4ADの隠れた名盤 pale saints 「flesh balloon」

Pale Saints 「flesh ballon」


「4AD」というイギリスのインディーレーベルは、ラフ・トレードとともに、八十年代から多くの良質なアーティストを輩出してきました。このレーベルは、常にインディーロックシーンを牽引してきた存在と言っても過言でなく、主だったイメージとしては、バンドのなかに、紅一点の女性メンバーが在籍していて、他のレーベルとは一味異なる音楽性を聞かせてくれていました。Throwing Muses、Pixies、Amps、Breeders,、個人的にも非常に聴き込んだ思い入れのあるアーティストばかりです。

 
 4ADと契約しているインディーロックレコードはレコード店で取り扱いが少なく、十数年前には、新宿、渋谷といった方々の大きなレコードショップをトリュフ犬のようにかけずりまわり、血眼になって探さなければ容易に見つからなかったです。何千、何万というレコードの中からお目当ての円盤を探し出す作業、これはほぼ発掘作業のような趣があり、大変骨の折れる作業でした。
 お宝レコードを見つけられるのもかなり運要素が強く、この中古ショップならおいていそうだという独特の嗅覚を培わねばらなず、いつ入荷するかわからないので足繁くレコード店に通わねばならない。そして、長い間、探していた作品を見つけた瞬間には、内心では人知れずウオオという雄叫びを上げずにはいられなく(まあ、実際には声には出しませんが、ちっちゃくガーツポーズくらいはしていたでしょう)なんともいえない喜びをおぼえさせてくれるというところで、4ADのアーティストのレコードというのは、どれもこれも貴重で素敵な宝物ばかりでした。
 
 
 そんな中、ペイルセインツを知ったのは割と最近のこと。やはり、4ADというと、ピクシーズの印象が強く、キム・ディール周辺のディスクばかりを漁りまくっていて、このバンドを知るのが大分遅れてしまいましたね。そして、このPale Saintsは、知る人ぞ知るバンドという表現がぴったりかもしれません。My Bloody Valentine、Jesus Mary Chains、Ride、といった80年代から90年代に活躍したシューゲイザーバンドに埋もれてしまったロックバンドです。
 彼らのリリース自体は1994年を期に途絶え、1990年の「The Comforts of Maddness」のリマスター版が2020年に再発されているのみ、その後の動向も聞こえてきません。しかし、この「Flash Baloon」を聴くかぎりでは、今一度、脚光を浴びるべき良質なバンドとのひとつだと思っています。
 
 
 イアン・マスターズ率いるこのPale Saintsは、いってみれば不遇のバンドの一つに挙げられるでしょう。実力ほどには売れなかったという点で、”The La's”に似ているところもあるかもしれない。その音楽性は、シューゲイザー寄りといえるでしょうし、聞き手の捉え方によっては、ドリーム・ポップ、ニューロマンティック寄りといっても差し支えないかもしれません。トレモロ・ビブラートのエフェクトを噛ませたギターが断続的なリズムを作り出し、淡い甘美な印象のある歌が器楽的にうたわれるという特徴においては、他のシューゲイザーバンドとそれほど変わらないように思えますが、このバンドの音楽というのは妙にポップで耳に残る印象があります。
 このアルバムに収録されている曲自体は、良質なポップソングが多く、どことなくティアーズ・フォー・フィアーズを彷彿とさせるような音楽性で、上手くやればスマッシュヒットも飛ばせたかもしれない。しかも、他のシューゲイザーバンドと比べ、センス的に秀でている雰囲気もあるというのに、セールスや知名度的にあまり振るわなかったのが実に惜しくてなりません。
 
このアルバム全体では、イアン・マスターズもボーカルをとっていますが、この中の一曲、「Kinky love」というのが、なかなかの秀曲で、メリエム・バーハムの甘ったるいボーカルがなんともいえない切ない雰囲気を醸し出している。この甘ったるい夢想的な空気感といえばよいのか、シューゲイザー全盛期の熱に浮かされた雰囲気を余すところなく表した独特なアトモスフェールに充ちていて、なんらかの契機あれば、人気の出そうなバンドではあります。
 しかし、ひとつだけ弱点を挙げるとするなら、どことなくRideなどに比べて、印象が薄いという気がする。たとえばかのバンドがストーンローゼズ的な雰囲気を上手くシューゲイザーに取り込んだのに対し、ペールセインツは狙いがあまり伝わってこないのと、バンドの持ち味というべきか、音に込められるべき力強さという点では少し弱い気がし、なおかつどうもこのツインボーカルがバンド全体の印象を薄れさせている。そこが惜しいところでしょう。
 この1991年リリースの「Flesh Balloon」を通して聞いてなんとなくわかるのは、ツインボーカルという点でその見せ所を見誤ったバンドなのかなという気がしています。たとえば、ピクシーズにおいては、ブラック・フランシスとキム・ディールが対照的な声質で上手く合致し、それをバンドの旗印として全面に押し出すことで大成功をおさめたのに対し、このペールセインツは、イアン・マスターズとメリエム・バーハムの声質の雰囲気が似通っていたせいで、フロントマンの声質の印象が邪魔をして、バンドの印象性さえも薄れさせてしまった。
 前者は、男女混合のボーカルが上手く化学反応を起こしたのに対し、後者は、いまいちケミストリーを起こせず、両者の特性を薄めてしまったのが、バンドとして成功しなかった要因かなあと思っています。

 しかし、あらためてこの三十年近くに作られたアルバム、「Flesh Balloon」を聴き通してみると、良質なニューロマンティック風味の音楽が奏でられていることに変わりなく、どことなく渋みのある印象すら感じられ、他のシューゲイザーバンドと一風異なる独特な魅力に富んでいます。

 もしかすると、彼らの音楽というのは、どちらかといえば玄人好みの音楽なのかもしれません。
 どうやらこのバンドは、ミュージックシーンの流行りというのに引きずられ、持ちうる本領を発揮できなかったきらいがあり、シューゲイザーという小さなジャンル分けによって、割を食ったバンドでした。
 
 つまり、音楽性においては、人知れず良質なポピュラー音楽を奏でていたのに、それがあまり聞き手に伝わらなかったのでしょう。一度、4ADとかシューゲイザーという枠組みから外して、その音に耳を傾けてみると、彼らの音楽の本質の部分がなんとなく掴めてくるかもしれませんね。

0 comments:

コメントを投稿