Weekly Recommendation  Mitski 「Laurel Hell」


Mitski

 

ミツキ・ミヤワキはニューヨークを拠点に活動するシンガーソングライター。日本生まれで、アメリカ人と日本人のハーフである。

 

幼年期から父親の仕事の関係で、コンゴ共和国、マレーシア、中華人民共和国、トルコ、様々な国々を行き来する環境の中で育った。その後、ニューヨークに渡り、ニューヨーク州立大学バーチェス校で音楽を専攻、ベースメントショーをはじめとするパンクシーンでミュージシャンとしての経験を積んだ。

 

アメリカの音楽メディア”Pitchfork”は、楽曲「Your Best American Girl」Best New Trackに選出し、いち早くこのアーティストのスター性を見抜いた。その後、Rolling Stoneで知っておくべき10人のアーティストに選出され、シンガーソングライターとして注目を浴びる。スタジオ・アルバム「Puberty 2」はTime誌や主要な音楽メディアの「Best Album of 2016」に選出されている。2016年に行われたUSツアーは好評を博し、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアの公演すべてソールドアウトとなった。

 

ミツキのサウンドを形作る上で欠かさざる人物は、 大学時代の友人であり、過去全てのタイトルに関わってきたパトリック・ハイランドである。これまで、すべての楽器を彼とミツキの二人で演奏し、ミキシング、マスタリング、ジャケットのデザインにいたるまですべてふたりで行ってきている。


また、日本人の母親の影響で、日本のJ-POPに深い造詣を持っており、影響を受けたアーティストに、松任谷由実、山口百恵、中島みゆきを挙げている。その他にも、インスパイアされたアーティストとして、M.I.A、Bjork,Mariah Carey、Mica Levi,Jeff Buckley、椎名林檎らを挙げている。

 

 


 

「Laurel Hell」 Dead Oceans


 







Tracklist

 

1.Valentine,Texas

2.Working for the Knife

3.Stay Soft

4.Everyone

5.Heat Lightning

6.The Only Heartbreaker

7.Love Me More

8.There's Nothing Left Here for You

9.Should've Been Me

10.I Guess

11.That's Our Lamp



アメリカ合衆国東部に自生する月桂樹のバラ、それは、美しい花弁と豊かな緑色の葉を有している。愛らしさと毒素を含み、枝分かれしているこの植物を、地元の人は「Laurel Hell」と呼んでいる。毒素を含んだ美しいバラ。それはミツキの新作の名にぴったりな表現と言えるでしょう。

 

日系アメリカ人シンガーソングライター、Mitskiは、前作「Be The Cowboy」をリリースするまもなく、音楽メディアから絶賛を浴び、ツアーに出た後、2019年の秋、一度は音楽業界からの引退を決意した。それは、ポピュラーシンガーソングライターとして過分な注目を浴びたことに依るものだった。

 

 

この時のことについて、Mitskiは、ローリング・ストーン誌のインタビューにおいて以下のように話しています。

 


「世界が私をこの立場においたとき、私は世間の関心と引き換えに、自分自身を犠牲にすることになる取引に応じたことに気がついていなかった」

 

 

こういった暗喩的な表現を使ったのには理由があり、ミツキは、熱狂的なファンがあまりに個人情報を得たいと望んでいることを感じ、それ以来、ソーシャルメディアを完全にシャットアウトし、世間の喧騒や注目から一定の距離をとることを望んだ。しかし、ミツキ・ミヤワキは音楽がみずからの人生にとって欠かさざるものと気が付くまでにはそれほど時間を要さなかった。

 

Mitskiの新作アルバム「Laurel Hell」に収録されている楽曲のほとんどは2018年以前に書かれ、COVID-19のパンデミックのロックダウン中に録音が行われた。その間、ミツキは世間から一定の距離をおいた。その制作背景を受けてか、以前の作風より内省的な思想が反映された作風となった。


アルバムは三十分の長さで驚くほど簡素なポップスで占められているため、以前からのミツキのファンはこの作品について刺激性が少し物足りないと考えるかも知れません。それでも、このアルバムで展開される1980年代のカルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、ティアーズ・フォー・フィアーズといったディスコポップを彷彿とさせるミツキらしい妖艶な雰囲気を持った楽曲群は、聞き手に懐かしさを与えるとともに、癒やしさえもたらしてくれることは事実でしょう。

 

この作品では、ミュージックスターとして注目を浴びることへのミツキの戸惑い、大衆という得体のしれぬものに対する恐怖を克服しようとする試みが音楽を介して表現されているように感じられます。それは、言い換えるなら、ディスコポップ/シンセポップというキャッチーな形質を表向きには取りながらも、その深淵を覗き込んでみると、哲学的なメタファーに近い概念に彩られています。「Love Me More」「The Only Heartbreaker」「Stay Soft」といったシンセ・ポップの色合いが強い楽曲群は、表面上では親しみやすいポピュラー・ミュージックでありながら、その内奥には、音楽という抽象概念を通して、生々しい内的世界が描き出されているのです。

 

音楽というきわめて抽象的な世界において、ミツキは今回、内的な恐怖を克服しようとするべく、いくつかの楽曲制作において、歌をうたうこと、ミュージックビデオでバレエダンサーのように踊ることにより、大衆の注目や関心という見えづらい恐怖を乗り越えようと試みている。それは目に見えないものにやきもきする現代社会での生き様を反映しているようにも感じられます。

 

そして、この三十分というスタジオアルバムに収録されているポピュラー音楽は、そういった現代的な気風を反映しながら、ひとつらなりの妖艶な物語として進行していきます。山あり、谷あり、そういった幾つかの難所を乗り越えた先に見えるのが「I Guess」という、清涼かつ純粋な境地です。「I Guess」という、薄暗がりにまみれていた真実を見出した瞬間、このスタジオアルバム作品が世間の評判よりもはるかに傑出したものであることが理解できるのです。

 

2022年2月4日にインディーズレーベル”Dead Oceans”からリリースされた最新スタジオ・アルバムにおいて、ミツキ・ミヤワキは、世間の関心や評価を越えた、自分なりの答え、音楽を通して納得できる最終的な結論を見出したようにも思えます。それは、ミツキ自身がプレスに対して公式に語っているように、いくつかのドラマティックな物語の変遷、ときに、地獄的な苦しみを経巡りながら内省的な旅を続けたのち、「Laurel Hell」と銘打たれた音楽の物語は、その最後の最後で「勝ち負けとは関係のない、”愛”という純粋な感情」という抽象的結論へと帰結していくのです。

 

今回、アメリカ国内で最も期待される日系人シンガーソングライター、ミツキ・ミヤワキが提示した新たな概念は、この世には、勝ちや負けを超越した普遍的概念が存在するのだということをはっきりさせました。これは旧時代の概念が既に古びてしまったことの現出であり、このスタジオアルバムを聴くことは、苛烈な競争社会に生きる現代の人々にとって、癒やしや安らぎにも似た不思議な感覚を与えてくれるはずです。 


 

 

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