New Album Review Cat Power 「Covers」

Cat Power


 

インディーロック界の高貴な女王と称されるキャット・パワーは、アメリカ合衆国の女性シンガーソングライター、シャーン・マーシャルのソロ・プロジェクト。アトランタ出身、1992年頃にニューヨークに転居し、ギターを学びながら、ストリートミュージシャンとして約2年を過ごした。

 

シャーン・マーシャルは、その後、小さなライブハウスを中心に、弾き語り演奏をしながら活動を続けた。

 

1994年には、当時、国内で人気を集めていたリズ・フェアのコンサートのオープニングアクトに抜擢された。

 

この時、キャット・パワーことシャーン・マーシャルは、後に、彼女のバンドのサポートメンバーとなる、ティム・フォルヤン、ソニック・ユースのドラマー、スティーヴ・シェリーと出会いを果たす。

 

マーシャルは、1994年後半に行われたレインコーツの再結成ライブで、スティーブ・シェリーとの親交を深め、その後、フォルヤンとシェリーとトリオ編成でのアーティスト活動を始めた。

 

1995年、イタリアのラント・レコードから、デビュー作「Dear Sir」を発表。翌年、スティーヴ・シェリーが主宰する自主レーベル”Smells Like Records"から「Myra Lee」を発表。

 

上記二作のリリースに、レコード会社が関心を示し、キャット・パワーは、ニューヨークのMatadorと契約を結ぶ。

 

その後、次作「What Would the Community Think」を名門マタドールからリリースされると、CMJチャートを中心に話題を呼び、世界中に、キャット・パワーの名を知らしめることになった。

 

1998年から 、オーストラリアのメルボルンのロックバンド”Dirty Three”(シカゴのTouch and Goから数々の名盤をリリースしている)の二人のメンバーと、アルバム「Moon Pix」を共同で制作する。この作品「Moon Pix」は、ヴァン・モリソンの「Astral Weeks」、ジョニー・ミッチェルの「Blue」と並んで音楽メディアから「非の打ち所のない作品」と高評価を受けた。

 

それから、2000年のローリング・ストーンズのカバーを収録した「Cover Record」の発表を挟んだ後、2003年、レコーディングエンジニアにアダム・キャスパー、サポートにエディ・ヴェーダー、デイヴ・クロールと名だたるエンジニア、ミュージシャンを迎え、「You Are Free」を制作する。これがキャット・パワーの出世作となり、日本でも盤石な人気を獲得するに至った。

 

ちなみに、シャーン・マーシャルは、自身のプロジェクト名「Cat Power」の印象とは裏腹に、猫嫌いの愛犬家として知られている。

 

 

 

 

「Covers」 Domino

 

 

2022年1月14日にドミノから発表された「Covers」は2000年の「The Cover Record」、2008年の「Jukebox」に続いて、キャット・パワーによる三作目のカバーアルバム作品となる。 

 

これまでシンガーソングライターとしての三十年近いキャリアの中において、カバーアルバムをオリジナル作品と並んで、重要な位置づけの作品と捉えてきたように思えるキャットパワーではありますが、今作「Covers」もまた同じように、叙情性を兼ね備えた力強い印象のある作品と評す事ができる。

 

アルバムのリードシングルとして、フランク・オーシャンのカバー「Bad Religion」と、アイルランドのザ・ポーグスのカバー「A Pair Of Brown Eyes」の二曲がアルバム発表に先駆けて公開されたが、その前評判にふさわしい。いや、それ以上の素晴らしい作品が、今回ファンの前にお目見えしたと言える。

 

「Covers」において、シャーン・マーシャルは、幼少期から現代まで影響を受けてきた様々な楽曲を振り返っており、それぞれの歌が彼女の人生の思い出と分かちがたく結びついている。ビリー・ホリデイーの「I'll Be Seeing You」は祖母が愛聴していた楽曲であり、キティ・ウェルズの「It Wasn't God Who Made Honky Tonk Angels」も同様、彼女自身が十代の頃、家でカセットテープの詰まった箱を見つけ、運命的な出会いを果たした思い出深い一曲だという。

 

さらには、1986年のマイケル・ハッチェンスが主演をつとめた映画「Dog in Space」でイギー・ポップの「Endless Sea」を聴いて興奮をおぼえた時代のこと、また、貧しい弾き語りのアーティストとして、ニューヨークで過ごしていた20代の頃、モナズ・バーのジュークボックスになけなしの金をはたいて聴いたミネアポリスのロックバンド、ザ・リプレイスメンツの「Here Comes a Regular」を聴いた頃の淡い思い出がこのカバー作品には端麗な形で詰め込まれている。


そして、シャーン・マーシャルが人生で最も好きな楽曲だと語るアイルランドのザ・ポーグスの「Pair of Brown Eyes」をレコーディングした際、彼女は、ガンで若くして亡くなった友人を思い出し、さらには、愛する他者を失った悲しみから立ち直る契機となればとの思いをこめたボブ・シーガーの「Against The World」といった深い情緒が溢れ出た楽曲が数多く収録されている。その他にも、「These Days」も渋みのある色合いが滲み出ている。このカバー曲については、ザ・リプレイスメンツのポール・ウェスターバーグに対するリスペクトが込められているのかもしれない。

 

このカバーアルバムは、単にオリジナル楽曲の線をなぞらえるだけでなく、シャーン・マーシャルの人生から出てくる深みが心ゆくまで堪能できるような作品となっている。「Covers」には、ソングライター、シンガーとしても、いよいよ、全盛期を迎えつつある偉大なシンガーソングライターの人生そのものを、鏡のように反映させたきらびやかな輝きを湛えた珠玉の十二曲が収録。シャーン・マーシャルは、ラナ・デル・レイやエンジェル・オルセンを含めた現代のアメリカの秀逸なシンガーソングライターから、絶大な支持を集めるシンガーですが、多くのアーティストから支持される理由というのが、この作品、そして、シャーン・マーシャルの深みのある歌声には顕著に現れ出ているように思える。奥深い感情表現を介して紡がれた美しい作品です。

 

 

   

0 comments:

コメントを投稿