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Geese

 

 

ギースはキャメロン・ウィンターを中心に学生時代の友人によってブルックリンで結成されたロックバンドである。

 

彼ら五人組のバンドとしての出発は、ガレージの演奏ではなく、小さな地下室でのジャム・セッションに始まった。最初、この五人組がリハーサルスタジオ代わりにしていた地下室には、スニーカーと毛布のブランケットの乗っかったマイクロフォン、そして、安っぽいアンブリフィターが置かれていた。


それらのアイテム、PA機材を足がかりにして、ハイスクールが終わった放課後に、このブルックリンの五人組は、ひとしれず地下室での演奏、ベースメント・ロックを奏ではじめた。

 

 

Geese

 

 

幸いなことには、彼らが活動する以前のNYには、偉大なロックンロールアーティストたちのサウンドが存在していた。メンバーがすべて十代で構成されるGeeseは、これらのNYの往年のロックンロールの系譜を受け継ぐアーティストとして自らの個性的なサウンドの骨格を形作っていく。

 

往年のNYのオールド・パンクスの偉大なパイオニア、Televisionにはじまり、No New YorkのDNAのアートノイズ、近年のザ・ストロークスをはじめとするガレージロック・リバイバルのアーティスト、これらのプリミティヴないかにもニューヨークらしいロックンロールを、ブルックリンの地下室に活動拠点を置くGeeseは、2020年代に持ち越そうというのである。これは、なんということだ!? 多彩なニューウェイブとポスト・ロックを中間を行くような最新鋭のブルックリン・サウンドの切れ味はどのバンドもかなわないほどの強力なエネルギーによって彩られている。彼らのサウンドの特性ともいうべきものはまさに、オーディオ・インターフェイス”Line 6”のZen Masterのホームレコーディングのローファイ感満載のギターロックサウンドに裏打ちされた音楽なのである。

 

Geeseの生み出す新しい未来のロックサウンドは、きわめて刺激的であり、そして、若さゆえの周りのエナジーを飲み込むようなパワフルさが宿っている。そして、ネオニューウェイブの筆頭格であるIDLESと同じように、「宇宙的な拡張性を持つロック、Sci-fi-Rock」とも喩えるべき目のくらむほどの壮大さが感じられる。旧来のロックンロールに慣れ親しんできたリスナーにとって、このブルックリンの若者たちの新鮮味あふれる音楽には、目からウロコともいうべき驚きをおぼえることはまず間違いなしである。

 

今年10月29日に、Pertisans Recordsから1stアルバム「Projecter」を引っさげて鮮烈なデビューを果たしたGeeseのサウンドを初めて聴いたときには、「ついに、シカゴのドン・キャバレロの再来か!?」と思い、ストロークスが現れた瞬間や、アークティック・モンキーズが出現した瞬間にも似た奇妙な興奮を覚えたことだけは事実である。そしてノイズ、ガレージ性を感じさせながら、「ガチョウの走り」のようなスピード感を持つ。とりわけ不思議でならないのは、BPM自体はそれほど早くはないのに、ミドルテンポの楽曲であっても、奇妙な焦燥感や速さを感じさせる音楽でもあるのだ。これがブルックリンの時の流れなのかと感じさせる何かが存在しているかのようである。

 

もちろん、このGeeseが衝撃的なデビューを果たし、NMEをはじめとする著名な音楽誌が今年の再注目のアーティストと目するのには大きな理由があるはず。それは表面上の音楽性だけにはとどまらず、綿密な技法によって楽曲が構成されているからでもある。

 

シカゴのドン・キャバレロのようなよれたテープのような音響性、ラップのDJのスクラッチをロックで再現しようという新たなポストロックの実験性、前衛的な手法が取り入れられていることにも注目である。

 

ローリング・ストーン紙は、Geeseのサウンドを詳細に説明するに当たって、ネオ・ニューウェイブ、ダンス・ロックというカテゴライズを与えており、Strokes、DNA,Deerhoof、The Rapture、Black Midiの名を列挙し、なんとかこのGeeseの新しいサウンドに説得力を与えようしている。もちろんそれだけの言葉だけでは、このロックバンドの魅力は伝わるはずもない。それほどまで、奥行き、伸び、自由を感じさせる新鮮味あふれるフレッシュなロックバンドである。

 

三作のシングルと一作のアルバムをリリースしているGeese。本日、IDLESとともにヨーロッパツアーに出ている最中で、きわめて話題性に富んだグループであることは疑いを入れる余地はないように思える。

 

まだまだ、これからどのような活躍をするのかは未知数、なんとも末恐ろしいような可能性に満ちたロックバンドがブルックリンから出現してしまったことに戸惑いを感じざるをえない。今回、このGeeseのデビュー・アルバムについてごく簡単に触れておきたいと思う。

 

 

 



「Projecter」2021  Pertisan Records

 

 

「Projecter」2021  Pertisan Records




Tracklisting



1.Rain Dance

2.Low Era

3.Fantasie/Survival

4.First World Warrior

5.Disco

6.Projecter

7.Exploding House

8.Bottle

9.Oppotunity is Knocking



Listen On:


https://songwhip.com/geese/projector2021

 

 

 

 

 

「Projecter」は、10月下旬にリリースされたGeeseのデビュー・アルバムである。Pertisans RecordsとPlay It Again Samから共同リリースされた作品。また、このアルバムのプロデューサーに、Fountains D.C、Squid,Black Midiのマスタリングを手掛けたダン・キャリーを抜擢し製作がなされている。

 

既に、このデビュー作がリリースされる前から、先行シングル「Disco」がリリースされ、またたく間に世界で大きな話題を呼び、全く無名の新人インディーアーティストであるのにも関わらず、Stereogumの「Songs Of The Week」、Faderの「Best Rock Songs」、Under The Raderの「Songs Of the Week」などをはじめ、イギリスの大手音楽誌NMEは「First On」に選出している。

 

そういった話題性もさることながら、このアルバムには18歳と19歳の若者たちの強いエネルギー、そして果敢に新たなサウンドに対してチャレンジを図る冒険心のようなものが満ち溢れていることがこれらの高評価を受けている要因のように思える。

 

もちろん、そこには、ポストロックバンドとしての表向きの印象があり、イギリスのBlack Country,New RoadやBlack Midiのようなアヴァンギャルド性が取り入れられていることに注目である。特に一曲目の「 Rain Dance」や九曲目の「Exploding House」といった楽曲には、ミニマリズムの影響性も見いだされてるが、何かこれらのサウンドには、旧来のポスト・ロックサウンドとは異なる空間の移動とも呼ぶべきScifi感が滲んでいるのがこれまでのライヒ、グラスなどの現代音楽に影響を受けたロックバンドと明らかに異なる特性といえるかもしれない。

 

その次世代の未来をいくSci-fi-Rockのサウンドは、イギリスのIDLESと同じく、ダンス要素のあるロックサウンドであることは、ローリングストーン誌が指摘しているとおりである。それは彼らのサウンドのルーツが地下室のホームレコーディングにあるからで、Line 6で生み出された生音というのを、あるがままの音楽としてパッケージすることにさほどためらいがないからこそ生み出せる「リアル感」ともいえる。つまり、「Projecter」は、スタジオ・アルバムでありながら、ライブを目の前で体験しているような仮想的なSF感を与えてくれる作品なのである。

 

その他にも、2000年代のガレージロックの雰囲気を漂わせた「Low Era」には、ストロークスやホワイト・ストライプスのファンをニヤリとさせるだろうし、また、4曲目の「First World Warrior」では、、Deerhoofのようなインディー・ローファイ感あふれるアプローチを見せていることにも言及しておきたい。デビューアルバムとして欠かさざるべき、ひときわ強いエナジー、周囲を巻き込んでいくような勢いという重要な要素も充分である。また、それと真逆の音を大事に噛みしめるかのような玄人感も持ち合わせた風変わりで特異なデビュー・アルバムである。

 

今、ヨーロッパツアーを敢行中、明日はオランダ、アムステルダムに向かうNYのGeeseの五人組。これから、どのような魅力的な作品がリリースされるのかロックファンとしては目が離せない。



Feature Track

 

「Rain Drops」Geese Officail Listen on youtube:


 Indigo De Souza


 

インディゴ・デ・ソウザは、ノースキャロライナ州のプルースパイン出身の女性アーティスト。現在は3人編成のロックバンドとして活動している。



Discography.com



幼少期、アーティストであった彼女の母親は、このプスースパインという土地柄と反りが合わず、程なくして、家族で同州のアッシュビルへと転居する。デ・ソウザは、このときに母親の勧めを受け、ソングライティングを9歳からはじめ、音楽制作に親しむことになった。

 

2016年、インディゴ・デ・ソウザは、友人宅のガレージを借り、本格的なソングライティングを始める。完全なるDIYスタイルのインディーロックアーティストとしての目覚め。それが「Boys」をはじめとする初期のデモ集で結実をみせている。この時代の音楽的な出発、ガレージで大音量で音楽を奏でるというスタイルはガレージでの録音ではあるものの、非常に宅録に近いベッドルームポップに近い音の指向性を持ち、またそこにラップに対する憧憬のようなものも見て取れる。

 

デ・ソウザの音楽の主題は、内面的な人間関係における不安や葛藤、それに対する深い芸術的な眼差しともいうべきもので、これは不安的な幼少期の時代の苦悩に根ざしているように思われる。

 

アルバム・ジャケットにしても、言ってみれば、モンスターのような風貌をしたキャラクターが描かれ、何度もこのモチーフをデ・ソウザは好んで用いている。これからも、このキャラクターが何度も登場すると思われるが、女性的な母親のモンスターに付き従う子供のモンスター。これは、デ・ソウザの内面世界をイラストとして克明に描き出したもののように思える。そして、これこそ、デ・ソウザという芸術家の内面に巣食っている人間関係における深い不安、葛藤の正体である。

 

デ・ソウザは、彼女自身内面に根ざす不安を見つめ、それを正反対の表現、ときに軽やかに、また、、ときには、キュートさやジョークをまじえ、音楽としてアーティスティックに描き出している。その音楽は、このような内面の葛藤や不安を認め、朗らかに笑い飛ばすようなニュアンスも感じられる。それはインディゴ・デ・ソウザという天真爛漫なアーティストのキャラクター性においても同様である。だから、デ・ソウザの音楽は真実味があり、ポップ音楽として深い説得力がこもっている。これまで、自主レーベルを中心に作品リリースを行っているインディーロックアーティストにもかかわらず、アメリカの若者たちを中心に大きな支持を集めているのもうなずけるはなしといえるかもしれない。

 

また、インディゴ・デ・ソウザは、2000年直前に生をうけた所謂ミレニアム/Z世代に属するミュージシャン。

 

彼女の音楽的な趣味は、近年のアメリカのリバイバルアーティストと同じく、最近の音楽だけに照準が絞られているというわけではない。

 

直近の音楽だけにとどまらず、現代の音楽家にとってはライブラリーミュージックともいえる生前の音楽に対する情熱的な眼差しが注がれている。とりわけ、シューゲイズやドリームポップといったオルタナティヴ・ミュージックに対する深い影響がうかがえ、、それが近年流行りの宅録のポップス、ベッドルームポップとの融合を果たしている。

 

デ・ソウザというアーティストは、新時代の「オルタナの申し子」ともいえるかもしれない。そのオルタナ性と称するべき彼女自身の反映と換言できるような性質がポップス、ラップ、ソウルといった音楽性と掛け合わさり、新時代のインディー・ミュージックと喩えるべき音楽性が生みだされる。

 

スタイリッシュであるものの、どことなく不敵。不敵であるが、その内奥には人間的なハートフルな温かさも滲む。そしてそれは不思議にも、アルバムアートワークに描かれている、おどろおどろしくもあり、なおかつ奇妙なかわいらしいキャラクターの姿の雰囲気に近いように思われる。




「I Love My Mom」Saddle Creak 2018





Tracklisting

 

1.How I Get Myself Killed

2.Take Off Ur Pants

3.Good Heart

4.Smoke

5.Sick In The Head

6.What Are We Gonna You Down

7.Home Team

8.Ghost

9.The Sun Is Bad

10.I Had To Get Out



Listen on Apple Music

 


「インディゴ・デ・ソウザ」の名をインディー・ロックシーンに知らしめたデビュー作「I Love Mom」である。

 

ここで、デ・ソウザは、初期からのベッドルーム・ポップ色に加え、その要素にインディー・フォークやドリーム・ポップを融合させたような新しいオルタナティヴ世代の音楽を、既にこの一作目にして提示してみせている。

 

アルバム・ジャケットワークにしても、また、歌詞にしてもいくらか暗鬱なニュアンスを感じるかもしれないが、実際の音楽性というのは、どちらかといえば、それとは正反対に爽快で朗らかな雰囲気がただよっている。

 

これは、デ・ソウザというアーティストがその内面の不安、葛藤を直視した上、その問題の向こう側にある世界を音楽というスタイルで表現しているといえなくもない。その表現性は苛烈になったかと思えば、穏やかともなり、謂わば変幻自在な両極端な内面世界がえがかれているように思える。

 

「Take Off Ur pants」では、明らかに、シューゲイズ/ドリーム・ポップ寄りのアプローチを図っているが、その他は落ち着いた、ポップソング、インディーフォーク、あるいはベッドルームポップを中心に構成される。

 

そして、デ・ソウザの跳ねるようなリリックというのが滅茶苦茶痛快で、それが今作の最大の魅力といえるかもしれない。全体的な作風としては、デ・ソウザの持つ独特なスタイリッシュな人間性、ポップス性を打ち出した秀逸な楽曲がずらりと並んでいる。


それを様々なスタイル、カントリー/フォーク、ポップ、ソウル、ラップという形で表現されている。これを散漫な興味ととるのか、幅広い音楽性が込められているととるのかは、リスナーの感性次第によるかもしれない。現代のポップスらしいフレーズがあったと思えば、その一方で、モータウンサウンド、ノーザン・ソウルのようなカクッとしたブレイクを挟むフレーズも、さり気な〜く挟まれるのが顕著な特徴といえるだろうか。

 

このあたりは、ケンドリック・ラマーのトラックメイクのような独特なぶっ飛び具合に比する資質と称することもできる。ファンク、ラップの領域で活躍するアーティストの「これまでのサウンドの引用」という手法を、「インディー・ロック/フォーク」として新たに組み直している点が画期的である。特に、デ・ソウザのソングライティングは、メロディの良さという面に重点が置かれている。意外な渋みすら感じられる曲が多い。





「Any Shape You Take」 Saddle Creak 2021




Tracklisting

1.17

2.Darker Than Death

3.Die/Cry

4.Pretty Pictures

5.Real Pain

6.Bad Dream

7.Late Night Crawler

8.Hold You

9.Way Out

10.Kill Me

 


Listen on Apple Music

 

 

前作「I Love My Mom」ではおぼろげであった音楽的な印象がより明瞭となり、秀逸なポップソングとして昇華されたのが通算二作目のスタジオアルバム「Any Shape You Take」である。特に、#3「Die/Cry」#4「Pretty Picture」に代表されるように、良質なポップソングは前作よりもはるかに完成度が高くなったといえよう。

 

このシンガーの朗らかで親しみやすい資質、天真爛漫な性質というのは前作よりと伸びやかに表現されている。特に、シンガーとしての風格は前作よりも大きなものを感じてもらえるはず。

 

ポップス色の強い作風ではあることは言うまでもなく、インディー・ロック色を交えた魅力的なサウンドが展開されている。センチメンタルなニュアンスが涼やかに歌われている。前作と同じく、インディゴ・デ・ソウザらしいスタイリッシュさも存分に感じていただけるはずと思う。


前作よりはるかにキャッチーなポップソングとして楽しめる、すがすがしく、ゆるやか、ほんわかとした気分をもたらしてくれる素晴らしいサウンド。インディゴ・デ・ソウザの入門編としておすすめしておきたい良盤!!

 サウスコリアの新星 Parannoul


 

Parannoulは、サウスコリア、ソウルを拠点に活動するソロシューゲイズ/ポストロックミュージシャン。今、韓国だけではなく、世界的にインディーシーンで注目を集めているアーティストだ。

 

詳細プロフィールは公表されておらず、謎に包まれたアーティストで、彼自身はParanoulというプロジェクトについて、「ベッドルームで作曲をしている学生に過ぎない」と説明している。

 

ひとつわかっているのは、Parannoulは、一人の学生であるということ、宅録のミュージシャンであるということ。そして、内省的ではあるが、外側に向けて強いエナジーの放つサウンドを特徴とするインディーロック界の期待の新星であるということ。想像を掻き立てられると言うか、様々な憶測を呼ぶソウルのアーティストだ。 そして、デビューから二年という短いキャリアではあるものの、凄まじい才覚の煌めきを感じさせるアーティストとして、簡単にパラノウルの作品について御紹介しておましょう。

 

パラノウルは、これまでの二年のキャリアで二作のアルバムをリリースしている。2020年に最初のアルバム形式の作品「Let's Walk on the path of a Blue Cat」を、WEB上の視聴サイトBandcampで発表している。

 

 

 

 「Let's Walk on the path of a Blue Cat」  2020

 

 

「Let's Walk on the path of a Blue Cat」 2020  

 

TrackListing

 

1. Today's Sky Clear

2. Dream Halluciation

3. Path of a Blue Cat

4. Meaning Of Change

5. Bright Dark,Lost Shoelaces,One Year of Falure

6. Alone In the Forest

7. Tone After Tone

8. Reincarnation

9. Meaning of Disappear

10. The Next Day

 

 

この最初のリリースに対して、例えば他のベッドルームポップ勢のような大きなリアクションがあったとか、ストリーミング何万再生といった付加的なエピソードを添えることは脚色となるので辞めておくが、宅録のデビュー作とは思えないほどの迫力のあるポストロックを展開させている。原題はハングルであるが、英題もつけられている。このデビューアルバムの全体的な印象としては、ボーカル無しのインストゥルメンタル曲がずらりと並び、徹頭徹尾、冷静沈着な精細感のある叙情的なギターロックが展開されている。

 

宅録のソロプロジェクトとは思えないほどの完成度の高さで、一人でこれだけの音を作り上げられるという不可能を可能にした超絶的なクオリティーといえる。少なくとも、このデビューアルバムは、非常に理知的な音作りがなされており、楽曲の展開もそれほど目立った変拍子はないけれども、想像性による展開力は抜群!!である。

 

数学的な音の運び方をするので、理系の学生ではないか?と勘ぐるほど。(実際は分からないと断っておきたい)アメリカのドン・キャバレロを初め、ToeやLiteのような昨今の日本のポスト・ロック勢とも共通点が見いだされる。数学的に計算されつくしたまさにポストロック/マスロックの代名詞ともいえるサウンドで、そのあたりのポストロックファンにはドンピシャな音楽性であるように思える。

 

しかし、このパラノウルのサウンドは、近年のポストロックの潮流の音楽とはちょっと異なる面白いユニークな質感を持っている。楽曲自体の複雑性、巧緻性に重きを置く、例えば、イギリスのBlack Country,New Road、近年のToeやLiteのような日本のポストロック勢とは異なる独自の音楽性が貫かれているように思える。それはなんなのかと推察してみると、このパラノウルのデビューアルバムには、近年流行りのマスロックらしいスティーブ・ライヒ的なミニマリスムの要素もありながら、独特な内向的なサウンドが展開されている点である。これが近年のマスロックとは異なる。そこには何か悶々とした内向きのエネルギーの放出がひたひたと内側にむけて静かに連なり、複雑な綾を描きながら放たれていく。そして、青春の息吹が感じられる。これがエモとか、シューゲイズとい称されるゆえんなのだろうけれども、これはそのような簡単なジャンル分けによって定義づけられるサウンドではない。それよりも遥かに凄いエネルギーを感じるのである。

 

もちろん、そのエナジーは内向きである一方、聴いているリスナーに、一種の爽快感ともいえる情感をもたらすのは不思議でならない。これは何らかの音に対するスカっとするようなカタストロフィーを感じさせる音楽なのではないだろうか。それは上記したパラノウルというミュージシャンがベッドルームでの作曲者でしかないと自負している通り、自身の芸術性の外向きな部分を完全に廃し、徹底して内向きな轟音性を追求している。このサウンドはむしろ突き抜けているからこそ格好良いという感覚を聞き手に齎す。そして、癒やしにも似た不思議な感覚を聞き手に呼びさますのである。このパラノウルの独特な音楽性のバックグランドとしては、いかにも宅録らしい電子音楽からの色濃い影響が伺える。それは、例えば、電子音楽家であり数学者でもあるアメリカのCaribouを彷彿とさせる独特なテクノサウンドに近い雰囲気を滲ませる。

 

近年、他のポストロック/マスロック勢が捨ててきた抒情性も感じられる。もちろん、そのテクノに近いアプローチは、ダイナミックなドラミング、そして、シンセサイザーの色付けによって、また重層的な音の作り込み、そして積み上げにより、一人のミュージシャンの手から生み出されるとは思えないほど、壮大な宇宙的なバンドサウンドに様変わりを果たし、万華鏡を覗き込むかのような、色とりどりの摩訶不思議な世界をリスナーに魅せてくれるというわけなのである。


 

その後、パラノウルは、WEB上で自身の音楽を公表していき、Rate Your Music,Redditといったサイトを活用し、インディーらしい活動を行い、徐々に知名度を高めていく。

 

また2021年には、二作目となるアルバム「To See the Next Part of the Dream」をリリース。このアルバムは、カセットテープ形式でもリリースされた作品というのは特筆すべき点だろう。

 

また、この二作目のアルバムリリースにより、パラノウルはインディーズ音楽限定ではあるものの、徐々にその音自体の、センスの良さ、オリジナリティー、また、ジャンルにおさまらりきらない幅広い音楽性によって注目を集める。その過程において、特にアメリカのニューヨークの耳聡さのあるメディア、ピッチフォーク、ゼクエンツオブサウンドなどで、この作品が取り上げられるようになった。

 

 

 「To See the Next Part of the Dream」 2021

 

 

「To See the Next Part of the Dream」2021

 

 

TrackListing

 

1.Beautiful World

2.Excuse

3.Analog Sentimentalism

4.White Ceiling

5.To See the next Part Of the Dream

6.Age Of Fluctuation

7.  Youth Rebellion

8.  Extra Story

9.  Chicken

10. I Can Feel My Heart  Touching You



特にこのパラノウルのセカンド・アルバム「To See the Next Part of the Dream」は要注目の作品である。 一作目のインストゥルメンタルで占められていた作風とは打って変わり、轟音ポストロックサウンドに大変身を果たした。それに加え、韓国語のボーカル?が追加され、よりソングトラックとして聞きやすくなったように思える。

 

一曲目の「Beautiful World」のイントロには「何聴いているの?」という日本語のサンプリングが取り入れられているのも非常に面白い点である。しかし、ヴォーカル入りになったからといって、パラノウルの激烈なサウンドが鳴りを潜めたというわけではない。いや、むしろリードトラックからすでに、凄まじい疾走感、そして轟音感のあるサウンドが全力で繰り広げられ、そして、ものすごい迫力で突き抜けていく。そこには何となく淡い青春の息吹を感じざるを得ない。また、ここで表現されているのは、アルバムジャケットとしてイラストで描かれている青空にたちのぼる工場の煙のような日常の風景の中にある一コマに感じられるようなエモ的な情感なのである。

 

そして、そのサウンドは、ムーグシンセサイザーの導入をはじめ、一作目のポストロック/マスロックのアプローチに比べると、電子音楽としてロックが実に痛快に、いや、爽快感をおぼえるほどに展開されていくのだ。

 

とりわけ、このセカンド・アルバムの中では、#3「Analog Sentimentalism」だけは聴き逃がせません。

 

きわめて感慨深く、ほとんど感涙にむせばずにはいられないのは、ここでソウルのミュージシャン、パラノウルが大きな誇りを持って展開しているのは、コーネリアスのような、まさに往年に日本でよく聴かれていた渋谷系といわれた平成の日本のポップスに近い疾走感のある電子音楽性である。それが見事に、実に、見事に、現代の轟音的なポスト・ロック性、そしてダンサンブルなポリリズムと融合を果たし、未来の2020年代のサウンドを形作っているのである。ここでパラノウルが描き出そうと試みる音楽の世界は必ずしも外向きなものとはいえない。

 

しかし、その内向きの強いエレルギーが一種の爽快感を持って極限に達した時、もはや彼が存在するのはベッドルームではない、音というひとつの媒体を介して広がりを見せた大きな世界なのである。一つのベッドルームからはじまったパラノウルの轟音の物語はこれからも彼の音楽が途絶えぬ限り続いていくだろう。狭い世界から始まった音楽がどこまで広がりを見せていくのかたのしみにしたい。

 

兎にも角にも非常に期待の若手のインディー・ロックミュージシャンとして期待したい、サウスコリア、ソウルのアーティストとして、パラノウルの作品にはこれからも注目してきたいところです!!


ライオットガールの系譜

 

 

 

これまで、歴代の女性パンクロッカー達は、その大多数が男性の文化の中で、どことなくむさ苦しさすらあるパンクシーンにおいて、強い異彩を放ち、実際に多くのファンを魅了し続けてきた。 

 

 

こういった女性ロックミュージシャンは、常に強いメッセージを内側に抱え、シーンに対し勇猛果敢に女性という存在のありかを示し、そして、みずからの思想を音楽に込め、それを恐れることなく発信し続けて来たのだ。

 

 

音楽活動ーー、しかし、それはただ単なる憂さ晴らしか、音遊びのようなものであったのだろうか?

 

 

いや、決してそうではない。それは、非常に強固な概念に支えられた世間という目に見えない社会構造にたいする強烈なアンチテーゼを意味し、そして、その一表現形態としてパンクロックが存在していたのである。それは、まだ、人権意識という概念が希薄な時代において、女性という存在の権利を、我が手に取り戻すための女性人権運動と言っても良かった。現在は、実際の社会での発言力もまだまだといえるが、徐々に認められるようになってきたことはとても喜ばしいと思う。

 

しかし、およそ、数十年前、女性の社会での立ち位置というのはどうだったろう? 近代、女性が何らかの思想を発信することは、非常に困難をきわめた。例えば、NYのライブハウスで、パンク・ロッカーとして活躍することは、相当な勇気がいることだっただろうし、また、それなりに、決死の覚悟で挑まなければならなかったはずである。

 

このニューヨーク・パンクロックシーンの渦中には、パティ・スミスという現代詩人、そして、以後になると、ソニック・ユースのフロントマンであるキム・ゴードンという、強い個性を持つアーティストが活躍した。とくに、キム・ゴードンは、その後のアメリカでの人権運動にまで発展する”ライオット・ガール”という概念の先駆者ともいえる、重要なロックアーティストである。

 

もちろん、前者、パティ・スミスは、ボブ・ディランに引けを取らない実力派の女性詩人であり、後者、キム・ゴードンは、インディー・ロック界のカリスマとして、現在もミュージックシーンに、その名を轟かせている。しかし、この二人がいまだ多くの目利きのファンから熱狂的な支持を受けつづける理由は、彼女等の際立った個性にとどまらず、女性としての存在感を音楽という表現において、あるいは、ステージパフォーマンスでタフに示し続けてきた後に獲得した勝利であり、難しい社会構造内での権利を獲得しようという痛切な歴史があったからこそなのだ。

 

現在のように、Facebook、Twitterといったソーシャルメディアがまだ存在しない夜明け前の時代において、女性がなんらかの強いメッセージを発信するためには、文学、アート、あるいは、音楽という表現形態が必要だった。

 

とりわけ、時を遡ると、古典音楽でも女性の扱いは目も当てられないほどで、クララ・シューマンは、ロベルト・シューマンに比するピアノ曲の才能があったのにもかかわらず、生前、真っ当な評価を受けることはなかった。

 

この音楽というのは、女性の最後の精神的な抵抗の拠り所のようなものだったろうかと思う。音楽を介してなら、日頃伝えられないこともどのようなことも、ストレートに伝えられる。このパンク・ロックという感情表現は、、女性のアーティスティックな表現方法に明るい活路を与えたのである。 

 

そして、同時代には、ロンドンパンクの後に勃興したポスト・パンク/ニューウェイヴにもX-Ray Specs、そして、Slitsという女性中心の秀逸なバンドが徐々に台頭し、活躍するようになった。ようやく、オーバーグラウンドとは異なる形で、女性がパンク・ロックを通して市民権を獲得するに至ったのだ。

 

そして、こういった男性中心のメンバーで構成されるパンク・ロックバンドの女性ボーカリストは、”ライオット・ガール”と呼ばれる要因となった。これは、後のロックバンドのメンバーの構成、つまり、男性中に、キャラクターの強い女性メンバーが、フロントマンとして前面に立ち、他の男性たちをミューズのごとく先導する役を担うスタイルが浸透していく。

 

比較的新しい2000年代あたりの例を挙げると、ガレージ・ロック、そのリバイバルシーンのバンドには、この”ライオット・ガール”と呼ばれる象徴的なメンバーが在籍する事が多く、そのことは、White Stripes、Yeah Yeah Yeahs、Blonde Redhead等をあげればより分かりやすいかと思う。 

 

 


ガールズバンドの原点

 

 

 

また、現在の意味でいう、ガールズ・バンド、つまり、「女性のみで構成された可愛らしいイメージのあるロックバンド」という括りで語るなら、多分、その原点は、アメリカの”The Ronettes”という三人組のオールディーズというジャンルを代表するポップシンガーグループに求められる。

 

このザ・ロネッツというバンドは、六十年代の米国のニューヨークを拠点として活躍したザ・ビートルズの女性版三人組といえる良質なポップ/ロックバンドである。

 

ザ・ロネッツは、「Be My Baby」「Baby I Love You」「Sleigh Ride」をはじめとする、オールディーズの伝説的な名曲をリリースしている。R&Bなどのブラックミュージックの雰囲気を持ち、ビートルズ、ビーチボーイズに引けをとらないポップセンスが魅力のガールズバンドの先駆者的存在である。NYのブロードウェイ文化を象徴する華やかなロックバンドとして挙げておきたい。

 

 

六十年代から、後の七十年代に入ると、近代からアメリカ車の主要な生産地として大きな経済発展を遂げたミシガン州デトロイトの”Nikki And The Corvettes”というバンドが音楽シーンに台頭した。

 

 

この”コルベッツ”というロックバンドは、実に可愛らしく、若々しいキャラクターを持ったバンドであり、ニューヨーク・シーンの伝説、Ramonesのように、つかみやすくて、万人受けする音楽性を擁していた。

 

ザ・コルベッツは、上記のパティ・スミスのような強い際立った思想性というのはないものの、誰にでも理解できるようなポップ性を持ちわせた稀有なロックバンドだった。そして、このバンドの持つ。

 

この時代から、なんとなく、”Cute”というイメージが、ガールズ・バンドの主要な印象として定着していったように思える。もちろん、日本にも、後年、”少年ナイフ”というニルヴァーナのカート・コバーンに重要な影響を与えた名ガールズ・ロックバンドが活躍するようになった。

 

 

1970~80年代以降のガールズ・バンドという形態には、この”キュートさ”というイメージが一般的に浸透するようになっていったのは、自然の道理だといえる。ひとつだけ、惜しむらくは、Nikki And The Covettesは、一部カルト的人気を獲得しただけで、アルバム・リリースも一作で解散してしまった幻のロックバンドとなった。

 

しかし、このバンドの「Nikki And The Covettes」1980という作品は、RAMONESの1st「Ramones」に比するポップチューンの連続であり、パワーポップの隠れた名盤でもある。気になる方は、是非一度チェックして貰いたい。 

 

 

 

 

 The Linda Lindas

 

 

そして、今回、御紹介するThe Linda Lindasというロサンゼルスを拠点として活動する四人組ガールズ・バンドは、往年のNikki And The Covettesが、現代にあざやかな復活を果たしたような痛烈なロックバンドだ。そして、また、そのボーカルスタイルというのも、強くシャウトするニュアンスがあり、これまでのライオット・ガールという概念の延長線上にあるように思える。

 


 

 

このThe Linda Lindasというバンド名は、日本のパンク・ロックバンドのThe Blue Heartsでなくて、日本の映画、山下敦弘監督の2005年の作品「リンダ リンダ リンダ」に由来するという。

 

同作品の音楽を担当しているのは、オルタナティヴ・ロック界の伝説バンド、The Smashing Pampkinsの日系アメリカ人ギタリスト、James Iha ”ジェームズ・イハ”である。(因みに、同監督の作品「天然コケッコー」では、くるり、レイ・ハラカミが音楽を担当している。山下監督は、青春色の色濃い、ティーンネイジャーの淡い情感を描くことに長じた素晴らしい日本人映画監督である。サウンド・トラックもインストゥルメンタル曲ばかりではあるものの、センチメンタルな名曲が多い。ここでは、レイ・ハラカミの劇伴作曲家としての才覚を十分堪能できる)

 

 

リンダ・リンダズは、Bela Salazar,Eloise Wong,Lucia de la Garza,Mila de la Garzaの四人によって2018年にLAで結成された。 

 

 

ティーンネイジャーの姉妹と従兄弟、そして、その友人により構成されている。今、流行りの"ファミリーツリー"を描くかのような、新鮮さのあるロックバンドである。日系アメリカ人、ジェームズ・イハがサントラを担当する映画「リンダ リンダ リンダ」にバンド名を因むのは、 このバンドの中心メンバーである、de la Garza姉妹がアジア系アメリカ人のルーツを持つからだろう。

 

 

また、リンダ・リンダズは、今、LAで、最も勢いのあるガールズパンクバンドといえる。これからがとても楽しみな期待のバンドである。

 

 

彼女たちリンダ・リンダズの音楽性というのは、音を聴けば、すぐにその意図が手にとるように理解できるはずだ。往年のオールド・スクールのパンクを下地にしつつ、そこには現代的な質感もふんだんに込められている。キャッチーで、痛快さのあるド直球パンクを惜しみなく放り込んでくるバンドで、往年のラモーンズのような若々しさ、フレッシュさのあふれる音楽を、そのまま現代にあざやかさをもって再現したような感がある。また、ガールズ・バンド、又は、ライオット・ガールとしての、これまでの社会通念の延長線上に存在するロックバンドである。

 

 

リンダ・リンダズの「Spotify Playlist」を見てみると、この四人のティーンネイジャーが、一体、どのような音楽に影響を受けてきたのか、その背景が手にとるように理解できるはずだ。このプレイリストには、ポスト・パンク/ニューウェイブシーンで活躍したバンド名がずらりと列挙されていて、何故だかしれないが、微笑ましくなるようなところがある。The Go-Go's、X-Ray Specsといった往年の素晴らしい名ガールズ・バンドがそこにはずらっと並んでいる。このプレイリストを見ているだけでも、音楽フリークには眼福をもたらすことは必須と思われるが、彼女たちの実際の音楽を聴けば、さらに微笑ましくなり、喜ばしいものが感じられるはずだ。

 

 

このバンドの実際の音楽性は、全く嘘偽りがない真正直なガールズ・パンク・ロックである。それは、一種の痛快さを聞き手の感情にもたらす。

 

かつてのThe Go-Go'の音楽性と同じように、底抜けに明るい雰囲気、人を楽しませるエンターテインメント性、楽曲自体キャッチーさ、弾けるようなポップ感、この四つの要素が、その音楽性を背後から盤石に支えている。また、そこに、音楽通らしい捻りのような要素が付加されているところも見逃せない点である。例えば、Yeah Yeah Yeahsに代表されるガレージ・ロック本来のプリミティブな要素であったり、また、痛快なライオット・ガールのボーカルスタイル、マイク越しに「ガブッ!!」と、噛み付くような雰囲気が加味されたという印象を受ける。

 

 

これまでリンダ・リンダズは、 これまでの三年間の活動期間で、自前のレーベル、”Linda Linda Records”を中心として、シングル、EP作品をリリースしている。 デビュー・シングル「Claudia Kishi」2020においては、X-Ray Specsの音楽性を引き継いでいて、まさに、このあたりのロンドン・ニューウェイブシーンを知る往年の愛好者にとっては殆ど感涙ものの音楽を奏でている。

 

 

また、ミニアルバム形式の「The Linda Lindas」2020 は、ロックバンドとしての真価を発揮し、Go-Go'sに近いアプローチを図り、より、バンドとしての結束力が増した痛快味あふれる作品となっている。

 

 

ここで繰り広げられるキャッチーで痛快な音楽性、そして、カルフォルニアのバンドらしいポップ・パンクシーンの音楽性を存分に引き継いだポピュラー・ソングというのは、パンクロックの伝道師としての音の体現といえ、このバンドの魅力をより多くのファンに知らしめる作品である。 

 

 

 

 

The Linda Lindas 2020

 


 




 

 

 

 

1.Monica

2.No Clue

3.Missing You

4.Never Say Never



 

 

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「Moxie (Music From Netflix Film)」2021においては、伝説的アメリカのポップ・パンクバンド、Off With Their Headsのスタジオ・アルバム「All Things Move Toward Their End」2007に収録されている「Big Mouth」の名カバーを堪能できる。

 

ここで、リンダ・リンダズは、原曲よりもはるかに、一般的で親しみやすいアレンジを施し、ガールズバンドという特質によって、新鮮でフレッシュな味わいをもたらす。もしかすると、原曲よりも良い出来栄えかもしれない。そして、何より、この知る人ぞ知るパンク・ロックバンド、”Off With Their Heads”の作品を、カバー楽曲に選んでいるあたりに、リンダ・リンダズというバンドのメロディック・パンクに対する強い情熱、一方ならぬ造詣のようなものが伺える。 

 

 

 

 

Epitaphからリリースされた最新シングル作「Oh!」2021は、リンダ・リンダズの現時点の最高傑作といっても良い作品である。

 

 

これまでのパンク色を少し弱め、ロックバンドよりのアプローチを図っている。また活動初期には感じられなかった往年のアイドルポップ、あるいは、ダンス・ポップの要素をふんだんに取り入れている作品で、バンドサウンドとしても非常に磨きがかかった痛快な楽曲となっている。 

 

 

 

「Oh!」2021

 

 


 

 

 

 

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そして、このリンダ・リンダズというアーティストは、それほど難解さのない痛快なポップ性を表立ったサウンドの特長にしている。しかし、表面上から見えづらいような形で、独自の主張性を持ったロックバンドでもある。その音の背後に、自身のアジア系としてのルーツ、レイシズムにたいする強烈なアンチテーゼも、ライブ盤「Racist,Sexist Boy」という作品において滲ませている。このあたりに、バンドサウンドしての力強さが感じられる要因があるように思える。

 

 

このリンダ・リンダズというバンドは、表向きには、人を選ばないキャッチーさをイメージとして持つガールズ・ポップバンドでありながら、そのバンドサウンドの内奥の精神性には、非常に強い光が放たれており、ライオット・ガール、ニューヨークパンク時代から続く、女性パンクロッカーの精神の系譜に連なる強固な概念が貫かれている。

 

 

最新作「Oh!」はシングル作ではならいながら、アメリカのインディー・シーンで話題を呼びそうな気配のある作品といえる。おそらく、これから後、この「Oh!」を収録した1stスタジオ・アルバム、あるいは、EP形式のミニアルバムがリリースされるかだろうと思う。あまり無責任な放言は差し控えたいものの、どのような作品になるのか、非常に楽しみに首をなが〜くして待ちたいと思う。

 

 

この跳ねるようなフレッシュな音の味わいを見ると、非常に感慨深いものがある。往年のポスト・パンク/ニューウェーブの名ガールズバンドの面影が感じられる。しかし、今や、遠ざかった幻影が、2021になってこのリンダ・リンダズの音楽により見事に復刻されたわけである。現在、アメリカのロックバンドの中で、最も勢いが感じられ、リンダ・リンダズが漠然と”来る”かもという気がします。

 

日本で、このバンドのブームがやって来る以前に、是非、音楽通として、チェックしておきたいアーティストです。

 

 

 

参考サイト

 

Last.fm  

The Linda Lindas https://www.last.fm/music/The+Linda+Lindas?album_order=most_popular

 

Wikipedia 

リンダ リンダ リンダ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80_%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80_%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80

 山下敦弘 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%95%A6%E5%BC%98

 


Black Midi

 

 

Black Midiは、2019年、イギリスの歴史ある名門インディペンデント・レーベル、Rough Tradeから華々しくデビューを飾っている。

 

2021年までの二、三年間で、9枚のシングル、2枚のアルバムリリースを経てきている。創作意欲が活発な、新鮮味のあるバンドで、これまでEP、スタジオ・アルバム作品の殆どがラフ・トレードからのリリースとなっている。

 

 

どうやら、ラフ・トレード大期待のバンドであるらしく、2019年のデビュー・シングル「Crow's Perch」、それから同年リリースの二作目のEP「Talking Heads」では、およそ新人アーティストらしからぬ、十代のアーティストらしからぬ通好みのアプローチを見せている。それでいて、若手らしい勢い、フレッシュさもしっかり持ち合わせているのが、ブラックミディの最大の魅力といえるだろう。そして、この二、三年の活動期間で驚くべき急成長を遂げているバンドであり、すでに世界的なライブ活動を行っており、話題沸騰中のポストロックバンドである。             

 

彼等、ブラック・ミディは、ポストロック/マスロックに属する音楽性を表向きの表情としている。例えば、シカゴ音響派の前衛性を主な特徴とし、CANを始めとするクラウトロック、そして、イギリスのKing Crimsonのようなプログレッシブ・ロック、そして、往年のニューウェイブ、Gang Of Four、Killing Joke、Devoあたりの、ハードコア・パンク、ダンス・ロックの礎を築き上げたバンド、それから、Vaselines、Pastelsといった往年のスコットランド周辺のギター・ポップの影響も感じられる。



また、ブラック・ミディは、バンドサウンドとしての「限界の先にある限界」に果敢に挑んでいるような気配がある。

 

 

このバンドのフロントマン、ギター・ヴォーカルのジョーディ・グループのどことなく、Swansを意識したようなダンディな声、そして、かなり入念に作り込んだギターの音色、バンドサウンドとしても、ピアノ、サックスを何本か重ねたフリージャズ系のアプローチを図り、無調のフレージング、ギリギリのところでぶつかり合う複雑怪奇なリズムが、このバンドの最大の魅力だ。

 

 

レコーディング時のサウンドのすさまじい緊迫感は、このバンドの最初期からの重要な持ち味であり、ごく単純に、商品としてパッケージされた音だけでも、十分その魅力が伝わって来るだろうと思う。もっというならば、ブリットスクール仕込の「音楽のエリート」と賞賛すべきなのか、また、そういった音楽的な素養を度外視した上でも、十分な魅力を感じていただけると思う。

 

 

変拍子にとどまらず、一曲中で、テンポすら変幻自在にくるくると転じてみせるあたりは、一体、これはどうやって録音しているのか?、という純粋な疑問すら浮かんでくる。トラック分けで録音していると思われるが、一発録りのような生々しいライブ感がブラック・ミディの音楽には宿っている。

 

 

彼等の作品には、通じて、四人のバンド・メンバーの才覚の火花をバチバチと散らし、それを「ヘヴィロック」として、炸裂させている雰囲気がある。それは、今や、完全に失われたかのように思える、往年のウッドストック時代のロック・バンドのようなセッションに対する情熱も込められている。しかも、恐れ入るのは、あろうことか、彼等は現代のミュージックシーンでその再現を試みようとしている。

 

 

もちろん、先にも述べたとおり、バンドとしては、Devo、The Residents、Taking Headsのような、新奇性を全面に押し出している一方、往年のR&Bのような音楽もたっぷり聴き込んで、自分の音楽性として昇華している。

 

 

ブラック・ミディのデビュー・アルバム「Schlagenheim」2019は、いかにもラフ・トレードのバンドらしい荒削りなサウンド面での特徴を持っている。

 

 

そして、音楽シーンの登竜門を叩くアーティストとして不可欠なバンドとしての止めどない勢い、そして、新奇性、斬新性という面で、他の追随を許さないほどの強いアクのあるサウンドが奏でられる。まるで、ガレージ・ロックやグランジの時代を彷彿とさせる痛快な轟音性にとどまらず、それと対比的な妙な渋い落ち着きがあるのも、若手の新人バンドらしからぬ貫禄と呼べるはずだ。

 

 

誇張なしに、この四人組、ブラックミディは、これまでの年代で、十年に一度あるかないかのニュー・スターの登場を予感させる。

 

 

一体、これから、彼等は何をやってくれるのだろうと、漠然とした期待をロックファンとして持たざるをえない。そして、その不思議な期待感、高揚感というのは、決まって、時代の流れを一人の力で変えてしまうロック・バンド、ミュージック・シーンが華々しく台頭する瞬間である。  

 

 

 

 「Cavalcade」2021

 


 

 

 

1.John L

2.Marlene Dietrich

3.Chondromalacia Patella

4.Slow

5.Diamond Stuff

6.Dethroned

7.Hogwash and Balderdash

8. Ascending Forth





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そして、2021年リリースの彼等の現時点での最高傑作と呼べる、二作目のスタジオ・アルバム「Cavalcade」の壮絶としかいいようがないアバンギャルド性には、全面降伏し、驚愕するよりほかなくなっている。

 

 

そもそも、二作目というのは、サウンドとして落ちつきを見せるのが普通のはずなのに、頼もしいことに、彼等の念頭には、売れようとか、バンドとしてより人気を博そうなんて打算的概念はない、純粋に”音楽”を楽しんでいる。だからこそ、最新作「Cavalcade」で繰りひろげられるのは、さらに先の、また、その先の時代を行くプログレッシヴ・ロックである。

 

 

彼等は、この最新作において、フリージャズとロックの合体系を生み出してしまった。これは、最早、ポストロック界のカリスマ、ザ・バトルス。いや、いや、それどころではない、キング・クリムゾンのデビュー作以来の衝撃というしかなし。聞き手の目ン玉をひん剥かせるようなアバンギャルド性だ。

 

 

「John L」で見せる異様な緊迫感のあるサウンドも新たな魅力である。そして、「Accending Forth」は、往年のソウル、ゴスペルからの影響も感じさせる聴き応えある楽曲、麗しい甘美なエピローグを飾っている。

 

 

この「Cavalcade」に見受けられる奇妙な音楽性の間口の広さというのは、およそ十代の若者のものでないといえる。一体、これから、どうなってしまうのか?、と末恐ろしい雰囲気さえ感じられる。

 

 

もちろん、ひとつ良い添えておきたいのは、彼等のサウンドは、全然、懐古主義でないということである。ブラック・ミディの音楽性には、近未来を行く新鮮味あるサウンドが清々しく展開されている。この音楽は単純に新しい、つまり、未来のロックミュージックを彼等はこのアルバムの中で体現してみせている。

 

 

そして、ブラック・ミディが、これから、間違いなく、現在から近未来にかけてのミュージックシーンに向けて華々しく提示していく事実は、バンド・サウンドとしてのロックミュージックの王権復古、一大革命なのである。