・音楽という概念はどこから生まれたのか ピタゴラスが鍛冶屋のハンマーの音から発見した音階とオクターヴ
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ラファエロ 「アテネの楽堂」 |
・ギリシア神話と演劇に始まる音楽という概念
私達が日頃、学校等で学習し、そして日常の生活にも様々な形で浸透している音楽。音楽という概念は、芸術と神話から生み出されたことをご存知でしょうか。音楽の語源はギリシア語のムーシケー(Mousike)であり、その後、ヨーロッパの各地方で訛りが出て様々な語が浸透していった。そもそも、この語源の意味は、ギリシア神話のアポロンに由来し、そのストーリーに因む。
ムーシケーは、ギリシア神話のオリンポスの12神のひとり、女神ムーサに由来し、ムーサに関わるという形容詞が名詞に転訛したと言われている。このムーサという女神は、自分に会う人々に楽音の才能を与え、慕われた。よって、古来は、ムーサの加護がなければ音楽の才能が与えられないという迷信もあっただろう。さらに、古代ギリシアの詩人ヘシオドスの『神統記』にはムーサの女神たち9人全員がゼウスとムネーモシュネーの娘であることが記されている。
この女神たちはパルナッソス山に住み、文芸を司る神々であった。当初はムーシケーは"文芸"を意味する言葉で、その後に音楽を始めとする総合芸術を示す言葉になった。古代ギリシアでは、エピダウロスの劇場、アテネのディオニューソスの劇場等、演劇文化が隆盛を極めたが、音楽が演劇という分野と密接に関連していることが分かる。
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エピダウロスの劇場 |
前5世紀には、アテネを中心に演劇が盛んになり、この土地では毎年の春、ディオニュソス祭が開かれ、以降は、悲劇や喜劇などをテーマとする演劇が上映された。また、ギリシア演劇の特徴は面を被り、劇を演じることだった。その中で、演劇の中に合唱が歌われ、それらの詩を唄う合唱隊は「Choros」と呼ばれた。この語は以降、「Chorus」に転訛したものと思われる。現代では、コーラスという言葉は、合唱の意味のほか、複数のボーカルのことを意味する。
・ピタゴラスによる音程の発見
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音階を調べるピタゴラス |
門外不出の数学理論を保持していたピタゴラスは、基本的には、自身の著書を持たず、弟子が記した伝聞による書籍しか残されていない。そもそもピタゴラス教団では、哲学や数学のほか、音楽や天文学等も教えていた。学問は、どこかでの面で繋がっているとピタゴラスは考えたに違いない。
ピタゴラスが発見したのは、音階の関連性と西洋音楽で一般的に使用される純正律の基礎である。「倫理学」で知られるニコマコスが伝えたところによれば、ピタゴラスは、鍛冶屋の前を通りがかったときに、音階を発見したのが始まりだった。彼は鍛冶屋から聞こえてくる音に差異があることに気がつき、音律(音階の関連性)を探ろうとした。鍛冶屋の打つハンマーを耳にし、複数の音程を彼の得意とする数学で定義づけようとした。
その中で、ピタゴラスは鍛冶屋の叩くハンマーの音がオクターヴ、完全5度、完全4度により発生しているのを聞き分け、各々の音が生じるハンマーをくわしく調べ上げた。すると、ハンマーの重さや軽さによって音階の差異が発生することを発見した。ピタゴラスは音律を以下のように定義付けた。
ハンマーの重さの比率が2:1(12:6)とすれば、オクターヴ(完全8度)になる。3:2(12:8)とすれば完全5度が発生する。4:3(12:9)だと完全4度の関係を持つ。これらの音程(ピッチ)の定義は、和声(ハーモニー)の基礎でもあり、トニック(Ⅰ)、ドミナント(Ⅴ)、サブドミナント(Ⅳ)となっていることが分かる。これらの音階は音楽理論ではそれぞれ、主音、属音、下属音と称され、終止形(カデンツァ)に使用される。本来、音楽は様々な変遷を経て主音に帰属するのが基本である。音階ごとの相関を追ってそれらを図形に表すと、これらの相関図は最終的にサークルの形になる。
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ピタゴラスが調査した音律の相関図 |
ピタゴラスは、完全8度、5度、 4度の関連性の中に、美しさの源泉を見出し、これらを数学の比率によって定義付けを行った。これらの音程は、音楽や和声の基礎を形成し、そして、濁りのないクリアな響きとして数学者の聴覚を捉えた。このことにより、音楽は自然発生的な概念から生み出された。そしてピタゴラスが数の配列に着目したのは、こういった理由があった。彼は、万物が数字や配列によって表されると主張し、そして、それは天文学の基礎を形成していく。
ピタゴラス派は、上記の音楽の基礎に倣い、「ハルモニア(調和)」がこの世に存在することを発見した。協和音程の数秘が宇宙の秩序を形成するという論理や原理を「ハルモニア」と呼び、それにより魂の浄化がなされると信じていた。現代語でも使われる「ハーモニー」はこの語が語源である。
・音楽という概念を敷衍するギリシア/ローマの哲学者たち プラトン、アリストテレス、ボエティウス
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プラトン |
哲学者というのは、今まで存在しなかったイデアを定義付け、それを後世のために発展させていく。「音階」という概念、そして、8度、5度、4度という音階や和声の基礎を発見したピタゴラスに続いて、ギリシアの哲学者が音楽の概念を敷衍させた。 ピタゴラスの音楽という概念をさらに発展し展開させたのが、ご存知プラトンだった。
プラトンは、人間の生き方を決定し支配する根本原理が、宇宙論としてのハルモニアに啓示されていると主張した。また、それを自己の中に具現することが''魂の調和である''とした。彼は、「国家」、「法律」の著作のなかで、ムーシケーを体育と同等に重視し、音楽が精神に与える影響を説いてみせた。
彼の弟子であるアリストテレスもプラトンの考えに追従した。彼は「政治学」において、プラトンと同様に、国家教育の観点から、音楽の重要性を論じている。音楽を聴くことと併行して人間性(叙情的な感性)を育てることを提唱し、倫理や道徳を養うための徳育という分野から論じた。そのほか、カタルシス、休養の効果があると説いた。また、ピタゴラスが最初に提唱した''音楽は宇宙的である''とする考えを一歩先に推し進めた。アリストテレスは、音楽を人間の一般的な感覚で認識出来るものだと論じている。また、彼は、音楽は"体験から発生する"と定義付けた。
両者の概念を推進し、現代的な音楽の概念を決定づけたローマの哲学者ボエティウスの存在も度外視できない。ボエティウスは「音楽教程」という専門書を記し、ピュタゴラス派の音楽論、プトレマイオスのハルモニア論を対外的に紹介した上で、音楽にはおおよそ3つの種類があると定義付けた。
宇宙の音楽(ムシカ・ムンダーナ)、人間の音楽(ムシカ・フマーナ)という旧来のピュタゴラスとアリストテレスが提唱した音楽論に続いて、道具の音楽(ムシカ・イントゥルメンタリス)という、あたらしい概念を示してみせた。3番目の言葉は、現代で言うところのインストゥルメンタル・ミュージック(器楽中心の音楽で歌を持たないもの)の原点と見て良いかもしれない。
最初のムシカ・ムンダーナは、宇宙の秩序、魂と肉体の調和を表し、一般的な通常の顕在意識では聴くことが出来ない。2つ目のムシカ・フマーナは、現代の商業音楽の概念に近接しており、 一般的な音楽が該当する。そして、3つ目は、先にも述べたように、器楽中心の音楽が該当すると言える。
音楽は、すべての分野に先んじている。哲学、 天文学、物理であろうとも、音楽が出発点であり、この世に満ち溢れる神秘や解明されない現象を解き明かすものとして考案された。また、音楽は、現実的な側面だけでなく、 この世の原理を表すものであると古代ギリシアの哲学者たちは考えていた。してみると、音楽こそ学問の出発と見ても不思議ではない。いずれにしても、音楽とは、''何らかの現象を秩序づけるため''に誕生したことがお分かりになられるでしょう。
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