Feature Artist ウィストラー芸術の継承者 Molly Lewis

 Molly Lewis


 かなり古い時代の話になってしまいますが、1920年代のニューヨークのブロードウェイミュージカルには、口ぶえを使って演奏するウィルトラー音楽というのが存在していましたが、いつしかその口ぶえの音楽は、エンリコ・モリコーネ、そしてマカロニ・ウエスタンの始祖、アレッサンドロ・アレッサンドローニの時代を最後に忘れ去られてしまったようです。

 

 そんな古い時代のノワールサウンドに再び明るい光を投げかけようとしている現代の音楽家がいます。それがオーストラリア出身のモリー・ルイスです。若い時代をオーストラリアで過ごし、1920年代のブロードウェイミュージカルのサウンドトラックを幼少期に父親から与えられたことが、モリー・ルイスに音楽への深い興味を与えました。幼い時代から、モリー・ルイスは何時間でも口ぶえを吹いているのを彼女の父親は慈しみの眼差しを持って見守っていました。

 

 その後、モリー・ルイスは、両親と妹と共に家族そろってアメリカに移住し、映画産業に近づくため、ロサンゼルスで映画芸術について学び、その後、ハリウッドに定住。その後、モリー・ルイスは、口ぶえ、ウィストラー演奏家として活動をはじめます。

 

 ニューヨークのガレージロックバンド、ヤー・ヤー・ヤーズ、ロサンゼルスのマック・デマルコ、そして、ヒップホッパーのDr.Dreのライブにウィストラー奏者として出演することにより、これらのアーティストと親交を深めるかたわら、ウィストラー奏者としての多くのミュージシャンから認められるようになります。近年、モリー・ルイスは度々、カフェ・モリーというユニークなイベントをゼブロン、ナチュラルヒストリーミュージアムで開催。このイベントには、マック・デマルコ、John C Riley、カレン・Oがゲストとしてサプライズ出演し、大きな話題を呼んでいます。

 

 ウィストラー奏者としての最初にモリー・ルイスの名を浸透させたのが、2005年のドキュメンタリー「Picker Up」という番組でした。この番組において、モリー・ルイスは素晴らしい口笛の演奏を披露するとともに、ルイスバーグ国際ウィストラーコンクールが紹介され、一躍モリー・ルイスは世界的に希少なウィストラー演奏家として知られるようになる。

 

 また、モリー・ルイスは、国際コンクールにおいて優勝経験があり、2015年、ロサンゼルスで開催されたマスターズ・オブ・ホイッスルコンクールのライブバンド伴奏部門で受賞を果たしています。その後、2021年に、米インディアナ州のインディーレーベル、JaguJaguwarとの契約に署名し、EP「The Fogotten Edge」をリリースして、初めてソロアーティストとしてのデビューを飾っています。

 

 

 モリー・ルイスは、自身の口ぶえの演奏を「人間のテルミン」と言うニュアンスで話していらっしゃいますが、ウィストラーという表現、現代としては忘れされてしまった演奏技術において、 口笛を吹くことの意義について、以下のように語っています。

 

なぜ口笛を私が吹くのかといえば、それはコミュニケーションをするということに尽きるでしょう。その他にも、私にとって口ぶえを吹くということは、創造すること、身振りをすることと同じようなものです。つまり、悲しみと喜びという2つの原初的な感情を最もよく表現するのにぴったりなのがこの口笛という楽器なんです。 


 

 インタビュー中にも、相槌や言葉の代わりに口ぶえを、朗らかに、たおやかに吹くモリー・ルイス。彼女にとって、口ぶえというのは、ごく一般の人々が言語の伝達表現をするのに等しい役割を持っています。そして、年々、言葉ばかりが現代の人間は発達し、言葉の持つ意義、そして、ニュアンスが先鋭的になっていくように感じられますけれども、必ずしもそうであるべきではないんだということを諭されるようです。モリー・ルイスの音楽は、直截的な言語だけが、必ずしも人間の伝達の手段ではない。その他にも、様々な感情表現がある、ということを私達に教唆してくれているのかもしれません。

 

 

 

 

Molly Lewis

 

 

 

 

 

 

 「The Fogotten Edge」 EP jagujaguwar 2021 

 


 Molly Lewis「The Fogotten Edge」

 


Tracklisting

 

1.Oceanic Feeling

2.Island Spell

3.Balcony for Two

4.The Fogotten Edge

5.Satin Curtains

6.Wind's Lament


 

 

 今年7月にアメリカのインディーレーベル"Jagujaguwar"と契約してリリースされたシングル「Fogotten Edge」。作品中のサウンドに漂うノスタルジア、そして、口笛の持つこれまでに見いだされなかった魅力を伸びやかに表現した作品として、一躍各方面のメディアで注目を浴び、ザ・ガーディアン、ニューヨーク・タイムズをはじめ著名なメディアによりこの作品は紹介されています。この最初のミニアルバム「The Fogotten Edge」ロサンゼルスのハリウッド近くに住むモリールイスが、そのノワール的な雰囲気の一角に因んでアルバムタイトルが名付けられたようです。

 

 既に、モリールイスが話している通り、この最初の作品に収録されている、口笛、サックス、オーケストラヒット、シロフォンといった珍しい楽器を取り入れた複数の楽曲は、もちろん、言うまでもなく、古い時代のフィルム・ノワールサウンドをモダンエイジに復刻させようという意図で生み出されており、それはルイス自身のエンリコ・モリコーネやアレッサンドロ・アレッサンドローニの映画音楽に対する深い敬愛に満ちています。ハリウッドで映画製作を専門に学んだ人間だからこそ生み出せる内奥まで理解の及んだ映画音楽の表現は、映画を愛する人はもちろんですが、そして、そういった往古の映画音楽を知らぬ現代の人にも大きな安らぎを与えてくれるでしょう。

 

 この作品において、モリー・ルイスの紡ぎ出す口笛の表現というのは一貫して伸びやかであり、ほのかな清々しさによって彩られています。そして、なんといってもデビュー作ではありながら、綿密に世界観が確立された作品といえるでしょう。アルバム全体を通して紡がれていくのはノワール的な世界。それはまったく、現代とは切り離されたような時間概念を聞き手にもたらし、その中に浸らさせてくれることでしょう。ここで表現されているノワールの世界、それはなんとも聞く人に、陶然としたノスタルジア、哀愁、古い時代へのロマンを喚起させる。それはモリー・ルイスの映画にたいする深い愛情、慈しみの眼差しがほんのりとした温かみをもって注がれているからでしょう。

 

 口笛、ウィストラー、という忘れ去られたかのように思える人間の感情表現、そして、フィルム・ノワールというもうひとつの忘れ去られた表現、この2つの表現を芸術の要素を交え、2020年代において復権を告げようとする画期的な作品といえそうです。まだ一作目のリリースではありながら、異質な才覚を感じさせるデビュー作品です。





「Ocean Feelings」 Single  jagujaguwar  2021 

 

 

Molly Lewis 「Oceanic Feeling」  

 

 

Tracklisting

 

1.Oceanic Feeling

 

 こちらはEP「The Fogotten Edge」に先駆けて発表されたシングル作。この楽曲はアルバムにも収録されています。そして、最初のモリー・ルイスのリリースともなったデビューシングル。リリースされるまもなく、複数の海外のメディアが取り上げたという点ではEPと変わりはないでしょう。

 

 この最初の作品で既にモリー・ルイスは独自のモリコーネサウンドを完全に確立しており、全くブレることのないフィルム・ノワールの世界観を再現させています。この音楽を聴いて唸るしかなかったのは、これほど強固な世界観を音楽として完成させるというのがどれほど大変なことなのか痛感しているからです。

 

 もちろん、このデビュー作でのモリー・ルイスの口ぶえの芸術表現というのは、彼女の話している通りで、オーケストラ楽器、テルミンのような独特な響きを持ち、聞き手を陶然とした境地に導いてくれるはず。

 

 そして、その口ぶえの音は、子供のような伸びのびとした表現でありながら、そこには深い幻想的なロマンチズムの説得性が込められている点にも着目したいところです。

 


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