ナイマ・ボック 「Giant Plam」 ジョエル・バートンとの出会いから生み出された傑作


 

英・ロンドンを拠点に活動するインディー・バンド、Goat Girlを立ち上げたナイマ・ボックは、2018年のデビュー・アルバムを最後にこのバンドに別れを告げることになった。「不満を感じていた」とThe Lexingtonのライヴの数日前にボックは説明していた。ツアーを行うのが辛く、「これ以上、音楽をキャリアとして追求したくない」と思うほどだったという。「制作は続けるけど、リリースはしたくないと思ってたんです」。時折、ライブでソロ演奏を続けていたが、バンドから、ソロアーティストへの移行は容易くはなかった。当時、「バンドから完全に一人になることは、私にとって筆舌に尽くしがたいほど孤独を感じた」と言う。ナイマ・ボックは、ミュージシャンになることを半ばあきらめていた。まったく違う人生へと歩みを進め、そのあと、考古学の学位を取得し、庭師として働き始め、他のことに集中するようになったのだ。

 

 


当時、ナイマ・ボックは知る由もなかった。ジョエル・バートンというミュージシャンが、驚くほど似たようなキャリアを積んでいたことを。また、ジョエル・バートンも、ナイマがゴート・ガールに不満を抱いていたように、自分の在籍するバンド、ビューファインダーに強い不満を抱いていた。ビューファインダーは、所謂「サウス・ロンドン・シーン」と呼ばれるインディー・ロック・アクトに囲い込まれていた。「サウスロンドンのパブでナイマ・ボックと一緒にお酒を飲みながら、「自分がやりたいことだと思えないまま、ギターの曲を演奏していた。僕は偽者のような気がして、"僕は本当はインディーズバンドのギター少年じゃないんだ! ジャズに夢中なんだ!"って。僕はジャズに夢中なんだ!"って話していた。「会社を退いた後、アカデミアに入り、クラシック・ピアノの手ほどきを受けた。バッハのカノンに惚れ込んで、オーケストラ音楽、クラシック音楽、実験音楽、即興音楽に深入りした。そこには、インディー・ギター・シーンにはない、学びたいものばかりが見いだされた」とジョエル・バートンは語るのだ。


実はナイマ・ボックは、その時代から、ジョエル・バートンと面識があった。彼の最後のライブでViewfinderのサポートアクトをボックはつとめており、そこで初めてジョエル・バートンはボックのミュージシャンとしての才能を見出したのであった。「ソングライターとしての彼女にとても惹かれた。音楽で何ができるかを考えた。バンドの脱退後、『もっといろいろなことに関わり、多くの人と演奏すればするほど、もっと多くのことを学べる』と考えていた時期に、共通の友人でDIYレーベルMemorials Of Distinctionを運営する、Josh Cohen(ジョッシュ・コーエン)に連絡を取った。当時、彼が手掛けた多くの探索的プロジェクトの1つで、そのほとんどは短期的な実験だった。しかし、ボックについては、"いつの間にか創造的な投資をしていた "のである。


「ジョエル・バートンと一緒に仕事をするようになって、また新たに音楽にのめり込む理由ができた」とボックは自信満々に語る。ナイマ・ボックの強みはソングライティングにあり、彼女はボーカルのメロディーを書く天性の才能と、それを伝える魅惑的な声を持っている。つまり、両者の関係は、互いを支え合うことにある。バートンは、クラシック、アンビエント、抽象的なインストゥルメンタルなど、従来の「歌」の概念とは全く逆の音楽を学んでいたが、彼はその枠組みを何らかの形で昇華することを本心から望んでいた。「私がやっていたのは拡散的なものだったが、ナイマ・ボックは固定された、つまり、形式化された曲を書く能力を持っていて、制作を行う際にとても良いアンカーとして機能しました」とバートンは語る。「クラシックやミニマリズムの音楽はあまり聴いたことがなかったので、自分では思いつかないようなさまざまな側面があることに興味を持ちました」と、ナイマ・ボックは付け加える。彼女は、このプロジェクトに連名で名前をつけることも考えたという。「私のアルバムだけという感じはしない」と言うのだ。結果的には、ライナーノーツにはジョエル・バートンの名は印刷されているが、表向きのリリース情報としては、ナイマ・ボックのソロアルバムということになっている。

 

 


デビュー・アルバム「Gian Palm」の制作が行われた当初、コロナウイルスによるロックダウンが彼らが仕事を始めてから数ヵ月後に始まった。WHOのパンデミック宣言である。それは、それぞれのプレイベートな生活に少なからずの混乱をもたらしたが、同時に、彼らがこのコラボレーションに何を求めているかを考えるための時間と空間をも与えた。それは作品に深化をもたらし、より思索的な要素を与えたともいえる。「ロックダウンの最初の頃は本当に苦しかった。でも、そのほとんどを一緒に音楽を作って過ごすことで、この本当に夢のような状況があり、それがとても分離されていたんだ」とジョエル・バートンは語る。一方、ナイマ・ボックは次のように続けた。「ロックダウンがなければ、ロックダウンがなければ、これほど濃密な作業時間はなかったでしょうし、それが作品の完成度に大きな違いをもたらしたんです」


 

 

 

サブ・ポップからの記念すべきデビュー・アルバム「Giant Palm」の最大の強み、また聴きどころは、表現性の多様さや豊かさである。アルバムには、ブラジル音楽、ギリシャの音楽、ボックの身近な環境にあるイギリスのポップス、インディーロック、フォーク、トラッド、実に多彩な表現性が見いだされる。このいささか収拾のつかなくなりそうな幅広い音楽のアプローチを巧みに取りまとめたのが、ソングライティングを手掛けたナイマをプロデューサー的な役割を司り、抑制し、ボックの肩を常に支え続けたジョエル・バートンであった。バートンは語る。「当時のロックダウン中、誰も働いていなくて、友達もみんな近くにいたから、『できるだけ、野心的にやろうじゃないか』と思ったんだ」と。さらにナイマ・ボックも同じことを話している。「みんなアルバム制作を喜んでやってくれたし、その強い制作意欲がアルバムのサウンドにも活かされている。その意欲は、今でもジャイアント・プラム全体に感じられる。いかに偶発的で装飾的であろうとも、すべてのそのレコーディングの際に行われた演奏の背後に強い狙いがある」というのだ。


イギリス/ロンドンのレキシントンでのライブが特別なものだったのは、このような共通する意識の源泉があったからであり、また、同時にこれはナイマ・ボックにとって意欲的な挑戦でもあった。昨年、夏に行われた9日間のレコーディング・セッションで、ナイマ・ボックは、才能ある友人やミュージシャンたちが、当時、彼女自身が価値を見いだせずにいた曲に、なぜこれほどまでに大きな力を注ごうというのか、まったく理解しがたいと感じていたことを苦々しく告白している。「自分の曲に対する自信のレベルがとても低かったんです。あの年は、素晴らしい夏だったのだけれど、一方、その時期に私が個人的に経験していたことは、言ってみれば、自分を切り開いて、知らない大勢の人の前で自分の内側にあるものを床にこぼし出す(観客の前に晒しだす)ような苦痛めいたものだったんです。特に、9日間のレコーディングの間、私は、人間として本当に弱さを感じていました。何年も自分の中にあった曲なのだから、自分の世界、そして、私たちの世界、つまり、自分とバートンの世界に留めておくことができたのに、いよいよそれを、大勢の人の前にはっきりとした作品という形で置かなければならなくなったんです」


ライブステージに臨むに当たり、みずからの弱さに直面したことは結果的に有益な効果をもたらした。「曲をもう少し理解するのに役立ったし、その弱さを壊さず、”強み”として持つことができた」とボックは言う。ボックとバートンが音楽的に補完し合っていることはとても重要なのだが、それ以上に重要なのは、彼女の音楽に対する彼の熱意が、それらの精神的な障壁の解消に大いに役立ったことともいえる。「もし、ジョエルと一緒に仕事をしていなかったら、このようなことはできなかったかもしれない」とボックは付け加える。バートンからすると、「彼女は、本当に素晴らしい曲を持っていて、一緒に仕事をするのが楽しみな人でした。この感情的なことについては、最近少し話したことがありますが、スタジオにいるときは、やるべきことがたくさんあって、空回りしていました。ただ、曲自体は素晴らしいのだし、それをやり遂げるのはごく当たり前のことだと思ったんだ」


そして、彼らはそれを完璧にやり遂げた。「ギター2本、ベース1本、ドラム1本でやっても良かったんだけど、曲の限界を保ちつつ、サウンドをどこまで押し出せるかに興味があったんだ」とバートンは言う。彼らは、『Giant Palm』の各トラックがそれ自体で自己完結したプロジェクトのように感じられるほど、それらに熱中して取り組んだ。「ある曲は独自の意味合いを持ち、次の曲は全く違うものになる」とバートンは言う。例えば、'Campervan'の縛られないワルツ、'Toll'の広がりあるプログレ、'Dim Dum'のアンビエンスは大きなコントラストを描いている。

 

デビューアルバム「Giant Palm」は、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノヴァ・スタンダード・ナンバーをカバーした「O Morro」でフィナーレが締めくくられるが、このことについて、ナイマ・ボックがブラジルとギリシャの血を引いており、その後、家族とイギリスのサウスロンドンに引っ越すまでの幼少期をブラジルやギリシャで過ごしたことを考え合わすと、また、事実、最初期の先行シングルの発表時にナイマ・ボックがブラジルのサンパウロの海岸での思い出についてしとやかに回想していたことを考え合わすと、多くのリスナーが直感的に『Giant Palm』のサウンドアプローチを単なる彼女の「ルーツ音楽への回帰」であるとか「賛辞」の意味を読み取りたくなるかもしれない、(そして、以前、私もそうとばかり考えていた)しかし、意外にも「ルーツへの回帰」というのは、2人が完全に否定するものなのである。さらに、二人はこのアルバムのコンセプトに逆の意味、ルーツからの脱却の意図が込められているとも話す。

 

「結局のところ、私は、ブラジルではなく、イギリスで育ったので、あまりブラジルの音楽について強調したくないのです」とボックは言う。同様に、ナイマ・ボックがトラッド音楽の集団であるBroadside Hacksに所属していることを強調しすぎるのも大きな間違いとなるかもしれない。シャーリー・コリンズなどのヴォーカリストに影響を受けてはいるが、「このアルバムは、私のフォークミュージックへの愛と情熱とは別物だと思う」とボックは説明する。フォーク音楽やブラジル音楽は、このアルバムに多大な影響を与えたものの一部ではあるが、それは全てではない。「他の多くのものが関連しているのと同じように、彼らも関連している。しかし、他の多くのものが関連しているように、彼らも大き関連しているんだ」とバートンは言うのだ。 

 

 

 

 

 ラテン、ボサノバ、フォーク、トラッド何か一つの要素を取り出して作品の台座の最も高い場所に配することは、言い換えれば、単一の音楽を神棚に祭り上げる行為は、他でもない、二人のミュージシャンが彼らの音の世界を構築するために設定したレベルに対して失礼に当たることでもある。ナイマ・ボックの個人的な生活、キャリアと関連づけるなら、『Giant Palm』に表現されている音楽は、むしろガーデニングと考古学の影響があるといえる。「音楽でハイになるのはとても簡単なのだけれど、他のことはすべて文字通り、そして、精神的に落ち込むのに役立つ」と彼女は意味深に言い放つ。「ディグスは、長い間学校に行っていなかったので、私の知性を刺激するのに役立ちましたし、一つの場所にいながらどこへでも旅行もできるものでした」


結局、『Giant Palm』を定義しているのは、何らかの発掘作業の過程で誰かが見つけるかもしれない静寂と探索の同じ組み合わせである。それは一面でもなければ、単一の要素ではない。多角的な音楽、表現、概念が全て「Giant Palm」には込められている。たとえ、すべての曲が独自の世界の内側だけに存在するとしても、このレコードを聴き込むと、それぞれの曲に座りこみ、暫時その場に居続けることを余儀なくされー聞き手もまたこの音楽の持つ奥深い世界の中にいざなわれていくのだ。「聞き手を音楽の世界に引き込む奇妙な力」こそ両者の生み出した「Giant Palm」に見えるように、優れて傑出した音楽に絶対不可欠な重要な要素となる。その集中性は、この2020年代の二人の音楽へのたゆまざる熱中、制作パートナーとしての結束が生み出したものなのだ。まさにナイマ・ボックの音楽がこれほどまで魅力溢れるのは、ボック、バートンをはじめ、デビューアルバムに参加した多くのミュージシャンの類まれなる能力だけでなく、丹念なアルバム制作がもたらした感情の波が曲の核心にあるエモーションを最大限に増幅させているという事実をはっきりと物語っているのである。

 

 

 

Naima Bock  『Giant Palm』 Debut LP



Label: SUB POP

 

Relase: 2022年7月1日


 Tracklist

 

 

1.Giant Pulm

2.Toll

3.Every Morning

4.Dim Dum

5.Working

6.Natural

7.Canpervan

8.Enter The House

9.Instrument

10.O Morro

 



Listen/Download Official

 

 https://ffm.to/naimabock_giantpalm

 

 

Sub Pop official:  

 

https://www.subpop.com/releases/naima_bock/giant_palm

 

 

0 comments:

コメントを投稿