New Album Review:  Winter 『Adult Romantix』

Winter 『Adult Romantix』

 

Label: Winspear

Release: 2025年8月22日


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Review

 

シューゲイザーというのは本来、90年代はサウンドの一形態を表していたものの、次世代のポスト世代の音楽を経過して、Y2Kのようなファッションやライフスタイルに近づいてきた。

 

シューゲイズ業界……そんなものがあればの話だが、少なくとも、このジャンルは近年飽和状態にある。リスナーの需要とアーティスト側の供給がマッチしているのか定かではない。このジャンルは少なくとも、数あるアルトロックソングのスタイルでも最もわかりやすく、伝わりやすい。そういった中、このジャンルをファストファッションのように志向するミュージシャンが増えたとしても不思議ではない。シューゲイズは今やかつてのパンクのようになりつつある。ただ、このジャンルに入るのは簡単だが、それを高い水準に持っていくためには、+アルファが必要になってくる。そのバンドやミュージシャンしか持ち得ない何かが追加される必要がありそうだ。

 

Winterは、ブラジルのルーツを持つミュージシャン。近年はロサンゼルスに根を張っていた。アメリカのインディーズロックのミュージシャンとしてはよくある話であるが、どうやら独自のコミュニティで生活し、それらは”ザ・エコー”と呼ばれていた。このアルバムはDIYの共同体の生活をフランケンシュタインのようなラブコメディと組み合わせて、それらをノスタルジーに振り返るという内容で、30代になったミュージシャンが20代の人生観を総括するというものである。ロサンゼルスから離れたミュージシャンがその土地を回想する。二度とは帰らない青春の最後の年代の記憶……、センチメンタルにも思えるが、人間の円熟期はたいてい壮年期以降に訪れる。クリエイティビティの頂点はこの年代以降に訪れる。人生のなにがしかがわからなければ、音楽の真髄を理解することは難しい。その理解を的確に反映した時、名作が出てくる。20代でそれをやってしまう人もたまにいるが、少なくとも人生や音楽が本当に理解出来るのは、もっと後になってから。そしてそれが理解できたとき、その人は音楽の氷山の一角しか見ていなかったことに気がつく。どのようなジャンルも例外はない。もちろん、近道もない。

 

このシューゲイズアルバムは、まるでそれ以上の意味を持ち、人生の一部分を切り取ったかのような趣を持つ。名作ではないが、はっきりとした聞かせどころがある。ウインターは、写真でも日記でもブログでもTikTokでもない、音楽という形でそれらの記憶を留めておく必要があった。コラボレーションは人生の視野を広げ、華やかにするためにある。このアルバムに、独特なテイストを添えるのが、Tanukicyan、Horse Jumper of Loveである。前者は西海岸のシューゲイズの象徴的なミュージシャンによるコラボ、後者はボストンの気鋭のアルトロックバンドとのコラボレーションで、それぞれ異なる楽曲となっている。ただ、シューゲイズに傾倒したアルバムといよりも、ストレートなオルタナティヴロックソング集として楽しめるかもしれない。

 

アルバムの冒頭を飾る「Just Like A Flower」はどちらかと言えば、今週アルバムをリリースしたSuperchunkに近いロックソングで、シューゲイズの要素は薄めである。唯一、サミラ・ウィンターのドリーミーなボーカルがシューゲイズの要素を捉え、それらを伝えている。センチメンタルなボーカルが骨太のギターラインと結びつき、このジャンルの陶酔的な雰囲気を生み出している。湿っぽくナイーブなヴァース、それとは対象的に晴れやかなコーラスを対比させ、キャッチーなソングライティングが強調されている。サビはクロマティックスケールを使用して、ペイヴメントのような曲に近くなる。しかし、その旋律の中には、切ない感覚が潜んでいる。

 

一方、打ち込みのようなフィルターをかけたドラムと重厚なディストーションギターが特徴である「Hide-A- Lullay」はシューゲイズの質感が徹底的に押し出されている。ジャグリーなギターの中で独特のポップセンスが光ることがあり、2つ以上のギターでそれらの対旋律の響きを作り出す。おのずと音楽自体はドローン音楽に近づくが、結局のところ、それらを聴きやすくしているのが旋律的な要素である。コラボレーターとしてボーカルで登場するたぬきちゃんは、この楽曲にアンニュイな雰囲気を添えている。これは前作EPとどこかで繋がっている。


ボーカルに関しても、MBVの80年代後半の曲やステレオラブのような鋭いハーモニーを作ることがある。そして、複数のギターを入念に重ね合わせて、その中にトレモロの効果を強調することで、独特なトーンやハーモニクスを作り出す。ギターの音響を巨大なシンセサイザーのように解釈して、その中でボーカルの側面でポップセンスをいかんなく発揮している。それはまた、オルタナティヴポップとしてのポップセンスであり、オーバーグラウンドの話ではない。これらのニッチでナードな音の運びは、およそロサンゼルスや西海岸の意外な表情を浮かび上がらせる。LAのくっきりとした澄んだ色の青空とは対極にある曇り空のような印象を呼び起こす。それはまた、内側の世界と外側の世界の出来事をすり合わせるための音楽でもあるのだ。両者のささやくようなボーカルのやりとりは、曲の雰囲気と連動している。名コラボである。

 

これらのシューゲイズの憂愁により、まったりとした効果を添えているのが、Horse Jumper of Loveである。こちらのコラボレーションもボーカルが中心だが、良いコラボレーションの見本を提示している。こちらの曲は『Loveless』を現代的なアルトロックとして再解釈したという感じ。『Loveless』の「Sometimes」と聴き比べてみると面白いはず。この曲をシューゲイズの中のシューゲイズにしている理由は、アコースティックギターやエレアコのような音色を駆使して、スコットランドのThe Patelsのようなサウンドを作り出しているから。また、ボーカルのメロディーラインも秀逸で、Horse Jumper of Loveのドミトリー?のボーカルは、シールズに匹敵する鋭い感性がある。コラボレーターがどのように歌えば良いのかを熟知していて、それらを的確に声で表現している。音楽的な効果が明瞭に表れ出ている。この曲は、Wrensのような00年代のロックソングを思い起こさせる。決してクールではないが、その点に共感のようなものを覚えるわけなのだ。

 

近年のシューゲイズは、90年代の最初のウェイブがそうであったように、ダンスミュージックとロックを結びつけるという形式が主流になりつつある。もちろん、現在のダンスミュージックは90年代よりも未来に進んでいて、表側に出てくる内容もへんかしてきている。「Existentialism」 では、現代的なインディーポップのボーカルと、グルーヴ感を強調した打ち込みのようなドラムを連動させ、その中で、ウィンターらしい少しナイーヴな感覚を織り交ぜている。そしてこれは、全般的に言えば、ローファイやサイケに近い音楽として成立している。こういった曲が三曲ほど続く。これらはシカゴのKrankyから昨年新作アルバムをリリースしたBelongのスタイルに準じている。


その中、多幸感を持つフラワームーブメントの雰囲気を持つ「Without You」こそ「LAのシューゲイズ」と言える。ただ、この曲の中に揺らめく独特な感性、そしてアンニュイな感覚こそ、Winterのソングライティングの核とも言える箇所である。これらはドラスティックな印象を持つシューゲイズ曲のさなかにあって特異な印象を持つ。バラードやフォークのような音楽性を反映させたこの曲は、ドリームポップへと傾倒し、ヒップホップのビートを内包させながら、独特な音楽性へと落着する。アンニュイなボーカルは、飽くまでアトモスフェリックな要素を添えているに過ぎず、デコレーションのようなものである。どうやら今後のシューゲイズは、ダンスミュージックの他、ヒップホップのローファイを通過した形式が主流になっていきそうである。つまり、今日のこのジャンルは、必ずしもロックの系譜にあるわけではなく、ブラックミュージックの要素を内包させている。西海岸のラップヒーロー、Ice Cubeのように過激ではないにせよ、これらのリズムの要素は、今後のシューゲイズソングを制作する際の重要な主題になるに違いない。

 

これまでのシューゲイズバンドの課題は、90年代のケヴィン・シールズの音楽をどのように再現するのか、という点にあった。しかし、音響技術の発展やエフェクターやマスタリングの進化により、近年そのハードルは下がりつつある。今後は現代のミュージシャンとしてのシューゲイズを制作するのが最重要課題となる。アルバムの後半はトーンダウンして、90年代の模倣やミレニアム以降のブルックリンのベースメントのインディーズロックサウンドへの偏愛がうかがえる。しかし、独創的な感性を示した「Running」は、ポストロックや音響系のサウンドとむすびつき、アンビエントのようなアトモスフェリックな音楽に行き着いている。


この点を見ると、ポストロックやアンビエントとのクロスオーバーをやるのもアリかもしれない。ウィンターは、ボーカリストとしてはどこまでも叙情的であるが、ギタリストとしてはアーティスティックな感性をもっている。アルバムで聞こえるギタープレイはペインターのように芸術的。 色彩的なギターの音響は時々、マクロコスモスの音楽さながらに鳴り響くことがある。秀作。

 

 

 

78/100 

 

 

 

 

Best Track - 「Without You」

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