Weekly Music Feature: Tommy WÁ  『Somewhere Only We Go』

Weekly Music Feature: Tommy WA


ガーナ/アクラのシンガーソングライター、Tommy WÁは、2025年新作をリリースした中で最も才能を感じさせる。トミーはコンテンポラリーなアフリカンフォーク、インディー、レトロなソウルを融合させ、アフリカ大陸の広大なサウンドスケープを通して、唯一無二の芸術的なサウンドを確立している。 彼の音楽のカクテルは、トミー・WÁのルーツであるナイジェリアを効率よく巡り、彼が拠点を置くガーナのコスモポリタン、アクラの音楽的な欲求に応えてみせる。


トミー・WÁの音楽には多彩な世界が満ち広がっている。 このアーティストの主要な音楽は、ボン・イヴェールやマイケル・キワヌカのきらびやかな雰囲気を想起させるが、そのルーツは20世紀半ばのアフリカ民謡に求められる。 原始的なフックと鮮やかなストーリーテリングによって表現される彼の音楽は、時代、スタイル、大陸を跨いでいるが、その核心には普遍性がある。 ハチミツのような魅力的な歌声と、即効性のあるフックを得意とするソングライターである。


新作EPの題名『Somewhere Only We Go』は、このシンガーと彼のコミュニティがガーナで立ち上げたフェスティバルの名前だという。シンガーソングライターは、ブライトンの「グレート・エスケープ」の名前を聞き、勘違いをして、田舎の隠れ家を想像し、このプロジェクト名を思いついた。「このイベントには逃避行というテーマがあった」と彼は説明する。奇遇にも、彼はそのフェスティバルでダーティ・ヒットに才能を見出され、2024年に契約にこぎつけた。

 

今日、10年前から彼が温めていたアイディアがようやく日の目を見ることになる。今回のEPで、彼がガーナのみならずアフリカのことを伝えようと試みている。トミー・WÁは次のように回想する。「すべては良いタイミング、つまり神のタイミングで出来事が起こる。その人生を生き抜くために十分な時間が私には与えられた。そして、もちろん、それを分かち合うことも出来た。生きていない人生を私は分かち合いたいのではない。私はアフリカが真実であることをよく知っている。それは私が偶然見つけたものではなかった。何年もかけて作り上げたものだ」

 

彼は言う。「私はいつも”自分の周りの人のこと”を音楽として書いてきた。デビュー作に向けて取り組んできたが、デビューというのを気にしないで取り組んだつもりです。内省的な曲も結構書きますが、トミー・WAという自己だけにポイントを絞った内省的な考えはまだ明らかに出来ていないという気がしています」 また、彼は、自分だけのために音楽を作っているのではない。「子供が”自分”として生まれてくるのではなく、家族の一員として生まれてくるのを思うと、自分の真実を語る以前に、家族の視点から物語を語る方が良いと感じています」トミー・WAの考えは、もちろん、コミュニティを越え、より大きい国歌的な視点に至る場合もある。アフリカの現状、それからアフリカの真実について物語るため、彼の音楽は実在する。「多くの人がアフリカやアフリカに住むことについて狭い考えしかもっていないのではないかと思う。他の現実が存在するんだということを伝えなければ、ひどく損をするような気がする」

 

ミュージシャンにとって音楽をやることはどんな意味が込められているのか。トミー・WAは次のように明かす。「ある種のストーリーを共有することです。また、人々が自由に生きたり、自分の一部を隠そうとせず、正直に生きるように動機づけすることを手助けするものであると思っています。私の友人の幾人かは、私の音楽を家やドライブのような場所で楽しんでくれています」 

 

このシンガーソングライターにとって、音楽とは、それほど非日常的なものではなく、暮らしの中にある当たり前のものとして存在してきたことを伺わせる。それを裏付けるかのように、トミー・WAは次のように語る。「たとえば、歯ブラシで歯を磨くことを異常だとは考えないでしょう? それと同じく、音楽は私にとって生活に欠かせないものだ。それについては特に深く考えもしなかった。ガーナ、ナイジェリアのフェスティバルやショーで、多くの人がアフロビートやポップソングを演奏する中、僕はギターを抱えて、ただ、ステージに突っ立って、『やあ、僕はトミー・ワー。これは普通のことだ。みんな楽しんでくれ!』なんて言っていた。それがすべて。僕の出演の後は、ハードコアなヒップホップや流行のポップソングになった。でも、それで良かった。自分はショーのスターターとしてフェスティバルに出演していた」


淡々と音楽活動を行っていたトミーだが、近年では以前に比べて音楽に対する見方が鋭くなった。「今年、私は30歳になります。時間が増え、責任も減った。生き方がより冒険的になり、リスクを冒すこともいとわなくなった。私と同じくらいの年代に至った人々は、別のプロジェクトが用意されている。次のプロジェクトは、彼らのためのもの。私達はみな異なる国に引っ越し、私自身はイギリスでのショーを行うようになり、人間関係に変化が生じた。友人や家族と過ごす時間が減ってしまった。音楽にじっくり取り組んでいた頃から今に至るまで状況が著しく変化している。このプロジェクトでは人生がどう変化したのかを強調づけたかったんだ」

 

 


Tommy WÁ  『Somewhere Only We Go』EP - Dirty Hit

 
 
植民地化された国家は長い敗戦の時代を送ることを余儀なくされる。それは時折、100年もの月日を植民地化された国家として費すことになる、という意味でもある。19世紀から20世紀にかけて、ガーナは長い植民地支配に甘んじていた。ケニア、ウガンダを始めとする地域に大英帝国の支配の手が及び、この土地全般では、一般的な市民を啓蒙するための活動が行われていた。特に、この基幹的な産業として開始されたのが、「バンドゥー映画ユニット」だった。これはアフリカの都市部に映画産業を発展させ、経済発展を成長させようという目論見であった。
 
 
20世紀を通じて、ガーナ/アクラはその映画産業の一大拠点となり、「ゴールド・コースト・フィルム・ユニット」と呼ばれる映画施設が設立された。これは「ガーナ版ハリウッド」ともいうべき、国際的な映画産業で、地元の俳優も育成された。これらの産業は一度は成長したが、結局のところ、宗主国から義務付けられたものに過ぎず、地元の人々には根付かなかった。


ガーナの市街地には、多くの映画館が建設され、一時は殷賑をきわめたものの、20世紀の末葉には、それらの商業施設は次々と閉鎖していった。結局のところ、自発的な文化を成長させぬかぎり、その文化が土地に定着したり根付くことはない。これらは、ナショナリズムのように見えるかもしれないが、実はまったく似て非なるものである。21世紀に入り、長い植民地化の時代を越え、ガーナ、ひいてはアフリカ全体は真に独立した文化を構築しようとしている。
 
 
2025年はアフリカをルーツとするミュージシャンの活躍が目立っている。かつてのジャポニズムのように、物珍しさによる視線がアフリカに向けられたという意味ではない。これはおそらく、現時点の世界情勢を如実に反映しているのかもしれない。単一の覇権国家が世界を牛耳る支配構造は衰退し、多極主義が今後の世界の主流となりうるのではないかということは、多くの国際政治学の研究者の指摘している。アフリカ諸国はBRICSと足並みを揃えながら、今後は独立し、独自的な発展を遂げていくことが予測される。そんな中で、リリース元はイギリスのDirty Hitということで因縁を感じるが、Tommy WÁのようなミュージシャンが出てきたのは時代の要請とも言え、必然的な流れを汲んでいる。彼は、新しい時代のアフリカの体現者でもある。
 
 
ただ、彼はアフリカの負の部分に脚光を当てようというのではない。アフリカの原初的な魅力、今なお続く、他の土地から見えない魅力を、自然味に溢れた歌声で伝えるためにやってきた。Tommy WÁの素晴らしい歌声は、オーティス・レディング、サム・クック、ジェイムス・ブラウンのような偉大なソウルシンガーのように、音楽の本当の凄さを伝えるにとどまらず、それ以上の啓示的なメッセージを伝えようとしている。高度に経済化された先進国、そして、頂点に近づこうとする無数の国家の人々が散逸した原初的なスピリットと美しさを持ち合わせている。 

 
今年レビューした中で、『Somewhere Only We Go』は最も素晴らしい作品だ。アフリカの夕陽のように澄んだ輝きを持つ「Operation Guitar Boy」は、アコースティックギターの弾き語りで繰り広げられる簡素なフォークミュージックである。最初の一秒から音楽に魅了されずにはいられず、ボブ・マーレーに匹敵する劇的な歌声が披露される。イントロからヴァースを通じて短いフレーズが淡々と歌われ、繊細でセンチメンタルな歌声が披露される。一方で、コーラス(サビ)のオクターヴ上のファルセットは、どこまでも雄大だ。ジャケットのアートワークと呼応するかのように、水辺の小さな船で親しい家族や友人を目の前にして歌うアフリカ独自のフォークミュージックが展開される。親しみやすくて、崇高さがあり、大きな感動を誘う。アコースティックギターの演奏にも感嘆すべき箇所があり、スライドギターのようにフレットの間をスムースに滑るフレーズが、和音の演奏の合間に組み込まれ、それが奥行きのあるボーカルと絶妙に融和している。”Never Never Never Gonna Away”と歌われるコーラスの箇所は、まことに圧倒的であり、息を飲むような美しさが込められている。ボーカルの音量的なダイナミックな変化も大きな魅力となる。ビブラートの微細なトーンの変化を通し、勇壮さや切なさを表現する。サウンドプロダクションの方向性やプロデュースに依存しない本物のボーカルである。
 
 
一曲目は音楽そのものの自然さを体現している。二曲目「Celestial Emotions」では、エレクトロニックのサウンドをイントロに配している。アンビエント風のイントロから始まり、その後はジャック・ジャクソンのように緩やかなフォークミュージックが始まる。とりとめのないように思えるギターの演奏は、一転してアルトの音域にある歌声によって、音楽性そのものがぐっと引き締まる。その後、現代的なネオソウルの音楽に近づき、エレクトロニックとアコースティックを混在させたムーディーなフォーク・ミュージックが繰り広げられる。ドラムのリズムが心地よく響くなか、トミーは、間の取れたボーカルを披露している。この曲を聴けば、Tommy WÁの音楽が必ずしも古典性だけに焦点を絞ったものではないということをご理解いただけるはず。また、歌い方にも特徴があり、独特の巻き舌の発音が音楽に独自性を与えている。アフリカの伝統音楽には独特な発音方法があり、それを巧みに取り入れている。そして音楽的な構成にも工夫が凝らされている。途中からボンゴの演奏によって変拍子を取り入れ、音楽が一挙にアグレッシヴになり、舞踏的な音楽に接近していく。アフリカ音楽は、ポリリズムの複合的なビートが特徴であるが、それらの要素を取り入れ、華やかなコーラスが音楽を決定づける。トミーを中心とする歌声は、やはりアフリカ大陸の雄大なイメージを呼び起こす。アウトロの渋みのあるボーカルは、往年の名ポピュラー歌手の持つブルージーな感覚が存在する。

 
 
このアルバムの全5曲は、ほとんど同じような音楽形式で展開されるが、その実、実際の音楽性はまったく異なる。タイトル曲「Somewhere Only We Go」は、彼のアクラ時代の友人に向けて歌われている。それらは結局、自分を支えてくれた家族や共同体に対する大きな報恩や感謝である。ドラムで始まるこの曲は、リズムの面白さもあるが、アフロ音楽の色合いが最も強固だ。現地語の訛りのある発音を通じて、友人たちへの惜別が歌われることもある。しかし、トミーの歌声は、湿っぽくならない。友人の旅立ちを祝福し、それらを心から応援するかのような力強さに満ちている。これが友愛的な音楽性を付与し、なにかしら心温まるような音楽性を発現させる。しかし、それはセンチメタリズムの安売りに陥ってはいない。友人の存在を心強く思うたくましさがある。この曲には、ジャマイカのレゲエ音楽の要素も入っているが、それは模倣とは縁遠い。このシンガーの独自の独立した存在感を読み取ることが出来る。この音楽は、おそらくエリック・クラプトンが一時期ソロアルバムでやっていたような渋い内容であるが、それを彼は30歳くらいでやっている。驚きなどという言葉では語りつくすことが出来ない。
 
 
 
 
 「Keep On Keeping On」
 
 
 
 
近年、全般的には、ヒップホップやソウルというジャンルの棲み分けにより、ブラックミュージックそのものが矮小化されていることが多く、それが淋しい。本来ではあれば、ブラックミュージックは、一つの枠組みに収まり切るような小さなものではない。Tommy WÁの音楽は、そういった枠組みやレッテルを覆して超越するような力が内在している。アフロ・フォーク「Keep On Keeping On」は、アフリカの民謡の現代的に伝えている。ボーカルのメロディーには琴線に触れる感覚がきっと見つかるはずである。そして、そのシンプルで美しいメロディーを上手く演出するのが、オーケストラのストリングス、アフリカの独自のコーラスワークである。


ここには、地域という概念を超えた”ヨーロッパとアフリカの融合”という素晴らしい音楽の主題を発見出来る。トミーのボーカルは、録音からも声量の卓越性が感じられ、それは最近のプロデュースが優勢な音楽作品ではついぞ聴けなかったものである。中盤以降のボーカルについては、10年に一度出るか出ないかの逸材の才覚が滲み出ている。和声的にも心に訴えかける箇所があり、4分以降の転調の後、曲はサクスフォンの演奏に導かれるように、ジャジーな空気感を放つ。以降のボーカルのビブラートの美しさは比類なき水準に達し、崇高な趣を持つ。彼は音楽全体を通じて歌唱方法をそのつど変化させ、ものの見事に音楽のストーリーを作り上げていく。それはまた、明文化されることのない、音楽独自のストーリーテリングの手法なのである。
 
 
Tommy WÁの人生観は、様々な価値観が錯綜する現代社会とは対象的に、シンプルに人の生き様に焦点が当てられている。個人が成長し、友人や家族を作り、そして、老いて死んでいく。そして、それらを本質的に縁取るものは一体なんなのだろう。この本質的な事実から目を背けさせるため、あまりに多くの物事が実相を曇らせている。そして、もちろん、自己という観点からしばし離れてみて、トミーが言うように、大きな家族という視点から物事を見れば、その実相はもっとよくはっきりと見えてくるかもしれない。家族という考えを持てば、戦争はおろか侵略など起きようはずもない。なぜなら、それらはすべて同じ源から発生しているからである。


このミニアルバムは、音楽的な天才性に恵まれた詩人がガーナから登場したことを印象づける。「God Loves When You're Dancing」は、大きな地球的な視点から人間社会を見つめている。どのような階級の人も喜ばしく踊ることこそ、大いなる存在が望むことだろう。それはもちろん、どのような小さな存在も軽視されるべきではなく、すべての存在が平らなのである。そのことを象徴づけるかのように、圧巻のエンディングを成している。音楽的には、ボブ・ディラン、トム・ウェイツ、ジプシー・キングスの作風を想起させ、ミュージカルのように楽しく動きのある音楽に支えられている。ボーカルは、全体的に淡々としているが、愛に包まれている。個人的にはすごく好きな曲だ。もちろん、彼の音楽が時代を超えた普遍性を持つことは言うまでもない。このようなすばらしいシンガーソングライターが発掘されたことに大きな感動を覚えた。
 
 
 
 
96/100 
 
 
 「God Loves When You're Dancing」
 
 
▪Tommy WÁ -『Somewhere Only We Go』はDirty Hitから本日発売。ストリーミングはこちら

0 comments:

コメントを投稿