Weekly Recommendation Rafael Anton Irisarri 『Agitas Al Sol』

Weekly Recommended

 

Rafael Anton Irisarri  『Agitas Al Sol』



 Label:  Room 40

 Release:2022年7月22日  


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ー脱構築主義の極北に位置する異端のアンビエントミュージックー



ラファエル・アントン・イリサリは、現在、ニューヨークを拠点とする電子音楽のプロデューサーです。

 

所謂、アンビエントのジャンルに属する電子音楽プロデューサーで、イリサリの描くサウンドスケープはドローンの領域に位置づけられる。そして、米国内のアンビエントシーンで最初にドローンを導入した先駆的なクリエイターのひとり。最初期には、ピアノを導入したロマンチックな雰囲気を擁するアンビエントを主作風としていましたが、2015年の代表作『A Fragile Geography」から作風が次第に前衛化していき、抽象的な電子音楽の領域へと踏み入れていきました。

 

昨日、リリースされたばかりの最新作『Angitas Al Sol』についても、その方向性は変わりがありません。以前、この作曲家の音楽を評するに際して「深く茫漠とした霧の中を孤独に歩くかのよう」という比喩を使ったことがありますが、最新作ではそのニュアンスがより一層強化されて無限に近づいた印象を受けます。そして、プレスリリースでアントン・ラファエル・イリサリ自身が語るように、この作品は、まるで有機物であるかのように「深く深く息をしている」。


この最新アルバムは、『Atrial』、『Cloak』という2つの組曲から構成されており、少ない曲数ですが、二枚組のLP作品です。近い作風を挙げると、例えば、カナダのTim Hecker、カナダのRoscilや日本の畠山地平の志向するようなアブストラクトなドローンミュージックが展開される。

 

アントン・ラファエル・イリサリの生み出す音響空間は、ティム・ヘッカーのようにアンビエントの既成概念に反逆を示す。お世辞にも人好きのするものとは言えませんし、アブストラクトミュージックの表現の極地が見いだされる。言い換えれば、ここにあるのは、ビートもなく、メロディーもなく、小節というのも存在しない、ブラックホールのような空間であり、明らかに脱構築的主義やポストモダニズムを志向する音楽です。それらの前衛的な要素は、上記した二者のアンビエントプロデューサーよりもさらに先鋭的な概念が込められているように伺えます。

 

近年のアンビエントのプロデューサーでは、壮大な宇宙、美しい自然などを表現しようとする一派、それに反する機械的な表現を試みる一派が多数を占めていると思えますが、(もろろん、その他にも様々表現がありますが・・・)米国の電子音楽家、ラファエル・アントン・イリサリはそのどちらにも属さない、孤絶した表現性を徹底的に追求する芸術家であるように思えます。彼の音楽は常にジャンルに背を向け、カテゴライズ化されるのを忌避しているように思える。それはまたこの音楽家が作り手として、こういうジャンルの音楽を作ろうと意図すること、カテゴライズの概念を設けることがクリエイティビティを阻害することを知っているからなのかもしれません。

 

今作で、アントン・ラファエル・イリサリが探求するアンビエントの世界は、ノイズミュージックに近いものです。どちらかといえば、日本のMerzbawに近いアバンギャルドノイズの極地に見いだされる抽象主義の音楽でもある。つまり、アンビエントドローンの一つの要素のノイズ性を徹底的に打ち出したのが『Angitas Al Sol』なのであり、現今の前衛音楽の中でもひときわ強い異彩を放っている。そして、本作に見いだされる抽象主義の表現性は、絵画で言えば、ターナーの後期のような孤高の境地に達しており、売れるとか売れないであるとか、音楽や芸術がそういった単眼的な観点のみで評価されることに拒絶を示した作品と呼べるかもしれません。

 

『Agitas Al Sol』は、これまでのイリサリのどの作品よりもはるかに前衛的かつノイズ性が引き出された作風で、ポピュリズムとは対極に位置する芸術音楽の表現がこのアルバムには見いだされます。表向きには、人好きのしない音楽であり、さらに、いくらか不愛想な印象を持つ作品でありながら、耳を凝らすと、このアーティストの最初期からの特徴のひとつ、暗澹たるロマンチズムが先鋭的なノイズミュージックの向こう側に見いだされることにお気づきになるかもしれません。シンセサイザーのパンフルートの音色が抽象的なシークエンスの向こうに微かに広がり、それが淡い感傷性により彩られている。このひとつの壁を来れれば、この音楽の表面的な持つ印象が反転し、無機質な性格ではなく、温もりに溢れた表現を見出すことが出来る。

 

多分、音楽を評価する上、また、クリエイティヴなものを生み出す際にも一番の弊害となりえる「二元論の壁」のような概念を越えられるかどうかが、 このアルバムの本領をより深く理解するための重要なポイント。私たちは、(私も含めて)常に何らかのフィルターを通して物事を見るのが習慣となっている。しかし、それまでの人生の間で培われた考えを、今までに定着した価値観や規定概念という小さな枠組みから開放し、以前の古びた考えをアップデートさせ、その他にも多くの考えが無数に存在するということ、自らの思念は部分的概念に過ぎないということを、アントン・ラファエル・イリサリは『Agitas Al Sol』において教唆してくれるのです。


つまり、音楽を聴く時の最大の救いとは何かといえば、音楽を通じて、単純な良し悪しの価値観から心を開放させるあげることに尽きるだろうと思えます。世の中には、そういった二元論ばかりが渦巻いているように思えますが、 『Agitas Al Sol』のような真の芸術は、そういった呪縛から心を解放させる力を持っている。さらに、個人としての意見を述べるなら、このアルバムは、Tim Heckerの2011年の傑作『Ravedeath 1972」に比類するハイレベルなもので、真の意味で「実りある音楽」として楽しんでいただけるはず。そして、不思議なことに、商業的な路線と対極にある音楽を求める人は一定数いるらしく、bandcampでは、リミテッドエディションがソールドアウトとなっている。そういった本物の音楽を愛する人向けの作品と言えるかもしれません。



Rating:

85/100

 

 

 Weekend Featured Track「Atrial-2」



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