Album of the year 2021 Snail Mail  「Valentine」

Album of the year  2021 

 

 

苦心の末に生み出された2021年の最高傑作

 

Snail Mail「Valentine」 Matador


 


Snail Mail 「Valentine 」

 

 

Scoring

 


このスタジオアルバムを制作することは、これまでの私の人生以来、最も偉大な挑戦の一つでした。私は、この作品のごく細部、隅々に至るまで、心と魂を込めて制作しました。


2021年の11月5日に、ニューヨークの名うての名門インディーレーベル、Matadorから新作アルバムをリリースした際、スネイルメイルの名を冠して18歳からソロ活動を行ってきたバルティモア出身のリンジー・ジョーダンは、上記のように、公式の声明をTwitterアカウントを通じて発表しています。

 

そして、この作品が、なぜ、今年の最高傑作として挙げられるべきなのかについては、上記のリンジー・ジョーダンの言葉に表れ出ているからといえます。つまり、「Valentine」はすばり、”恋人”をテーマに取り上げ、痛快なポップソングに昇華させた傑作であり、このアーティストの魂が込められた会心の一作ともいうべきなのです。


この作品「Valentine」は、軒並みアメリカよりも、イギリスのメディアの好意的に迎えいれられ、アルバム・レビューにおいて満点評価を与えた英国の最大手の音楽メディアNMEは、この作品を「Beautiful Progression」と評しています。 


また、ブリストル大学の学生が発行する独立新聞では「スネイルメイルはひとまわり成長して帰ってきた」という賛辞を送り、もちろん、他にも、現地ニューヨーク・タイムズも詳細なアルバム・レビューを行い、リンジー・ジョーダンの作品に見目よい評価を与えています。もちろん、それらの様々なメディアからの称賛は、この作品「Valentine」自体に美しい華を添え、その価値を高めているといえるでしょう。



ボン・イヴェールの作品のプロデュースを手掛けたブラッド・クックをエンジニアとして招いた「Valentine」は、スネイルメイルのデビュー作「Lush」がリリース後、すぐにリンジー・ジョーダンが取り組んだ作品でした。


この作品のリードトラックであり象徴的な意味をなしている「Valentine」は、レズビアンの叶わぬ恋について書かれており、リンジー・ジョーダンは、セクシャルマイノリティに対する考えをしめし、生きづらい中で生きていく中でのたくましさがポピュラー音楽として見事に昇華された名曲です。  


 

 

 


「学校の放課後に制作された作品」とジョーダンが恬淡と語る「Lush」のデビュー当時において、リンジー・ジョーダンはオルタナティヴ・ロックを中心に聴いていて、USインディーロックの申し子としてアメリカのシーンに登場しましたが、既に二作目において、スネイルメイルは、新たな境地を開拓し、インディーロックの枠組みの中では語りつくせない偉大なアーティストに登りつめたと言えるでしょう。


もちろん、この二作目を手掛けるにあたり、スネイルメイル、リンジー・ジョーダンは、目の眩むほどの高い山を上るような挑戦を強いられました。


「インディー・ロックの名作」との呼び声高いスタジオアルバム「Lush」のリリース後のツアーの真っ最中、その作品評価が高かったゆえ、次なる作品の期待が高まる中において、リンジー・ジョーダンは二作目の「Valentine」のソングライティングのアイディアを練りはじめましたが、この作品は一作目とは全く意味が異なるプロフェッナル性をミュージックシーンから要求された作品でした。


リンジー・ジョーダンは、コアなインディーロックからさらにその一歩進んだミュージックスターとしての道のりを歩み始めねばなりませんでした。


フルレングスのアルバム「Valentine」を完成させていく過程、全て自分ひとりの力で生み出さねばならない、というこれまでにない重圧を感じながら、リンジー・ジョーダンはシンセサイザーを何度も実際に弾きながらメロディーが頭に浮かんでくるのを待ち、楽曲を入念に組み立てていきました。


しかし、このアルバムの制作が始まった当初、スネイルメイルとして大規模ツアーに出ていたこともあり、ソングライティングに集中する時間を持つことが出来なかったことから、作品制作は難航を極めます。


そうしているうち、他の今年の多くの傑作アルバムをリリースしたアーティストと同じように、スネイルメイルは、COVID-19という難局に直面しました。このことが、ソングライティングの面、レコーディングの面で作品制作の難易度を高めたのです。リンジー・ジョーダンの登りつめようという一つの高い山は、当初このアーティストが想定していたよりも厳しいものであったのです。

 

この期間、リンジー・ジョーダンは活動を拠点に置くニューヨークを一旦離れて、両親のいる故郷バルティモアに帰っています。そして、この決断が「Valentine」制作を前進させたといえるでしょう。


リンジー・ジョーダンは、ミュージシャンとしての重圧から束の間ながら解き放たれ、このバルティモアの両親の家で、「Valentine」のソングライティングに真摯に取り組んでいきました。しかし、この後も、作曲面で異様な労苦を強いられたリンジー・ジョーダンは、アルバム制作に完全に行き詰まってしまい、一度、アリゾナのリハビリセンターで数週間を過ごしています。


そのことについては、このスタジオアルバムの話題曲「Ben Franklin」中の歌詞で、リンジー・ジョーダンが赤裸々に告白しています。いわば、強いプレッシャーをはねのける過程、一方ならぬ労苦があったことがこのエピソードには伺えるようです。


ここで付け加えておきたいのは、他の映像作品、文学についても同じことがいえるはずですが、音楽を聴くこと自体のは一瞬の出来事であるものの、その「一瞬の感動」を作るために、アーティストやレコーディングに携わるエンジニアは、制作の裏側でその何十倍、何百倍もの時間を割いているということなのです。 


 

 


実際の音楽性についていえば、「Valentine」は、これまでのスネイルメイルのアルバム、シングル作とは全く雰囲気が異なる華やかさが感じとられる傑作です。


一作目において、オルタナティヴ性の強いインディーロックを生み出したスネイルメイルは、Lushのツアー中にポップス、ジャズを中心に聴き込んでいました。以前は五分を超える楽曲も超えるトラックを中心に書いてきたジョーダンは、ごく短い、三分以内の曲を中心に作曲を行っています、その理由は、


「言いたいことをいうのには三分で充分じゃない?」というリンジー・ジョーダン自身の言葉にあらわれています。


また、この作品の制作秘話としては、「Valentine」製作中に、リンジー・ジョーダンが最も戸惑いを覚えたであろうことは、実際にソングライティングを終え、いざ、出来上がった楽曲をスタジオアルバムとしてレコーディングを行っている際に、微妙な声変わりが起こったことでしょう。


元々、EP「Habit」や「Lush」といった傑作において、どちらかと言えば、ハイトーンのヴォーカルを特徴としていたジョーダンは、「レコーディングに取り組む過程、徐々に声が低くなり、ハスキーな声質に転じていったのがおかしかった」と回想しています。

 

そのあたりの声質の変化は、レコーディング最初期に録音されたと思われる「Valentine」から、ラストトラックの「Mia」に至るまでの楽曲の印象の急激な変化に表れ、それは実際に聴いていただければ分かる通り、まるで別のシンガーが歌っているような印象を受け、一、二年で録音された作品ではなく、五年や十年という長い時間をかけて生み出されたレコードのような興趣を添えています。

 

 

最後に、この「Valentine」が、なぜリスナーの胸を打つものがあるのか言い添えておくならば、このリンジー・ジョーダンの心情の変化がパンデミック時代を通して克明に描き出されているからなのです。


レズビアンであることを公表していなかったであろうデビュー作「Lush」で、ジョーダンは「誰ももう他の人を愛さない」と痛切に歌っていましたが、最新作「Valentine」において、何らかの大きな心変わりがあったことが、アルバムの有終の美を飾る最終曲「Mia」にて、暗にほのめかされています。


 

「Mia Don't Cry,I Love You Forever」 (ミア、どうか泣かないで、あなたを永遠に愛しているから)

                  Valentine 「Mia」より

 

 

実直に捧げられるリンジー・ジョーダンの愛の賛辞。まさにそれは、この世で最も美しい純粋な感情によって彩られています。


それは、これからの時代の新たな愛の姿を真摯に描き出すものであり、レズビアンとしてこの世を生きることの辛さ、そして、それとは反対に、「力強く貫かれる愛」の切なさを端的に表しており、実は、それが最初の「Valentine」から通じる一貫した主題であったと気がつかされるのです。


つまり、このアルバム「Valentine」全体を通して描かれる力強い愛の姿が、この作品を美麗で儚げにしているわけです。


異質な重圧と厳しい環境の中で制作され、苦心の末、完成へと導かれたインディー・ロックの名盤、スネイルメイルの「Valentine」は、2020年代の名盤として後世に語り継がれるにふさわしい傑作です。


 


 

 

 

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