Wet Leg 『Moisturizer』
Release: 2025年7月11日
Review
ワイト島のリアン・ティースデールとヘスター・チェンバーズが結成したウェット・レッグのは、この数年、大型のフェスを始めとするライブツアーを行う中、エリス・デュラン、ヘンリー・ホームズ、ジョシュア・モバラギの五人編成にバンドに成長した。
デビューアルバム『We Leg』では、ライトな風味を持つポスト・パンク、そしてシンガロングを誘発する独特なコーラスを特徴とし、世界的に人気を博してきた。その音楽性の最たる特徴は、パーティロックのような外向きのエナジー、そして内向きのエナジーを持つエモーションの混在にある。痛撃なデビューアルバム『Wet Leg』は、その唯一無二の個性が多くのリスナーを魅了し、また、ウェット・レッグをヘッドライナー級のアクトとして成長させた要因ともなった。デビュー当時は、ギターを抱えてパフォーマンスをするのが一般的であったが、最近ではリアン・ティースデールはフロントパーソンとしてボーカルに集中するようになった。
2作目『Moisturizer』にはデビューアルバムの頃の内省的な音楽性の面影は薄れている。むしろそれとは対極に位置するヘヴィネスを強調したオープニングナンバー「CPR」は、そのシンボルでもあろう。オーバードライブをかけたベースやシンプルなビートを刻むドラムから繰り出されるポスト・グランジのサウンドからアンニュイなボーカルが、スポークンワードのように続き、サビでは、フランツ・フェルディナンド風のダンスロックやガレージロックの簡素で荒削りなギターリフが折り重なり、パンチの効いたサビへと移行していく。スペーシーなシンセ、そして、ポスト・パンク風のヴォーカルとフレーズ、そのすべてがライブで観衆を踊らせるために生み出された''新時代を象徴付けるパンクアンセム''である。その一方、二曲目では大衆的なロックのテクニックを巧みに身につけ、アコースティックギターからストロークス風のミニマルなロックソングへと変遷していく。上記二曲はライブシーンで映えるタイプの曲だろう。
数年間の忙しないライブツアーの生々しい痕跡は続く「Catch These Fists」に反映されている。すでにライブではアンセム曲であり、また、ライブパフォーマンスにおいても個性的な演出が行われる。狂乱的なギターのイントロに続いて分厚いベースラインが繋がり、そしてやはり、Wet Legの代名詞的なロックのイディオムである''囁くようなスポークンワード''が絶妙な対比をつくり、ブリッジでは例のセクシャルなダンスパフォーマンスが脳裏をよぎる。しかし、サビではイントロのモチーフを生かしたダンスロックやガレージロックへと変わる。この瞬間に奇妙なカタルシスのようなものを覚える。いわばロックナンバーとしては申し分のない楽曲なのだ。
以降の三曲は、五人編成によるデビューアルバムとは対象的な重厚なサウンドを楽しめる。ダンスパンクやガレージ・ロック、グランジなどを下地に、ヘヴィーなロックソングを追求している。しかし、その中には、やはりWet Legらしさがある。「Pond Song」にはスペーシーな世界観やスチームパンクのようなSFの感覚というように、スタンダードなロックソングの枠組みの中にバンドらしさを感じ取ることもできる。しかし、同時にヘヴィネスが加わったことにより、デビューアルバムには確かに存在した唯一無二の魅力も薄れてしまったのも事実だろう。言葉には尽くせないが、このアルバムのパワフルな感覚は大きな魅力なのだが、何かを見失っているという印象も覚える。ここにはヒットソングを書かねばという強いプレッシャーを読み解くことが出来た。しかし、いずれにせよ、アンセミックな曲を制作しようというバンドの心意気のようなものは明瞭に伝わってくる。そのチャレンジに関しては大きな称賛を送るべきだろう。
意外なことに、Wet Legの魅力が出てくるのは、一般性ではなく、個人的な趣味や特性が表れ出る瞬間にある。 例えば、デビュー・アルバムの延長線上にある少し軽めのポスト・パンクとドリーム・ポップが融合したような楽曲「Pokemon」は、むしろそういったプレッシャーや重圧から開放された瞬間ではないか。この曲は、売れる売れないは関係なく、バンドのソングライターが最も書きたかったタイプの曲ではないかと推測される。密かに東京のカルチャーへの言及がある。近未来的な雰囲気を持つモダンなロックナンバーで、素晴らしい一曲である。それとは対象的に、ノイジーなパンクナンバー「Pillow Talk」は、バンドの抱える不協和音のような感覚が表れ出ている。それは内在的なものなのか、Iggy Pop & The Stoogesのようなプロトパンクの形式のロックソングを通じて、内在的な歪みや奇妙な軋轢のようなものが反映されている。
このアルバムは、サイレンスとラウドを行き来するグランジの形式で行われるロック、従来のスポークンワードを活用したポストパンク、さらにはガレージ・ロック等、ロックの教科書のような内容となっている。さらに、従来にはない試みが取り入れられた曲も収録されているのに注目。「11:21」はストロークスへのオマージュだろうか? 少なくとも、バンドが最初にバラードに取り組んだ瞬間だろう。それはまだ完成されていないが、未知なる音楽性への期待が高まる。 リアンのボーカルはまるでステージとは別人のような繊細さと女優性を併せ持つ。
セカンドアルバムの全般的なレコーディングでは、むしろ相方のヘスター・チェンバースのギターが大活躍しているという印象で、実際的に職人的なプレイの領域まで到達しているのではないだろうか。どうやら察するに、ウェット・レッグはしんみりした形でこのアルバムを終わりたくなかったみたいだ。デビューアルバムと地続きにあるクローズ曲「u and me at home」で終了する。この曲にはデビュー当時のファンシーな音楽のテイストがどこかにのこされている。それがライブアクトで培われたアンセミックでシンガロングを誘発するフレーズと融合している。
ヤードアクトと同様、ウェットレッグは2ndアルバムの難しさに突き当たった。完全な録音作品にするのか、それとも、ライブの延長線上にあるロックアルバムにするのか、思い悩んだ形跡が残されているという気がする。しかし、同時に、過密なライブスケジュールを縫って制作された作品であることを考えると、ウェット・レッグの奮闘は大いに称賛されて然るべきだろう。
82/100
Best Track- 「Pokemon」
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