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Passepartout Duo and Inoyama Land  『Radio Yugawara』

 


Label: Tonal Union

Release: 2024年7月26日

 

 

制作背景:


パスパルトゥー・デュオはニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ) によって結成され、2015 年以来世界を旅して「スローミュージック」と呼ぶ創造的な楽曲を発表している。 

 

著名なアーティスト・レジデンスのゲストや文化スペースでのライブ・パフォーマンスなど彼らはカテゴラ イズされる事なく活動して来ました。定住地を持たない彼らの音楽的巡礼の旅は最初 2019 年に日本を訪問。

 

この時に環境音楽と深く結び付いた事でサウンドに没頭し、2023 年に日本を再び訪れた彼らは 井上誠と山下康によるイノヤマランドの音楽に再会します。イノヤマランドは、細野晴臣がプロデュースしたアルバム「Danzindan-Pojidon」(1983 年)やグラミー賞にノミネートされたコンピレーション・アルバム 「KANKYO ONGAKU」(Light in The Attic Records)のリイシューも含めて世界的に高い評価を得ているデュオ。ニコレッタは、イノヤマランドに連絡を取ることに成功し、彼らの熱意が受け止められて今作の即 興セッションを行う事になったのです。


「デュオであることの意味、そして音楽を通じて人々がつながることの意味を深く考えている」


今作『Radio Yugawara- レディオ・ユガワラ』は 、ロンドンのTonal Unionから来週発売予定です。2023 年に井上誠の故郷である湯河原でレコーディングされました。彼の実家は幼稚園を運営しており敷地内のホールで行われたのです。

 

パスパルトゥー・デュオが到着すると、ホールには 4 つのテーブルの輪が用意されていました。テーブルには、ハンドベル、グロッケンシュピー ル、木琴、リコーダー、メロディカ、ハーモニカなど子供用の楽器が丁寧に並べられていたのです。テー ブルの周りには様々なベルやウィンドチャイムが吊るされた棚があり、この環境の中でそれぞれの演 奏者は自分の電子楽器をセットアップしました。

 

(1)「電子楽器のみ」、「アコースティックのみ」、「両方の ミックス」、

(2)「お互いのデュオ」のメンバーを交代して演奏する「4 通りのデュエット」、

(3)「制約なしに 自由に演奏」の 3 つのセッションに時間が分けられ、3 時間以上の音源を制作している。

 

期待感の高まるオープ ニング”Strange Clouds”ではシンセサイザーのベッドとクロマプレーン(パスパルトゥー・デュオが設計し たタッチレス・インターフェイスと無限のオーガニック・サウンドを特徴とする手製のアナログ楽器)を使って作られた緑豊かな風景を描くサウンドで、アルバム 11 曲の下地となっています。”Abstract Pets” ではパーカッシブなパルス音が作品の心臓となりアーシーなサウンドがきらめくグロッケンシュピール やウィンドチャイムを迎え入れています。


レビュー:

 

アルバムの音楽は奥深い鎮守の森を探索するかのような神妙な雰囲気に縁取られています。パスパルトゥー・デュオとイノヤマランドは、スモールシンセサイザーを駆使し、精妙な感覚と空気感を作り上げる。全曲はインストゥルメンタルで構成されています。鉄琴、メロディカなどユニークで一風変わった楽器を用い、エレクトロニカやトイトロニカのような作風を序盤に見出すことができる。そして、デュオは湯河原の風景を象ったサウンドスケープを描きだしています。

 

例えば、「Strange Cloud」では、夏の変わりやすい天候を巧みに描写するかのように、空に雲が覆いはじめるような情景をシンセ等の楽器を駆使してユニークな音像を作り上げる。そしてパーカッシヴな効果も相まって、涼し気な音響効果を及ぼす。続く「Abstract Pets」では日本の祭ばやしのような音像を作り上げる。その音楽に耳を澄ますと、太鼓や神楽、神輿を担ぐ人々の情景が目に浮かんでくるかのようです。これらはエレクトロニカの範疇において制作されていますが、ニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ)のデュオの遊び心のある楽器の選び方や演奏手段によって、ひときわユニークな内容となっている。

 

本作は環境音楽として制作されたと説明されていますが、どちらかと言えば、なんらかの情景を呼び起こすためのサウンドスケープとして序盤の収録曲を楽しめるはずです。一方、抽象的なアンビエントも収録されており、「Tangerine Fields」はシンセパッドを用い、シークエンスを作り上げ、メロディカや鉄琴などの楽器を演奏することで、情景的な感覚はもちろんのこと、エレクトロニカの系譜にあるサウンドが作り上げられる。シンプルな構成で、それほど音の要素も多くないものの、聴いていて安らぎがあり、癒やしのためのアンビエントとして楽しめるでしょう。

 

また、単なる実験音楽の領域にとどまることなく、アルバムの冒頭のように、神社にいったときに感じられるような神秘的な空気感、森の中をそよ風が目の前をやさしく駆けぬけたり、遠くの方で雲が流れていくような情景、そして、木の葉の先から雫が滴り落ちるようなとき、制作者が湯河原で体験したかもしれない情景が素朴なサウンドによって作り上げられています。現代の複雑なアンビエントとは異なり、原初的な電子音楽として聞き入らせるものがあるはずです。


その後、水の情景をモチーフにしたようなサウンドが続き、「Observatory」では、電子音楽における描写音楽にパスパルトゥー・デュオとイノヤマ・ランドは挑戦しています。水の滴るような柔らかい感覚の音をもとにして、マレット(マレットシンセ)などを使用し、それにグリッチサウンドやミニマル・ミュージックの範疇にある手法を交えることで、巧みなサウンドスケープを描き出しています。レイ・ハラカミが生前に志向していたような、サウンドスケープと電子音楽におけるデザインの融合というテーマの範疇にある楽曲として巧みに昇華されている。

 

アルバムの中盤にも注目曲が収録されています。「Mosaic」は抽象的なピアノの断片から始まり、その後にスモールシンセを駆使して精妙な感覚を作り出す。これらはアメリカのCaribouのデビューアルバムのような精妙な空気感を持つグリッチサウンドに近づいたり、ドイツのApparatのようなアコースティックとエレクトロニックを組み合わせた電子音楽へと近づいたりする。そしてシンプルなピアノも演奏の中に穏やかさと温和さ、もしくは稀に高い通奏低音をを組み合わせることで、テープディレイやアナログディレイなどを用いて逆再生のようなフェーズを設け、神秘的な音響性を作り出す瞬間がある。これはアルバムのハイライトの一つとなるかもしれません。日本の建築の神秘的な空間性を電子音楽の観点から切り取ったような曲です。


以降の2曲はアンビエントが収録されており、アルバムの序盤や中盤とは異なる雰囲気に縁取られています。「King In A Nushell」はアナログサウンドを重視しながらドローンのような抽象的な音像を作り上げている。一方、「Xiloteca」ではSFのようなダークなドローンのテクスチャーをイントロに配し、シロフォンのようなアフリカの打楽器の演奏を織り交ぜ、民族音楽とアンビエントの融合に取り組んでいる。これらはエスニックジャズをアンビエントや電子音楽の観点から組み直したという点で、やや革新的な音楽性が含まれているといえるかもしれません。

 

しかし、こういった実験的な試みもありながら、アルバムの終盤では、パスパルトゥー・デュオ、イノヤマランドはやはり序盤の収録曲のように、癒やしと清々しさに充ち、遊び心のある電子音楽に回帰しています。


「Solivago」では、逆再生のピアノとアンビエントのシークエンスを組みあわせ、神秘的な雰囲気を持つエレクトロニカを制作しています。その中にはやはりトイトロニカの系譜にある本来であれば子供のおもちゃのような楽器を取り入れ、Lullatoneのようなハンドクラフトのかわいらしい電子音楽の世界を築き上げる。これらは安らぐような印象を重視したアジア的なエレクトロニカとして聞き入ることが出来るはずです。

 

「Berceuse」も水泡のような音像をモジュラーシンセで作り上げています。サウンドデザインのような意図を持ち、夏の暑さをほんのりと和らげるような一曲となっています。本作のクローズ曲「Axioloti Dreams」でも同じような電子音楽の方向性が選ばれ、可愛らしい感じのエレクトロニカとなっている。ただ、曲の最後にはパルス音が用いられ、前衛的な試みが用意されています。

 

 

* 上記はレーベルからご提供いただいた11曲収録のオリジナル・バージョンのアルバムを元にレビューしています。 



 

 


78/100

 

 

 

本作はLP盤の他、日本盤も発売されます。セッションの様子、及び、リリースの詳細は下記よりご覧下さい。  



セッションの様子:









アーティスト : Passepartout Duo and Inoyama Land (パスパルトゥー・デュオ・アンド・イノヤマランド)
タイトル : Radio Yugawara (レディオ・ユガワラ)
レーベル : Tonal Union/p*dis
■国内盤 CD/PDIP-6611/店頭価格 : 2,500 円 + 税
バーコード : 4532813536118
*国内盤CDのみボーナストラック”Paper Theater”収録
■国内流通盤 LP/AMIP-0363LP/店頭価格 : 5,900 円 + 税
バーコード : 4532813343631



アーティスト : Passepartout Duo and Inoyama Land (パスパルトゥー・デュオ・アンド・イノヤマランド)
タイトル : Radio Yugawara (レディオ・ユガワラ)
レーベル : Tonal Union/p*dis
■国内盤 CD/PDIP-6611/店頭価格 : 2,500 円 + 税
バーコード : 4532813536118
*国内盤CDのみボーナストラック”Paper Theater”収録
■国内流通盤 LP/AMIP-0363LP/店頭価格 : 5,900 円 + 税

 


バーコード : 4532813343631


CD : Track list


1. Strange Clouds
2. Abstract Pets
3. Simoom
4. Tangerine Fields
5. Observatory
6. Mosaic
7. King in a Nutshell
8. Xiloteca
9. Solivago
10. Berceuse
11. Axolotl Dreams
12. Paper Theater *CD のみボーナストラック


LP : Track list


A1. Strange Clouds
A2. Abstract Pets
A3. Simoom
A4. Tangerine Fields
A5. Observatory
B1. Mosaic
B2. King in a Nutshell
B3. Xiloteca
B4. Solivago
B5. Berceuse
B6. Axolotl Dreams
B7 > end. (Locked Groove)

 

 


INOYAMALAND(イノヤマランド) バイオグラフィー:


1977年夏、井上誠(key)と山下康(key)は巻上公一プロデュースの前衛劇の音楽制作現場で出会い、メロトロンとシンセサイザー主体の作品を制作する。この音楽ユニットは山下康によってヒカシューと名付けられた。

 

同年秋、ヒカシューはエレクトロニクスと民族楽器の混在する即興演奏グループとして活動を始め、1978 年秋には巻上公一(B,Vo)、海琳正道(G)らが参入、リズムボックスを使ったテクノポップ・バンドとして 1979 年にメジャーデビューする。
1982 年以降、井上と山下はヒカシューの活動と並行して 2 人のシンセサイザー・ユニット、イノヤマランドをスタート、翌 1983 年には YMO の細野晴臣プロデュースにより ALFA/YEN より 1st アルバム『DANZINDAN-POJIDON』がリリースされた。

 

その後、二人は各地の博覧会、博物館、テーマパーク、大規模商業施設等の環境音楽の制作に携わる。1997 年に Crescent より 2nd アルバム『INOYAMALAND』、1998 年には TRANSONIC より 3rd アルバム『Music for Myxomycetes(変形菌のための音楽)』をリリースし、10 数年振りにライブも行った。21 世紀に入り 1st アルバム他、各アイテムが海外の DJ、コレクターの間で高値で取引され、海外レーベルよりライセンスオファーが相次ぐなど、内外の再評価が高まる。

 

2018 年、デュオ結成のきっかけとなった 1977 年の前衛劇のオリジナル・サウンドトラック『COLLECTING NET』、3rd アルバム『Musicfor Myxomycetes [Deluxe Edition]』、1st アルバム『DANZINDAN-POJIDON [New Master Edition]』、2nd アルバム『INOYAMALAND [Remaster Edition]』、ライブアルバム『LIVE ARCHIVES 1978-1984 -SHOWA-』、『LIVE ARCHIVES 2001-2018 -HEISEI-』を連続リリース。 中でも世界的に再評価されている。『DANZINDAN-POJIDON』は、オリジナルマルチトラックテープを最新技術で再ミックスダウン、マスタリング、ジャケットもオリジナルとは別カットのポジを使用し、新たな仕様にした事が評価された。

 

 

近年はアンビエントフェスのヘッドライナーを務めるなど、ライブ活動と共に海外展開も活発化。『DANZINDAN-POJIDON』をスイスの WRWTFWW から、委嘱曲のみのコンピレーションアルバム『Commissions:1977-2000』を米 Empire of Signs からリリース、2019 年には米 Light in The Attic 制作の、80 年代の日本の環境音楽・アンビエントを選曲したコンピレーションアルバム『環境音楽 Kankyō Ongaku』に YMO、細野晴臣、芦川聡、吉村弘、久石譲等と並び選曲され、同アルバムがグラミー賞のヒストリカル部門にノミネートされ、更なる注目が集まる。


2020 年、22 年振りとなる完全新作による 4th アルバム『SWIVA』、翌 2021 年に 5th アルバム『Trans Kunang』をリリース。リリースの前後にはクラブミュージックの世界的ストリーミング番組、BOILERROOM、国際的に芸術文化活動を展開する MUTEK、ほか OFF-TONE、FRUE、FFKT といったフェスティバル、各種音楽イベントへの出演を継続。
最新作は 2023 年 12 月リリースの『Revisited』(Collecting Net/ExT Recordings)。

 


Passepartout Duo(パスパルトゥー・デュオ)バイオグラフィー:

 

ニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ)によって結成され、エレクトロ・アコースティックのテクスチャーと変幻自在のリズムから厳選されたパレットを作り上げるデュオ。2015 年から世界を旅して「スローミュージック」と呼ぶ創造的な楽曲を発表している。

 

アナログ電子回路や従来のパーカッションを使って小さなテキスタイル・インスタレーションからファウンド・オブジェまで様々な手作り楽器を駆使して専門的かつ進化するエコシステムを開発し続ける。著名なアーティスト・レジデンスのゲストや文化スペースでのライブ・パフォーマンスなどカテゴライズされる事なく活動。ウォーターミル・センター(米国)、スウォッチ・アート・ピース・ホテル(中国)、ロジャース・アート・ロフト(米国)、外国芸術家大使館(スイス)など世界各地で数多くのアーティスト・レジデンスの機会を得ている。また 2023 年には中之条ビエンナーレに参加し、4 月には”Daisy Holiday! 細野晴臣”に出演。2024 年には”ゆいぽーと”のアーティスト・イン・レジデンスとして来日し東北・北海道を訪れています。

Sachi Kobayashi - 『Lamentations』 

 


 

Label: Phantom Limb

Release: 2024年6月28日

 

Review

 

埼玉県出身のサチ・コバヤシによるアルバム「Lamentations」は、UK/ブライトンのレーベル、Phantom Limbからの発売。


すでにBBC(Radio 6)でオンエアされたという話。ローレル・ヘイロー、ティム・ヘッカー、バシンスキーの系譜にあるサンプリングを特徴としたエレクトロニックで、アシッドハウス、ボーカルアートを織り交ぜたアンビエント、モダンクラシカルと多角的な視点から制作されている。

 

「Lamentationsは、身をもって体験した心の痛みという現代的な物語を織り交ぜている。現在の戦争に対する私の悲しみと嘆きから生まれた」と小林はプレスリリースを通じて説明しています。「一日でも早く、人々が平和で安全に暮らせるようになってほしい」


制作の過程については「最初の素材集を作った後、カセットテープを使って自作曲を編集し、ループさせ、歪ませ、時間調整し、それらのバージョンをスタジオで再加工することで、テープ録音特有のアナログ的な残像や予測不可能な音のトーンの変化を取り入れた新しい作品を生み出した」と説明します。

 

本来、小林さんは、Abletonを中心に制作する場合が多いとのことですが、今回のアルバムの制作ではテープデッキを使用したのだそうです。


『Lamentations』は、ボーカルのサンプリングを用い、クワイアのような現代音楽の影響を反映させた実験音楽、ティム・ヘッカーやローレル・ヘイローのような抽象的なアンビエントまで広汎です。


カセットテープを使用した制作法についてはニューヨークのプロデューサー、ウィリアム・バシンスキーの『The Disintegration Loops』を思い浮かばせるが、曲の長さは、かなり簡潔である。


制作のミックスに関しては、マンチェスター周辺のアンダーグラウンドのエレクトロニック、強いて言えば、”Modern Love”、もしくは"Hyper Dub"のレーベルの方向性に近い。その中には、ベースメントのダブステップやベースライン、トリップ・ホップのニュアンスが含まれています。


これが、対象的なクワイア(賛美歌)の音楽的な感覚の再構成、それらにアシッドハウスの要素を加味した、きわめて前衛的なエレクトロニックの手法が加わると、気鋭の前衛音楽が作り出されます。アンビエントは基本的にノンリズムが中心となっていますが、少なくとも、このアルバムにはAutechreのように”リズムがないのにリズムを感じる”という矛盾性が含まれています。


オープニング「Crack」は、アシッド・ハウスやミニマル・テクノを一つの枠組みとしてモジュラーシンセの演奏を織り交ぜている。


解釈の仕方によっては、ベースを中心にそれとは対比的にマニュピレートされた断片的なマテリアルが重層的に重なり合う。現代の中東の戦争を象徴づけるように、それは何らかの軋轢のメタファーとなり、異なる音の要素が衝突する。


たとえば、ゴツゴツとした岩石のような強いイメージのあるシンセの音色で、遠くて近い戦争の足跡をサウンド・デザインという観点から綿密に構築してゆく。


重苦しいような感覚と、それとは異なる先鋭的な音のマテリアルの配置がここしかないという場所に敷き詰められ、まるでパレスチナのガザのいち風景の瓦礫の山のように積み重なっていく。この曲にはエレクトロニックとしてのリアリズムが反映されている。


「Unforgettable」は一転して、自然のなかに満ち溢れる大気の清涼感をかたどったようなアシッド・テクノ。イントロのシークエンスから始まり、一つの音の広がりをモチーフとしてトーンの変容や変遷によって音の流れのようなものを作り上げる。その後、アルペジエーターを配置し、抽象的なノンリズムの中にビートやグルーヴを付加する。アルペジエーターの導入により、反復的な構成の中に落ち着きと静けさ、そして癒やされるような精妙な感覚を織り交ぜる。しかし、アウトロはトーンシフトを駆使し、サイケデリックな質感を持つ次曲の暗示する。

 

続く「Aftermath」は、断片的な音楽のマテリアルですが、現在の実験音楽の最高峰に位置しており、ローレル・ヘイローやヘッカーの作品にも引けを取らない素晴らしい一曲。他のアーティストの影響下にあるとしても、日本人のエレクトロニック・プロデューサーから、こういう曲が出てきたということが本当に感激です。


オーケストラ・ストリングや金管楽器の要素をアブストラクトなドローンとして解釈し、アシッド・ハウスの観点からそれらを解釈しています。シュトックハウゼンのトーン・クラスターや、ローレル・ヘイローのミュージック・コンクレートの解釈は、サチ・コバヤシのサイケデリックやアシッドという文脈において次の段階へと進められたと言える。


アルバムの後半では、サチ・コバヤシのボーカルアートとしての性質が強まる瞬間を見出せる。特に、クワイア(賛美歌)をアンビエント/ドローンから解釈した「Lament」はクラシック音楽を抽象性のあるアンビエント/ドローンとして再解釈した一曲で、前曲と同じように、ここにも制作者の美学やセンスが反映されている。


緊張感のあるアルバムの序盤の収録曲とは異なり、メディエーションの範疇にある癒やしのアンビエントのひとときを楽しむことができるはずです。また、サンプリングを交えたストーリー性のある試みも次の曲「Memory」に見いだせる。


ガザの子供の生活をかたどったような声のサンプリングが遠ざかり、その後、ロスシルや畠山地平の系譜にあるオーガニックで安らげるシンプルなアンビエント/ドローンが続いています。これらの無邪気さの背後にある余白、その後に続く、楽園的な響きを持つアンビエントの対比が何を意味するのか? それは聞き手の数だけ答えが用意されていると言えるでしょう。

 

終盤では、クラシック音楽をドローンとして解釈した「Pictures」が再登場する。この曲は、グスタフ・マーラーの「Adagietto」のオーストリアの新古典派の管弦楽の響きを構図とし、イギリスのコントラバス奏者、ギャヴィン・ブライヤーズの傑作「The Sinking Of Titanic」の再構築のメチエを断片的に交えるという点ではやはり、Laurel Haloの『Atlas』の系譜に位置づけられる。


ドローン音楽による古典派に対する憧れは、方法論の継承という側面を現代的な音楽としてフィーチャーしたものに過ぎません。けれども、チャイコフスキーのような大人数の編成のオーケストラ楽団を録音現場に招かずとも、サウンド・プロダクションの中で管弦楽法による音響性を再現することは不可能ではなくなっています。そういった交響曲の重厚な美しさをシンプルに捉えられるという点で、こういった曲には電子音楽の未来が内包されているように思える。

 

 

アルバムの最後の曲は、デジタルの音の質感を強調したサウンドでありながら、ブライアン・イーノのアンビエントの作風の原点に立ち返っている。


抽象性を押し出した''ポストモダニズムとしての電子音楽''という点は同様ですが、ぼんやりした印象を持つシークエンスの彼方に神秘的な音のウェイブが浮かび上がる瞬間に微かな閃きを感じとれる。


それは夏の終わりに、暗闇の向こうに浮かび上がるホタルの群れを見るかのような感覚。こういった音楽は、完成度や影響されたものは度外視するとしても、アンビエントミュージックやエレクトロニックが方法論のために存在する音楽ではないことを思い出させてくれる。音の印象から何を感じ取るのか? 


もちろん聞く人によって意見が異なり、それぞれ違う感覚を抱くはずです。そして、どれほど完成度の高い音楽であろうとも、人間的な感覚が欠落した音楽を聴きすぎるのはおすすめしません。

 

これは、「Autobahn」の時代のクラフトワークの共同制作者であり、アメリカのAI開発の第一人者でもある、ドイツ人芸術家のエミール・シュルト氏も以前同じような趣旨のことを語っていた。彼はまた音楽に接したとき感じられる「共感覚」のような考えを最重要視すべきと述べていた。そういう側面では、シュルトが話していたように、音楽は今後も数ある芸術の中でも”感情性が重視される媒体”であることは変わりなく、今後の人類の行方を占うものなのです。



 

 

 

92/100

 

 

 


 zakè  『Veta』

 

Label: zakè Drone Recording

Release: 2024年6月24日

 

Purchase


Review


zakèは、ザック・フリゼル(Zack Frizzell)のプロジェクトで、「Past Inside the Present」のレーベルオーナーでもある。反復と質感のあるアンビエント・ドローンが彼のオーディオ・アウトプットの真髄。ザック・フリゼルは、Pillarsのオリジナル・ドラマーとして活動し、以前、"dunk!records / A Thousand Arms"から「Cavum」をリリースし、高評価を得た。dunk!recordsからの初のソロ・リリースは、スロー・ダンシング・ソサエティとのコラボ・リミックス・トラックで、ピラーズの「Cavum Reimaged」2xLPに収録されている。ザック・フリゼルはかなりハイペースでリリースを重ね、今年3月に発表された『B⁴+3 』からすでに4作目のリリースとなる。

 

『B⁴+3 』では古典的なアンビエントサウンドを制作したザック・フリゼルであるが、今作ではシネマティックなドローンサウンドを聴くことができる。ヘンリク・グレツキのメチエを電子音楽として組み上げ、そしてそれを彼特有の清涼感溢れるアンビエントサウンドに昇華させている。今作では、ホーン・セクションをリサンプリングし、それらをオーケストレーションのように解釈している。何より、ザックのアンビエントが素晴らしいのは、録音やミックスにおけるこだわりを見せつつも、心地よさのあるアンビエントを制作していることである。ザックは絶えず、音の大小のダイナミクスを緩やかな丘のように組み上げ、心地よいウェイブを作り出す。彼のアンビエントは音響的ではなく、どちらかと言えば、ウェイブやヴァイブスを意味する。

 

最近のアンビエントのトレンドは、低音域や重低音を強調したサウンドが多くなってきているが、このアルバムも同様となる。10分以上の長尺の曲が2つ収録されたEP「ミニアルバム)のような構成となっている。そして、フリゼルは最新鋭のデジタルレコーディングの技術を駆使し、シネマティックなサウンドを組み上げる。オープニングの「Veta」は、ほんの些細なミニマルなフレーズを元に壮大な音響空間を構築する。幾つものホーンのサンプリングが海の波のように寄せては返す中、オーケストラ・ストリングスを模したシンセのシークエンスを配する。

 

雄大さと繊細さを兼ね備えた抽象的なエレクトロニックは、このプロデューサー特有のサウンドといえる。「Bewrayeth Vol.2」は、パン・フルートの音源をストリングに見立て、中音域から低音部を強調したサウンドだ。前の曲と同じように、一小節のフレーズを音の大小、トーンの微細な変化、そして音の抜き差しによってバリエーションを生み出す。この作曲構造に関して、zakèの作風がミニマルテクノの延長線上にあることを暗に示唆している。そしてもう一つの特徴は、音響的なノイズ性を徹底的に引き出しながら、その果てにある奇妙な静寂を作り出す。

 

この作品では、電子音楽家としての実験的な試作にとどまらず、アイスランドのヨハン・ヨハンソンが生み出したモダン・クラシックの範疇にある「映画音楽としてのアンビエント/ドローン」の作風に近い曲も収録されている。


お馴染みのコラボレーターであるダミアン・デュケ(City Of Dawn)が参加した「Glory」では、木管楽器の演奏を取り入れて、沈鬱でありながら敬虔なドローンの響きを、短いパッセージを積み重ねながら作り出している。


これは今は亡きアイスランドの英雄であるヨハンソンが映画音楽という領域で取り組んでいた作風で、その遺志を継ぐかのようだ。葬礼を思わせる厳粛な音の運びは、ブラームスの交響曲のような重厚な感覚に縁取られる。本楽曲は電子音楽におけるオーケストラの意義に近く、古典派の作曲家がいまも生きていたのなら、こういった曲を制作していたのではと思わせる何かがある。

 

本作のクローズ曲「Memorial」では、それらの重苦しさは遠ざかり、祝福的なドローンをザックは制作している。オープナーと同じように、ホーン・セクションの録音、リサンプリングにより、トーンの変容を捉えながら、アンビエントの理想的な安らかさを生み出す。ミュージック・コンクレートの範疇にあるエレクトロニック作品で、シンプルな構成から成立しているが、録音としては非常に画期的。エレクトロニックをオーケストレーションのように解釈しているのもかなり斬新であり、現行のエレクトロニックシーンの良い刺激剤となるかもしれない。

 

 

 

82/100





Aphex Twinの『Selected Ambient Works Volume II』(Music Tribuneのアンビエントの名盤特集でもお馴染みのアルバム)がワープ・レコードから今年の秋に再発される。エイフェックス・ツインの最初期の実験音楽を収録したこのアルバムは、実際的にこのジャンルの知名度を広める契機となった。


10月にリリースされる30周年記念盤には、様々な異なるフォーマットでリリースされたアルバムの全曲が初収録される。


その中には、以下で聴くことができるビニール盤のみの「#19」(より広く知られているのは「Stone In Focus」)と、初めてフィジカル・フォーマットで正式にリリースされ収録される追加トラック2曲も含まれている。


デジタル・リリースに加え、リイシューはいくつかのフィジカル・フォーマットで発売される。そのひとつが、限定4xLPレコード・ボックス・セットで、折り畳みポスター、ステッカー・シート、オリジナル・アートワークの開発スケッチが掲載されたブックレットが付属する。また、前面に銅メッキとエッチングでエイフェックス・ツインのロゴをあしらった特注の蝶番付きオークケースに収められる。


他のフィジカル・エディションには、価格の4xLPヴァイナル・セット、トリプルCD、250枚限定のダブル・カセットがある。


1994年3月にリリースされた『Selected Ambient Works Volume II』は、リチャード・D・ジェームスの2枚目のスタジオ・アルバムで、前作『Selected Ambient Works 85-92』よりもビートのないアンビエント・サウンドに焦点を当てている。


ワープ・レコードは、2024年10月4日に『Selected Ambient Works Volume II (Expanded Edition)』をリリースする。日本盤の発売は未定。


Loscil's comments on the new EP “Umbel      

Loscil : courtesy of the artist

 

 

新作EP「Umbel」に関するLoscilのコメント

 

ロスシル(スコット・モルガン)はカナダ/バンクーバーの電子音楽家で、2000年代からエレクトロニック/アンビエントを筆頭に多数の作品を制作してきました。

 

彼の作品は、ニューヨークのWilliam Basinsky、オーストリアのFenneszといった伝説的な音楽家に匹敵するものです。ロスシルは、これまでシカゴの実験音楽を専門とするレーベル"Kranky”からリリースを行い、アメリカやイギリス等、国際的な評価を獲得しているミュージシャンである。

 

一昨年には、イギリスの公演で、日本の電子音楽家、畠山地平(Interview)との共演も行っています。今回、新作EP「Umbel」をリリースしたばかりのスコット・モルガンさんにご意見を伺うことが出来ました。

 

 

--タイトルの由来を教えてください。


ロスシル:   アンベルとは、カエデの花によく見られる花の構造です。 楽曲に添えられている写真は、カエデの花の下で撮影されたものなので、作品にふさわしいタイトルだと思いました。



--制作にあたって工夫したこと、心がけたことは?


ロスシル   このプロジェクトは、音と同じくらいイメージに関わるものです。 この2つを面白い方法で組み合わせようとしました。 

 

写真の長時間露光は、しばしば鏡のように曇った絵画的なイメージを生み出しますが、それはアンビエント・ミュージックの制作過程にとても似ていると思います。 

 

シンセやサンプラーを使って音の層や雲を作り、リバーブやグラニュレーション、ディレイを使って音を汚したりぼかしたりした。 これらの音響効果は、私が音とイメージの両方で惹かれる奥行きとスケールの感覚を作り出します。




--アルバム制作で最もエキサイティングだった瞬間を挙げるとしたら?



ロスシル:   ブラック・コーポレーションという日本の会社が作った"Deckard's Dream MK2"というシンセサイザーを使うことに多くの時間を費やしました。 

 

私のこれまでの作品のほとんどは、楽器のサンプルやフィールド・レコーディングを重ねたり加工したりして作られています。 正直なところ、シンセサイザーはあまり好きではなかったのですが、”Deckard's Dream”は私にとって非常に刺激的で、音の密度と質量を作り出すために、このシンセサイザーで音をシェイプしたり、リサンプリングしたりすることに多くの時間を費やしました。



--アンビエント制作の醍醐味は何ですか?



私にとって、新しい作品がバランスをとる瞬間をいつも探しています。 それまでは、音が退屈だったり、苛立たしかったりするのですが、音のバランスを見つけると、ある種の瞑想的な感じで長時間聴くことができるようになります。 新しい作品では常にこの瞬間を探し求めていて、それを見つけたときに完成したことを実感します。


--Umbelを聴くファンに一言お願いします。



少し忍耐が必要な作品なので、管理された環境で深く聴いて楽しむのが一番です。 時間をかけて聴いていただき、ありがとうございます。



--今後の作品の展望を教えてください。



アメリカのレコード・レーベル、krankyの次のフル・アルバムの完成に近づいています。 すぐに完成させて、来年中にはリリースしたいと思っています。 この作品は"Umbel"とはかなり違いますので、共有できることを楽しみにしています。

 


--お忙しいところ、お答えいただき、ありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。

 

 

Loscil (Scott Morgan) is a Canadian/Vancouver electronic musician who has produced numerous electronic/ambient works since the 2000’s, most notably electronic/ambient. 


His work rivals that of such musical legends as New York's William Basinski and Austria's Fennesz. Loscil is a musician who has released music on Chicago's Label "Kranky", which specializes in experimental music, and has won international acclaim in the US, UK, and elsewhere.

In the year before last, he performed in the UK with Japanese electronic musician, Chihei Hatakeyama. We were able to ask Loscil who has just released his new EP “Umbel,” for his opinion.

 

 

 Episode In English: 


--Please tell us about the origin of the title.


Loscil:   An Umbel is the structure of a flower commonly found on a maple blossom.  The photographs that accompany the music were taken under a blossoming maple tree so I thought this would be a suitable title for the work. 



--What you tried to devise and keep in mind in the creation.


Loscil:   This project is as much about image as it is sound.  I was trying to combine the two in interesting ways.  Long exposures in photography often produce mirky, cloudy, painterly images which I find very similar to the process of making ambient music. 

 I used synths and samplers to build layers and clouds of sound and used reverb, granulation and delay to smear and blur the sound.  These effects, both with the images and the sound, create a sense of depth and scale which I am attracted to in both sounds and images.


--If you had to name the most exciting moment in the making of the album.



Loscil:   I spent a lot of time using a synthesizer called the "Deckard’s Dream MK2" made by a Japanese company called Black Corporation.  

Most of my previous work is built using samples of instruments and field recordings layered and processed.  I’ve never been very fond of synthesizers, to be honest, but the Deckard’s Dream was quite evocative to me and I spent much time shaping sounds with it and resampling it to create density and mass in the sound which I found very exciting.



--What do you find most enjoyable about ambient production?



Loscil:   For me, I am always searching for the moment a new piece comes into balance.  Before this time, the sounds can be quite boring or irritating, but when you find the balance in the sound, it becomes possible to listen for long periods of time in a kind of meditative way. 

 I am always seeking out this moment with a new work and when I find it, I know it is finished.


--What would you like to say to the fans who listen to “Umbel”?



Loscil:   It is a work that requires a little patience and is best enjoyed with deep listening in a controlled environment.  Thank you for taking the time to listen.  



--What is your outlook for future productions?



Loscil:   I am very close to finishing my next full length album for the American record label, kranky.  I hope to finish this soon and release it within the next year.  This work is quite different from Umbel and I look forward to sharing it.

 

 

Thank you for taking time out of your busy schedule to answer our questions.

 Loscil -  『Umbel』EP

 

Label:  Self Release

Release; 2024/05/31

 


Review   


Indirect Sound   -バンクーバーのアンビエントの重鎮による重厚なドローン-



2001年頃、実質的なデビュー・アルバム『Triple Point』をリリースした当初、ロスシルはミニマル・テクノ/アシッド・ハウス風の電子音楽を制作していた。翌年、『Sbumer』をリリースした頃には抽象的なサウンド・デザインを描くようになり、アンビエントの果てなき世界を探求していた。


ロスシルのサウンドはそれ以降、より抽象的になり、ドローンアンビエントと呼ばれるこのジャンルの最も先鋭的な性質を象徴付けるエレクトロニック・プロデューサーとなった。ロスシルは、アンビエントで自然風景を表現したり、サウンドデザインのような意義を擁するダウンテンポ、はては、音楽そのものを建築学や図面のように解釈したものまで、そのアウトプットのスタイルは多岐にわたる。そして一括りにアンビエントといっても様々な表現法があることが分かる。その中には2000年代にドイツで盛んになったグリッチ(ラップのドリル)の性質が強固な作品もある。 多作なプロデューサーであるけれど、ロスシルの作品は毎回のように密度が濃い。


ただ、ロスシルの作品を定義付けるのなら、これまで特定のカラーを持った作品というのは、それほど多くはなかったという印象もある。コンセプチュアルな試みがないというと偽りになってしまうけれど、エレクトロニックの全般的な制作に関しては、ある程度自由なイメージを持って作品をリリースしてきた印象がある。要するに、彼の作品の中にはエレクトロニックによる抽象的なメチエが含まれることはあっても、一貫してダークな印象を持つアルバムというのはそれほど多くはなかった。

 

しかしながら、今回の最新EP『Umbel』は、従来のアンビエント/ダウンテンポの作品とは明らかに意を異にしている。最新作では、全体的”にダーク・アンビエント”とも称するべきドゥーム・サウンドに焦点が絞られており、暗鬱さと重厚感を併せ持つ特異な作風が生み出されることになった。これは同じくカナダのプロデューサー、Krankyからリリースを行うTim Heckerが昨年リリースした『No High』に触発されたような意義深い作品である。作品単位における差異は、Lawrence Englishとのコラボレーション・アルバム『Colours of Air』と比べると一目瞭然ではないだろうか?

 

 

オープニングを飾る「Shadow Marple」では、ティム・ヘッカーが昨年のアルバムで披露した録音の波形を、シュトックハウゼンやルイジ・ノーノのようなトーンクラスターの範疇にあるミュージック・コンクレートとして処理した上で、エレクトロニックによるミニマルミュージックに落とし込むという形式が、イントロに見いだせる。


 しかし、ミニマリズムの範疇にあるフレーズが呆れるほど繰り返されると、これが通奏低音を活かしたドローン・ミュージックのような音響性へ変化する。つまり、ミニマルなフレーズを幾つも辛抱強く積み重ねながら、マキシマムな構成を持つ音響構造を形成するのである。つまり、モチーフは、ミクロの視点で構成されるが、その反面、リスナーはマクロの極大の音像を捉える。

 

これらの二面性を見るかぎり、『Umbel』は従来のロスシルのサウンドの中で最もコンセプチュアルな意味を持ち、同時に、”反骨精神に溢れる作風”として位置付けられるかもしれない。そして、もうひとつの主要な特徴が、これらの表面的なイメージを形作るアンビエントの中に、メタ構造とも呼ぶべき趣旨が見いだせることだろう。彼は、従来のアブストラクトなアンビエントやダウンテンポの手法を用いながら、ミルフィーユ構造のような構成をもたらし、その内側に教会のパイプオルガンのような音響性を作り出す。もちろん、聞けば分かる通り、録音にはアコースティックのチャーチオルガンは使用されていない。しかし、遠くの方でオルガンが響くような奇妙なイメージをもたらす。これらの二重性を込めたアンビエントサウンドは、かなり先鋭的な印象を形作る。それらの堅牢な楽曲構造を作り出した上で、ロスシルはベテランプロデューサーらしく、巧みなサウンド・デザインの手法を施し、音形や音波を自在に操り、極大の音像と極小の音像を代わる代わる登場させ、最終的に、イントロで立ち消えたと思われたパイプオルガンの荘厳な音響性を曲のクライマックスになって再登場させ、意外な印象をもたらす。


『Umbel』では、サブウーファーを持つ特別なスピーカーでしか捉えることの難しい重低音がミックス/マスタリングで強調されている。それはこのアーティストの潜在的な重厚な人物像や作曲性を浮かび上がらせる。これはまた、従来のロスシルの作風から考えると、かなり特異な点であるかと思う。

 

それらは暗鬱さ、及び、地の底から響くような重厚さ、それとは対極に位置する荘厳な音の印象という2つの対蹠地(Antipodes)に存在する音の間を往来し、現実と幻想の狭間を漂うような奇妙なサウンドスケープを巧みに描き出している。タイトル曲「Umbel」では、最近、ニューヨークのアンビエントプロデューサー、ラファエル・イリサーリがセルビアの現代音楽家と率先して取り組んでいるダークアンビエントのような作風を思わせるが、ロスシルの場合は、メタリックなノイズ性とは対極にあるジョン・ケージのような静謐さにポイントが絞られている。(ケージは生前、サイレンスの概念やイデアについてよくモーツアルトの楽曲を比較対象に出していた)

 

サイレンスとラウドを絶えず往来する微細なトーンシフターの変化、そして低音域を中心に構成されるドローンのシークエンスが混ざりあうと、アクションゲームのサウンドトラックのような印象を持つコンセプチュアルな音のイメージが浮かび上がる。その中で、セリエリズムを基にした不協和音が取り入れられ、不気味でワイアードなイメージを作り出す。これらのドローンのサウンドに、社会風刺のような意味があるのか、もしくはこれまで彼が取り組んでこなかったようなメッセージが込められているのか。そこまでは明言できないにしても、アウトプットされるサウンドには何らかのメッセージが含まれているように思える。もちろん、それをどのように解釈するのかは聞き手の感性による。そして、これらの多角的なサウンドスケープは、カウンターポイントのような複合的なモノフォニー構造を生み出す。しかし、それらの対旋律的な進行は、最終的に一つのシークエンスに焦点が絞られ、無数に散らばったものが合一へ近づき、それらが厳粛な雰囲気を携えつつ、アウトロへと向かう。最終的に通奏低音は、徐々にトーンダウンしていき、ラウドからサイレンスへと繋がっていく。ここには、カナダのプロデューサーとしては珍しく、音響学としての変容の過程が重視されているように見受けられる。


 

EPの冒頭の2曲は比較的、意外な作風として楽しむことができる。他方、それに続く、3曲目の「kamouraka」はロスシルの従来の作風の延長線上にある内容である。それは大気の粒子を電子音楽の形で捉えたかのようであり、それらのアンビエンスの中にノイズが散りばめられている。音の粒が精細な輝きを放ち、その中にサンプリングを散りばめ、デジタルな感覚とアナログな感覚を織り交ぜる。


サンプリングの中には木々の破片がぶつかりあうような音や大気の中に雨が降りしきるような音が捉えられ、先鋭的なデジタルサウンドと鋭いコントラストを描く。Four Tetのような色彩的なサウンドとまでは言い難いが、少なくともサウンド・デザインのような趣旨を持ったトラックである。ノイズの印象が強いけれど、その中に音楽が持つロマンティックな印象性を呼び覚まそうとする。ここにも、入れ子構造のような二重性のある楽曲の構想を発見出来るかも知れない。

 

さらに制作者は、パンフルートのようなシンプルな音色のシンセサイザーの音源を用いながら、巧みに音の印象を遠く響く教会の鐘の音、つまり、アルヴォ・ペルトの名曲「Fur Alina」のような現代音楽のディレクションにも見いだせる"INDIRECT SOUND"(間接的なサウンド)を緻密に作り上げている。さらに詳細に言及するなら、それらは近くではなくて、”遠くにぼんやりと鳴り響いている祝祭的な音楽”なのである。これは、例えば、ノルウェーのトランペット奏者であるArve Henriksen(アルヴェ・ヘンリクセン)が2008年に発表したアルバム『Cartography』の収録曲「Sorrow And Its Opposite」、「Recording Angel」等を聴くと、わかりやすいかも知れない。

 

 

「Indirect Sound(間接的なサウンド)」は、それ以降も今作の主要な位置づけにある。そして、近年のデジタルの音響機器は、技術者の研鑽によって精細な音の粒を捉えられるようになってきているが、一方で、映像がそうであるように、必ずしも鮮明な音質が良い印象を与えるとは限らないのが面白い。ときに、クリアなサウンドという概念を逆手に取り、それとは反対に解像度の低いローファイな音の質感をあえて押し出すと、鮮明なサウンドよりも強い印象を及ぼすことが可能になるケースもある。ロスシルはそんなことをEPを通じて教唆してくれているという気がする。

 

続く「Dusk Gale」も同じような音楽形式に位置づけられる。この曲では、ドイツ等のヨーロッパの地方のお祭りに見いだせるような祝祭的な響きが込められており、ロスシルは、モジュラーシンセを駆使しながら遠くで鳴り響く瞑想的なオルゴールのような音響効果を作り出す。しかし、静かなイントロとは裏腹に、その後、稲妻のようなノイズが走り、音のイメージを一変させる。

 

そして、EPの序盤と同じようにマクロな視点で宇宙的なサウンドをデザインする。それはラファエル・アントン・イリサリと同じように、少し不気味な印象をもたらすこともあるが、最終的に天文学的なアンビエントサウンド、ダークマターやブラックホールを電子音楽の観点から捉え、デザインするのである。そしてこの曲も、ラウドなドローンから徐々にサイレントなドローンにゆっくりと変化していく。さながら、宇宙の本質を表しているかのようであり、ブラックホールに宇宙の物質が飲み込まれていくようなサウンドスケープを描出する。


 

上記の4曲は、意外にもアンビエントの穏やかさとは対極にある緊迫感を擁するイメージを徹底的に押し出している。その中には、従来のロスシルのイメージを払拭するものもある。しかし、EPのクローズを飾る「Cyme」は、ロスシルらしい作風を選んでいる。いかにも山の高原にある精妙な空気感を電子音楽で表現したような感覚。しかし、ここまで通奏低音やサステインを強調したアンビエントは、彼の作品の中でもそれほど多くはなかったように感じられる。


少なくとも、ロスシルはこのミニアルバムを通じて、彼自身の音楽を形骸化させることなく先鋭的な作風へと転じている。今後どのような音楽が生み出されるのか、ワクワクしながら次の作品を楽しみに待ちたい。

 

 ロスシルのコメントはこちら

 

90/100

 

 

 

 

Will Long

東京を拠点に活動するアメリカ人アーティスト、Will Long(ウィル・ロング)によるアンビエント・プロジェクト、Celerによるアルバム『Perfectly Beneath Us』が、オランダの電子音楽レーベル”Field Records”よりヴァイナルでリイシューされる。

 

リマスターはStephan Mathieu(ステファン・マシュー)が担当した。本作は膨大なカタログの中からStill*SleepからCD-Rとして2012年にリリースされた。



Celer(セラー)は2005年にカリフォルニアでWill LongとDanielle Baquetの共同プロジェクトとしてスタートし、数多くのセルフ・リリースを発表してきた。2009年にBaquetが他界してしまったが、Longはプロジェクトを続行することを決め、最も純粋なアンビエントの可能性を追求し成長を続けている。また、Long自身の名義でのソロ活動も並行して行われており、DJ SprinklesのComatonse RecordingsやノルウェーのSmalltown Supersoundから数多くの作品をリリースしている。



本作は非常に没入感のある魅惑的なドローン・ミュージックで、熱心なリスナーを満足させるだけでなく、カジュアルなリスナーをも癒してくれる。2012年にわずか100枚限定でリリースされたこの作品は、今、丁寧にデザインされた美しいパッケージに収められ、Field Records独自のレパートリーである刺激的なサブリミナルな電子音楽作品に華を添えている。



本作『Perfectly Beneath Us』のリイシューはCelerの膨大なカタログへの理想的な入り口となるだろう。

 

 

Celer  「Perfectly Beneath Us』- Vinyle Reissue

 




発売日 : 2024年6月14日
アーティスト : Celer
タイトル : Perfectly Beneath Us
フォーマット : 12" Vinyl / デジタル配信
品番 : FIELD32
レーベル : Field Records(オランダ)

試聴はこちら: https://fieldrec.bandcamp.com

 

 
TRACK LIST: 


A1 Slightly Apart, Almost Touching (12:36)
A2 Distressing Sensations(3:14)
B1 Ultra-terrestrial Yearning(3:15)
B2 Absolute Receptivity Of All the Senses(14:34)



 

 Marine Eyes

 

マリン・アイズ(シンシア・バーナード)は、アンビエント、シューゲイザー、ドローン、フィールド・レコーディング、ドリーム・ポップを融合させ、この瞬間に生まれながら、過去からの教訓を織り交ぜた物語を綴ります。


現在ロサンゼルス在住のバーナードは、北カリフォルニアで育ち、音楽がとても大切にされている家庭で育った。シンシアの祖母が脳卒中で倒れ、話すことはできても歌うことができなくなったとき、シンシアはセラピーとしての音楽に魅了されました。


何年もの間、彼女は音楽を自分自身と親しい友人や家族だけにとどめていたが、2014年に現在の夫ジェイムズ・バーナードと出会い、2人は一緒に音楽を書き始め、アンビエント・プロジェクトで目覚めた魂を分かち合うようになりました。2021年にStereoscenic Recordsからソロ・デビュー・アルバム「idyll」を、2022年にはPast Inside the Presentから「chamomile」をリリースしています。


現在、彼女は定期的にミニチュアの世界を構築し、自然の中で静寂を迎えながら、音の癒しの特質やセメントの大切な瞬間を探求しています。2024年にパスト・インサイド・ザ・プレゼントから3枚目のソロ・アルバムがリリースされます。


3枚目のソロアルバム『belong』を作り上げる感情や人間関係の脈動をパッケージ化する手段としてバーナードは幾つもの言葉を日記に残しました。直接的で喚起的な構文はイー・カミングス(アメリカの画家)を想起させ、彼女はこのコレクションで親しみやすい魂によって彩られた水たまりのような光景を、愛によるイメージで表現しています。


バーナードの瞑想的な手法により、「To Belong- 帰属」は本来あるべき生命の姿に近づいていきます。物理的な世界、時間の連続体、愛する人の腕の中にある居場所を表現するような、稀有で繊細な感覚に。トリートメントされたギター、ソフトなシンセ、輝く声のレイヤーを駆使し、全体的な抱擁の感覚を織り交ぜる。『To belong』には、フィールド・レコーディングや、彼女の大切な家族や友人の声も優しく彩られている。これらには、以前カモミールにインスピレーションを与えた、日記と記録への愛が貫かれています(『Past Inside the Present』2022年)。


オープニングのタイトル・トラックは、鳥の鳴き声とヴォーカルの言葉がゆるやかな波さながらに寄せては消え、綛(かせ)から取り出された毛糸のようなテクスチャーを紡いでゆく。「bridges」は、柔らかにかき鳴らされるギター、澄明な瞳のマントラが霧中から現れる。夕まぐれの浜辺で焚き火を囲みつつ、子供たちのために、この曲を演奏する彼女の姿を想像してみて下さい。


「cemented」は、亡き叔父が大切にしていたギターの弦がタペストリーさながらに絡み合い、お気に入りの公園を散歩したさいの足音が強調され、無限の空間を作り上げていきます。憂鬱と畏怖が共存する短いパッセージにより闘病中の妹の勇気を称え作曲された「of the west」、カリフォルニアの緑豊かな季節を淡いきらめきに織り交ぜ、牧歌的なテーマ(Stereoscenic, 2021)と呼応する「suddenly green」など、彼女の旅は続く。これらは疑いなしに深く個人的な作品であることはたしかなのですが、その慈愛と共感の魅力的な空気に圧倒されずにいられないのです。


「mended own」は、プリズム写真に傾倒するバーナードの内省的な研究と合わせて、フォーク・バラード・モードを再現しています。絶えず屈折したり、分解したり、融合したり、あるいは光線と戯れたりする彼女の音楽の性質は、アルバムのジャケット画像に象徴づけられるように、出来上がりつつある虹の中でそれぞれの要素が際立つようにアレンジと融合しています。「柔らかな手に握られたこの光は/重い石を/手放す」とバーナードは穏やかに歌い、オーバーダビングされたテープに残された亡霊さながらに、背景を横切って細部を際立たせる。


最後の「to belong」は、長年の血筋の影響(USCのリトル・チャペル・オブ・サイレンスを作った曾祖母のために書かれた "in the spaces")と親しい友人の無条件の愛("all you give (for ash)")を呼び起こし、感謝と無常への2部構成の頌歌で幕を閉じる。「night palms sway」は、街灯の下でひらひら舞う昆虫だけが目撃する、日の終わりに手をつないで歩く親しげな光景を想起させるでしょうし、「call and answer」は、聴けば歌ってくれるミューズへの賛歌となる。最後の曲については、束の間の別離を惜しむというよりも、再び会いたいという親しみが込められているのです。


マリン・アイズは、詳らかに省察を重ね、受容し、実存の偶然性に感謝し、彼女の音楽の世界を作り上げます。「個人的な歴史に巻き起こる出来事すべてになんらかの意味が込められている」バーナードは断言します。「あらゆる偶発的な出来事や、わたしたちを取り巻くあらゆるもののもろさやよわさを考えるとき、一への帰属意識こそがきわめて貴重なものになりえる」と。



--Past Inside The Present



『To Belong』




マリン・アイズのプロデューサー名を関して活動を行うLAのシンシア・バーナードは、夫であるジェームス・バーナードと夫婦で共同制作を行い、ソロアーティストとして別名義のリリースを続ける。アンビエントミュージシャンとして夫婦で活動を行う事例は珍しくなく、例えば、ベルギーのクリスティーナ・ヴァンゾー/ジョン・アルゾ・ベネット夫妻が挙げられます。ベルギーの夫妻はロンドンのバービカン・センター等でもライブ・イベントを行っている。クリスティーナ夫妻の場合は、シンセサイザーとフルートの組み合わせでライブを行うことが多い。

 

そして、二つのパートナーに共通するのは、コラボレーターとして共同制作も行い、そのかたわら、ソロ名義の作品もリリースするという点なのです。ふと思い出されるのは、昨年末、夫のジェームス・バーナードのアンビエントアルバム『Soft Octave』がリリースされたことです。年の瀬も迫ると、大手レーベルのリリースはほとんど途絶えますが、その合間を縫うようにし、インディペンデントなミュージシャンの快作がリリースされる場合がある。バーナードさんのアルバム”Soft Octave”は、妻のシンシアとは異なり、クールな印象を持つアンビエントで、音楽に耳を傾けていると、異次元に引っ張られていくような奇異な感覚に満ちていました。とくに「Cortege」という曲がミステリアスで、音楽以上の啓示に満ちていたような気がしたものでした。いや、考えてみると、理想的な音楽とはなんらかの啓示でもあるべきなのでしょうか??

 

夫であるジェームス・バーナードの音楽とは異なり、妻のマリン・アイズの音楽は自然味に溢れていて、言ってみれば、ロサンゼルスの自然からもたらされるイメージ、内的な瞑想、そして静寂を組みわせて、癒やしの質感を持つアンビエントを制作しています。祖母の病気をきっかけに音楽制作をはじめるようになったマリン・アイズは、ヒーリングのための音楽を制作しはじめ、当初それを公に発表することもためらっていましたが、しかし、彼女の音楽を家族や身内だけに留めておくのは惜しく、より多くの人の心を癒やす可能性を秘めています。シンシア・バーナードの現時点での最高傑作として、昨年、エクスパンデッド・バージョン「拡張版)として同レーベルからリリースされた「Idyll」が真っ先に思い浮かびます。この作品では、サウンドデザインの観点からアンビエントが制作され、その中にシンシア・バーナードのギターに彼女のボーカルが組み合わされ、”アンビエント・ポップ”ともいうべき新しい領域を切り開いたのです。もちろん、このことに関して、当のミュージシャンが必ずしも自覚しているとは限りません。新しい音楽とは、あらかじめ予期して生み出されるものではなく、いつのまにか、それが”新しいものである”とみなされる。音楽の蓋然性の裏側に必然性が潜んでいるのです。



シンシアの3作目のアルバム”To Belong"が、なんのために書かれたものであるのかは明確です。人間の存在が分離した存在なのではなく、一つに帰属すべきものであるという宇宙の摂理を思い出すために書かれているのです。人間の一生とは、分離に始まり、合一に戻っていく過程を意味する。そのことに何歳になってから気がつくものか、死ぬまでそのことがわからないのか。それぞれの差別意識、肌の色の違い、性別の違い、また、考えの違い、ラベリングの違い、ひいては、宗教、民族の違い、所属の違いへと種別意識が押し広げられていき、最終的には、政治、国家、実存の違いへと意識が拡大していく。そこで、人々は自分がスペシャルな存在であると考えて、自分と異なる存在を敵視し、ときに排斥することを繰り返すようになってしまう。ときに、それが存在するための意義となる。しかしながら、それらの差別意識は、根源的には生命の存在が合一であることを”思い出させる”ために存在すると考えてみたらどうなるでしょう?? それらの意味は覆されてしまい、個別的な存在がこの世にひとつも存在しないということになる。 

 

 

 

・1ー3

 

この音楽はミヒャエル・エンデの物語のように始まりもなければ終わりもありません。そしてミュージシャンが述べているように、これらのアンビエントは根源的な生命の偏在を示唆し、言い換えれば「どこにでもあり、どこにもない」ということになる。しかし、それは言辞を弄したいからそう言うのではなく、シンシア・バーナードの音楽のテクスチャーの連続性は、たしかに生命の本質を音楽というかたちで、のびのびと表現されているからなのです。シンセのシークエンス、バーナードさんがLAで実地に録音したフィールド・レコーディング、それからギターとボーカルという基本構造を基にし、アンビエントミュージックが構築されていきますが、 アルバムの導入部分でありタイトル曲でもある「To Belong」は、パンフルートの音色をかけあわせたシンセのシークエンスがどこまでも続き、音像の向こうに海のさざめきの音、鳥の声がサンプリングで挿入され、自然味のあるサウンド・デザインが少しずつ作り上げられる。このアルバムを聴くにつけ、よく考えるのは、アーティストが見たロサンゼルスの光景はどのようなものだったのかということなのです。もちろん、いうまでもなくそこまではわからないのですが、その答えはアルバムの中に暗示され、海の向こう側の無限へと続いているのかもしれません。これらの一面的を超越した多角的なサウンド・デザインは、実際に世界がミルフィールのような多重構造を持つ領域により構築されていることをありありと思い出させるのです。

 

マリン・アイズの音楽は、Four Tet、Floating Pointsのようなサウンドデザインの領域にとどまることはなく、Autechre、Aphex Twinの音楽に代表されるノンリズムで構成されるクラブ・ミュージックに触発されたダウンテンポに属するナンバーに変わることもある。そしてどうやらこの試みは新しいものであるらしく、マリン・アイズの音楽の未知の側面を表しているようなのです。例えば、#2「husted」は(モジュラー)シンセによってミクロコスモスから始まった音像空間が極大に近づき、マクロコスモスへと押し広げられる。この作風は、リチャード・ジェイムスが90年代のテクノブームを牽引する以前に、「Ambient Works」で実験的に示したものでもあったのですが、シンシア・バーナードは旧来のダウンテンポの要素にモダンな印象を添えようとしています。単なるワンフレーズの連続性は、ミニマリストとしてのバーナードの音楽性の一端が示されているように思えるかもしれませんが、実は、そのかぎりではなく、トーンやピッチの微細な変容を及ぼすことにより、轟音の中に安らぎをもたらすのです。これはジョン・アダムスが言っていたように”反復は変化の一形態である”ということでもあるのです。

 

 

マリン・アイズはフィールドレコーディングで生じたエラー、つまり、ヒスノイズをうまく活用し、グリッチノイズのような形でアンビエント・ミュージックに活用しています。シンシア・バーナードはカルフォルニアの自然の中に分け入り、リボン・バイクを雑草地に向け 、偶然性の音楽を捉えようとしています。#3「Timeshifting」には風の音、海の音、そのほかにも草むらに生息する無数の生き物の声を内包させていると言えるのです。私自身はやったことがないのですが、フィールドレコーディングというのは、そのフィールドに共鳴する人間の聴覚では拾いきれない微細なノイズを拾ってしまうことがよくあるそうなのですが、しかし、これらのアクシデンタルな出来事はむしろ、実際の音楽に対してその空間にしか存在しえない独特なアトモスフェールを録音という形で収めることに成功しています。そして、これが奇妙なことに現実以上のリアリティーを刻印し、現実の中に表れた偶然のユートピアを作り出す。アンビエントのテクスチャーの中に、マリン・アイズは自身のボーカルをサンプルし、現実に生じた正しい時の流れを作り出す。ボーカルテクスチャはミューズさながらに美しく、神々しい輝きを放つかのような聴覚的な錯覚をおぼえさせる場合がある。この曲はまたボーカルアートにおけるニュースタンダードが生み出されつつある瞬間を捉えることも出来ます。

 


#3「timeshifting」



・4−10

 

現代の女性のアンビエントプロデューサーの中には、ドリーム・ポップ風の音楽とアンビエントやレクトロニックをかけあわせて個性的な作風を生み出すミュージシャンが少なくありません。例えば、ポートランドから西海岸に映ったGrouperことリズ・ハリス、他にもヨーロッパでのライブの共演をきっかけに彼女の音楽から薫陶を受けたトルコのエキン・フィルが挙げられます。そして、シンシア・バーナードもまたアコースティックギターの演奏を基本にして、癒やしの雰囲気のあるアンビエントを制作しています。このドリーム・ポップとアンビエントの融合というのは、実は、ハロルド・バッドがロビン・ガスリーとよく共同制作を行っていたことを考えれれば、自然な流れといえます。つまり、ドリーム・ポップはアンビエント的な気質を持ち、反面、アンビエントはドリーム・ポップ風の気質を持つ場合がある。このことはジャンルの出発である[アンビエントシリーズ]を聴くとよりわかりやすいかもしれません。

 

#4「Bridges」はジャック・ジャクソンを思わせる開けたサーフミュージックをドリーム・ポップ風の音楽として昇華させていますが、 むしろこの曲に関しては、マリン・アイズのポピュラーなボーカリストとしての性質が色濃く反映されているようです。そしてシンプルで分かりやすい音の運びは彼女の音楽に親しみを覚えさせてくれます。一方でインディーフォークをベースにしたアコースティックの弾き語りのスタイルは、日常生活に余白や休息を設けることの大切さを歌っているように思えます。また、トラックの背後に重ねられるガットギターの硬質な響きが、バーナードの繊細な歌声とマッチし、やはりこのミュージシャンの音楽の特徴であるドリーミーな空気感を生み出す。続く#5「cemented」ではモダンクラシカルとアンビエントの中間にあるような音楽で、シカゴの作曲家/ピアニスト、Gia Margaretを彷彿とさせるアーティスティックな響きを内包させています。もしくはリスニングの仕方によっては、坂本龍一とコラボレーションした経験があるJuliana Berwick(ジュリアナ・バーウィック)のアンビエントとボーカルアートの融合のような意図を見出す方もいるかもしれません、少なくとも、この2曲では従来のシンシア・バーナードの音楽の重要なテーマである癒やしを体験することが出来ます。


上記の2曲はむしろ日常生活にポイントを置いたアンビエントフォークという形で楽しめるはずですが、次に収録されている#6「Of The West」では再び抽象的で純粋なアンビエントへと舞い戻る。そしてモジュラーシンセのテクスチャーが立ち上がると、霊妙な感覚が呼び覚まされるような気がするのです。バーナードの作り出すテクスチャーは、ボーカルと融合すると、ジュリアナ・バーウィックやカナダのSea Oleenaの制作と同じように、その音の輪郭がだんだんとぼやけてきて、ほとんど純粋なハーモニーの性質が乏しくなり、アンビバレントな音像空間が作り出される。こういったぼやけた音楽に関しては、好き嫌いがあるかもしれませんが、少なくともバーナードの制作するアンビエントはどうやら、日常生活の延長線上にある心地よい音が端的に表現されているようです。それは空気感とも呼ぶべき感覚で、かつて日本の現代音楽家の武満徹が”その場所に普遍的に満ちているすでに存在する音”と表現しています。

 

同じように、エレクトリックギターとシンセテクスチャーを重ねた#7「Suddenly Green」はGrpuper、Sea Oleena、Ekin Fill、Hollie Kenniffといった、このドリームアンビエントともいうべきジャンルの象徴的なアーティストの系譜にあり、まさに女性的な感性が表現されています。 バーナードは自身のギターの断片的な演奏をもとに、反復構造を作り出し、ひたすら自然味のある癒やしの音楽を作り上げていきます。これらは緊張した音楽や、忙しない音楽に疲れてしまった人々の心に休息と癒しを与えるいわばヒーリングの力があるのです。音楽を怖いものと考えるようになった人は、こういった音楽に耳を澄ましてみるのもひとつの手段となるでしょう。また、テープディレイを掛けてプロデュース面での工夫が凝らされた#8「mended own」はこのアルバムの中盤のハイライト曲になりそうです。この曲は、ポピュラー・ボーカリストの性質が強く、エンヤのようなヒーリング音楽として楽しめるはずです。バーナードさんが自身の歌声によって表現しようとするカルフォルニアの風景の美しさがこの曲には顕著に表れています。アウトロにかけての亡霊的なボーカルディレイはある意味では、アーティストがこのアルバムを通して表現しようとする魂の在り方を示し、それが根源的なものへ帰されてゆく瞬間が捉えられているように感じられます。少なくとも、アウトロには鳥肌が立つような感覚がある。もしかすると、それは人間の存在が魂であるということを思い出させるからなのかもしれません。

 

アウトロのかけて魂が根源的な本質に返っていく瞬間が暗示的に示された後、#9「all you give(for ash)」ではボーカルテクスチャーをもとに、アブストラクトなアンビエントへと移行していきます。ここでは波の音をモジュラーシンセでサウンド・デザインのように表現し、それに合わせて魂が海に戻っていくという神秘的なサウンドスケープを綿密に作り上げています。ときおり、導入されるガラスの音は海に流れ着いた漂流物が暗示され、それが潮の流れとともに海際にある事物が風によって吹き上げられていくような神秘的な光景が描かれています。パンフルートを使用したシンセテクスチャーの作り込みは情感たっぷりで、アウトロではカモメやウミネコのような海辺に生息する鳥類の声が同じようにシンセによって表現されています。

 

これらの神秘的な雰囲気は#10「bluest」にも受け継がれており、デジタルディレイをリズムの観点から解釈しながら、繊細なギターをその中に散りばめています。短いミニマリズムの曲ではあるものの、この曲にはボーカリストやプロデューサーとは異なるギタリストとしてのセンスを見て取ることが出来る。二つのギターの重なりがディレイ処理と重なり合い、切ない感覚を呼び起こすことがある。このあたりに、アルバムの完成度よりも情感を重んじるマリン・アイズの音楽の醍醐味が宿っています。この曲を聞くかぎり、もしかすると、完璧であるよりも、少しだけ粗や欠点があったほうが、音楽はより魅力的なものになる可能性が秘められているように思える。 

 

 

「bluest」

 

 

 

・11-14

 

プレスリリースでは二部構成と説明されているにも関わらず、三部構成の形でアルバムのアナライズを行ってまいりましたが、「To Belong」では制作者の考えが明確に示されています。それは例えば、人間の生命的な根源が海に非常に近いものであるということなのです。例えば、この概念と呼ぶべきものは、アンビエントテクスチャーとボーカルテクスチャー、そしてギターの演奏の融合という形で大きなオーラを持つ曲になる場合がある。「Night Palms Sway」では西海岸の海辺の風景をエレクトロニックから描出するとともに、エレクトリックギターのアルペジオを三味線の響きになぞられ、ジャポニズムへのロマンを表してくれているようです。それほどギターの演奏が卓越したものではないにも関わらず、そのシンプルな演奏が完成度の高い音楽よりも傑出したものであるように思わせることがあるのは不思議と言えるでしょう。


アルバムの最終盤でもマリン・アイズの音楽性は一つの直線を引いたように繋がっています。つまり、アイディアの豊富さはもちろん大きな利点ではあるのですが、それがまとまりきらないと、散逸したアルバムとなってしまう場合があるのです。少なくとも、幸運にも、マリン・アイズはジェームスさんと協力することでその難を逃れられたのかもしれません。「In The Space」では至福感溢れるアンビエントを作り出し、人間の意識が通常のものとは別の超絶意識を持つこと、つまりスポーツ選手が体験する”フローの状態”が存在することを示唆しています。そして優れた音楽家や演奏家は、いつもこの変性意識に入りやすい性質を持っているのです。一曲目の再構成である「To Belong(Reprise)」では、やはりワンネスへの帰属意識が表現されています。本作の収録曲は、ふしぎなことに、別の場所にいる話したことも会ったこともない見ず知らずのミュージシャンたちの魂がどこかで根源的に繋がっており、また、その音楽的な知識を共有しているような神秘性があるため、きわめて興味深いものがあります。音楽はいつも、表面的なアウトプットばかりが重要視されることが多いのですが、このアルバムを聴くかぎりでは、どこから何をどのように汲み取るのか、というのを大切にするべきなのかもしれませんね。

 

 

アルバムの最後を飾る「call and answer」はアコースティックギター、シンセ、ボーカルのテクスチャーというシンプルな構成ですが、現代のどの音楽よりも驚きと癒やしに満ちあふれています。ディレイ処理は付加物に過ぎず、音楽の本質を歪曲するようなことはなく、伝わりやすさがある。このアルバムを聴くと、音楽のほんとうの素晴らしさに気づくはず。良い音楽の本質とは?ーーそれはこわいものでもなんでもなく、すごくシンプルで分かりやすいものなのです。

 

 

 

 

 

90/100

 

 

 

*Bandcampバージョンには上記の14曲に、ボーナス・トラックが2曲追加で発売されています。アルバムのご購入はこちらから。



ニューヨークのアンビエント・プロデューサー、Rafael Anton Irissari(ラファエル・イリサリ)がセルビア在住の音楽家、Abul Mogardとのコラボレーション作品を発表した。アブル・モガードの経歴はほとんど知られておらず、ベルグラードの工場を2012年に退職した後、音楽活動を行うようになった。 

 

アブール・モガードとラファエル・イリサリのパートナーシップは、2023年にマドリードの文化センター、コンデドゥケで開催されたサウンドセット・シリーズのソールドアウトのオープニングでセレンディピティに展開した。その晩、スペインのラジオ3で録音されたこのデュオのアンコールは、聴衆の心に深く響いた。


彼らのコラボ制作の中心には、抑制と革新の微妙なバランスがある。それはライブ・コンサート曲の "Waking Up Dizzy on a Bastion "に表れている。

 

彼らの音楽的感性にインスパイアされたこの曲は、彼らが共有するビジョンと相互尊重の証となっている。パラレル・コード進行を用いたこの曲は、シンセで生演奏されるシンプルなメロディ・モチーフから始まり、モガードのシンセ・ラインとイリサリの弓弾きギター・ループのコール・アンド・レスポンスに変化し、ミュージシャン同士の対話のような相互作用を生み出す。


ライブのエネルギーを基に、モガードとイリサリは、モガードのファルフィサ・オルガンとモジュラー・シンセサイザーとイリサリのシンセサイザーを組み合わせた「Place of Forever」を制作した。


現在、Bandcamp限定で、40分近い2曲のシングルがストリーミング未公開で発売されている。(限定10枚。購入はこちら)他のストリーミングでは、一曲目に収録されている「Place of Forever」のエディットバージョンが配信されている。

 


「Place of Forever」ーAM Radio Edit


Rafael Anton Irissariの音楽は「ノイズ音やドローンがモルタルのように深く塗りたくられるテクスチャー」、「美しくも荒涼とした」、「変幻自在の暗闇に包まれる」というよう表現される。


最初期には悲哀に充ちたピアノとシンセテクスチャーを組み合わせた作風で知られていたが、『Peripeteia』などに代表されるように、ノイズ/ドローンの果てなき音楽世界ののめり込んでいった。最近では、『Midnight Colours』をはじめ、コンセプチュアルな作風にも取り組んでおり、制作者としてのイデアをエレクトロニックに取り入れるようになっている。


ドイツのソフトウェア会社、KONTAKT等を使いこなすイリサリにとってのアンビエントは、ブライアン・イーノの『Ambient』(1978)に出発点があり、ブライアン・イーノによる「アンビエント・ミュージックは面白く聞き流せるものではなければいかない」という言葉を大切にしているという。


ラファエル・イリサリにとって、アンビエントの価値は、普遍的なクオリティーの高さに求められるという。イーノはもちろん、ハロルド・バッド、クラスターなどの音楽はいまでも聴く度に新鮮な面白さがあるという。また、Native Instrumentsのインタビューで彼は次のように話している。


「それらの作品はすべて何らかのストーリーを伝えようとしていたんだ。完璧な音質であったとしても、作品が何も語りかけてこなければそこに意味があるのだろうか? 私のお気に入りの作品のなかには、技術的には完璧ではないとしても、美学を持っているものがある。究極的に言えば、私にとっての良い音とは別の人にとって恐ろしい音に聞こえる場合もあるかもしれない」


 


アンビエント/ドローンは数あるうちの音楽でも最も機械的な音楽である。しかし、それを手作りのハンドクラフトのように緻密に作り上げ、そこにその制作者にしか作り出せないようなスペシャリティーが宿る。現代の文明が全てオートメーション化される中で、”人間”であることは愚かなようにも思えるかもしれない。


しかし、そんな風潮のなかで、どのようにして人間的な感性を示せるのだろうか。人間として生きることとは? 人類としての未来が示せるのか。AIや機械は、人間の文明を凌駕しつつあり、ロボットが人間に取って代わられる日は、もうまもなく近い将来にやってくる。そこで、人間として出来ることは何なのだろう? 


イリサリはまた、音楽が制作者の強固な美学を反映させる鏡のようなものであるとした上で、次のように情感と思考を大切にすべきと述べている。


「私にとってのアンビエントサウンドとは、特定のツールや技術、プロセスではなく、その音が呼び起こす感覚や、特定の音で何を創造的に実現しえるのか、音楽作品でどのように使うのか、またライブパフォーマンスにどのような形で組み込むのか、ということの方がは重要だと思う」


また、イリサリにとって、アンビエントを制作することは、彫刻や造形芸術に近い意味があるという。彼はウィリアム・バシンスキーが『The Disintegration Loops』の中で、アーティストが古いリールを誤って破壊したときに生じたアクシデントを引き合いに出し、特定の瞬間に起きた数値化できぬ決定的な要素が重要だとしている。これは”チャンス・オペレーション”が制作段階で偶発的に発生したもので、それらは音の破壊やマニュピレーションとしての音の減退や増幅なのである。その手法がAMの電波やアナログ信号のように、人間の手で完全には制御しきれきないものであるがゆえ、イリサリはアンビエントが最も面白いと考えているのかもしれない。



イリサリの制作は、自作の音源のループを重ねる場合もあり、なんらかの音源をサンプリングのように使用するケースもあるという。アーティストにとっては、周囲の環境からなんらかのインスピレーションを得る場合もあり、またイリサリは十代の頃からギターを演奏していたため、楽器の演奏から楽曲のヒントを得る場合も。例えば、ギターを録音した上で、原型がなくなるまで複雑なエフェクト加工を施すこともある。そしてイリサリにとって、最も大切なことは、それがフィールドレコーディングであれ、シンセサイザーの音源であれ、ユニークなものを追い求め、”そして自分がどのような人間であるかを示す”ということなのだ。イリサリは述べている。


「自分にとっては音で何かユニークなものを作り、音でどのような人間で、どういった人間になろうとしているかを示すことがとても大切なんだ。音が換気する感情や感性は、制作プロセスを通じて重大であり、それらがなんであるかを認識することが欠かせない。言うまでもなく、”汝、自身を知れ”という古い格言があるけれども、まさにその通りだと思う。”汝の音を知れ”。つまり、自分なりの道を見つけるということなんだ」



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ロンドンを拠点に活動するダニエル・カニンガムによるプロジェクト、Actress(アクトレス)が昨年の『LXXXVIII』に続く作品を発表した。タイトルは『Statik』で、Smalltown Supersoundから6月7日に発売される。

 

本日、シングル「Dolphin Spray」、「Static」が先行公開された。前者はモジュラーシンセを駆使したミニマル・テクノ/アシッド・ハウスで、後者は、抽象的なアンビエント/ドローンである。

 

アルバムについての声明で、カニンガムは次のように書いている。これはアーティストによる現代詩としても読めなくもない。

 


暗い森の中、血に染まった松の向こうに、静かなプール(ポータル)が煌めく。

見つめて。目を凝らして。心の目をグリッチする。

煙に包まれた空に静止した新月を見る。

不気味だ。あなたはここに映っていない。

(あなたはここにはいない)。

水が渦を巻いても目をそらさないで。

より深く見つめ、より近づき、その流れに身を委ねるんだ。

落ちる。

(落ちる)

落ちる...

地獄でも楽園でもない

銀のモノクロームの壮大な幻影が明滅する。

オリハルカムの鉢の中で炎が踊り、大理石の広間には反射池が並ぶ。

この廃墟のような寺院には、いまだに驚かされる。静まれ。

静まれ。聞け。ここには恐怖はない。

聞け。生きてきた瞬間のスペクトラルな響きに耳を澄ますんだ:

メロディー、モチーフ、リフレインが滴り、飛び散り、流れ落ちる。

ポセイドンの壁にアズド・レインが降り注ぎ、輝く玉座の前に薪がそびえ立つ。

儀式(レクイエム)が始まる。

絹のような音と水色の靄に包まれ、青黒い炎の上に浮かび上がる。

上へ下へ、下へ上へ。上へ下へ、無限の海へ。

波の下の鳩グレーの空では、突き刺すような月の光の中でイルカがおしゃべりし、水しぶきを上げる。

木々や森や土や血の下で、この鳩のようにまろやかな場所こそ、あなたがいる(映し出される)場所だ。

今も、これからも

 

 

「Dolphin Spray」

 

 

カニンガムの最新アルバムは、自由と静寂の感覚に満ちている。構想から制作、リリースに至るまで、「スタティック」は不自然なほどのシンプルさがある。アルバムの大半をフロー状態で書き上げたアクトレスにとって、この天空のように広大なプロジェクトは芸術的解放の証なのだ。



昨年の『LXXXVIII』(ニンジャ・チューンからリリース)に続く、繊細かつ荘厳な『Statik』は、アクトレスにとってSmalltown Supersoundからリリースする初のフルアルバムとなる。

 
カニンガムとオスロを拠点とする高音質サウンドを提供する尊敬すべきアーティストとのコラボレーションに注目。アクトレスがカルメン・ヴィラン(北欧のダブ・ステップの急峰。きわめて前衛的な作風で知られる)のカットを”Only Love From Now On LP”の12インチ用にリミックスした。


「Statik」



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ACTRESS 『Statik』


Label: Smalltown Supersound

Release: 2024/06/07

 

Tracklist:


1. Hell

2. Static

3. My Ways

4. Rainlines

5. Ray

6. Six

7. Cafe Del Mars

8. Dolphin Spray

9. System Verse

10. Doves Over Atlantis

11. Mello Checx

Interview - Celestial Trails Up-and-coming ambient producer from San Francisco


 

This process opens the gateway to surrealism, the unknown, and beyond what we can see.

- Celestial Trails


Notice:  This article is published in English&Japanese. Read the both language article below.


お知らせ: 本記事は英語と日本語で掲載されています。両言語の記事は下記よりお読みいただけます。



Episode in English


Celestial Trails, the San Francisco, California-based solo ambient music project of Fluttery Records founder Taner Torun, makes its debut on ''Lunar Beachcomber''.


Celestial Trails paints sonic tapestries layer by layer, seamlessly blending the warmth of organic textures from piano, analog synths, electric and bass guitars with the precision of virtual electronic instruments. Organic recordings are enriched using electroacoustic techniques such as reverb, delay, harmonizing, tape manipulation, and sonic deconstruction. Additionally, tape-manipulated field recordings captured during nature hikes and city walks are seamlessly integrated as another layer.


From seed to final form, Lunar Beachcomber’s recording process unfolded between June 2023 and January 2024. The first recording was in Pittsburgh, PA on a sleepless hot summer night, while the last one took place in San Francisco, CA. All recordings for the album were captured exclusively in these two cities.

 

For this issue, Music Tribune was able to discuss with an up-and-coming ambient producer from San Francisco.

 


Music Tribune:

 

First of all, can you tell us about your biography as an artist? When did you start
making ambient music? How did you connect it to your current form of music?

 

Celestial Trails(Taner Torun):


My musical journey began in punk and post-punk bands, where we cut our teeth with demos during my late teenage years. In my early twenties, I found myself drawn to the dreamy vibes of post-rock and modern classical music.

As a music enthusiast, I'd always dabbled in ambient music, but it wasn't until 2006 that I truly fell in love with the genre. That year, The Belong's album "October Language" struck a chord within me and I fell in love with ambient music. From there, I went on a quest to uncover more ambient gems, discovering the likes of William Basinski, Tim Hecker, and Rafael Anton Irisarri.

Eager to dive deeper, I set out to get my hands on the gear and software needed to bring my own ambient visions to life. Those early experiments were just the beginning of a thrilling ride into music production, both for myself and alongside fellow artists. 



Music Tribune:

 

Were you involved in any form of music production before you started your ambient
project?

 

 

Celestial Trails:

Back in the summer of 2006, a group of us kindred spirits started messing around with some experimental music. We recorded five tracks together, then finished the album by digitally passing files back and forth. When it felt complete, we uploaded it on Last.fm this was back when it was a massive hub for music discovery. It caught the attention of a significant audience. Our music found its way onto various experimental channels, earning us our first taste of international recognition. Under the moniker "A Journey Down the Well," I've collaborated with like-minded musicians on three albums.

In 2008, I started Fluttery Records, which became a home for post-rock, ambient, and modern classical talents. Beyond my own releases, I wear multiple hats at the label, mastering recordings and crafting album artwork for both our roster and a select few artists outside the label.

 



Music Tribune:

 

We then want to talk to you about your new album. We hear that a few years ago you went hiking in Mount Rainier and other nature-rich places. In what ways did this real-life experience influence your actual music-making?

 

 

Celestial Trails:



I have an undying love for nature in all its forms—birds, trees, plants, animals, you name it. Once upon a time, I used to be plagued by incessant overthinking and a cacophony of noisy thoughts rattling around in my head. But now, I've found solace in the tranquility of a quieter mind, and it's brought a newfound sense of joy and creativity into my life.

For me, hiking amidst the wonders of nature is akin to a meditative journey. It's a chance to fully immerse myself in the present moment, to listen intently to the whispers of my creative inner voice. Sure, like everyone else on this planet, I still grapple with thoughts that no longer serve me. But each time they surface, I've learned to acknowledge them and gently usher them away. In this phase of my life, I've made a conscious decision to embrace productivity, creativity, and joy with open arms.

Ambient music, much like nature itself, is all about the ebb and flow. You can find echoes of nature's rhythms in every note—a flowing river, the wind weaving through rocky landscapes, the gentle sway of tree branches adorned with leaves, the rhythmic crash of ocean waves against the shore, the soothing patter of rain, and the harmonious symphony of a meadow teeming with life. It's a mesmerizing tapestry of sound that mirrors the beauty and serenity of the natural world.



Music Tribune:

 

When I listened to the soundtrack of Lunar Beachcomber, the music as Celestial
Trails seemed to be more in the nature of an electric producer. It's quite elaborately
crafted, including glitchy noises. Are there any musicians that you yourself feel a
kinship with?

 

 

Celestial Trails:

 
Thank you so much for your kind words.

It's truly heartening to witness the growing presence of labels in the ambient music scene, providing a platform for numerous passionate producers to shine. There's an extensive list of labels and artists that I hold dear, and while it's hard to pick just a few, here are some noteworthy mentions. Azure Vista Records, for instance, boasts an impressive roster including the likes of Billow Observatory. Then there's 12K, hailing from New York state, founded by the seasoned ambient music veteran Taylor Deupree. And let's not forget Lontano Series from Italy, which consistently delivers stellar ambient tunes from talented underground artists.

On a somber note, I'd like to express my deepest condolences to the fans of Ryuichi Sakamoto. His untimely departure was a profound loss to the music world. However, he has left behind a priceless legacy, not only through his own musical creations but also through his collaborations with fellow artists—a treasure that will continue to inspire generations to come.

 



Music Tribune:

 

On this album, you will not only hear pleasant ambient, but also industrial style noise. Why do you incorporate this type of noise?

 

 

Celestial Trails:

 
Actually, I wouldn't call it industrial noise - I prefer to refer to them as "waves of flow." Most of these sounds are sourced from field recordings I made while hiking in nature.

I enjoy using nature's own sounds as an instrument, and I process them with techniques like tape manipulations and other electro-acoustic methods. I also apply these processing techniques to recordings of traditional instruments like guitar or organ, as well as virtual electronic instruments.

This process opens the gateway to surrealism, the unknown, and beyond what we can see. My goal is to create music where each track and album has its own unique universe. I'm drawn to the edginess of noise in genres like Noise and Industrial Music, but my music is not quite similar to that. I think most listeners will find these "waves" to be a captivating musical experience that they can swim in, whether they're exploring their adventurous side or traveling to other galaxies.

 



Music Tribune:

 

We would like to know your opinion on ambient production in general. There are many different elements to this genre, such as depicting soundscapes and healing. What would you say are the essential aspects of ambient production for you?



Celestial Trails:


When it comes to ambient music, I can only speak from my own experience. I believe each artist should find their own path and what works best for them. However, it's crucial not to confine oneself to common perceptions.

There's a tendency to pigeonhole ambient music into certain environments like airports, spas, or elevators, which can be amusingly restrictive. But in the early 2000s, artists like William Basinski challenged these notions, showcasing how ambient music can beautifully reflect an artist's unique individuality. While ambient music often evokes feelings of peace and calm, it's not limited to those emotions alone.

In my album "Lunar Beachcomber," I explore a variety of moods, emotions, and sonic landscapes. Take, for instance, the track "Spell Machine and Manufacturing," which I consider to be a rebellious ambient composition. In any genre of music, my priority is seeking out uniqueness. Although some may not immediately appreciate something different, novel, and original, I believe it's vital in music production to unearth your own creative spark and infuse it into your art.




Music Tribune:

 

You currently run Fluttery Records. What kind of music does the label deal with? Are there any artists you would recommend belonging to the label?

 


Celestial Trails:


Fluttery Records is a label that releases captivating music in the genres of post-rock, ambient, and modern classical. I encourage your readers to visit our website and explore the incredible artists we have the pleasure of working with.

Over the past 15 years, Fluttery Records has had the honor of releasing remarkable post-rock, modern classical, and ambient music from talented artists hailing from all corners of the world.

As I'm speaking with the Japanese press today, I'd like to highlight one of our exceptional artists from Japan. The band is called Gargle, and one of the members is my dear friend, Jun Minowa. Gargle has collaborated with the Spanish artist Bosques De Mi Mente on an album called Absence, which features mesmerizing and beautifully crafted modern classical compositions. This collaborative effort is a true testament to the label's dedication to showcasing the most compelling and boundary-pushing music from around the globe.

From the expansive and emotive post-rock soundscapes to the serene and introspective ambient pieces, and the deeply moving modern classical compositions, there is something for every music lover to discover on Fluttery Records.



Music Tribune:

 

What are your future plans for the label?

 


Celestial Trails:

 
We would like to keep doing what we are doing right now. We'll continue to champion our existing roster of artists while also welcoming new talents into the fold, providing them with a platform for international recognition and growth of their fan base. Our commitment remains unwavering: to keep our doors open to talented instrumentalists from every corner of the globe who are dedicated to creating exceptional music. Together, we'll continue to nurture a vibrant community of musicians and enthusiasts, united by their passion for instrumental music.

 

 

Music Tribune:

 

Thank you so much, Taner. I look forward to your future career as an artist and management of the label.



''Lunar Beachcomber" is released today on Fluttery Records.For more information, click here.

 




Episode In Japanese:


このプロセスは、超現実主義や未知のもの、目に見えるものを超越した何かへの扉を開く-Celestial Trails



カリフォルニア州サンフランシスコを拠点とするFluttery Recordsの創設者Tanel Torunのソロ・アンビエント・プロジェクト、Celestial Trailsがデビューアルバム『Lunar Beachcomber』をリリースする。


セレスティアル・トレイルズは、ピアノ、アナログ・シンセ、エレクトリック・ギター、ベース・ギターの有機的なテクスチャーの暖かさと、ヴァーチャルな電子楽器の精密さをシームレスに融合させながら、音のタペストリーを幾重にも描いていく。

 

オーガニックなレコーディングは、リバーブ、ディレイ、ハーモナイジング、テープ・マニピュレーション、サウンド・デコンストラクションといったエレクトロ・アコースティックなテクニックを駆使し、より豊かなものとなっている。さらに、自然散策や街歩きの際に録音されたテープ操作のフィールド・レコーディングが、もうひとつのレイヤーとしてシームレスに統合されている。


始まりから最終形まで、『ルナ・ビーチコマー』のレコーディング・プロセスは2023年6月から2024年1月にかけて展開された。最初のレコーディングは、ペンシルベニア州ピッツバーグで眠れない暑い夏の夜に行われ、最後のレコーディングはカリフォルニア州サンフランシスコで行われた。アルバムのレコーディングはすべて、この2都市のみで行われた。

 

今回、Music Tribuneは、サンフランシスコ出身の新進気鋭のアンビエント・プロデューサーに話を聞くことができた。

 


Music Tribune:

まず、あなたのアーティストとしての経歴を教えてください。アンビエント・ミュージックを作り始めたのはいつですか?また、それが現在の音楽活動にどのように結びついたのでしょうか?

 

Celestial Trails(Taner Torun):



私の音楽の旅はパンクやポストパンクのバンドから始まりました。20代前半になると、ポストロックやモダン・クラシックのドリーミーな雰囲気に惹かれるようになりました。



音楽愛好家として、私はいつもアンビエント・ミュージックに手を出していたんですが、このジャンルを本当に好きになったのは、2006年のことでした。その年、The Belongのアルバム『October Language』が私の琴線に触れ、アンビエント・ミュージックが好きになった。そこから私は、より多くのアンビエント・ミュージックの逸品を探し求めるようになり、ウィリアム・バシンスキー、ティム・ヘッカー、ラファエル・アントン・イリサリなどを発見しました。



もっと深く潜りたいと思った私は、自分のアンビエント・ビジョンを実現するために必要な機材やソフトウェアを手に入れようとしました。この初期の実験は、私自身にとっても、また仲間のアーティストたちにとっても、音楽制作へのスリリングな道のりの始まりに過ぎませんでした。




Music Tribune:

アンビエント・プロジェクトを始める前に、何か音楽制作に携わっていましたか?




Celestial Trails:


2006年の夏に、気の合う仲間で実験的な音楽を作り始めました。一緒に5曲レコーディングをして、デジタルでファイルをやり取りしながらアルバムを完成させました。アルバムが完成すると、Last.fmに楽曲をアップロードするようになりました。



Music Tribune:

 

続いて、新しいアルバムについてお話を伺いたいと思います。


数年前、マウント・レーニアをはじめとする自然豊かな場所にハイキングに行かれたそうですね。この実体験は、実際の音楽制作にどのような影響を与えたのでしょうか?


 
Celestial Trails:


私は、鳥、木、植物、動物など、あらゆる形の自然を愛してやみません。むかしは、ひっきりなしに考えこみすぎたり、頭の中で雑音のような思考に悩まされたりしていました。それでも、今は、より静かな心の静けさに安らぎを見出し、それが私の人生に新たな喜びと創造性をもたらしています。



私にとって、自然の驚異の中でのハイキングは瞑想の旅によく似ています。今この瞬間に完全に没頭し、創造的な内なる声のささやきに耳を澄ますチャンスでもある。確かに、この地球上の誰もがそうであるように、私はまだ、もはや自分のためにならない考えと闘っています。しかし、それらが浮上するたびに、私はそれを認め、そっと遠ざけることを学びました。私の人生のこの段階では、生産性、創造性、そして喜びを諸手を広げて受け入れることを意識的に決めたんです。



アンビエント・ミュージックについては、自然そのものと同じように、満ち引きを大切にしています。川の流れ、岩だらけの風景を縫う風、葉で飾られた木の枝の穏やかな揺らぎ、岸辺に打ち付ける海の波のリズミカルな音、心地よい雨音、そして、草原にあふれる調和のとれたシンフォニー……。

 


Music Tribune:


『ルナ・ビーチコマー』のサウンドトラックを聴いたとき、『セレスティアル・トレイルズ』の名義としての音楽はエレクトリック・プロデューサーの性質が強いように感じました。グリッチノイズなど、かなり精巧に作られていますね。あなた自身が親しみを感じているミュージシャンはいますか?

 

 

Celestial Trails:

 
ありがたいお言葉をありがとうございます。



アンビエント・ミュージック・シーンにおいてレーベルの存在感が増しているのを目の当たりにし、多くの情熱的なプロデューサーたちが輝ける場を提供していることを、本当に心強く思っています。

 

私が大切にしているレーベルやアーティストのリストは数多くあり、その中からいくつかを選ぶのは難しいのですが、特筆すべきものをいくつかご紹介しましょう。

 

例えば、アズール・ヴィスタ・レコーズは、ビロウ・オブザーバトリーを含む印象的なロスターを誇っています。そして、経験豊富なアンビエント・ミュージックのベテラン、テイラー・デュプリーが設立したニューヨーク州出身の12Kも素晴らしいです。

 

そして、才能あるアンダーグラウンド・アーティストによる素晴らしいアンビエント・チューンをコンスタントに提供しているイタリアのロンターノ・シリーズも忘れてはならないでしょう。



次いで、坂本龍一のファンにも哀悼の意を表しておきたいです。彼の早すぎる旅立ちは、音楽界にとって大きな損失でした。しかしながら、彼自身の音楽的創造のみならず、仲間たちとのコラボレーションを通して、彼はかけがえのない遺産を残しました。

 


Music Tribune:

 

このアルバムでは、心地よいアンビエントだけでなく、インダストリアル・スタイルのようなノイズも聴くことができます。なぜ、このようなノイズを取り入れたのでしょう?


 

Celestial Trails:


実は、産業ノイズとは呼んでいません。私は、"流れの波 "と呼んでいます。これらの音のほとんどは、自然の中をハイキングしているときに録音したフィールドレコーディングから得ています。



自然の音を楽器として使うのが好きで、テープ・マニピュレーションなどの電気音響的な手法で加工しています。また、これらの加工技術をギターやオルガンなどの伝統的な楽器やバーチャルな電子楽器の録音にも応用しています。



このプロセスは、超現実主義や未知のもの、目に見えるものを超えたものへの入り口を開く。私の目標は、それぞれのトラックやアルバムが独自の世界を持つような音楽を作ることです。私はノイズやインダストリアル・ミュージックといったジャンルのノイズのエッジネスに惹かれるが、私の音楽は、それとは似ても似つかないでしょう。ほとんどのリスナーは、冒険的な一面を探検しているときでも、他の銀河系を旅しているときでも、この「波」を泳いでいるような魅惑的な音楽体験だと感じると思う。



 

Music Tribune: 

 

アンビエント制作全般についてのご意見をお聞かせください。このジャンルには、サウンドスケープの描写や癒しなど、さまざまな要素があります。あなたにとってアンビエント制作の本質的な部分は何だと思いますか?



Celestial Trails:


アンビエント・ミュージックに関しては、私は自分の経験からしか語ることができませんね。それぞれのアーティストが自分の道を見つけ、自分にとって何が一番効果的かを見つけるべきだと思います。しかし、一般的な認識にとらわれないことが重要です。



アンビエント・ミュージックは、空港、スパ、エレベーターなど、特定の環境に限定される傾向があり、それは面白いほど制限的なのです。しかし、2000年代初頭、ウィリアム・バシンスキーのようなアーティストがこうした概念に挑戦し、アンビエント・ミュージックがアーティストのユニークな個性を見事に反映できることを示しました。アンビエント・ミュージックはしばしば平和で穏やかな感情を呼び起こすのですが、そのような感情だけに限定されるものではないでしょう。



私のアルバム『Lunar Beachcomber』では、様々なムード、感情、音の風景を探求しています。例えば、"Spell Machine and Manufacturing "という曲は、反抗的なアンビエント曲だと思っています。どんなジャンルの音楽でも、私が優先するのは独自性を追求すること。人とは違うもの、斬新なもの、独創的なものを、すぐに評価しない人もいるかもしれませんが、自分自身の創造的な輝きを発掘し、それを作品に吹き込むことが音楽制作には不可欠だと信じています。




Music Tribune:

 

あなたは現在、Fluttery Recordsを運営なさっています。このレーベルはどのような音楽を扱っていますか? また、このレーベルに所属のお勧めのアーティストはいますか?

 



Celestial Trails:


Fluttery Recordsは、ポストロック、アンビエント、モダン・クラシックのジャンルで魅力的な音楽をリリースするレーベルです。読者の皆さんには、ぜひ私たちのウェブサイトを訪れて、私たちが一緒に仕事をする喜びを感じている素晴らしいアーティストたちを探求していただきたいと思います。



過去15年にわたり、Fluttery Recordsは世界中の才能あるアーティストからポストロック、モダン・クラシック、アンビエント音楽をリリースしてきました。



今日、日本のプレスとお話をさせていただくにあたり、日本からの優れたアーティストの一人にスポットを当てたいと思います。

 

Gargleというバンドで、メンバーの一人は私の親愛なる友人である箕輪純です。Gargleはスペインのアーティスト、Bosques De Mi Menteとコラボレートしたアルバム『Absence』を発表しました。このコラボレーションは、世界中から最も魅力的で境界を押し広げる音楽を紹介するというレーベルの献身性を証明するものです。



広がりのあるエモーショナルなポストロックのサウンドスケープから、静謐で内省的なアンビエント作品、そして、深く心を揺さぶるモダン・クラシックの楽曲に至るまで、Fluttery Recordsにはすべての音楽愛好家が発見できる何かがあるはずです。



Music Tribune:

 

レーベルの今後の事業計画はありますか?

 


Celestial Trails:

 
今やっていることを続けていきたいと思っています。既存のアーティストを支持し続ける一方で、新たな才能を迎え入れ、彼らに国際的な認知とファン層の拡大のためのプラットフォームを提供します。

 

私たちのコミットメントは揺るぎません。卓越した音楽を創造することに専心する世界中の才能あるインストゥルメンタリストに門戸を開き続けることです。私たちは、インストゥルメンタル・ミュージックへの情熱で結ばれたミュージシャンと愛好家の活気あるコミュニティを、共に育てていきます。

 
 

Music Tribune:


Tanerさん、本当にありがとうございました。今後のアーティストとしての活躍、レーベルの運営にも期待しています。


 


カリフォルニア州サンフランシスコを拠点とするFluttery Recordsの創設者Taner Torunのアンビエントプロジェクト、Celestial Trailsがデビュー作『Lunar Beachcomber』を4月12日にリリースする。


セレスティアル・トレイルズは、ピアノ、アナログ・シンセ、エレクトリック・ギター、ベース・ギターによるオーガニックなテクスチャーの暖かさと、バーチャルな電子楽器の精密さをシームレスに融合させながら、音のタペストリーを幾重にも描いていく。オーガニックなレコーディングは、リバーブ、ディレイ、ハーモナイジング、テープ・マニピュレーション、サウンド・デコンストラクションといったエレクトロ・アコースティックのテクニックを駆使し、より豊かなものとなっている。さらに、自然散策や街歩きの際に録音されたテープ操作のフィールド・レコーディングが、もうひとつのレイヤーとしてシームレスに統合されている。


種から最終形まで、ルナ・ビーチコマーのレコーディング・プロセスは2023年6月から2024年1月にかけて展開された。最初のレコーディングはペンシルベニア州ピッツバーグで眠れない暑い夏の夜に行われ、最後のレコーディングはカリフォルニア州サンフランシスコで行われた。アルバムのレコーディングはすべて、この2都市のみで行われた。


自然の限りない美しさ、都市の風景、宇宙の魅惑的な謎にインスパイアされた『Lunar Beachcomber』は、静かな草原、賑やかな街並み、そして広大な宇宙空間を思わせるみずみずしいサウンドスケープで、あなたを未知の音の領域へと誘う。


オープニング・トラックの 「A Pair of New Wings」は、自然や生命との深い個人的なつながりをオーディオで表現している。


「過去5年間、私はニューヨーク州北部のフィンガー・レイク周辺のトレイルを発見したり、ラッカワナ川沿いを散策したりと、アメリカ全土で素晴らしいハイキングに出かけてきた。秋にはレーニア山の鮮やかな色を目の当たりにし、カリフォルニアの冬にはタマルパイス山の静謐な美しさを体験した。カウアイ島でマッドスキッパーと同じ泥地を共有したことは、忘れがたい瞬間のひとつに過ぎない。どの旅も深く、私の癒しの旅に欠かせないものであり、私に慰めやインスピレーション、そして新たな自由の感覚を与えてくれた」


入念な処理によって、エレキギターは慣れ親しんだ皮を脱ぎ捨てる。Time Collapse on the Threshing Floor」と「The Crudest Luminescence」の洗礼されたエレクトリック・ギターは、雰囲気のあるアンビエント・サウンドスケープにシームレスに溶け込んでいる。しかし、ストリングス以外にも驚きがある。


「このアルバムのすべての謎を明かしたくはないが、耳を澄ませば「Spell Machine Manufacturing」で鳥の群れを聴くことができる。それらの謎は、一連のフィルターとテープ操作によってうまく隠されている」


その抽象的な性質にもかかわらず、このアルバムには識別可能なメロディーが残されている。SFやシュールレアリズムの要素を取り入れた "Lunar Beachcomber "は、豊かで質感のあるアンビエント体験を提示しながらも、そのルーツは地球にしっかりと根付いている。


「私たちはしばしば、この惑星が砂浜の砂粒よりも小さいことを忘れてしまう。人生は贈り物であり、この惑星での時間は限られている。私たちは、この経験をお互いに簡単で楽しいものにするよう努力しなければならない」


Celestial Trailsは、地上のささやき声と宇宙のハミングが交錯する、音の風景への誘いを広げている。リスナーはこの聴覚の旅に出るとき、この宇宙のビーチコーミングの聖域での、はかなくも魅力的な体験を思い起こすことだろう。

 

 

 




Celestial Trails, the San Francisco, California-based solo ambient music project of Fluttery Records founder Taner Torun, makes its debut on Lunar Beachcomber.


Celestial Trails paints sonic tapestries layer by layer, seamlessly blending the warmth of organic textures from piano, analog synths, electric and bass guitars with the precision of virtual electronic instruments. Organic recordings are enriched using electroacoustic techniques such as reverb, delay, harmonizing, tape manipulation, and sonic deconstruction. Additionally, tape-manipulated field recordings captured during nature hikes and city walks are seamlessly integrated as another layer.


From seed to final form, Lunar Beachcomber’s recording process unfolded between June 2023 and January 2024. The first recording was in Pittsburgh, PA on a sleepless hot summer night, while the last one took place in San Francisco, CA. All recordings for the album were captured exclusively in these two cities.


Inspired by the boundless beauty of nature, urban landscapes, and the alluring mysteries of the cosmos, Lunar Beachcomber invites you to explore uncharted sonic territories; lush soundscapes, evoke tranquil meadows, bustling cityscapes, and the vastness of outer space.


The opening track, “A Pair of New Wings,” serves as an audio representation of the profound personal connection to nature and life.


“Over the past five years, I’ve embarked on incredible hikes across the United States, from discovering the trails around Finger Lakes in upstate New York to wandering along the Lackawanna River. I’ve witnessed the vibrant colors of Mount Rainier in Autumn and experienced the serene beauty of Mount Tamalpais in California winter. Sharing the same muddy ground with mudskippers in Kauai was just one of many memorable moments. Each journey has been profound, integral to my healing journey, offering me solace, inspiration, and a newfound sense of freedom.”


Through careful processing, electric guitars shed their familiar skins. The washed electric guitars in “Time Collapse on the Threshing Floor” and “The Crudest Luminescence” are seamlessly integrated into the atmospheric ambient soundscape. However, there are more surprises beyond the strings.


“I don’t want to reveal all the mysteries of this album but if you listen carefully you can hear a flock of birds in “Spell Machine Manufacturing”. Those mysteries are well hidden with a series of filters and tape manipulations.”


Despite its abstract nature, the album retains discernible melodies. Infused with elements of science fiction and surrealism, “Lunar Beachcomber” presents a rich and textured ambient experience, yet its roots remain firmly planted on earth.


“We often forget that our planet is smaller than a grain of sand on a beach. Life is a gift, and our time on this planet is limited. We should strive to make this experience easy and pleasant for each other.”


Celestial Trails extends an invitation to traverse sonic landscapes, where earthly whispers intertwine with cosmic hums. As listeners embark on this auditory journey, they are reminded of the fleeting yet intriguing experience within this cosmic beachcomber’s sanctuary.



Celestial Trails『Lunar Beachcomber』




Label: Fluttery Recrods

Release: 2024/04/12


Tracklist:


01 – A Pair of New Wings

02 – Lunar Beachcomber

03 – Time Collapse on the Threshing Floor

04 – Lighthouse Behind the Glowing Tree

05 – Spell Machine Manufacturing

06 – Egg Hatching in the Violet River

07 – The Crudest Luminescence

08 – Touchdown on Interstellar Shores

 

Pre-order(bandcamp):

 

https://celestialtrails.bandcamp.com/album/lunar-beachcomber 

 


ベルギーのアンビエント・プロデューサー、Adam Wiltzie(アダム・ウィルツィー)が新作アルバム「Eleven Fugues For Sodium Pentothal」を発表しました。アルバムはシカゴのクランキーから4月5日にリリースされる。


アダム・ウイルツィーはStars of  The Lid、A Winged Victory For The Sullenのプロジェクトで知られている他、クリスティーナ・ヴァンゾーとのデュオ、Dead  Texanとしてもクランキーからアンビエントのリリースを行っている。アダム・ウィルツィーの作品はアンビエントの名盤でもご紹介しています。


Stars of  The Lidのもう一人のメンバーであり、傑出したプロデューサー、ブライアン・マクブライドは昨年、53歳の若さでこの世を去り、現在、プロジェクトの続行が困難となっている。今作はアダムの渾身の一作であり、亡き盟友へのレクイエムである。


作曲家(Stars Of The Lidの共同創設者でもある)アダム・ウィルツィーの最新組曲は、ベルギー/ブリュッセルから北へ移動し、フランダースの田園地帯で制作された。


このアルバムは、美と廃墟の間で永遠に解決されぬ悲鳴を上げながら、忘却の魅力をユニークに呼び起こし、現実性を適度に回避している。アダム・ウィルツィーは、タイトルにもなっているバルビツールをミューズであり、神聖な逃避先として挙げている。


「人生という日々の感情的な肉挽き機に正面を向いて座っているとき、私はいつも、ただ自動的に眠りに落ちることができるように、そして、その感覚がもうそこに存在しないかのように、もしくは、もう少しだけそこにあればいいのにと思っていたんだ」


ウィルジーの自宅スタジオで録音され、ブダペストの旧ハンガリー国営ラジオ施設(Magyar Radio)でストリングスを加えたトラックは、親密さと同時に無限の広がりを感じさせ、内的な空間で垣間見える景色を展開している。イギリスのドローン・ロック・アイコン、ループの名工、ロバート・ハンプソンがミックスを担当、音楽に映画に比する広がりと斜に構えたような催眠感を与える。これらは、文字通りのクラシック音楽的なフーガと同じように、不確かな記憶と空間的なズレにまみれたエピファニーが無意識から引き出され、宙に浮いているかのような不可思議な状態を生み出す。





アルバムの予約はこちら



Adam Wiltzie 「Eleven Fugues For Sodium Pentothal」



Label: kranky
Release: 2024/04/05

 Tracklist:

1.Buried At Westwood Memorial Park, In An Unmarked Grave, To The Left Of Walter Matthau

2.Tissue Of Lies 

3.Pelagic Swell

4.Stock Horror

5.Dim Hopes

6.As Above Perhaps So Below

7.Mexican Helium

8.We Were Vaporised

9.(Don't Go Back To) Boogerville