New Album Review:Madeline Kenney 『Kiss From The Balcony』

Madeline Kenney 『Kiss From The Balcony』
 

 

Label: Carpark

Release: 2025年7月18日 

 

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Review

 

この数年来、カルフォルニア/オークランドのシンガーソングライター、マデライン・ケニーは実験的なポップソングを制作しており、アヴァン・ポップやアブストラクトポップのリーダー的な存在と言っても過言ではない。

 

2023年の『A New Reality Mind』はシンガーソングライターとしての才能が花開いた瞬間だった。前作のリリース後、ベン・スローン、スティーヴン・パトータと一緒にツアーを敢行。そのツアーは音楽的に刺激的だった。3人は異なる都市に住んでいたが、一緒にフルアルバムに挑戦しようと考え、各々のハードドライブに散在していた断片的な曲は、音の探求、ボーカルパフォーマンス、プロダクションスタイル、世界観の構築といった分野で実験へと発展した。孤独、理想化された恋愛、不満、女性性といった歌詞のテーマは、メインテーマの「コラボレーションがアイデアを最大限に成長させ、そして飛翔させる」というメッセージを支える要素となっている。

 

このアルバムは、サウンドコラージュの志向が強く出ている。しかし、分散的にはならず、曲としてまとまりがあって聴きやすい。それは全般的には聴きやすいポップソングの中の枠組みの中に収まっているからなのかもしれない。しかし、それは非常に多彩な形を持つ音楽として現れ、掴みどころがないようでいて、しっかりとした味わいがある。


アルバムの冒頭を飾る「Scoop」はサイケポップバンドのようなカラフルな印象に縁取られ、それがソロシンガーというより、アンサンブル形式で展開される。クルアンビンのようなサイケ性があるが、この曲の場合はレコードのレトロ感覚がある。


それは結局、ベイエリア風のヨットロックやチルアウトのような西海岸の音楽と組み合わされ、それがケニー持ち前のソフィスティポップとバロックポップ、あるいはドリーム・ポップの中間に位置する親しみやすいメロディーラインで縁取られる。 ケニーの歌い方もおしゃれな感じがして素晴らしい。また、このボーカリストの歌声はなぜか奇妙なほど耳に残る。それはとりも直さず、無類の音楽好きとしての性質が反映されているからなのだろうか。


音楽のコンポジションの手法は高度であり、聴く方も一筋縄ではいかない。口をぽかーんと開けていれば良いのではなく、自分から良さを探しにいく必要がある。それは続く「I Never」を聴くと分かる。アフロ・ビートやアフリカの民族音楽、あるいは先鋭的なスピリチュアル・ジャズのような音楽をクロスオーバーさせ、解釈次第では、ヒップホップの系譜にあるローファイの核心に迫っている。


しかし、この曲が単なる音源ではなく、生きた音楽のようになっているのが好ましい点である。特にバンドアンサンブルとしてのキャラクターを押し出し、プログレッシヴジャズのインストとしても聞かせる。しかし、それらの音楽性は必ずしも定着せず、ケニーが得意とするアヴァン・ポップやアブストラクト・ポップのような前衛的なスタイルで縁取られる。ファッションで言えば、服に着られることもない。いわば、音楽を自在に操縦出来ているような感じがして、荒唐無稽な音楽的なアプローチを選ぼうとも、ボーカルが浮いたり、違和感が出ないのが素晴らしい。この曲で、マデライン・ケニーは音楽という波を変幻自在に乗りこなしている。

 

そんな中、ラナ・デル・レイ、エッテン、エンジェル・オルセンのような音楽性を選んだ「Breakdown」の完成度が際立っている。ギター、ドラム、ピアノのようにシンプルな楽器が取り入れられ、特にミックスやマスターの面でかなり力が入っている。オーケストラヒットのように雄大で迫力のあるスネアが、マデライン・ケニーのどことなく夢想的で陶酔感のある歌声を上手い具合に引き立て、この曲のバラードソングとしての性質を否応なく高めるのである。


ボーカル自体はクリアであるが、この曲の背景となる様々な要素が煙のようにうずまき、また、夏の幻想のような景色を形作る。どことなく大陸的な雄大さを持つパーカッション、シンセのシークエンス、そして民族楽器のように響く異国的なドラムが複雑に折り重なり、瞑想的でサイケデリックな雰囲気すら持ち合わせている。


また、そういった中で、曲が単調になることはほとんどない。フィルターや逆再生のような音楽的なデザインが施され、この曲の色彩や印象、そして微細なトーンすら曲のランタイムに応じて変化させる。さらに2分後半からは音楽的にはより瞑想的になり、ドアーズ風のロック的なテイストが漂う。

 

「Slap」のような曲を聴けば、ポップソングの新しい形態が台頭したことに気がつくはずだ。いわば、この曲はジャズ的なドラム、トロピカルの要素、あるいはヨットロックやソフィスティポップのような音楽性を組み合わせて、前代未聞のアートポップソングを作り出している。ビートそのものはヒップホップ、ミニマルミュージックなどの要素を絡め、アフリカの民族音楽のようなポリフォニックなリズムを作り出す。そしてマリンバの音階を挟み、曲の後半では、ミニマルテクノへと傾倒していく。これらは一曲の中で、複数のジャンルが入れ替わり、曲のセクションごとに全く別の音楽が現れる。ジャンルを決め打ちしないで、前衛的な側面と商業的な側面のバランスが絶妙な感じで保たれていて、ほとんど飽きさせるものがない。シンガーソングライター、ないしはトリオとしてのバンドの人生的な背景を暗示するかのように、ひとつ所に収まることはない。まるでこれらはジプシーやノマドのポップソングのようである。


「Cue」は、メロディアスで聴きやすいフォーク・ミュージックである。しかし、この曲でもミックスやマスタリングが素晴らしく、ギターの低音を強調したり、まるでその吐息をもらさず拾うかのようなコンデンサーマイクの性能がクリアなサウンドヴィジョンを生み出し、ボーカルが歌われている瞬間にとどまらず、その歌と歌と間に曰く言いがたいような美的なセンスを感じさせる。音楽が鳴っていない瞬間の精細な感覚をとどめているという点で、素晴らしいプロデュースである。実際的に、マデライン・ケニーは、アンビエントフォークのような音楽性を駆使して聞き手を奇妙な陶酔的な感覚へと誘う。この曲もまた、序盤から中盤、それから終盤にかけて、驚くべき展開が用意されている。この曲のクライマックスでは、ギターのアルペジオに並行してシンセサイザーによるトーン・クラスターのような現代音楽の前衛性が登場する。

 

前作とは打って変わって、2000年代頃のエレクトロニック・ミュージックの性質が色濃いのも聴くときの楽しみとなるに違いない。「Semitone」は2020年代の新しいエレクトロ・ポップの登場と言える。しかし、それらは決して精彩味のない音楽にはならないのが驚きだ。重厚でダイナミクスを活かしたドラム、そしてウェイヴのように畝るシンセのアルペジエーター/モジュール、こういった電子音楽的な要素とバンドセットの要素が結びつき、言うなれば音楽のキャンバスの中に組み込まれ、それらを背景にハイセンスなポップソングが歌われている。音程もまたマギー・ロジャースのようにスポークンワードとボーカルの中間にあるニュアンスを活かし、新しい時代のポピュラーミュージックを予見している。おそらく、2020年代後半以降になると、ジャンルというものはさほど意味をなさなくなっていく気配がある。この曲に関しては、ブライアン・ウィルソンの系譜にある独特なトロピカル性、そしてヨットロックのようなまったりとした感覚が組み合わされ、ドリーム・ポップに近い音楽へと接近していく。

 

それを象徴付けるのが続く「Paycheck」である。シカゴドリルやニューヨークドリル、あるいはUKドリルで使用されるグリッチは、もはやヒップホップから離れ、ポピュラーソングの中に取り入れられつつある。しかし、それらの音楽性を決定付けるのはラップではない。バロックポップのような60、70年代のポップソングの系譜に根ざした懐古的な音楽性、キャロライン・ポラチェック以降のアートポップへの飽くなき挑戦を意識付けるボーカルである。この曲のトリッピーな展開はおそらく誰にも予測することは出来ないだろう。また、これらはエレクトロニック風の曲展開の中で、変調を交えたり、変拍子的となったりと、ほとんどカオスな様相を呈する。これはプログレッシヴポップへの新しい扉が開かれた瞬間となるかもしれない。

 

終盤でも良曲に事欠かない。「They Go Wild」は長らく空白が空いていたTOTOの次世代のAORとも言える。また、この曲の民族音楽的な音階、そしてアフリカのゴスペル音楽のような独特な開放感を持つアンセミックなボーカルのフレーズは聴けば聴くほどに面白いものが見つかりそうだ。


アルバムのクローズ曲「All I Need」はフォークトロニカの現代版であり、フィールドレコーディングの鳥の可愛らしい声が収録され、それらがスロウなポップソングの中に組み込まれている。しかし、全般的には前衛的な作風の中でケニーのメロディーメイカーとしての抜群のセンスが際立つ。これらが、それほどアヴァンギャルドなポップソングになろうとも、曲の構造が崩れない要因だろう。言うまでもなく、バンドメイトの演奏面での多大な貢献も見過ごせない。

 

 

86/100

 

 

「Scoop」 

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