Weekly Recommendation Defcee/BoatHouse 「For All Debts Public And Private」

Defcee/BoatHouse  「For All Debts Public And Private」

 

 

 

Label:Closed Sessions

 

Release:4/19 2022

 

 

ー慎み深い教育者のヒップホップ、あるいはアメリカの現代詩ー

 

 
 シカゴのヒップホップシーンには魅力的なオープンマイクシーンが築かれて来たことは多くの方がご存知と思われます。カニエ・ウェスト(Ye)に始まり、チャンス・ザ・ラッパー、ノーネーム、さらには、近年ではミック・ジェンキンスと素晴らしいラッパーたちが数多く活躍しています。アメリカ中西部、ミッドウェストには、ニューヨークやロサンゼルスとともにホットなラップシーンが存在する地域に挙げられます。特に、チャンス・ザ・ラッパーは、近年では、教育機関からの評価が高いラッパーであり、彼はハーバード大学で講演を行っているミュージシャン。これらのイリノイのヒップホップシーンには強い印象を放つラップシーンが築かれています。
 
 
 そして、イリノイ州シカゴの5人目のラッパーとして台頭しつつあるのが、Defceeというラッパーです。彼は、上記の同郷のラッパーたちとは異なるキャリアを持つ異色のラッパーです。
 
 
Defceeは、教育者としてシカゴの公立学校で教鞭を取っている人物であり、さらにYCAで教えたり、さらには、刑務所で子供たちにヒップホップのレクチャーを行ったり、シカゴのオープンマイクシーンと積極的な関わりをもってきた人物でもあります。そして、今週リリースされたばかりの最新作「For All Debts Public And Private」は、ホワイトヒップホップの金字塔であり、さらに、この教育者にとっての出世作ともいえるのではないでしょうか。彼はいくつかの海外のメディアで十五年間の休息を取ってきたともいわれていますが、正確には、Defceeは一度たりともラッパーとしての活動を休んだことはないとの指摘も行われています。実際、Defceeの作品の多くはミックステープの形態でリリースされているため、メインストリームシーンから見えづらい形で、アンダーグラウンドシーンのラッパーとしての活動を行ってきたようです。
 

 Defceeという人物は、慎み深い教育者であると言えます。近年、彼を悩ませてきたのが、金銭的な問題でした。彼は、ラッパーとして活動を続けたとしても、カニエ・ウェストのようなビックスターになれないと自分自身で考えていたため、積極的に作品のリリースに踏み切れない部分もあったのかもしれません。そのあたりの職業ミュージシャンとしてのジレンマ、いわゆるラップひとつでは飯を食っていけない、という万国共通の悩みが彼の音楽家としての才覚に長い間、蓋をしつづけてきたのかも知れません。しかしながら、彼は最早、そういった領域には音楽を置いていは居ない。何かしら宿命を背負う人間としてのラップを、この最新作で繰り広げようとしているのです。誰よりもクールに。そういった何か踏ん切りをつける、ラッパーとして覚悟を決める要因となったのが、近年、Defceeのプライベートには大きな変化が起こったことにより、彼はプライベートで結婚をし、大学院で教育の博士号を取得することにより、おそらく今後の人生における未来のヴィジョンのようなものが薄っすらと見えてきたのかもしれません。
 
 
 
彼は、実際、近年では、イリノイ州シカゴの公立学校で教鞭を取り、子供たちに科目を教えるかたわら、ヒップホップのレクチャーを行っているようです。しかしながら、Defceeの人物像の中には、敬虔深さ、そして、慎み深いラッパーとしての姿が浮かび上がってくるのです。彼は言います。「私は、ヒップホップについて誰よりも通暁しているわけではない」と。さらに、彼は言います。「むしろ、子供たちにヒップホップについて学ぶことのほうが多い」と。また、彼は言います。「ヒップホップシーンを築いたのは黒人であり、彼らに対して深い敬意を払わねばいけないんだ」と・・・。
 
 
これらのDefcee自身の言葉に代表されるように、最新作「For All Debts Public And Private」は、白人としての先駆的な黒人ラッパーたちの深いリスペクトと愛着が滲んでいます。これは、子供の頃から黒人のラップに親しんできた彼だからこそ言える力強さと説得力あふれる言葉なのです。
 
 
 
 この最新作では、全盛期のEminemのようなアンチヒーロー的な主題を置いたヒップホップが展開されていきます。近年では、同郷のミック・ジェンキンス、サザン・ヒップホップをはじめ、ラップ音楽がどんどん先鋭化していき、さらに、ミクスチャー化が行われ、様々な要素を織り交ぜたラップが生まれてきています。それは例えば、ラップのルーツでもあるR&Bへの回帰を果たす一派と、さらに、Jpegmafiaのようなグリッチテクノ/ノイズテクノに近い先鋭的な音楽、それから、Kendric Lamarのように、言語芸術の前衛性を追求する一派に分かたれているように思えます。しかし、今作「For All Debts Public And Private」におけるDefceeのアプローチは、近年のアメリカのトレンドを逆行するものです。もちろん、アナクロニズムというわけではありません、王道のブレイクビーツ、何の誤魔化しもない王道のヒップホップが全面展開されるのです。
 
 
共同プロデューサーに、Boathouseを招き、Billy Woods,greenSLLLIME,Kipp Stone、Mothe Natureといった面々をコラボレーターとして招き、フロウ、フリースタイルを交えてDefceeはクールなラップを披露し、さらには、複数のコラボレーターとの刺激的なマイクパフォーマンスのバトルが展開されています。それは何も体裁の良いものではなく、1980年代のラップバトルに見られるようなバチバチとした緊迫感がレコーディングから顕著に伝わってくる。この作品「For All Debts Public And Private」には、現地アメリカの音楽メディアが既に指摘しているように、1980年代の王道のヒップホップの影響が色濃く反映され、「ブームバップ・ビート」を多用した古典的なブレイクビーツが作品全体に取り入れられているようです。
 
 
ビートの組み立て方やリズム性自体は、おそらく1980年代の最盛期のヒップホップの王道を行くものといえそうですが、さらに、そこに新たなニュアンス、シカゴの大御所ラッパー、チャンス・ザ・ラッパーに代表されるようなアシッド・ヒップホップ、それは時に、アシッド・ハウス、さらには、イギリスのBurialのようなダブ・ステップ(ブリストルやマンチェスターサウンド)に近い甘美的で退廃的な雰囲気も多分に漂っている。ここでフロウやビートとして展開される音楽は、内へ内へとエナジーがひたひたと放射されていくことで、奇妙なグルーヴ感が生み出されてゆく。そこに、Eminemの全盛期を彷彿とさせるような冷徹なビートとフロウが静かに絡み合うことにより、奇妙で説明しがたいグルーブ感、つまり、独特なアシッド・ハウス的な効果が生み出されているのが、近年主流のヒップホップとは明らかに異なる点として挙げられます。
 
 
 プレイベートでの環境の変化があった事、公立学校での教育者として活動を行ってきた事、さらに、シカゴのオープンマイクシーンに強い関わりを持ってきた事、それらのしたたかな人生経験がこれらの凄まじい覇気を持つラップの楽曲に色濃く反映されているのでしょう。さらにそれにくわえ、オルタネイティヴ・ヒップホップとしての知性が込められ、さらに、そこには、アメリカ現代詩としての表現の究極性、言葉の行き詰まりに対するいらだちのようなものがスポークンワードの節々に滲んでおり、言葉を紡ぎ出す行為そのものに難しさに対する深いためらいや怒りが内面にひたひたと煮えたぎっている。そもそも、言葉を他者よりも上手く操れることではなく、言葉につまづくのが、傑出したラッパーとしての天性の資質なのです。また、詩人がそうであるように・・・。これまで、Defceeにとってのラップのライティングは、なんらかの精神的な治癒として効果を持ってきましたが、これまでの作品は、たしかに治癒としてのラップが存在したと語ってます。しかし、本人が話しているように、「For All Debts Public And Private」はそのかぎりではありません。本物の芸術表現としてのヒップホップを、彼はこの作品で追求しており、その覇気のようなものが凄まじい迫力で、耳にグッと迫ってくるのです。
 
 
 個々のトラックについては、説明を割愛させていただきますけれど、「For All Debts Public And Private」は、「Ragnarok」「Dunk Contest」「Bubble Coat」を始めとするオールドスクールの系譜にあたる佳曲が数多く収録されており、他の作品と比べるとアルバムとして強烈な異彩を放っています。(ケンドリック・ラマーの新作の出来に左右されるものの)今年のラップシーンの中でもかなり傑作の部類に入ると断言します。ここでは、オールドスクール・ヒップホップの本質である「覇気」のような凄みが随所に宿っています。Defceeは、教職者として公立学校やYCAで教鞭を取りつつ、他のアーティストとのラップバトルなどのリアルな表現活動を通じて、長いインディペンデントなラッパーとしてのキャリアを続けた末、自分独自の詩の言語表現、そして、自己の本当の姿を、この素晴らしい傑作の中で、見出すことに成功したのです。 
 
 
94/100
 
 
 
 

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