Peter Gabriel (ピーター・ガブリエル)  『i/o』/ Review

 

 

Label: Peter Gabriel Ltd.

Release: 2023/12/1



Review

 

満月の日に合わせて、『i/o』の先行シングルを順次公開していたピーター・ガブリエル。まだアルバム発売前には、アルバム・ジャケットの印象も相まって、ダークな作品をイメージしていたが、実際の音楽は、必ずしもそうとばかりは言いきれない。 アルバムの収録曲の中には、母親の死を取り扱った曲も収録されているというが、全体的には、潤沢な経験を持つ音楽家として聞きやすいポピュラーアルバムとなっている。アルバムは二枚組で構成され、一方はブライト・サイド、もう一方は、ダークサイドのミックスを収録している。いわば、先行シングルの予告については、月の満ち欠けを表そうという制作のコンセプトが込められていたことが分かる。

 

アルバムには、先行シングルでの制作者のコメントを見ても分かる通りで、どうやら世界情勢や平和についての考えも取り入れられているようである。それをガブリエル自身は、許すことの重要性を表明しようとしている。他にも、現代の監視社会への提言も含まれているという気がしてならない。例えばオープナー「Panopticon」は、フランスの思想家であるミシェル・フーコーが提唱した中央集権的な監獄の概念を「パノプティコン」と呼び、彼の著作の中でこの考えを問題視したが、それはガブリエルにとっては現代社会が乗り越えるべき問題であるのかもれない。

 

こう考えると、難解なアルバムのように思えるかもしれない。しかし、実際は、聞きやすさと円熟味を兼ね備えた深みのあるポピュラーアルバムである。ピーター・ガブリエルは何度もスタジオでサウンドチェックを入念に行い、現代の商業音楽がどうあるべきか、そういった模範を示そうとしたのかもしれない。オープニング「Panopticon」はイントロこそ鈍重な感じの立ち上がりだが、意外にも、その後、ソフト・ロックやAOR寄りの軽快な曲風に様変わりするのが興味深い。こういった作風に関してはDon Henlyあたりの音楽性を思わせて懐かしさがある。そういったノスタルジックな音楽を展開させながら、最近のシンセ・ポップやスポークンワードのような要素を取り入れたり、苦心しているのが分かる。ガブリエルのスポークンワード風のボーカルはかなり新鮮で、シリアスなイメージとは別のユニークな印象が立ち上る瞬間がある。

 

その他にも安心感のあるソングライターの実力が「Playing For Time」にうかがえる。ピアノやストリングス、ベースを中心とするバラードのような楽曲で、音のクリアさに関しては澄明ともいうべき水準に達している。これはソングライター/プロデュースの双方で潤沢な経験を持つガブリエルさんの実力が現れたと言える。曲の立ち上がりは、R&B/ブルースの雰囲気のあるエリック・クラプトンが書くような渋いバラードのように思えるが、後半にハイライトとも称すべき瞬間が現れる。この曲では予めのダークなイメージが覆され、それと立ち代わりに清涼な音楽のイメージが立ち現れる。渋さのあるバラードから曲は少しロック寄りに移行し、最終的には、ビリー・ジョエルのような黄金期のポピュラー・ソングに変化していく。

 

一方、タイトル曲「i/o」は、ガブリエルがピアノを背後に感情たっぷりに歌う良曲である。しかし、この曲がそれほどしんみりとしないのは、やはりオープニングと同様に、AOR/ソフト・ロックへの親和性があり、静かな印象のある立ち上がりから軽快なポップアンセムに変貌する構成に理由がある。曲は、その後、フィル・コリンズの音楽性を彷彿とさせる軽妙なロックソングへと変遷し、渋さのあるガブリエルのボーカルと、サビにおける跳ね上がるような感覚を組み合わせ、メリハリのある曲展開を構築する。作曲や構成の隅々に至るまで、細やかな配慮がなされているため、こういった緻密なポップソングが生み出される契機となったのかもしれない。


「Four KInd of Horses」では、現代のシンセポップの音楽性の中で、ガブリエルは自分自身のボーカルがどのように活きるのかというような試作を行っている。最近のイギリスのポピュラー音楽を踏襲し、それをMTVの時代のシンセ・ポップと掛け合せたかのような一曲である。この試みが成功したかは別として、この曲にはピーター・ガブリエルの野心がはっきりと表れ出ている。

 

 

このアルバムの音楽の中にはユニーク性というべきか、あまりシリアスになりすぎないで、その直前で留めておくというような制作者の思いが込められているような気がする。それはユニークな観点がそれが束の間であるとしても心の平穏をもたらすことを彼は知っているからであるのだ。「Road To Joy」は、ザ・スミスの名曲「How Soon Is Now?」のオマージュだと思うが、ここに、何らかの音楽の本来の面白さやユニークさがある。そして、その後、スミスの曲と思えた曲が、レトロなテクノに移行していく点に、この曲のいちばんの醍醐味がある。ループ構造を持つ展開をどのように変化させていくのか、制作のプロセスの全容が示されていると思う。


そのあと、再び神妙な雰囲気のある「So Much」へ移行していく。この曲では序盤のボーカルとは異なり、清涼感のあるガブリエルのボーカルが印象的。それはもっと言えば、よりソフトで親しみやすい音楽とは何かというテーマをとことん突き詰めていった結果でもあるのかもしれない。実際のところ、それほど派手な起伏が設けられているわけではないけれども、ガブリエルのハミングとボーカルの双方の歌唱と憂いのあるピアノが上手く合致を果たし、美麗な瞬間を作り出している。これはポップスのバラードの理想形をアーティストが示した瞬間でもある。

 

アルバムはミックス面でのブライトサイド/ダークサイドという重要なコンセプトに加えて、曲の収録順に関しても、明るい感覚と暗い感覚が交互に立ち現れるような摩訶不思議な感覚がある。そして、全体の収録曲を通じて流れのようなものが構築されている。例えば、「Oliver Tree」は映画のサウンドトラックを思わせるような軽快な曲として楽しめるだろうし、続く「Love Can Heal」では80年代のポピュラーミュージックにあったようなダークな曲調へと転じている。その後、「This Is Home」では、再び現代的なシンセポップの音楽性へと移行し、「And Still」では、母親の死が歌われており、アーティストはそれを温かな想いで包み込もうとしている。クローズ曲でも才気煥発な音楽性を発揮し、「Live and Let Live」では前の曲とは異なるアグレッシブなポップスへ転じ、より明るい方へと進んでいこうとしていることが分かる。

 

ダークサイドのミックスバージョンに関しては今回のレビューでは割愛させていただきたいが、これらの12曲には、音楽を誰よりも愛するアーティストの深い知見と見識が示されている。そして、人生における明部と暗部という二つのコントラストを交えつつ、光が当てられる部分と、それと対比をなす光の当たらない部分をアーティストが持ちうる音楽のスタイルで表現している。今作は、著名なプログレッシブロックバンドのボーカリストとしてのキャリアを持つピーター・ガブリエルの意外な魅力に触れるまたとないチャンスともなりえるかもしれない。

 

 

74/100 

 

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