス・オン・アースを通じての初リリースとなる。ケイティが2019年以降の個人的な混乱と激動の時期に恋に落ち、満たされた静かなモーメントを描写している。 メジャー・レーベルと契約し、学業とバリスタの仕事を捨て、ロンドンに引っ越すという、彼女の人生のめまぐるしい時期の中で、すべてをスローダウンさせ、混乱の中で彼女を地に足をつけさせたのはこの恋愛だった。 

 

以前のレーベルと決別した後、故郷のスコットランドに戻る絶好の機会と感じた。マッカランなどスコッチの生産で盛んなハイランド地方に舞い戻り、「自分の音楽のルーツに戻るべくプロジェクトを制作した」とケイティは振り返る。 夾雑物を削ぎ落としたこのEPは、ヘルムズデールにあるエドウィン・コリンズのスタジオで録音され、ケイティの友人ジョシュ・スカーブロウと共同プロデュースとなった。 「それは当時の私が愛と音楽を最も理解しえる方法だった」

 

 

『Love Me Too Well, I'll Ritire Early』EP - Last Recordings On Earth 


 

音楽におけるライターズ・ブロックという切実な壁に突き当たっている人々には、変奏曲という形式を推薦したい。一つの主題となる楽曲をベースに、それらにアレンジを加えて組曲にするという趣旨である。特に、1000以上の作品目録を持つ音楽家ですら、新しい曲を書き続けるということに、ある時期に何らかの限界を感じたことがあり、再構成や変奏形式によって、音楽家としての寿命を伸ばした。バリエーションは、クラシック音楽の伝統的な作曲形式であり、著名な作曲家は新しい曲を制作するという点に、ある程度の上限があると解釈し、編曲の形式を挟むことにより、各々の作品カタログに厚みと幅広さをもたらすことに成功したのだ。

 

さて、スコットランドのシンガー、ケイティ・グレッグソン・マクラウドは、DIY、Line Of Best Fit、Dorkを始めとする各誌をご覧の読者にはおなじみのソングライターである。シンプルに言えば、このEPは恋愛をもとにしたフォークポップの組曲、一つの主題を基にした変奏曲。そして、TikTokから人気を獲得したシンガーであるものの、この作品を通じて、独立ミュージシャンの道を切り拓く。引退とはメインストリームのミュージシャンからの撤退の表明だろう。

 

しかし、同時に、メジャーレーベルを離れたことにより、大きな利点もあった。それはシンプルに言えば、''ヒットソングを書かねばならないという重圧から逃れた''ということにあるだろう。このEPの優れたフォークミュージックに耳を傾ければ分かるように、マクラウドは集中して音楽制作に取り組み、功を急がず、良質なポップ・ミュージックを制作することが出来たのだ。さらに、ルーツであるスコットランドの音楽的な源泉に近づくことを可能とした。五曲収録のワンコーラスを自然に膨らませた簡素な作品であり、聴いていて心地よく、深みのある音楽が目立つ。EPの全般的な音楽には、これまであまり表立って強調してこなかったケルト民謡に対する直接的な影響が含まれている。それは、このEPの最後のトラック「Mosh Pit」で花開く。同時に、シンガーソングライターとしての才能も近年にはない形で花開いたというわけだ。

 

作曲には、ピアノが中心に用いられているようだが、基本的にはアコースティックギター中心のフォーク&ポップが展開され、現行の音楽のトレンドから適度に距離を置いた内容が目立つ。しかし、Tiktokで人気を獲得した「Complex」時代から培われたポップソングの巧みなソングライティングが完全に鳴りを潜めたわけではあるまい。そのことは、いくつかの曲のサビの部分を聴けば明らかである。スコットランドに制作拠点を移したことは、曲に落ち着きを与え、無用なノイズから逃れ、そしてソングライティングの側面での深みをもたらしたのだった。

 

ケイティ・グレッグソン・マクラウドは、ジョニ・ミッチェル、レナード・コーエンといった伝説的なフォークミュージシャンの他、サッドコアのルーツでインディーフォークの最重要アーティスト、今は亡きエリオット・スミスのようなインディーズミュージシャンに影響を受けてきた。その他、亡き祖父のレコードコレクションからもたらされたモータウンソウルからの音楽的な影響を挙げている。メジャー/インディーズを問わず、普遍的で良質なフォークミュージックに触れてきたことが、アコースティックギターの演奏の側面で奥深さをもたらし、そしてデトロイトの古典的なノーザン・ソウルからの影響は、歌唱の側面での幅広さに繋がった。マクラウドはアルトの音域からソプラノの音域を中心に適度な音域を持ち、そしてファルセットも織り交ぜる。これらは体系的な音楽教育ではなく、上記の歌手やジャンルから学んだ技だろう。

 

今回のフォーク・ポップソング集は、基本的にアコースティックギターを中心に構成されている。しかし、一般的なアコギの音色というよりも、バリトンギターのような低音部がチェロのような温かい音感を与え、全般的なマクラウドの歌をアンビエンスの側面で力強く縁取っている。そして、過去の恋愛とスコットランドへの帰郷を主題にしているが、必ずしも、リアリズムに根ざしたフォークソングというわけではなかろう。歌詞はある種の感情の吐露としての効果が詩の側面から繰り広げられ、それらは直感的な言葉の羅列で構成される。全般的な音楽としては、現実的なレンズから見通す幻想的なフォークソングであり、それらはケルト民謡やアイルランド民謡で頻繁に使用されるフィドルのような響きを持つヴァイオリンやチェロのレガートがアコースティックギターとボーカルの間に入り、それらの幻想的な副題を決定付け、主題と副題が連鎖するようにし、音楽の構造が連なっている。これはまるで、個人的な世界からスコットランドの広い世界への繋がりを象徴づけるかのようで、あるいは、見方を変えて、マクロな視点から見れば、アーティストのリアルな人生の軸を基底に、それとは対象的に、もう一つの人生を現在の地点から俯瞰し、過去のもうひとつの可能性に言及するかのように、ストーリーテリングの要素を付与するのだ。演劇を学んだこともあるシンガーは、過去にも音楽における物語の可能性について言及している。それらがEPというささやかな形式でありながら、目に見えるような形となったのである。そして、これらの年齢らしからぬ大人びた視点は、この作品全体に夢想的な感覚を付与する。シンセサイザーなどの大掛かりなアレンジは登場しない。しかし、鋭い聞き手は、奥行きのある音楽と幻想的な感覚をこのEPに見出すはずである。

 

 

フォークミュージックは、基本的には、三つか四つのコード進行やスケールしか登場せず、ベース音に対して、どのような主旋律を歌うのかに主眼がある。近年では、''フォークトロニカ''という電子音楽との融合を目指したジャンルも登場したが、このアルバムでは薄められたポストフォークではなく、この音楽の本質をしっかりと捉えている。「Love Me Too Well, I'll Retire Early」は、まるで草原に座り、ギターを奏でるような詩人らしい性質に加え、望郷の念を紡ぎ出すようなソフトな歌声が、滑らかなアコースティックギターのアルペジオと共鳴している。


ほとんど余計なマスタリングを施さず、まるでデモトラックをクリアなリバーヴエフェクトで縁取ったようなサウンドだが、驚くほどマクラウドの歌声は伸びやかに聞こえ、そして、それらと融和するアンティークの家具のように美しいアコースティックギターの音響が情感たっぷりの音楽世界を作り上げる。曲を書くというプレッシャーから逃れた音楽家は、おのずと''自分のための美しき世界''を作り上げた。しかし、それがゆえ、その音楽は万人を魅了してやまない。手作りのマニュファクチュアのような丁寧な曲作りと、同じように美しいものを歌うことをためらわない歌声が共鳴し、シンプルでありながら、琴線に触れるような音楽性を生み出した。

 

明快な印象を持つオープニングとは対象的に、憂鬱を感じさせる「James」が対置されている。 バスとスネアの演奏で始まるこの曲は、ロック的な響きがあるのと同時に、ベッドルームポップにおける非凡な才覚が現れる。乾いた質感を持つドラムをギターの演奏と結びつけ、それらを美しい旋律を持つボーカルと融合させる。こういった曲は、Clairoとの共通点もあり、現代的なポップソングとして楽しめる。 そして、この曲は、同じようにアコースティックの弾き語りで、その上に薄く重ねられるアルペジオのギターの音色が、エリオット・スミスのような影のある印象を与え、インディーフォークとサッドコアの中間にある音楽が発露している。基本的には、ワンコーラスを繰り返しながら、曲に抑揚をつけるという作曲の形式だと思われるが、サビの箇所ではボーカルが力強い印象を持つ。現代のポップソングのお手本と言うべき一曲である。ギターのコード進行が巧みであり、特に入念な多重録音がきらびやかな音響性を作り出す。


 

 

「James」

 

 

 

例外的な場合を除いて、ポップソングを書く上で、複雑なコード進行は必ずしも必要ではないということは「Chess」を聞くと分かる。この曲はアルペジオを中心にする、(ⅠーⅤーⅣ)という導入部のベース進行に対して、(ⅣーⅤーⅥ)を中心とするサビの箇所をアルペジオで対比するだけで、これ以上はないほどのシンプルさであるが、驚くほど楽曲そのものがダイナミックに聞こえるはずである。そして、サビの部分では、コーラスを被せて、ゴスペルのような荘厳な雰囲気をもたらす。二番目のシークエンスでは特に、よりダイナミックな印象を抱くはず。それはコーラスに男性のボーカルを用いて、上手く音域を対比させているからである。西洋美学が”コントラストからもたらされるダイナミズム”であるとすれば、これほど理にかなった音楽は存在しないだろう。そして無駄な音はほとんど付け加えず、すべてが最小限に留められている。

  

「I Just Think of It All Time」は、恋愛のモチーフにふさわしく、軽快さと切なさを併せ持つ秀逸なフォークポップソングだ。ここではよりボーカルは直情的になり、そして琴線に響くような涙っぽい歌声を駆使する。 アコースティックギターのサウンドホールの芳醇な音の響きを弦のオープンなストロークにより導き出し、ドライブ感のある音のうねりを作り出す。それらの導入部のイントロの後、8ビートのドラムが入り、この曲の軽快なドライブ感とリズミカルな音響効果を決定付ける。そうすると、マクラウドの歌声も連動して軽やかに聞こえる。これらは、楽器の音響の特性を上手く活かし、人生の主題と連動する詩を歌いながら、歌と曲を上手くリンクさせているからだろう。音域の使い分けも見事であり、中音域と低音域を中心とするドラム/ギター、高音域で一定して精妙な音の印象を保持するボーカルがバランス良く配置されている。


こういった曲は、男性シンガーであれば、より渋い印象を持つことになるが、女性シンガーならではの長所だろう。そして、過去の自分と現在の自分を併置し、それをセンチメンタルに歌い上げる。サビの箇所も秀逸で、弦楽器のレガートが入ると、ドラマティックな印象を帯びる。音楽に人間的な温かさや感情的な雰囲気が加わり、聞き手の心に響く叙情性をもたらす。これは、シンセサイザーなどの機械的な楽器がないからこそ、こういったオーガニックな雰囲気を生み出す。そして、これは作品としては不可欠なのだが、アートワークの印象とも合致する。草原を駆け抜ける爽やかな風のような感覚を、音楽によってストレートに体現させている。アウトロの箇所では、弦楽器がこの曲に幻想的な感覚を付与し、歌声をより美しく演出する。

 

EPのハイライトは「Mosh Pit」となる。この曲では、シンガーソングライターの非凡な才覚が発揮されている。ケルト民謡を主題にしたギターの演奏、それらがこの歌手の持つ物語の特性と組み合わされ、壮大なエンディングを演出する。さながらハイランド地方の自然のドキュメンタリー映像のように、起伏のある物語性が展開される。メインのボーカルに加えて、ジャズのスキャットというよりも、民謡的な歌唱のコーラスが併置され、多次元的な音楽構造を作り出し、牧歌的な世界観が描き出される。これらの世俗的な世界には一瞥もくれない姿勢は、このミュージシャンの音楽に神聖な感覚すらもたらす。そして、その澄明でクリアなボーカル、一点の曇もない透徹したギターの音色が組み合わされ、新世代のケルト民謡が生み出されている。


伝統的なものを受け継ぎ、次世代に語り継ぐ。それこそがこのシンガーのライフワークの一部であると解釈することも出来る。曲の中盤から入る弦楽器のトレモロの精細なピアニッシモ、それが音の谷を作り出し、以降の牧歌的な音楽の果てしない広がりを導き出す。弦楽器のユニゾンとマクラウドの伸びやかなレガートの歌声は、独立映画のエンディングのような瞬間性をもたらす。そして、メインボーカルとコーラスは、山間部のやまびこのように響き、音楽を通して、スコットランドの豊かな自然や生物の息吹など、無数の命が実際の音楽に乗り移るかのようで素晴らしい。マクラウドの音楽は、最後の楽曲において、神秘性や無限性を獲得している。

 

 

 

 Best Track- 「Mosh Pit」

  

 

 

▪ Katie Gregson-Macleodのニューアルバム『Love Me Too Well, I'll Retire Early』はLast Recordings on Earthから発売。ストリーミング等はこちら

 

 

 

Katie Gregson-Macleod:

 

ケイティ・グレグソン=マクラウドは、深くパーソナルなリリシズムとフォークに影響を受けたサウンドを独自に融合させ、世界中の熱心な聴衆を獲得している。 スコットランドのハイランド地方で育った23歳の彼女は、幼い頃から音楽に親しみ、ピアニストの母親と一緒に歌い、両親と一緒にミュージカルに没頭した。 

 

彼女が言語と創造的な文章に夢中になったのは、父親が仕事の前後に毎日小説を書いているのを見て、子供の頃から植え付けられたもので、10代後半に彼女が発見したフォーク・ミュージックにも、亡き祖父のレコード・コレクションを受け継いだモータウンやソウルの影響と同じ糸が通っている。  


ジョニ・ミッチェル、レナード・コーエン、エリオット・スミスといった古典的なシンガー・ソングライターに触発されたケイティの旅は、インヴァネスでのバスキングから始まり、地元のパブでギグを行い、18歳でローファイEP「Games I Play」を自主リリースした。 そして2022年、シングル「complex」でTikTokのバイラル・ブレイクを果たし、世界的な知名度、メジャー・レーベルとの契約、Ivor Novelloへのノミネート、フェスティバルでのパフォーマンスやヘッドライン・ツアーの旋風を巻き起こした。 

 

2024年初頭にメジャー・レーベルの本拠地と決別したケイティは、クリエイティブな独立という新たな章を迎え、ロンドンのシンガーソングライター、マット・マルテーゼの主宰するインディペンデント・レーベル”Last Recordings on Earth”と契約し、愛と芸術的不確実性のバランスを反映した生々しく親密なEPを制作した。 物語を語ることへの生涯の情熱にしっかりと根ざしたケイティの作品は、ノスタルジア、パワー・ダイナミクス、自己反省といったテーマを探求し続けており、そのすべてが彼女の特徴である詩的な表現と傷つきやすさによって強調されている。