Weekly Recommendation Hakanai 「Decreation」

 Hakanai    「Decreation」



 Label: Tower To The Sea

 Release: 2022年8月12日


ポストハードコア/マスロックの破壊、そして画期的な再構築



フランスの哲学者、シモーヌ・ヴァイユはかつて「自己とは罪と誤りに守られた影にすぎない」と言い、この精神的な病いを治す言葉を "decreation "と言った。この言葉は、彼女が正確な定義や一貫した綴りを与えなかった新造語である。あるノートには、その目的を「私たちの中の被造物-自己の中に閉じこめられ、自己によって定義された被造物-を解き放つこと」と書いてある。しかし、自己を元に戻すには、自己を通して、その定義のまさに内側へと進まなければならない"。このアルバムが目指しているのは、創造的な表現を通して「自己」を謙虚に、研究し、破壊することなのかもしれない。



 

Hakanai 
 

ニューヨーク・ブルックリンを拠点にする5人組のポスト・ハードコア・バンド、Hakanaiの昨日リリースされたアルバム『Decreation』は、2022年リリースされた中でベストの出来のパンクハードコア・アルバムとなるかもしれない。この新作アルバムは、知るかぎりでは、彼らの記念すべき最初のフルアルバムとなり、痛撃なエモーショナル・ハードコアが展開されている。 

 

上記のプレスリリースにおけるユダヤ人哲学者、シモーヌ・ヴェイユの言葉の引用は、たしかにHakanaiの『Decreation』で掲げられるテーマはひとつのシアターの大掛かりな舞台装置のような役割を果たしている。ここでは、内面への深い探求、破壊と再構築という概念が掲げられつつ、ポスト・ハードコア、エモ、マスロック、そして、エモーショナル・ハードコア、さらには、ジム・オルーク擁するガスター・デル・ソルのようなエクスペリメンタル・フォークの性質を交え、一連なりの物語のようにめくるめくように展開されていく。ハードコア一辺倒ではなく、静かで生彩な詩情性を持ち合わせており、これがノイジーなハードコアが展開されたあと、ふとその轟音性から静寂性へと音の風景が映画のオリジナルネガのごとく切り替わるのが痛快である。



 

それらは上記の彼らの「Hakanai」という日本語の形容詞に表されている通り、エモ、スロウコアに近い独特な叙情性と合わせて、卓越したバンドアンサンブル、楽曲の洗練性、そして、ドン・キャバレロのような実験性がこのアルバムでは、様々な音像風景ーーサウンドスケープーーを交えて体感することができる。これらの実験的な要素と深い叙情性を有するという点では、今は解散したイタリア・フォルリのLa Quiete,スウェーデンのSuis La Luneを彷彿とさせる切なげな哀愁が作品全体に充溢している。

 

この暗鬱かつロマンティックでありながらほのかな儚さを持ち合わせるエモーションは、ツインギターのメタルバンドのように繊細なアルペジオのハーモニクスや、Further Seems Foreverのような高い爽快なトーンのボーカルによってもたらされるが、それらは決して安っぽいセンチメンタリズムに堕することなく、作品に収録されている楽曲それぞれが力強いエネルギーを放っているようにも感じられる。ポストハードコアバンドとしての熟練された強度を持つとともに、日本語の形容詞のひとつである”はかない”のニュアンスを体現する音楽という点では、日本のポスト・ハードコアバンド、Envyの伝説的な最高傑作「A Dead Sinking Story」、Toeの「For Long Tommorow」といった名作群を彷彿とさせるクールさがこのアルバム全編には漂っている。



 

このアルバムに内包される音の世界は、他の追随を許さぬほど綿密かつ強固に形作られているという点で、コンセプチュアルな意図を持って作られたアルバムとも称せるかもしれない。実験的なフォークミュージックの色合いを持ち、スペインの民族音楽のような優雅で独特なアコースティックギターの繊細なアルペジオが楽しめるイントロの「Senza Uscita」に始まり、タイトルトラック「Decreation」は、マスロックとポストハードコアの中間にある、どっしりとした楽曲がこのアルバムの導入部分を強固な土台を持つ建築物のように迫力十分にしている。他にも、アルバムの中間点をなす「Abendrot」では、抜けのよいスネアの打音をクリアに捉えた生彩なパワーを持つドラミング、トゥインクルエモ、ドン・キャバレロのようなポストロック性を彷彿とさせるテクニカルなアルペジオギター、スクリーモの影響を感じさせるパンチの効いた歌声が絶妙に合わさり、エモーショナル・ハードコアの王道を行く音楽性が目眩く様に展開される。



 

このアルバムには、数合わせの楽曲はほとんど見受けられない。すべてが精巧なガラス細工のように緻密に作りこまれている。他にも「Etude#1」、それに続く「Astraea/Innocence」ではマスロックバンドらしい実験的な一面を見せており、アレンジでホーンセクションが導入され、轟音性とは正反対にある静寂、そして、その静寂から、動的な轟音へと曲風が瞬時に切り替わる。常に、曲と曲のつなぎ目、一曲の最小部分の要素においても、静と動がたえず切り替わり、流動的であるという点は、まさに人間の内面の本質を捉えているとも言える。これらのポストハードコアバンドらしい、静と動の巧みな使い分け、バンドアンサンブルとしての強い熱意がこのアルバムにすさまじい迫力をもたらし、アルバムの持つ世界をより深遠なものにしている。

 

『decreation』は、プレスリリースにもあるとおり、哲学者シモーヌの言葉を体現するかのように、バンドアンサンブルとしての迫力を交えながら、破壊と再構築を何度も繰り返しながら、内面深くへと静かに静かに沈潜していくかのような印象を覚える。



 

アルバムの後半部、この作品のハイライトと呼ぶべき「We Will Dismantle Death」では、近年のメタルコアバンドにもひけをとらない轟音性、それと対極にある繊細性、そして「hakanasa--儚さ」というエモーショナル性が見事な融合を果たしている。その後、このアルバムの世界は繊細なマスロック性を前面に押し出した楽曲が展開される。そのあと、最初のテーマの続編の意味を持つ「Senza Angoscia」では、一曲目のイントロのように、ジム・オルークを思わせる実験的なフォークミュージックの世界に回帰し、クライマックスの「The Amphitheater」では、ミニマルミュージックに傾倒するマスロックバンドとしての本領を発揮する。それはまだ、このバンドがこの聴き応えのあるアルバムを超える作品を生み出す可能性を秘めている証拠でもある。

 

94/100

 



*このアルバムは作曲、録音、プロデュース、ミキシングは、主にニューヨークのブルックリンでMatt Lombardi( マット・ロンバルディ)が行い、ボストン、ロンドン、ジャージーシティ、ポートランド、ポートランドME、ソーントンNHで追加録音が行われました。マスタリングについてはCharles IwucとMatt Lombardiが担当しています。

 

 


Weekend Featured Track


「Abendrot」




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