Sam Evian 『Plunge』 -Review -  サム・エヴィアンによるノスタルジックな雰囲気を持つ良質なUSロックアルバム

 Sam Evian 『Plunge』

 

Label: Flying Cloud Recordings

Release: 2024/03/22



Review

 

サム・エヴィアン(Sam Evian)はニューヨークのシンガーソングライター。前作『Time To Melt』で好調なストリーミング回数を記録し、徐々に知名度を高めつつあるアーティスト。エヴィアンの音楽的な指針としては、サイケ、フォーク、ローファイ、R&Bなどをクロスオーバーし、コアなインディーロックへと昇華しようというもの。彼の制作現場には、アナログのテープレコーダーがあり、現在の主流のデジタル・サウンドとは異なる音の質感を追求している。このあたりはニューヨークというよりもロサンゼルスのシーンのサイケサウンドが絡んでいる。


サム・エヴィアンは『Plunge』でもビンテージなテイストのロックを追求している。オープニングを飾る「Wild Days」は、70年代のアメリカン・ロックや、エルヴィス・コステロの名作『My Aim Is True』のようなジャングルポップ、そしてアナログのテープレコーダーを用いたサイケ/ローファイのサウンドを吸収し、個性的なサウンドが組みあげられている。ノスタルジックなロックサウンドという点では、Real Estateに近いニュアンスも求められるが、エヴィアンの場合はスタンダードなロックというより、レコードコレクターらしい音楽が主な特徴となっている。

 

70年代のUSロックに依拠したサウンドは、ジャンルを問わず、現代の米国の多くのミュージシャンやバンドがその音楽が持つ普遍的な価値をあらためて再訪しようとしている。ご多分に漏れず、サム・エヴィアンの新作のオープナーも、いかにもヴィンテージなものを知り尽くしている、というアーティストの自負が込められている。これは決してひけらかすような感じで生み出されるのではなく、純粋に好きな音楽を追求しているという感じに好感をおぼえる。イントロのドラムのロールが立ち上がると、ソロアーティストとは思えない緻密なバンドサウンドが展開され、そこにウェストコーストサウンドの首領であるDoobie BrothersのようなR&Bを反映させたロックサウンド、そしてエヴィアンのボーカルが入る。トラックメイクの試行錯誤を何度も重ねながら、どこにシンコペーションを置くのか、グルーヴの重点を据えるのか。いくつもの試作が重ねられ、かなり緻密なサウンドが生み出されている。このオープナーには確かに、いかなるレコードコレクターをも唸らせる、コアなロックサウンドが敷き詰められている。

 

 

「Jacket」以降もエヴィアンの志す音楽は普遍的である。同じく、Doobie Brothers、Byrds、CSN&Yを彷彿とさせる音楽で今や古びかけたと思われたものを、きわめて現代的な表現として2024年の時間軸に鮮明に浮かび上がらせる手腕については脱帽である。このサウンドは70年代のアナログレコードの旨味を知るリスナーにとどまらず、それらのサウンドを初体験する若いリスナーにも新しいサウンドとして親しまれるだろう。 その中にチェンバーポップやバロックポップ、つまりビートルズの中期の音楽性、あるいは、それ以降の米国の西海岸のフォロワーのバンドの系譜にあるサウンドを組み上げてゆく。ロックソングの中に遊びのような箇所を設け、マッカートニーのようなおどけたコーラスやハネ感のあるリズムで曲そのものをリードしていく。

 

サム・エヴィアンの制作現場にあるアナログレコーダーは、ロックソングのノイズという箇所に反映される。「Rolling In」も、70年代のUSロックに依拠しているが、その中にレコードの視聴で発生するヒスノイズをレコーダーで発生させ、擬似的な70年代のレコードの音を再現している。ここには良質なロックソングメイカーにとどまらず、プロデューサー的なエヴィアンの才覚がキラリと光る。そして彼はまるで70年代にタイムスリップしたような感じで、それらの古い時代の雰囲気に浸りきり、ムードたっぷりにニール・ヤングの系譜にあるフォーク・ロックを歌う。これには『Back To The Future』のエメット・ブラウン博士も驚かずにはいられない。


もし、先週末のエイドリアン・レンカーの『Bright Future』が女性的な性質やロマンチシズムを持つフォーク・ミュージックであると仮定するなら、エヴィアンの場合は、ジャック・アントノフ率いるブリーチャーズと同じように、きわめて男性的なロマンチズムが示されている。それはおそらくアーティストの興味の一貫として示されるスポーツカーやスーパーカー、ヴィンテージのアメリカン・カジュアルのようなファッション、あるいはジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』に登場するような郊外にあるドライブスルー、そういったアメリカの代名詞的なハイカルチャーが2020年代の視点から回顧され、それらの良き時代への親しみが示唆される。それは例えば、バイカーやカーマニアのカスタムメイド、それに類するファッションというような嗜好性と密に結び付けられる。女性から見ると不可解なものであるかもしれないが、それは男性にとってはこの上なく魅了的なものに映り、そしてそれはある意味では人生において欠かさざるものとなる。エヴィアンは、そういった均一化され中性化した文化観ではなく、男性的な趣向性ーー個別の価値観ーーを華麗なまでに探求してみせるのである。

 

本作の序盤では一貫してUSのテイストが漂うが、彼のビンテージにまつわる興味は続く「Why Does It Takes So Long」において、UKのモッズテイストに代わる。モッズとはThe Whoやポール・ウェラーに象徴づけられるモノトーンのファッションのことをいい、例えば、セミカジュアルのスーツや丈の短いスラックス等に代表される。特に、The Whoの最初期のサウンドはビートルズとは異なる音楽的な意義をUKロックシーンにもたらしたのだったが、まるでエヴィアンはピート・タウンゼントが奏でるような快活なイントロのリフを鳴らし、それを起点としてウェスト・コーストロックを展開させる。ここには、UKとUSの音楽性の融合という、今までありそうでなかったスタイルが存在する。それらはやはりアナログレコードマニアとしての気風が反映され、シンコペーション、アナログな質感を持つドラム、クランチなギターと考えられるかぎりにおいて最もビンテージなロックサウンドが構築される。そして不思議なことに、引用的なサウンドではありながら、エヴィアンのロックサウンドには間違いなく新しい何かが内在する。

 

そして、アルバムの序盤では、アメリカ的な観念として提示されたものが、中盤を境に国境を越えて、明らかにブギーを主体としたローリング・ストーンズのイギリスの60年代の古典的なロックサウンドへと肉薄する。「Freakz」はキース・リチャーズの弾くブルースを主体としたブギーのリフにより、耳の肥えたリスナーやギターフリークを唸らせる。エヴィアンのギターは、リチャーズになりきったかのような渋さと細かいニュアンスを併せ持つ。しかし、それらの根底にあるUKロックサウンドは、現代のロサンゼルス等のローファイシーン等に根ざしたサイケデリアにより彩られたとたん、現代的な音の質感を持つようになる。結局、現代的とか回顧的といった指針は、どこまでそれを突き詰めるのかが重要で、その深さにより、実際の印象も変化してくる。エヴィアンのコアなサイケロックサウンドは、ファンクとロックを融合させた70年代のファンカデリックのようなR&B寄りの華やかなサウンドとして組み上げられる。ギタリストとしてのこだわりは、Pファンク風のグルーヴィーなカッティングギターに見いだせる。

 

同じように70’sのテイストを持つロックサウンドを挟んだ後、「Runaway」ではエヴィアンのロックとは別のフォーク音楽に対する親しみがイントロに反映されている。それはビートルズのアート・ロックに根ざした60年代後半のサウンドへと変化していく。エヴィアンのボーカルは稀にマッカートニーのファニーなボーカルを思わせる。それを、ビクトロンのような音色を持つアナログシンセサイザーの音色、そして、リッケンバッカーに近い重厚さと繊細さを持つギターサウンド、同音反復を特徴とするビートルズのバロック・ポップの音階進行やビートの形をしたたかに踏襲し、それらをしなやかなロックソングへと昇華させる。コーラスワークに関しても、やはりビートルズの初期から中期にかけてのニュアンスを踏まえ、ソロプロジェクトでありながら、録音のフィールドにポールの他にレノンのスピリットを召喚させるのである。これらはたしかに模倣的なサウンドとも言えなくもないが、少なくとも嫌味な感じはない。それは先にも述べたように、エヴィアンがこれらの音楽を心から愛しているからなのだろうか。

 

ウェストコーストロック、サンフランシスコのサイケ、さらにストーンズやビートルズの時代の古典的なUKロックという流れでアーティストの音楽が示されてきたが、アルバムの終盤の2曲はどちらかと言えば、エルヴィス・コステロのようなジャングル・ポップやパワー・ポップの原点に近づいていく、そのコーラスの中には、Cheap Trickのニールセンとサンダーのボーカルのやり取り、または、武道館公演の時代のチープ・トリックの音楽性が反映されているように見受けられる。厳密に言えば、アイドル的なロックではなくて、どちらかといえば、パンキッシュな嗜好性を持つコステロの骨太なサウンドの形を介して昇華される。果たして、これらの音楽にマニア性以上のものが存在するのか? それは実際のリスニングで確認していただきたいが、少なくともロックファンを唸らせる何かが一つや二つくらいは潜んでいるような気がする。

 

アルバムのオープナー「Wild Days」とクローズの「Stay」はジャングルポップや良質なインディーフォークなので聴き逃がせない。

 


76/100

 

 

 

Best Track- 「Stay」