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大森日向子がニューシングル「in full bloom」をリリースしました。ロンドンを拠点に活動する彼女にとって、昨年のデビューアルバム『a journey...』のリリース以来、初の新曲となります。下記よりお聴きください。


「"in full bloom "は、自分自身を愛し、慈しむことを忘れないための内省の歌です」と大森は説明します。

 

「ピッチフォークが昨年のピッチフォーク・ロンドン・フェスティバルの前にセッションをアレンジしてくれて、その日を利用して何かに取り組むことができました。私が家で作っていたデモを持ち込んで、ボーカル、ピアノ、追加のシンセサイザーを録音しました。そこでトラックを仕上げることができたのは、とても良い機会でした」


Gia Margaret

 

シカゴ出身のピアニスト/アーティスト、ジア・マーガレットは、2018年に発表した素晴らしいデビュー作『There's Always Glimmer』に続いて、ちょっと意外な作品をjagujaguwarから発表した。


これは『Glimmer』のリリースとその後の成功後、ジアの人生における試練の時期から生まれた美しく瞑想的で癒しのアンビエント・アルバムです。病気で1年近く歌えなくなり、ツアーもキャンセルせざるを得なくなったジア・マーガレットは、シンセとピアノを中心とする、さまざまなファウンドサウンドやフィールドレコーディングを加えたインストゥルメンタル曲を、セラピーとしての音楽実験のような形で作り始めた。


「これらの作曲は、音楽制作者としてのアイデンティティを保つのに役立ちました」とジアは説明している。「時にはこの音楽は、セラピーや他の何かよりも、私の不安を和らげてくれた...。私は希望が持てるようなものを作りたかったんだけど、このプロセス全体において私は本質的に絶望感を感じていたからちょっと皮肉ね。私は自己鎮静のために音楽を作っていたのです」


その結果、光り輝く、温かく感情的で、穏やかなカタルシスをもたらす曲のコレクションは、ジア自身の自己治癒の旅を楽にしてくれ、私たちがこの怖い不確かな時代を乗り切ろうとするとき、新たなレベルの親近感と重みを帯びてくる。「私の人生の中で、完全に忘れてしまいたいような、本当に奇妙な時期の感覚をとらえたかったのです」と彼女は言った。「このプロセスは、私自身について何かをより深く理解するのに役立ちました」これは「悪夢の追体験のようだった」と回想する数年前の出来事から完全に立ち直るためには是非とも必要な事だったのだ。


「ロマンティック・ピアノ」は、エリック・サティ、エマホイ・ツェゲ・マリアム・ゲブロウ、高木正勝の「Marginalia」などに通じるものがあると説明されている。「ロマンティック」はドイツの古典的な意味を示唆し、その構成は、ロマン派の詩人たちの崇高なテーマ、自然の中での孤独、自然がもたらす癒しや教え、満足感に満ちたメランコリーなどを想起させるものがある。


「結局は、人の役に立つ音楽を作りたかったのです」とマーガレットは言い、このレコードの魅力を表現している。「ロマンティック・ピアノ」は好奇心旺盛で、落ち着きがあり、忍耐強く、信じられないほど感動的である。しかし、1秒たりとも曲を長引かせ、冗長に陥らせることはない。


デビュー作「There's Always Glimmer」もまた叙情的で素晴らしい内容だったが、ツアー中の病気で歌えなくなり、アンビエントアルバム「Mia Gargaret」を制作したところ、「There's Always Glimmer」の叙情的な曲では発揮しきれなかったアレンジや作曲に対する鋭い直感が現れた。


同様に「Romantic Piano」もほとんど言葉がない。「インストゥルメンタル・ミュージックの作曲は、一般的に、叙情的な曲作りよりもずっと楽しいプロセスです」と、彼女は言う。「そのプロセスが最終的に私の曲作りに影響を与える」そして、マーガレットにはもっとソングライター的な作品がある一方で、「Romantic Piano」は彼女を作曲家として確固たるものにしている。


幼少期からピアノを演奏しており、当初は作曲の学位を取得しようとしていたマーガレットだったが、音楽学校を途中で退学する。この時期について、「オーケストラで演奏するのが嫌で、映画音楽を書きたかった。そして、ソングライターになることに集中するようになった」と語っている。その後、ジア・マーガレットは録音を行い、youtubeを通じて自分のボーカルを公開するようになる。当初はbandcampで作品の発表していたが、その成果は「Dark & Joy」で実を結んだ。以後の「There's Always Glimmer」からは自らの性質を見据え、本格的な作品制作に取り掛かるようになる。近年は、より静謐で没入感のあるアンビエントに近い作風に転じている。

 

 

『Romantic Piano』jagujaguwar

 

ツアー中の病により、治癒の経過とともに発表された前作アルバム『Mia Margaret』は、オープナーのバッハへの『平均律クラヴィーア』の最初の前奏曲のオマージュを見ても分かる通り、シンセを通じたクラシカルミュージックへのアプローチや、フィールド・レコーディング、ボーカルのサンプリングを織り交ぜたエレクトロニカ作品に彼女は取り組むことになった。制作者は、この音楽について、”スリープ・ロック”と称しているというが、電子音楽を用いたスロウコア/サッドコアや、オルタナティブ・フォーク、ポピュラーミュージックの範疇に属していた。

 

そして、今回のアルバムでも、そのアプローチが継続しているが、今作は、アコースティクピアノという楽器とその演奏が主役にあり、その要素がないわけではないにしても、シンセ、アコースティックギター、(他者のボーカルのサンプリング)が補佐的な役割を果たしている。そして前作アルバムと同じように、制作者自身のボーカルが一曲だけ控えめに収録されている。

 

このアルバム全体には、鳥の声、雨、風、木の音といった、人間と自然との調和に焦点を絞ったフィールド・レコーディングが全体に視覚的な効果を交え、音楽の持つ安らいだムードを上手に引き立てている。アルバムの制作段階で、制作者はピアノを用い、(まずはじめに楽譜を書いて)、その計画に沿って演奏するという形でレコーディングが行われた。前作のアルバムは、最初にボーカリストとしてのキャリアを始めた彼女が立ち直るために制作されたと推測出来る。しかし、二作目で既にその遅れを取り戻すというような考えは立ち消え、より建設的な音楽としてアルバムは組み上げられた。それは制作者が語るように、「人の役に立つ」という明確な目的により、緻密に構築されていった作品である。それはもちろん、制作者自身にとっても有益であるばかりか、この音楽に触れる人々にも小さな喜びを授けることになるだろう。言い換えれば、氾濫しすぎたせいで見えづらくなった音楽の本当の魅力に迫った一作なのである。

 

人間と自然の調和というのは何なのだろう。そもそも、それは極論を言えば、人間が自然を倣い、自然と同じ生き方をするということだ。ある種の行動にせよ、考えにせよ、また長いライフプランにせよ、背伸びをせず、行動はその時点の状況に沿ったものであり、無理がないものである。例えば、それは木の成長をみれば分かる。木は背伸びをしない。その時々の状況に沿って、着実に成長していく。苗が大木になる日を夢見ることはない。なぜなら他の木と同じように、大きな勇ましい幹を持つ大木に成長することを、彼らは最初から知っているではないか。それと同じように、この回復の途上にある二作目のアルバムの何が素晴らしいのかと言えば、音楽に無理がなく、そして、音の配置の仕方に苦悩がないわけではないというのに、制作者はそれに焦らず、ちっとも背伸びをしようとしていないことなのである。これが端的に言えば、「Romantic Piano」に触れる音楽ファンに安らいだ気持ちを与える理由である。はじめに明確な主題があり、そして計画があり、それに準拠することにより、 ささやかな音楽の主題の芽吹きを通じ、創造という名の植物が健やかに生育していく過程を確認することが出来るのである。


「Hinoki Woods」


自然との調和という形はオープナーである「Hinoki Wood」に明確に表れている。シンセサイザーを用いた神秘的なイントロから音楽が定まっている。制作者は、予め決めていたかのように、緩やかで伸びやか、そして情感を込めたピアノ曲を展開させる。ピアノの音のプロダクションは、レーベルが説明するように日本のモダンクラシカルシーンで名高い高木正勝の音作りにも近似する。加えて、徹底して調和的なアンビエント風のシンセがその音の持つ温もりをより艷やかなものとしている。そして聴き始めるまもなく、あっという間に終了してしまうのである。

 

すべての収録曲が平均二分にも満たない細やかな作品集は、このようにして幕を開ける。そして、なにか得難いものを探しあぐねるかのように、聞き手はこの作品の持つピアノの世界へと注意を引きつけられ、その世界の深層の領域へと足を踏み入れていくことを促されるのである。そして二曲目の「Ways of Seeking」では、より視覚的な効果を交えたロマンティックな世界観が繰り広げられていくことになる。二曲目では、足元の土や葉を踏みしめる足音のサンプリングが聞き手の興味を駆り立て、前曲と同様、シンセサイザーの連続した音色と合わさるようにして、ロマンティックなピアノが切なげな音の構図を少しずつ組み立てていく。ピアノのフレーズは情感に溢れ、ドビュッシーのような抽象的な響きを持つ。催眠的なシンセは、そのピアノのフレーズの印象を強め、それまでに存在しなかった神秘的な扉を静かに押し開き、フレーズが紡がれるうち、はてしない奥深い世界へと入り込んでいく。また、例えれば、茫漠とした森の中にひとり踏み入れていくかのような不可思議なサウンドスケープが貫かれている。ピアノとシンセの合間には高い音域のシンセの響きが取り入れられ、視覚的な効果を高め、聞き手の情感深くにそれらの音がじっくり染み渡っていくかのようである。

 

その後も素朴で静かなピアノ曲が続く。「Cicadas」では、Peter Broderick(ピーター・ブロデリック)のピアノ曲のように抽象的でありながら穏やかな音の構成を楽しむことが出来る。ピアノの音は凛とした輝きを持ち、建築学の構造学的な興味を駆り立てるような一曲である。もちろん、言わずもがな、ロマン派としての情感は前曲に続いて引き継がれている。イントロに自然の中に潜む虫の音のサンプリングを取り入れ、情景的な構造を呼び覚ます。まるで前の曲と一転して夜の神秘的な森の中をさまようかのように、それらの静かな雰囲気は、ジア・マーガレットの悩まし気なピアノの演奏によって引き上げられていく。そして、ひとつずつ音符を吟味し、その音響性を確認するかのように、それらの音符を縦向きの和音として、あるいはまた横向きの旋律として、細糸を編みこむかのようにやさしく丹念に紡いでいく。そしてそれはボーカルこそないのだが、ピアノを通じて物語を語りかけるような温和さに満ちているのである。

 

その後の2曲は、澄明な輝きと健やかな気風に彩られた静謐なピアノ曲という形で続いていく。「Juno」はアルバムの中で最もアンビエントに近い楽曲であり、自然との調和という感覚が色濃く反映されている。ジア・マーガレットはシンプルでおだやかな伴奏を通じて、「間」を活かし、その休符にある沈黙と音によって静かな対話を繰り返すかのようでもある。そして、禅の間という観念を通じて、自らそれをひとつの[体験]として理解し、その間の構造を介して、一つの緩やかな音のサウンドスケープを構成していく。そして、曲の後半部では、シンセのサウンドスケープを用いることにより、微笑ましいような情感が呼び覚まされ、聞き手は同じように、その安らいだ感覚に釣り込まれることになるだろう。さらに続く、「A Strech」は、日本の小瀬村晶に近い繊細な質感を持った曲であり、日常の細やかな出来事や思いを親しみやすいピアノ曲に織りこもうとしている。分散和音を基調にしたピアノの演奏の途中から金管/木管楽器の長いレガートを組みあわせることで、ニュージャズに近い前衛的かつ刺激的な展開へと繋がる。


「A Stretch」

 


前作のアルバムと同じように、ボーカル入りのトラック「City Song」が本作には一曲だけ控えめに収録されている。しかし、タイトルにもある通り、アルバムの中では最も都会的な質感を持ち合わせ、そして他にボーカル曲が収録されていないこともあってか、全体を俯瞰してみた際、この曲は力強いインパンクトを放っている。アルバムの前半部と同様、ピアノの伴奏を通じて、ジア・マーガレット自身がボーカルを取っているが、オルトフォーク/アンビエントフォークのようなアプローチを取り、古びたものをほとんど感じさせない。ジア・マーガレットのボーカルは、Grouperことリズ・ハリスのように内省的で、ほのかな暗鬱さを漂わせる。不思議とその歌声は心に染み渡ってくるが、しっかりと歌声に歌手の感情が乗り移り、それらが完全に一体化しているからこそ、こういったことが起こりうるのだ。つまり、当たり前ではあるが、歌を歌う時に言葉とは別のことを考えていたら、聞き手の心を捉えることは不可能である。これはシンガーソングライターとして声を失った経験が、彼女にその言葉の重み、そして、言葉の本当の意義を気づかせるに至ったのではないだろうかと推察される。

 

「Sitting Piano」はアルバムの中で間奏曲のような意味を持ち、米国のモダンクラシカルシーンで活躍するRachel Grime(元Rachel's)のピアノ曲を彷彿とさせる。例えば、20世紀のモノクロ時代の映画のサウンドトラックの要素が取り入れられ、それが製作者の一瞬のひらめきを具現化するような形で現れる。前半部と後半部を連結させる働きを持つが、おしゃれな響きを持ち合わせ、聴いていて、気持ちが沸き立つような一曲となっている。続いて、アルバムの中で唯一、ジア・マーガレットがギターを通してオルトフォークに取り組んだのが「Guitar Piece」である。

 

ここでは、黄昏の憂いのような雰囲気があらわされ、それがふと切ない気持ちを沸き起こらせる。シンプルなアルペジオで始まるアコースティックギターは途中で複雑な和音を経る。英語ではよく”脆弱性”とも称される繊細で切ない感覚は、レイヤーとして導入されるアンビエントのシンセパッドとピアノの装飾的なフレーズにより複雑な情感に導かれる。内省的で瞑想的な雰囲気に満ちているが、その奇妙な感覚は聞き手の心に染み入り、温かな感覚を授けてくれる。


「La langue de l'amitie」では、モダンクラシカルとエレクトロニカの融合が試みられる。基本的には、アルバムの他の収録曲のようにシンプルなピアノ曲ではあるが、トラックの背後にクラブ・ミュージックに代表される強いビートとグルーブ感を加味することで、クラシカルともエレクトロともつかない奇異な音楽が作り出される。ここではローファイ・ヒップホップのように、薄くフィルターを掛けたリズムトラックが軽快なノリを与え、シンプルで親しみやすいピアノの演奏にグルーブ感を与えている。例えば、日本のNujabesのようなターンテーブル寄りの曲として楽しむことが出来る。ここにはピアノ演奏者でもソングライターでもない、DJやエレクトロニックプロデューサーとしての制作者の一面が反映されている。


アルバムの終盤に到ると、前作の重要なテーマであったスポークンワードのサンプリングという形式が再び現れる。「2017」では、ポスト・クラシカルの形式を選び、多様な人々の声を出現させる。そこには、壮年の人の声から子供の声まで、幅広く、ほんとうの意味での個性的な声のサンプリングが絵画のコラージュさながらに散りばめられ、特異な音響空間を組み上げてゆく。年齢という概念もなければ、人種という概念もない。ピアノの伴奏は、それらのスポークンワードの補佐という形で配置され、様々な人々の声の雰囲気を引き立てるような役割を果たす。

 

「Apriil to April」は、エイフェックス・ツインの「April 14th」に対するオマージュであると推察されるが、ピアノの演奏にエレクトロの要素を重複させ、実験音楽のような音響性を作り出している。Aphex Twinの「aisatosana[102]」と同じように、鳥の声のサンプリングを取り入れ、アンビエントとエレクトロの中間点を探る。この曲は前者の二曲と同様に安らいだ感覚を呼び覚ます。


アルバムの最後に収録されている「Cinnamon」では、雨の音のサンプリングをグリッチ・ノイズの形で取り入れ、このアルバムの最初のテーマであるピアノの演奏に立ち返る。おしゃれな雰囲気に充ちたこの曲は、視覚的なサウンドアプローチにより映画のエンディングのような効果がもたらされている。そして、それはアルバムの序盤と同じように、徹底して制作者自らの感情を包み込むかのような温かさに満ちている。もちろん、それは細やかな小曲という形で、これらの音の世界は一つの終わりを迎え、更に未知なる次作アルバムへの期待感を持たせるのだ。


しかしながら、これらの調和的な音楽が、現代の人々に少なからず癒やしと安心感をもたらすであろうことはそれほど想像に難くない。それは現代人の多くがいかに自分の感覚を蔑ろにしているのかに気づく契機を与えることだろう。このアルバムでピアノを中心とし、制作者が追い求めた概念はきっと自らの魂を優しく抱きしめるということに尽きる。そしてそれは彼女自身が予期したように、多くの心に共鳴し、癒しと潤いの感覚を与えるという有益性をもたらすのだ。

 


88/100

 


Weekend Featured Track 「City Song」



Gia Margaretの新作アルバムはjagujaguwarより発売中です。ご購入/ストリーミングはこちらからどうぞ。



 

ジョン・ホプキンスが「Tayos Caves, Ecuador (Meditation Version)」と「Ascending, Dawn Sky (Meditation Version)」をリリースします。

 

この2枚は、2021年のアルバム『Music For Psychedelic Therapy』の収録曲を拡張再加工したもので、特に音の瞑想として使用するために制作されました。"Tayos Caves, Ecuador (Meditation Version)" は、アルバムに収録されている "Tayos Caves, Ecuador" の3つのパートを1つの超越した全体としてまとめています。


ジョン・ホプキンスはこの新曲について次のように語っています。 「Music For Psychedelic Therapyは、瞑想用のアルバムとして書かれたものではありませんが、何かをリリースしたら、自分自身の見方を捨てて、それ自身のものにした方がいいということがわかりました」

 

そこで、中心的な作品のひとつ「エクアドル、タイオス洞窟」を、より瞑想に適したバージョンにしたらどうだろうかと考えました。そのために、フィールドレコーディングをすべて削除し、特定のイメージが思い浮かばないようにしました。このバージョンは、よりニュートラルで、より穏やかなものです。この音楽をもう一度聴くと、とてもインスピレーションが湧くので、「Ascending, Dawn Sky」も同様にシンプルに仕上げました。

 

 

 

 

 


Jenny Owen Youngs
 

ニュージャージー出身の音楽家であるJenny Owen Youngsは、新作アルバム「from the forest floor」を発表しました。この12曲入りアルバムは5月5日にOFFAIR Recordsからリリースされます。

 

ニュージャージー州北部の森で育ったジェニー・オーウェン・ヤングスは、現在メイン州の沿岸部に住んでおり、他のアーティストと共同で執筆したり、ポッドキャストを作ったり、次のレコードの制作に多くの時間を費やしています。彼女の曲はBojack Horseman、Weeds、Suburgatory、Switched at Birthなどに登場する。

 

現在、アルバムの収録曲のみが公開となっています。リリースの発表と併せてジェニー・ヤングスはモダンクラシカル/ピアノアンビエントの系譜にある涼やかで自然味溢れる「sunrise mtn」を公開しました。(ストリーミングはこちら

 

「この曲は、北ジャージーのキタティニー山脈にある、アパラチアン・トレイル沿いのストークス州立森林公園にあるピークの名前です」と、ジェニー・ヤングスは声明で説明している。

 

頂上に立つと、ニュージャージー、ペンシルバニア、ニューヨークが眼下に広がり、太陽が昇るのを見るのによく使われる場所です。

 

この作品は、水平線の向こうからやってくる新しい明日に向かって、顔を上げ、外を見るように誘っているのです。ジョン・マーク・ネルソンとこの作品(そしてアルバム全体)で一緒に仕事ができたことは、多くの理由からとても嬉しいことでした。


「sunrise mtn」


 

 

『from the forest floor』

 

Tracklist:


1. sunrise mtn [feat. John Mark Nelson]


2. dove island [feat. John Mark Nelson]


3. skylands [feat. John Mark Nelson]


4. tannery falls [feat. John Mark Nelson]


5. ambrosia [feat. John Mark Nelson & Hrishikesh Hirway]


6. hemlock shade [feat. John Mark Nelson]


7. dusk [feat. John Mark Nelson & Tancred]


8. night-blooming [feat. John Mark Nelson]


9. forager in the fern grove [feat. John Mark Nelson & Tancred]


10. moon moth [feat. John Mark Nelson & Tancred]


11. echolocation [feat. John Mark Nelson]


12. blue hour [feat. John Mark Nelson]

Weekly Music Feature 



Tim Hecker



 

逆さまの都市『No Highs』 ポスト・ドローンの台頭

 


『Infinity Pool』、『The North Water』シリーズのサウンドトラックのオリジナルスコアを手がけたティム・ヘッカーが、『Konoyo(コノヨ)』『Anoyo(アノヨ)』の後継作の制作のためにスタジオにカムバックを果たしました。


シカゴのKrankyからリリースされた『No High』は、前述の2枚のレコードのジャケットのうち、2枚目のジャケットの白とグレーを採用し、濃い霧(またはスモッグ)に包まれた逆さまの都市を表現しています。


このアルバムは、カナダ出身のプロデューサーの新しい道を示す役目を担いました。Ben Frostのプロジェクトと並行しているためなのか、リリース時のアーティスト写真に象徴されるように、北極圏と音響の要素に彩られていますが、基本的には落ち着いたアルペジエーターによって盛り上げられるアンビエント/ダウンテンポの作品となっています。ノート(音符)の進行はしばしば水平に配置され、サウンドスケープは映画的で、ビートはパルス状のモールス信号のように一定に均されており、緊張、中断、静止の間に構築されたアンビエントが探求されています。特に『Monotony II』では、コリン・ステットソンのモードサックスが登場するのに注目です。


『No High』は「コーポレート・アンビエント」に対する防波堤として、また「エスカピズム」からの脱出として発表されました。この作品は、作者がこれほど注意深くインスピレーションを持って扱う方法を知っている人物(同国のロスシルを除いて)はほとんどいないことを再確認させてくれるでしょう。


最近では、ティム・ヘッカーは映画のサウンドトラックの制作にとどまらず、ヴィジュアルアートの領域にも活動の幅を広げています。”Rewire 2019”では、Konoyo Ensembleと『Konoyo』を演奏するため招待を受ける。さらにRewireの委嘱を受け、Le Lieu Uniqueの共同委嘱により、多分野の領域で活躍するアーティスト、Vincent de Bellevalによるインスタレーション、ステージ、オブジェクトデザインによるユニークなコラボレーション・ショーを開催しています

 

彼の音楽に合わせて調整される特注のLEDライトを使ったショーは、「グリッドを壊す」ための方法を探りながら、光、音、色、コントラスト、質感の間に新しいアートの相互作用を見出そうとしています。

 

 

『No Highs』 kranky




カナダ出身のティム・ヘッカーは、世界的なアンビエントプロデューサーとして活躍しながら、これまでその作風を年代ごとに様変わりさせて来ました。01年の『Haunt Me』での実験的なアンビエント/グリッチ、11年の『Ravedeath,1972』で画期的なノイズ・アンビエント/ドローンの作風を打ち立ててきた。つまり、00年代も10年代もアーティストが志向する作風は微妙に異なっています。そして、ティム・ヘッカーは21年の最新作『The North Water』においてモダンクラシカルの作風へと舵を取っています。これは後の映画のオリジナルスコアの製作時に少なからず有益性をもたらしたはずです。

 

現在までの作風の中で、ティム・ヘッカーは、アルバムの製作時にコンセプチュアルな概念をサウンドの中に留めてきました。それは曲のVariationという形でいくつかのアルバムに見出すことが出来る。この度、お馴染みのシカゴのクランキーから発売された最新作『No Highs』においても、その作風は綿密に維持されており、いくらか遠慮深く、また慎み深い形で体現されている。オープニングトラックとして収録されている「Monotony」、#7「Monotony 2」を見ると分かる通り、これらの曲は、20年以上もアンビエント/ドローン/ノイズという形式に携わってきたアーティストの多様な音楽性の渦中にあって、強烈なインパクトを残し、そしてアルバム全体にエネルギーをその内核から鋭く放射している。これは一昨年のファラオ・サンダースとフローティング・ポインツの共作『Promises』に近い作風とも捉えることも出来るでしょう。

 

DJ/音楽家になる以前は、カナダ政府の政治アナリストとして勤務していた時代もあったヘッカーですが、これまで彼のコンセプチュアルな複数の作品の中には、表向きにはそれほど現実的なテーマが含まれていることは稀でした。とは言え、それはもちろん皮相における話で、暗喩的な形で何らかの現実的なテーマが込められていた場合もある。アートワークを見るかぎり、『The North Water』の続編とも取れる『No Highs』は、彼のキャリアの中では、2016年の「Unhermony In Ultraviolet』と同様に政治的なメタファーが込められているように思えます。今回、アートワークを通じて霧の向こう側に提示された”逆さまの都市”という概念にはーー”我々が眺めている世界は、真実と全く逆のものである”という晦渋なメッセージを読み取る事も出来るのです。


もちろん、これまでのリリース作品の中で、全くこの手法を提示してこなかったわけではありません。しかし、この作品は明らかに、これまでのティム・ヘッカーの作風とは異なるアバンギャルドな音楽のアプローチを捉えることが出来る。本作において重要な楔のような役割を果たす「monotony」を始め、シンセのアルペジエーターの音符の連続性は、既存作品の中では夢想的なイメージすらあった(必ずしも現実的でなかったとは言い難い)ヘッカーのイメージを完全に払拭するとともに、その表向きの幻影を完膚なきまでに打ち砕くものとなるかもしれません。作品全体に響鳴する連続的なシンセのアルペジエーターは、ティム・ヘッカーのおよそ20年以上に及ぶ膨大な音楽的な蓄積を通じて、実に信じがたいような形で展開されていくのです。

 

ニュージャズ/フリージャズ/フューチャージャズのアプローチが内包されている点については既存のファンは驚きをおぼえるかもしれません。知る限りではこれまでのヘッカーの作風にはそれほど多くは見られなかった形式です。今回、ティム・ヘッカーはコラボレーターとして、サックス奏者のCollin Stenson(コリン・ステンソン)を招き、彼のミニマルミュージックに触発された先鋭的な演奏をノイズ・アンビエント/ドローンの中に織り交ぜています。それにより、これまでのヘッカー作品とは異なる前衛的な印象をもたらし、そして、ドローン・ミュージックとアバンギャルドジャズの混交という形で画期的な形式を確立しようとしている。それは一曲目の変奏に当たる「monotony Ⅱ」において聞き手の想像しがたい形で実を結ぶのです。

 

また、「No High」のプレスリリースにも記されています通り、”アルペジエーターによるパルス波”というこのアルバムの欠かさざるテーマの中には、現実性の中にある「煉獄」という概念が内包されています。

 

煉獄とは、何もダンテの幻想文学の話に限ったものではなく、かつてプラトンが洞窟の比喩で述べたように、狭い思考の牢獄の中に止まり続けることに他なりません。たとえば、それはまた何らかの情報に接すると、私達は先入観やバイアスにより一つの見方をすることを余儀なくされ、その他に存在する無数の可能性がまったく目に入らなくなる、いいかえれば存在しないも同然となることを表しています。

 

しかし、私達が見ていると考えている何かは、必ずしも、あるがままの実相が反映されているともかぎりません。ルネ・デカルトの『方法序説』に記されている通り、その存在の可能性が科学的な根拠を介して完全に否定されないかぎり、その事象は実存する可能性を秘めている。そして、私たちは不思議なことに、実相から遠ざかった逆さまの考えを正当なものとし、それ以外の考えを非常識なものとして排斥する場合すらある。(レビューや評論についてもまったく同じ)しかし、一つの観点の他にも無数の観点が存在する……。そういった考え方がティム・ヘッカーの音楽の中には、現実的な視点を介して織り交ぜられているような気がするのです。


さらに、実際の音楽に言及すると、パルス状のアルペジエーター、フリージャズを想起させるサックスの響き、パイプオルガンの音響の変容というように、様々な観点から、それらの煉獄の概念は多次元的に表現されています。これが今作に触れた時、単一の空間を取り巻くようにして、多次元のベクトルが内在するように思える理由なのです。また、その中には、近年、イーノ/池田亮司のようなインスタレーションのアートにも取り組んできたヘッカーらしく、音/空間/映像の融合をサウンドスケープの側面から表現しようという意図も見受けられます。実際、それらの映像的/視覚的なアンビエントのアプローチは、煉獄というテーマや、それとは対極に位置するユートピアの世界をも反映した結果として、複雑な様相を呈するというわけなのです。

 

こうした緊迫感のあるノイズ/ドローン/ダウンテンポは、その他にも「Total Gabage」や「Lotus Light」、さらに、パルスの連続性を最大限に活かした「Pulse Depresion」で結実を果たしている。しかし、本作の魅力はそういった現実的な側面を反映させた曲だけにとどまりません。また他方では、幻想的な雪の風景を現実という側面と摺り合わせた「Snow Cop」も同様、ヘッカーのアンビエントの崇高性を見い出すことができる。ここでは、Aphex Twinの作風を想起させるテクノ/ハウスから解釈したアンビエントの最北を捉えられることが出来るはずです。

 

以前、音響学(都市の騒音)を専門的に研究していたこともあってか、これまで難解なアンビエント/ドローンを制作するイメージもあったティム・ヘッカーですが、『No Highs』は改めて音響学の見識を活かしながら、それらを前衛的なパルスという形式を通してリスナーに捉えやすい形式で提示するべく趣向を凝らしたように感じられます。ティム・ヘッカーは、アルバムを通じて、音響学という範疇を超越し、卓越したノイズ・アンビエントを展開させている。それは”Post-Drone”、"Pulse-Ambient"と称するべき未曾有の形式であり、ノルウェーの前衛的なサックス奏者Jan Garbarekの傑作「Rites」に近いスリリングな響きすら持ち合わせているのです。

 

 

95/100


 

Weekly Featured Music 「monotony」



Tim Hecker


ティム・ヘッカーは、現在、アメリカ・ロサンゼルス、チリを拠点に活動する電子音楽家、サウンドアーティスト。

 

当初、Jetoneという名義でレコーディングを行っていたが、『Harmony in Ultraviolet』(2006年)、『Ravedeath, 1972』(2011年)など、ソロ名義でリリースしたレコーディングで国際的に知られるように。ベン・フロスト、ダニエル・ロパティン、エイダン・ベイカーといったアーティストとのコラボレーションに加え、8枚のアルバムと多数のEPをリリースしている。


バンクーバーで生まれたヘッカーは、2人の美術教師の家庭に生まれ、形成期には音楽への関心を高めていた。1998年にモントリオールに移り、コンコルディア大学で学び、自分の芸術的な興味をさらに追求するようになった。卒業後、音楽以外の職業に就き、カナダ政府で政治アナリストとして働く。


2006年に退職後、マギル大学に入学して博士号を取得、後に都市の騒音に関する論文を2014年に出版した。また、美術史・コミュニケーション学部で音文化の講師を務めた経験もある。当初はDJ(Jetone)、電子音楽家として国際的に活動していた。


初期のキャリアはテクノへの興味で特徴づけられ、Jetoneの名で3枚のアルバムをリリースし、DJセットも行った。2001年までに彼は、Jetoneプロジェクトの音楽的方向性に幻滅するようになる。2001年、ヘッカーはレーベル"Alien8"からソロ名義でアルバム『Haunt Me, Haunt Me Do It Again』をリリース。このアルバムでは、サウンドとコラージュの抽象的な概念を探求した。2006年にはKrankyに移籍し、4枚目のアルバム『Harmony In Ultraviolet』を発表した。


その後、パイプオルガンの音をデジタル処理し、歪ませるという手法で作品を制作している。アルバム『Ravedeath, 1972』のため、ヘッカーはアイスランドを訪れ、ベン・フロストとともに教会でパートを録音した。2010年11月、Alien8はヘッカーのデビュー・アルバムをレコードで再発売した。


ライブでは、オルガンの音を加工し、音量を大きく変化させながら即興演奏を行う場合もある。


2012年、ダニエル・ロパティン(Oneohtrix Point Neverとしてレコーディング)と即興的なプロジェクトを行い、『Instrumental Tourist』(2012)を発表する。2013年の『Virgins』に続き、ヘッカーは再びレイキャビクに集い、2014年から翌年にかけてセッションを行い、『Love Streams』を制作した。共演者には、ベン・フロスト、ヨハン・ヨハンソン、カーラリス・カヴァデール、グリムール・ヘルガソンがおり、ジョスカン・デ・プレの15世紀の合唱作品がアルバムの土台を作り上げた。


2016年2月、ヘッカーが4ADと契約を結び、同年4月に8枚目のアルバムがリリースされた。ヘッカーは、制作中に「Yeezus以降の典礼的な美学」や「オートチューンの時代における超越的な声」といったアイデアについて考えたことを認めている。    


God Speed You! Black EmperorやSigur Rósとのツアー、Fly Pan Amなどとのレコーディングに加え、HeckerはChristof Migone、Martin Tétreault、Aidan Bakerとコラボレーションしている。また、Isisをはじめとする他ジャンルのアーティストにもリミックスを提供している。また、サウンド・インスタレーションを制作することもあり、スタン・ダグラスやチャールズ・スタンキエベックなどのビジュアル・アーティストとコラボレーションしている。


ティム・ヘッカーは、他のミュージシャンであるベン・フロスト、スティーブ・グッドマン(Kode9)、アーティストのピオトル・ヤクボヴィッチ、マルセル・ウェーバー(MFO)、マヌエル・セプルヴェダ(Optigram)と共に、Unsound Festivalの感覚インスタレーション「エフェメラ」に音楽を提供した。また、ヘッカーは、2016年サンダンス映画祭の米国ドラマティック・コンペティション部門に選出された2016年の『The Free World』のスコアを作曲している。

 


サンフランシスコの実験音楽家、ボーカリスト、Lucy Liyou(ルーシー・リヨウ)がニューアルバム『Dog Dreams』のリリースを発表しました。韓国の民俗オペラをテーマに置いた前作「Welfare/Practice」に続く新作アルバムは5月12日にAmerican Dreamsより発売されます。デジタルストリーミングのほか、ヴァイナルでも限定リリースされます。ディスクユニオンで予約受付中です。


タイトルは、韓国語の「개꿈」を直訳したもので、空想的な白昼夢から悪夢のような恐怖を意味し、常に無意味、非現実的、あるいは単に愚かであるという考えを示唆している。Lucy Liyouの2枚目のアルバムは、代わりに、ユング、フロイトのような夢分析および深層心理における興味を交え、なぜ、人は夢を見るのか、真面目な現実にはない眠りが何をもたらすのか、体が休まるときにのみ現れる忘れられた欲望は何なのかという疑問を真剣に受け止めている。


すべての夢がそうであるように、Dog Dreamsは個人的であると同時に共同的でもある。私たちの中で、特に奇妙な夢を見たとき、興奮しながら友人と共有したことがない人はいないでしょう。



このアルバムは、Liyouが自身の繰り返し見る夢に基づいて作曲・執筆したものですが、実はミュージシャンのNick Zanca(以前はMister Liesという別名で知られていました)と共同制作しており、最初は非同期に作業を行い、その後、ニューヨークのリッジウッドにあるZancaのスタジオで一緒にアルバムを完成させることになりました。



レコーディングの間、LiyouとZancaは即興で演奏し、Liyouの記憶から呼び起こされたイメージは、白昼夢や空想、束縛のない思索的な気まぐれにまで広がっていきました。2人の生き生きとした相乗効果に支えられ、最後の組曲は35分の緊張感ある音のクレッシェンドとなり、限りなく喚起されるように感じられます。


ドイツのマルクス主義哲学者、エルンスト・ブロッホが言うように、夢は目覚めた瞬間に終わるのではない。夢は目覚めた瞬間に終わるのではなく、覚醒した世界の下地に染み込み、未来の可能性をまだ意識していないことへの執拗な憧れの「残像」となる。つまり、この場合は潜在意識にわだかまる残響のような意味に転訛される。そして、それこそが「DOG DREAMS」の正体でもある。私たちの、言葉にならない、あるいは、言葉にならないけれども、もっと欲しいという内なる渇望にあえて音を付与しようとし、内的な継続的な対話からの余韻を記録として止めておこうというのです。


デビュー作『Welfare / Practice』(2022年)では、瑞々しく溶けたようなインストゥルメンタルと、堅苦しい音声合成が融合していたが、ここでは、アーティスト、夢想家、ロマンチストとしてのLiyou自身の声が、彼らの音楽の緻密な実験の質感を破り、まるで愛する人の強い抱擁が我々を宙空に保つように、現在という無数の中の一つの点に密接している瞬間を把捉することが出来る。


アルバムのタイトル曲である「Dog Dreams」は、リヨウの芸術的ビジョンにおける肉体の重要性と、その肉体に宿り、現実空間に繋ぎとめようとすることの難しさや覚束なさを明確に示しています。語り手は、友人に呼びかける前に、「どうして私を頼ってくれないの?/ 舌打ち、唇の開閉、神経質な歯ぎしりしか発声できず、自分が何を求めているのかがまだわからない」


 


ルーシー・リヨウが織り成す前衛的な音像は、同じく韓国系アメリカ人の詩人、キム・ミョンミが定義する歌詞と似ている。「自分の生きる韻律」-喜びと傷みを等しく体現しようとする歌、「最初と最後の舌の価値観」。


そして、キムの織りなす現代詩のように、リヨウの音楽もまた「下降、沈降、あらゆる方向への支流」の指標となり、すべては、未だ明瞭でないにもかかわらず嘆願する声と、痛ましい傷を労りながらも愛を求め続ける身体に溌剌としたエネルギーを注入する。


この意味で、『DOG DREAMS』は、ポストフェミニズムの小説家であるキャシー・アッカーが言うところの「不思議の空間」に到達するための「開口部」ともなりえるのだ。



Lucy Lyou 『Dog Dreams』



Label: American Dream

Release Date: 2023年5月12日


Tracklist:


1.Dog Dreams

2.April In Paris

3.Fold The Horse


Pre-order:


https://lucyliyou.bandcamp.com/track/dog-dreams

 marine eyes  『Idyll』(Extended Edition)

 

 


 

Label: Stereoscenic

Release Date: 2023/3/27



andrewと私が「idyll」CDのリイシューについて話を始めたとき、これを完全な別アルバムにするつもりはなかった。しかし、私たちが追加で特別なものを作っていることはすぐに明らかになったので、私たちは続け、そうすることができて嬉しく思う。

この小さなプロジェクトに心を注いでくれた、レイシー、アンジェラ、フィービー、ルドヴィッグ、ジェームス、アンドリューに深く感謝します。また、彼女の素晴らしいアートワークを提供してくれたNevia Pavleticにも大感謝です!

そして、B面の「make amends」は、オリジナル・アルバムに収録される寸前で、共有されるタイミングを待っていたものです。

この曲のコレクションを楽しんで、あなた自身の安らぎの場所を見つける手助けになれば幸いです。

 

 

と、このリリースについてメッセージを添えたロサンゼルスのアンビエント・プロデューサー、Marine Eyesの昨日発売された最新作『Idyll』の拡張版は、我々が待ち望んでいた癒やし系のアンビエントの快作である。2021年にリリースされたオリジナル・バージョンに複数のリミックスを追加している。

 

Marine Eyesは、アンビエントのシークエンスにギターの録音を加え、心地よい音響空間をもたらしている。アーティストのテーマとしては、海と空を思わせる広々としたサウンドスケープが特徴となっている。オリジナル作と同じように、今回発売された拡張版も、ヒーリングミュージックとアンビエントの中間にあるような和らいだ抽象的な音楽を楽しむことが出来る。日頃私達は言葉が過剰な世の中に生きているが、現行の多くのインストゥルメンタリスト、及び、アンビエント・プロデューサーと同じように、この作品では言葉を極限まで薄れさせ、情感を大切にすることに焦点が絞られている。


タイトルトラック「Idyll」に象徴されるシンセサイザーのパッドを使用した奥行きのあるアブストラクトなアンビエンスは、それほど現行のアンビエントシーンにおいて特異な内容とはいえないが、過去のニューエイジのミュージックや、エンヤの全盛期のような清涼感溢れる雰囲気を醸し出す。それは具体的な事物を表現したいというのではなく、そこにある安らいだ空気感を単に大きな音のキャンバスへと落とし込んだとも言える。しかし、そのシンセパッドの連続性は、情報や刺激が過剰な現代社会に生きる人々の心にちょっとした空間や余白を設けるものである。

 

二曲目の「cloud collecting」以降のトラックで、アーティストが作り出すアンビエントは風景をどのようにして音響空間として描きだすかに焦点が絞られている。それは日本のアンビエントの創設者である吉村氏が生前語っていたように、 サウンドデザインの領域に属する内容である。Marine Eyesは、例えばカルフォルニアの青々とした空や、開放感溢れる海の風景を音のデザインという形で表現する。そして、現今の過剰な音の世界からリスナーを解き放とうと試みるのである。これは実際に、リスナーもまたこの音楽に相対した際に、都会のコンクリートジャングルや狭小なビルの部屋から魂を開放し、無限の空間へと導かれていくような感覚をおぼえるはずである。

 

サウンドデザインとしての性格の他に、Marine Eyesはホーム・レコーディングのギタリストとしての表情を併せ持つ。ギタリストとしての性質が反映されたのが「shortest day」である。アナログディレイを交えたシークエンスに繊細なインディーロック風のギターが重ねられる。それはアルバム・リーフのようなギターロックとエレクトロニックの中間点にある音楽性を探ろうと言うのである。それらは何かに夢中になっている時のように、リスナーがその核心に迫ろうとすると、すっと通りすぎていき、消えて跡形もなくなる。 続く「first rain」では、情景ががらりと変わり、雨の日の茫漠とした風景がアンビエントを通じて表現される。さながら、窓の外の木々が雨に烟り、視界一面が灰色の世界で満たされていくかのような実に淡い情感を、アーティストはヴォイスパッドを基調としたシークエンスとして表現し、その上に薄く重ねられたギターのフレーズがこれらの抽象性の高い音響空間を徐々に押し広げ、空間性を増幅させていく。まるでポストロックのように曖昧なフレーズの連続はきめ細やかな情感にあふれている。


続く、「roses all alone」はより抽象的な世界へと差し掛かる。アーティストは内面にある孤独にスポットライトを当てるが、ギターロックのミニマルなフレーズの合間に乗せられる器楽的なボーカルは現行の他のアーティストと同じように、ボーカルをアンビエンスとして処理し、陶然とした空間を導出する。しかし、これらはドリーム・ポップと同じように聞き手に甘美な感覚すら与え、うっとりとした空間に居定めることをしばらく促すのである。朝のうるわしい清涼感に満ち溢れたアンビエンスを表現した「on this fresh morning」の後につづく「pink moment」では、かつてのハロルド・バッドが制作したような安らいだアンビエント曲へと移行する。Marine Eyesは、それ以前の楽曲と同じように、ボーカルのサンプリングと短いギターロックのフレーズを交え、ただひたすら製作者自らが心地よいと感じるアンビエンスの世界を押し広げていく。タイトル曲「idyll」と同様に、ここではニューエイジとヒーリングミュージックが展開されるが、この奥行きと余白のある美しい音響性は聞き手に大きなリラックス感を与える。

 

続く「shortest day(reprise)」は3曲目の再構成となるが、ボーカルトラックだけはそのままで、シークエンスのみを組み替えた一曲であると思われる。しかし、ギターのフレーズを組み替え、ゆったりとしたフレーズに変更するだけで、3曲目とはまったくそのニュアンスを一変させるのである。3曲目に見られた至福感が抑制され、シンプルなアンビエント曲として昇華されている。オリジナル盤のエンディング曲に収録されている「you'll find me」も同様に、ギターロックとアンビエントやヒーリングミュージックと融合させた一曲である。シングルコイルのギターのフレーズは一貫してシンプルで繊細だが、この曲だけはベースを強調している。バックトラックの上に乗せられるボーカルは、他の曲と比べると、ポップネスを志向しているように思える。エンディングトラックにふさわしいダイナミックス性と、このアルバムのコンセプトである安らぎが最高潮に達する。ポストロックソングとしても解釈出来るようなコアなエンディングトラックとなっている。


それ以降に未発表曲「make abends」とともに収録されたリミックスバージョンは、そのほとんどが他のアーティストのリミックスとなっている。そして、オリジナルバージョンよりもギターロックの雰囲気が薄れ、アンビエントやアンビエント・ポップに近いリテイクとなっている。マスタートラックにリバーブ/ディレイで空間に奥行きを与え、そして自然味あふれる鳥のさえずりのサンプリング等を導入したことにより、原曲よりさらに癒やし溢れる空間性が提示されている。これらのアンビエントは、オリジナル盤の焼き増しをしようというのではなく、マスタリングの段階で高音部と低音部を強調することで、音楽そのものがドラマティックになっているのがわかる。オリジナル盤はギターロックに近いアプローチだったが、今回、複数のアーティストのリミックスにより、「Idyll」は新鮮味溢れる作品として生まれ変わることになった。

 

 90/100

 

 

©Jónatan Grétarsson

Dustin O’Halloran(ダスティン・オホロラン)とAdam Wiltzie(アダム・ウィッツィー)によるアンビエント・デュオ、A Winged Victory for the Sullenが、ニューシングル「All Our Friends Our Vampires」を発表しました。以前、Adam Wiltzieは、Christina VanzouとThe Dead Texanというアンビエント・デュオとして活動を行い、Kranky Recordsから作品を発売しています。

 

 "この作品において、私たちの原点であるシンプルさに回帰する渇望を感じました "と、Dustin O’Halloranはプレスリリースで新曲について述べています。

 

「宇宙の無関心の中で無重力に浮かぶ、私たち自身の宇宙の中の極小の性質の音を見つけるため、ピアノとヴィンテージ・シンセの要素の中で書き、それが弦楽四重奏とギターのドローンになり、それらをすべて録音し、音響空間で時間を捕らえようとしたんだ」

 

A Winged Victory for the Sullenの最新スタジオ・アルバム『The Undivided Five』は、Ninja Tuneから2019年にリリース済み。

 

「All Our Friends Our Vampires」

Interview  


Elijah Knutsen 

 




最初のインタビューは、米国/ポートランドのアンビエント・プロデューサー、Elijah Knutsenさんにお話を伺いました。

 

Elijah Knutsen(エリヤ・クヌッセン)は2021年にデビューしたばかりの新進の音楽家ではありますが、既にフルアルバムを一作、そして複数のシングルを発表しています。特筆すべきは、Elijahさんは大の日本愛好家であり、ファースト・アルバム『Maybe Someday』には、青森の青函トンネルを主題にした「Seikan Undersea Tunnel」が収録されています。また、電子音楽のプロデューサーではありながら、ザ・キュアーを彷彿とさせるオルタナティブロック、さらに美麗なサウンドスケープを想起させる叙情的な環境音楽まで幅広いアプローチを図っています。最近では、Panda Rosaをコラボレーターに迎えて制作された『...I wanted 10 Years Of Pacific Weather...』、そして先日には『Four Love Letters』を発表し、非常に充実した活動を行っています。

 

今回、MUSIC TRIBUNEは、Elijah Knutsenさんにインタビューを申し込んだところ、回答を得ることが出来ました。

 

音楽活動を始めるようになった契機から、プロデューサーとしての制作秘話、影響を受けたアーティスト、ポートランドや日本の魅力、他にも、パンデミック時にドッグトレーナーとして勤務していた時代まで様々なお話を伺っています。読者の皆様に以下のエピソードをご紹介します。

 

 


Music Tribune -12 Questions-

 

 

1. イライジャさんが音楽活動を始めたのはいつ頃ですか? また、音楽活動を始めるきっかけとなった出来事などがあれば教えてください。

 

私が幼い頃、母は学校に向かう車の中でいつもRadioheadのCDを流していました。最初は大嫌いでした。でも、大人になるにつれて、トム・ヨークの孤独な思いに共感するようになったんです。私が初めて楽器に触れたのは12歳頃のことで、ピアノでした。最初はピアノを習っていたのですが、あまりに難しいので、簡単な作曲を耳で覚えるだけでしたし、正式な音楽教育を受けていない今でもそうしています。



19歳のときにひどい別れを経験した後、質屋でギターを買い、長い時間をかけて弾き方を学び、何年もかけて低品質のレコーディングをたくさん作りました。それまでギターを弾いたことがなかったのに、自分はこんなに上手なんだ!と思っていました。でも最初に出したリリースを思い出すと、ゾッとします。



音楽活動を本格的に始めたのは、Covid-19の流行が始まった頃で、「Memory Color」というレコードレーベルを立ち上げたのがきっかけです。




2. 「Seikan Undersea Tunnel」など、日本の土地にまつわる曲も収録されています。日本やその文化に興味を持ったきっかけをお聞かせください。

 

日本は私にとって、いろいろな意味でとても興味深い国です。内向的で繊細な文化は、内気で物静かな私にとって、とても大切なものです。



日本やその文化には、明らかに西洋のローマ字が使われていますが、私が日本に魅了されているのは、それ以上のものだと思います。これほどまでに違う場所に行けば、自分の人生も大きく変わるに違いないと思うところがあるのです。それが本当なのかどうか、確かめたいと思っています。



日本の自動販売機も大好きですよ!(笑)



3. あなたの作品には、フィールドレコーディングが使われていると思います。どのように録音されているのでしょうか?

 

フィールドレコーディングの多くは、"Freesound "というウェブサイトから調達しています。また、ポートランド周辺の新しいエリアを訪れてフィールドレコーディングをするのも好きですが、レコーダーを売ってからはあまりしていません。自分のアルバムがある場所(例えば青森など)にリンクしたフィールドレコーディングは、ここで作るよりも特別なものになると思います。



4. 過去の作品には、ある特定の場所からインスピレーションを受けたものが多くあります。何らかの風景や写真からインスピレーションを得ることはあるのでしょうか? 



私は、自分が見た夢から多くのインスピレーションを得ます。私はとても鮮明な夢を見て、周りの環境と相互作用したり、感情を強く感じたりすることができます。以前、文明から遠く離れた南極の街に閉じ込められるという、とても寂しい夢を見たことがあります。その夢は、私のアルバム までのフィーリングを刺激することになりました。



また、日本や東欧など、世界中の場所の風景や写真を見るために、googleを使っています。長い時間をかけて世界の曖昧な場所を探索し、そこに住むとどんな生活になるのだろうと考えています。


曲が生まれる瞬間というのは、ある種の神秘的な瞬間であると思っています。曲を思いつくとき、そして完成させるとき、どのようにするのか、詳しく教えてください。



私の曲の多くは、その瞬間に完成します。技術的に難しい、もの(ドラムなど)でない限り、作曲を始めてから1、2時間以上はかかりません。コードや音符を思いついた後、フィールドレコーディングや、さらに様々な楽器を重ねて、トラックに追加します。



レコーディングよりも、アレンジやミキシング、マスタリングに時間を割くことが多いですね。自分の感情を楽器に託すような、最もシンプルな作品が一番幸せなんです。



5.これまでの作品では、アンビエント、ギターロック、環境音楽など、幅広い方向性を持っていますね。これは今後も続けていくつもりなのでしょうか?

 

私は非常に多くの種類の音楽を聴いているので、すべての音楽からインスピレーションを受けないということは難しいでしょう。新しいジャンルやタイプの音楽を試したりするのが好きなんです。


6. イライジャさんは、アメリカのポートランドにお住まいですよね? ポートランドの魅力、地元の魅力的な音楽、シーンなど、どんなことを知っていますか?



7歳の時にポートランドに引っ越してきて、それ以来ずっと住んでいます! ポートランドは大好きです。川が流れていて、遠くに山が見える、とてもきれいな街です。この街の場所にはたくさんの思い出があります。私のお気に入りの場所は、街を見下ろす大きな丘の上にあるローズガーデンです。とても穏やかで落ち着く場所です。この街にはたくさんのローカルミュージックがあり、小さな会場やフェスティバルもたくさん開催されています。ロックやパンクが多いのですが、私はパンクはあまり好きではありません。


7. あなたがこれまで聴いてきた音楽に最も大きな影響を与えたアーティストは誰ですか? また、それらのアーティストがどのような形で今のあなたに影響を与えていると思いますか?

 

私は "The Cure "の大ファンなんです。ロバート・スミスの文章には、いつもとてつもない感動を覚えます。私はかなりメランコリックな人間なので、彼の作る作品の多くに共感することができます。また、オーストラリアのサイケデリック・ロックバンド、「The Church」も大好きです。私は自分の曲には歌詞を書きませんが、これらのバンドが作る痛快な作品に大きなインスピレーションを感じています。



また、日本のアンビエントミュージシャンである "井上徹"(編注:1990年代〜2000年代に活躍したアンビエント・ミュージックのパイオニア的存在)にも大きなインスピレーションを受けています。彼のアンビエント・ミュージックはとてもユニークで、今まで聴いたことがないようなものばかりです。コクトー・ツインズのハロルド・バッドとロビン・ガスリーも、私のアンビエント作品に大きなインスピレーションを与えてくれています。



8. あなたの最初の音楽体験の記憶についてお聞かせください。また、それはあなたの人生に何らかの形で影響を与え続けていると思いますか?

 

音楽に関する最初の記憶は、幼い頃に祖父母の家でピアノを弾いたことだと思う。アンビエント」という言葉を知る何年も前に、私はかなりアンビエントなサウンドの曲を作っていましたよ。



9. Covid-19のパンデミックやロックダウンのおかげで、アーティストが音楽に集中できるようになったと考える人もいるようです。この点について、イライジャさんはどのようにお考えでしょうか? また、2021年以前と比較して、作りたいものが変わったのでしょうか?

 

パンデミック以前は、ペット用品店でドッグトレーナーとして働いていました。自分や家族が病気になるのが怖くて、有給を全部使ってしまい、結局解雇されました。しかし幸運なことに、何カ月も失業手当をもらうことができ、今までよりも多くのお金を手にすることができました。そのお金でレコード会社を立ち上げ、レコーディング機器や楽器に投資しました。



また、それまでリリースしていたポストロック・プロジェクト "Blårød "ではなく、自分自身の名前で環境音楽を制作するようになりました。そして、自由な時間のすべてを最初の2枚のアルバムの制作につぎ込みました。


 
10 .『Vending Machine Music 1』のリマスター盤が発売されましたね。この作品は、例えばブライアン・イーノの『Music For Airport』のように、これまでの作品の中で最も環境音楽的な要素が強いと思うのですが。改めて、なぜこの作品をリマスターすることになったのでしょうか? その理由を詳しく教えてください。

 

『Vending Machine Music 1』については、私の最高傑作のひとつだと思うので、リマスターすることにしました。この作品を最新の方法で聴衆に紹介したかったのです。このアルバムのマスタリングはあまり良くなかったし、まだミキシングについてあまり知らなかった頃に作ったものだった。また、オリジナル・アルバムでリリースされていない、私が手がけた過去のトラックも収録したかった。




11. あなたにとって、アンビエント・ミュージックとは何ですか? 消費される音楽以上の意味を持つとお考えでしょうか? 

 

私は、ほとんどすべての音楽が同じだけの重要性を持っていると感じています。ロマンチックな気分の時は、安っぽいポップスを聴くこともあるし、一般的に消費される音楽よりも「知的」ではないと思われるものも聴くことがある。しかし、そのような音楽でも、重要なことが書かれていないわけではありません。日本の環境音楽のリリースは、とても「イージーリスニング」でありながら、私にとってはとてもエモーショナルです。



アンビエントというジャンルを定義するのは、とても難しいことです。柔らかい、広い、ミニマル......ランプの音や虫の音のような小さなものがアンビエント・ミュージックになり得るのです。



最後に。


12. 今後の予定があれば教えてください。また、現在取り組んでいる作品があれば教えてください。曲(Four Love Letters)のテーマについて詳しく教えてください。

 

ニューアルバム『Four Love Letters』をリリースしたばかりですが、今は次のプロジェクトのインスピレーションを待ちながら、すねているところです。ここ数ヶ月は、ラーメン屋の仕事を失ったり、友人を亡くしたり、振られたり、腎臓結石になったりと、とても辛い日々でした。



アルバム『Four Love Letters』は、私が経験した辛い別れの後に生まれたもので、この関係に対する私の気持ちを音楽で表現するためのものです。これほど孤独を感じ、落ち込んだことはありません。このプロジェクトには、たくさんの感情、特に悲しみが込められていて、まだ悲しいですが、このアルバムの出来栄えにはとても満足しています。



本当にありがとうございました。- イライジャ・クヌッセン



1. When did you start your music career, Elijah? Also, please tell us about any events that triggered you to start your music career.

 

When I was younger my mother would always play Radiohead CDs in the car, on the way to school. At first I hated them! But as I got older I realized how much I really could relate to the lonely musings of Thom Yorke. I was first introduced to an instrument when I was around 12, the piano. I took piano lessons at first, but found them too difficult, and just learned to make simple compositions by ear, something I still do today, as I have no formal music education.


After a bad breakup at the age of 19, I bought a guitar from a pawn shop, and spent a long time learning how to play, making lots of low quality recordings over the years. I had never played the guitar before, and thought I was so good at it! I shudder when I think of the releases I started out with.


I began taking my music career more seriously at the beginning of the Covid-19 pandemic, when I started my “Memory Color” record label.




2. I think some of your songs are related to Japan, such as the ”Aomori Seikan Tunnel”. Please tell us how you became interested in Japan and its culture.

 

Japan is very interesting to me in many ways. For one, the culture there is much more introverted and subtle, something I have always valued, being a shy and quiet person myself.


There is obviously a bit of western romanization with Japan and its culture, but I find that my fascination with the country is more than that. One part of me must think that if I go somewhere so vastly different, that my life will also become vastly different. I am eager to find out if that’s true or not.


I also love the vending machines in Japan!



3. I believe that field recordings are used in some of your compositions. How are these recordings made? 

 

I source a lot of my field recordings from the website “Freesound.” I also love to visit new areas around Portland and make field recordings, although I haven’t done that much since I sold my recorder. I find that the field recordings linked to places that my albums are about (such as Aomori, Japan,) are more special than the ones I can make here.



4. Many of Elijah's past works have been inspired by a particular place. Do you get inspiration from some kind of landscape or photographic reference? 

 

I get lots of inspiration from dreams I have. I have very vivid dreams where I can interact with the environment around me, and feel emotions strongly. I had a very lonely dream once where I was stuck in a city in Antarctica, far away from all civilization. That dream ended up inspiring the feeling for my album “Maybe Someday.”


I also use google to view scenes and pictures of places from around the world, such as Japan or Eastern Europe. I spend a long time exploring obscure places in the world, and wonder what life would be like living there.




And I also think that the moment a song is born is a kind of mystical moment. Can you tell us(me ) more about when you come up with a song, and how you complete it?



A lot of my tracks are done in the moment, I usually don’t spend more than an hour or two composing a track after I’ve started unless it's something technically difficult (like drums.) After coming up with something like chords or notes, I add field recordings, and various layers of more instruments to the track.

 

Most of my time is spent arranging, and then mixing and mastering the track rather than recording! I find that the work I am happiest with has been the simplest, where it’s just my emotions letting the instruments show how I feel.


5. Throughout your past works, Elijah, you have taken a wide range of directions: ambient, guitar rock, and environmental music. Is this something that you intend to do?

 

I listen to so many different types of music that it would be difficult to not be inspired by all of them. I love experimenting with new genres & types of music. 



6. Elijah, you live in Portland, USA, right? What do you know about Portland, its attractions, its fascinating local music, its scene, etc.!

 

I moved to Portland when I was 7 years old, and have lived here since! I love Portland. It’s a very pretty city with a river running right through it, and mountains in the distance. I have lots of memories attributed to the places here. My favorite place is the Rose Garden, up on a big hill overlooking the city. It’s a very calm and tranquil place. There is a ton of local music here, and lots of smaller venues and festivals that occur. A lot of rock and punk is present here, although I’m not too big a fan of punk music.




7. Which artists have had the greatest influence on the music you have listened to? And in what ways do you think those artists influence you today?

 

I am a huge fan of “The Cure.” I have always felt incredibly moved by Robert Smith's writing. I am quite a melancholic person, and can relate to much of what he’s made. I also really love “The Church,” an Australian psychedelic rock band. Although I don’t write any lyrics for my songs, I find great inspiration in the poignant works these bands produce.


I am also greatly inspired by the Japanese ambient musician “Tetsu Inoue.” His ambient music is so incredibly unique, and unlike anything I had ever heard before. Harold Budd and Robin Guthrie of “Cocteau Twins” are also very big inspirations to my ambient works.



8. Please tell us about your earliest memory of your first musical experience. And do you think it continues to influence your life in some way?

 

I think my first memories of music would have to be when I would play the piano at my grandparents house as a younger child. I made some quite ambient sounding compositions years before I knew what “ambient” was!



9. Some people seem to think that the Covid-19 pandemic, and the lockdown for that matter, has allowed artists to focus on their music. What are your thoughts on this point, Elijah? Also, have you changed what you want to make compared to before 2021?

 

Before the pandemic, I was working at a pet supply store as a dog trainer. I used all of my time off because I was afraid of getting myself and my family sick, and eventually got laid off. Thankfully I was able to get unemployment payments for months, which amounted to more money than I’ve ever had before! I decided I wanted to pursue music as a career instead of just a hobby, and used the money to start my record label, and invest in recording equipment/instruments.


I also began to produce environmental music under my own name, rather than the post rock project I had been releasing under; “Blårød.” I put all of the free time I had into making my first two albums, which turned out to be my most successful releases!



10. Elijah has just released a remastered version of "Vending Machine Music 1”. I think this record, like, for example, Brian Eno's Music For Airport, has the strongest environmental music element of any of your previous works. Once again, why did you decide to remaster this work? Could you elaborate on the reasons?


I decided to remaster Music For Vending Machines because I feel that it is one of my best works. I wanted to re-introduce it to my audience in an updated way. The mastering of the album wasn’t great, and I had done it when I still didn’t know much about mixing. I also wanted to include a previous track I had done, that hadn’t been released with the original album.


11. What does ambient music mean to you? Do you consider it to mean more than music of consumption? 

 

I find mostly all music to hold the same amount of importance. Sometimes when I’m feeling romantic I will listen to cheesy pop records, or something one might view as less “intelligent” than the music I generally consume. Even if it is meant for easy consumption, that doesn’t mean it doesn’t have anything important to say! The Japanese environmental music releases are very “easy listening,” but also still very emotional to me.



Ambient as a genre is very hard to define. Many things to me mean ambient; soft, spacious, minimal… Something as small as a buzzing lamp or the sound of insects can constitute ambient music.



Lastly,


12. What are your future plans, if any? Are there any works that you are currently working on? Can you tell me more about the theme of the song (Four Love Letters)?

I just released my new album “Four Love Letters,” and am currently sulking around, waiting for inspiration for my next project. The past few months have been very hard for me, losing my job at a ramen shop, the loss of a friend, getting dumped, and kidney stones!



The album “Four Love Letters” comes after a hard breakup that I have gone through, and is a way for me to express my feelings about this relationship through music. I have never felt more alone and depressed! A lot of emotion, particularly sadness, has been put into this project, and although I am still sad, I can say I am very happy with how this album turned out. 



Thank you so much! - Elijah Knutsen

 

 

Interviewer: Music Tribune 

 

March 5th.  Cloudy Day.

 

 

また、Elijah Knutsenは先々週の3月4日に四曲収録の新作「Four Love Letters」をリリースしています。ブライアン・イーノの往年の作品を彷彿とさせる連曲です。上記の作品とともにチェックしてみて下さい。Elijah Knutsenのバックカタログはこちらでご視聴/ご購入出来ます。

 


 

このリリースに関して、「アルバムは非常につらい別れの後に作られ、私はこのプロジェクトに多くの悲しみと感情を注ぎ込みました。ロマンチックな喜びよりも、ほろ苦い失われた愛のアルバムです.これほど孤独で落ち込んでいると感じたことはありません」とElijahはコメントしています。


 

 



ドイツ/ハンブルクのポストクラシカルシーンに属する作曲家、Niklas Paschburg(ニクラス・パシュブルグ)が3rdアルバム『Panta Rhei』の最新シングル「Delphi Waltz」を公開しました。このシングルは先月公開されたシングル「Darkside of the Hill」に続く作品となる。新作アルバムは2023年3月17日に7K!からリリースされます。


タイトルと音楽は、ヘラクレイトスの「すべては流れる」というギリシャ哲学からインスピレーションを得ており、ハンブルク出身のアーティストが自身の奥底から引き出された電子音楽とポストクラシック音楽の無制限の世界を探求している。


現在ベルリンを拠点とするパシュブルグは、過去2枚のアルバムを通じて、バルト海の動き(2018年『Oceanic』)と北欧の冬の闇(2020年『Svalbard』)に魅了されてきた。パンデミック時に旅を断念した結果、この最新アルバムでは彼自身の心の内側を見つめることになった。「それは音楽で表現された内省であり、また一方ではポジティブな感情、他方ではダークな感情という2つの異なる顔を見せることになった」



2016年のデビューEP『Tuur mang Welten』で注目を浴びて以来、Paschburgはその独創的な作曲スタイルで人々を魅了してきた。


これまでのキャリアを通じて、アンビエント、ポップ、クラシック、エレクトロニック・ミュージックを現代的に融合させてきた彼は、今回、中心的な楽器であるピアノを通して深い感情を伝えようとしている。RY X、Hania Rani、Robert Lippok、Ah! Kosmosとのコラボ、2021年のフランス映画「Presque」(「Beautiful Minds」)のサウンドトラックを作曲している。新作では、エレクトロニック・デュオ、ÂmeのFrank Wiedemann、Jóhann JóhannssonからThom Yorkeの作品までを手がけた敏腕サウンドエンジニア、Francesco Donadello(フランチェスコ・ドナデッロ)と共に制作した1曲が収録されているのに注目したい。


『Panta Rhei』は、ニクラスが概念的な境界を取り払い、直感に従ったサウンドである。彼はまずピアノでそれぞれの曲を書き、ドラマー、サックス、シンガー、アコーディオンを加え、さらにエレクトロニクスによってユニークな質感を加えている。


「これらの新曲は、私が自分の中で訪れた場所、私が持っているもの、または他の人の中で観察したものを描写しています。ヘラクレイトスのPanta rheiの理論にあるように、同じ川に2度入ることはできないという事実を念頭に置きながら、すべてを含む1つの川につながれたさまざまな音楽の場所や雰囲気を探求することが目的だった」


ニクラスの個人的な旅は、彼のメランコリックで繊細なピアニズムとシンセや電子ビート、示唆に富むアンビエント、ドイツ人シンガー、lùisa、スペイン人、Bianca Steck、アイスランド人ポストパンクバンドFufanuのフロントマン、Kaktus Einarssonの喚起的な声が融合した魅惑的でカラフルな音楽の旅であり、親密で瞑想的でありながら、ポジティブで高揚したヴァイブスを持つアンビエント・ポップへの移行でもある。

 

Hiroshi Yoshimura

 横浜出身の吉村宏(Hiroshi Yoshimura 1940-2003)は、近年、海外でも知名度が高まっている音楽家で、日本の環境音楽のパイオニアです。厳密にいえば、環境音楽とは、工業デザインの音楽版ともいえ、美術館内の音楽や、信号機の音楽、電車が駅構内に乗り入れる際の音楽など、実用的な用途で制作される場合がほとんどです。

 

 彼の歴代の作品を見ると、釧路市立博物館の館内環境音、松本市のピレネ・ビルの時報音、営団地下鉄の南北線の発車サイン音/接近音、王子線の駅構内、第一ホテル東京シーフォート、横浜国立総合競技場、大阪空港国際ターミナル展望デッキ、ヴィーナス・フォート、神戸市営地下鉄海岸線のサウンド・ピクトグラム、福岡の三越百貨店、神奈川県立近代美術館と多種多様な施設で彼の音楽が使用されてきました。

 

 吉村弘は、音楽大学の出身ではなく、早稲田大学の夜間である第2文学部の美術科の出身です。俗にいう戸山キャンパスと呼ばれる二文は他にも、名コメディアンの森田一義などを輩出している。体系的な音楽教育を受けたのではないにも関わらず、アナログ・シンセサイザーの電子音楽を通じて環境音からバッハのような正調の音楽まで幅広い作品に取り組んできました。特に、環境音についてはそれ以前に作例がなかったため、かの作曲家の功績はきわめて大きなものでもある。

 

 特に、この環境音を制作する際、吉村は実際の環境中に実存する音をテーマにとり、それを自らのイマジネーションを通じ、機械的な、あるいは機能的な音楽に落とし込むことで知られていました。例えば、1991年の東京メトロ(営団地下鉄)の南北線の環境音が制作された時に以下のようなエピソードがあったのです。そしてまた、複数箇所の駅に環境音が取り入れられたことに関しては、日本の駅という気忙しい印象を与えかねない空間に相対する際、利用者の心に癒やしと安らぎ、潤いをもたらす意味合いが込められていたのです。

 

 南北線では、1991年に接近・発車案内にメロディー(サイン音)を採用しました。これまでの営団地下鉄の発車合図は単なるブザーだっただけに当時は画期的な試みとして注目されました。メロディーは東京都の音楽制作会社「サウンドプロセスデザイン」のプロデュースにより、環境音楽家、吉村弘が制作。この際、吉村は王子駅付近を流れる音無川(石神井川)や滝からイメージを膨らませて「水」をテーマに、接近メロディーは「水滴や波紋」、一方の発車メロディーは「水の流動的な流れ」をモチーフにしていました。抽象的な実際の自然音に触発を受け、それらを彼の得意とするシンセサイザーを用い、環境音を制作したのです。


 実際に環境音の使用が開始されると、予想以上に彼の作曲した音の評判は良く、その後、目黒線、都営三田線、2001年に開業した埼玉高速鉄道線でも採用された。さらに鉄道会社の枠組みを越えた直通運転共通のメロディーとして幅広いエリアで使用されるようになった。2015年から、南北線、目黒線と三田線でも、吉村弘の環境音から次の新しいメロディーに移行されたため、現在、彼の環境音はほとんど使用されていないと思われます。しかし、彼の環境音は長いあいだ、鉄道利用者の心を癒やし、そして安らぎを与え続けたのです。

 

 吉村弘の音楽家としての功績は環境音楽の分野だけにとどまりません。年にはNHK邦楽の委託作品「アルマの雲」を作曲したほか、日本の黎明期のエレクトロニカの名盤として知られる『Green』(1986)、と、実質的なデビュー作でありながらアンビエントの作風を完全に確立した『Music For Nine Post Cards』(1982)といった傑作を世に残しています。さらに、吉村弘は、TV・ラジオにも80年代と90年代に出演しており、「環境音楽への旅」(NHK-FM)、「光のコンサート '90」(NHK-BShi)「列島リレードキュメント 都会の”音”」(NHK総合)にも出演しています。 

 

 これらのそれほど数は多くないにせよ、音源という枠組みにはとどまらない空間のための音楽をキャリアの中で数多く生み出し続けた作曲家、吉村弘のインスピレーションは、どこからやってきたのでしょうか?? 生前、多くのメディアの取材に応じたわけではなかった吉村は、自らのインスピレーションや制作における目的を「Music For Nine Post Cards-9枚のハガキのための音楽」のライナーノーツで解き明かしています。

 

そして、どうやら、彼の言葉の中に、環境音楽やサウンド・デザインにおける制作の秘訣が隠されているようです。特定の空間のため、また、その空間を利用する人々のために制作される「環境音」とはどうあるべきなのか。そのことについて吉村弘は、まだ無名の作曲家であった80年代の終わりに以下のように話しています。

 


 

 この音楽は、「気軽に聴けるオブジェや音の風景」とも言えるもので、興奮したり別世界に誘ったりする音楽ではなく、煙のように漂い、聴く人の活動を取り巻く環境の一部となるものである。

 

 エリック・サティ(1866-1925)の「家具の音楽」やロック・ミュージシャンのブライアン・イーノの「アンビエント・シリーズ」など、まだ珍しい音楽ではあるが、俗に言う「オブジェクト・サウンド」は自己表現でも完成された作品でもなく、重なり、ずれることで、空間や物、人の性格や意味を変えてしまう音楽である。


 音楽はただ存在するだけではないので、私がやろうとしていることは、総合的に「サウンドデザイン」と言えると思います。


 「サウンドデザイン」とは、単に音を飾ることではなく、「できれば、デザインとして、音でないもの、つまり静寂を作り出すこと」ができれば素晴らしい。目は自由に閉じることができるが、耳は常に開いている。

 

 目は自由に焦点を合わせて向けることができるが、耳はあらゆる方向の音を音響の地平線まで拾い上げる。音響環境における音源が増えれば増えるほど(そして、それは今日も確実に増えている)、耳はそれらに鈍感になり、本当に重要なものに完全に集中するために、無神経で邪魔な音を止めるよう要求する個人主義的権利を行使できなくなると考えるのは妥当なように思われます。


 現在、環境中の音や音楽のレベルは人間の能力を明らかに超えており、オーディオの生態系は崩壊し始めている。

 

 「雰囲気」を作るはずのBGMがあまりにも過剰で、ある地域や空間では、ビジュアルデザインは十分に考慮されているが、他方、サウンドデザインは完全に無視されている現状がある。いずれにせよ、建築やインテリア、食べ物や空気と同じように、音や音楽も日常的に必要なものとして扱わなければならない。

 

 雲の動き、夏の木陰、雨の音、町の雪、そんな静かな音のイメージに、水墨画のような音色を加えたいと思い作曲しました。


 前作「アルマのための雲-二台の琴のための」(1978)のミニマルな音楽性とは異なり、9枚の葉書に記された音の断片をもとに、雲や波のように少しずつ形を変えながら短いリフレインを何度も演奏する音楽。


 実は、この曲を作っていたある日、北品川にある新しい現代美術館を訪れたんです。雪のように白いアールデコ調の外観のうつくしさもさることながら、美術館の大きな窓から見える中庭の木々に深い感銘を受けて、そこで自分の作ったアルバムを演奏したらどんな音がするのだろう? そして、いざ、ミキシングを終えて、カセットテープに録音した後、再びこの美術館を訪ねたところ、無名作曲家の依頼を快く引き受けてくださり、「よし、美術館でこの音楽をかけてみよう」ということになり、とてもうれしく、励まされました。      

 

Wiiliam Basinsky

 

米国のアンビエント・プロデューサー、ウィリアム・バシンスキーが1979年に録音したものの長年お蔵入りとなっていた幻の音源『The Clocktower at the Beach(1979)』を発表しました。このアルバムは3月3日にLINEより発売される予定です。また発表に合わせて先行シングルが公開されていますので、下記よりご視聴ください。


「The Clocktower at the Beach(浜辺の時計台)」は、伝説的なプロデューサー、ウィリアム・バシンスキーがサンフランシスコに住んでいた1979年に作曲・録音された42分の未発表アーカイブ。ある時はかすかに、ある時は轟々と、広大な霧のようなドローンは、潮の満ち引きのようなエネルギーに満ちている。

 

パートナーのアーティスト、ジェームス・エレインがヘイト・ストリートの疎らなアパートで路上から拾ってきたオリジナルの夜勤の工場録音と、壊れた1950年代のテレビのテープループから作曲された「The Clocktower at the Beach」は、バシンスキーの最も初期の不気味な作品の一つ。この特別な作品が、彼の将来の音の探求と作曲にどのように影響したかを振り返っています。

 

「オープンリールのデッキを持っていたことは、私の初期の作品の多くで役に立ちました」とバシンスキーは述べている。

 

「4つのスピードを持つこの頑丈な機械は、隠れた、聞いたことのない音を発見するのを助けてくれました。私の魔法の機械。この作品は、私の最も(重要な)初期のドローン作品の一つです。私の作品はどれも、ある種の閃きから始まる特異な実験なんですが、「Clocktower」では、空間を作り出し、時間を歪ませる長尺の作品を最終的に追求することを重視しました」



ジェームス・エレインがレコード店の仕事から持ち帰る中古レコードの数々に魅了されたバシンスキーはこう宣言する。「ジェイミーは何でも持っていたし、手に入れたんだ...。しかもすぐにね! 私の音楽学マスタークラスの師で、最初のチャンピオンがジェイムス・エレインなんだ」


佐藤聡明の「エメラルド・タブレット」(1978年)、ジャン・クロード・エロイの「学問の道」(1979年)、エリアン・ラディゲの1960年代後半から70年代の一連のフィードバック作品と同じ軌道にあるバシンスキーの「The Clocktower at the Beack(1979)」は、海辺のジョルジオ・デ・キリコを思い起こさせる音で描かれた不思議な空のクレパスのような不可思議な作品となっている。


ウィリアム・バシンスキーは、これまでLINEからリシャール・シャルティエとのコラボレーション作品「Untitled 1-3」(2008年)、「Aurora Liminalis」(2013年)を発表している。「The Clocktower at the Beach」は、10年ぶりのLINEからの復帰作となる。また昨年、バシンスキーはイギリスの実験音楽家、Jenek Schaeferとのコラボ・アルバム『…on reflection』を発表している。 

 

 

 

 

 William Basinsky 『The Clocktower at the Beack(1979)』

 


Label: LINE

Release : 2023年3月3日

 

Tracklist:

 

1.The Clocktower at the Beack(1979) (excerpt 1)

2.The Clocktower at the Beack(1979) (excerpt 2)

3.The Clocktower at the Beack(1979) (excerpt 3)

 

 

William Basinsky

 

 
ウィリアム・バシンスキー(1958年生まれ)は、クラシック音楽の教育を受けた音楽家、作曲家であり、ニューヨークとカリフォルニアで40年以上にわたって実験的なメディアで活動している。旧式のテクノロジーとアナログ・テープ・ループを使用した、心にしみるメランコリックなサウンドスケープは、人生の時間性を探求し、記憶の残響と時間の神秘に響くものである。

 

4枚組の大作「The Disintegration Loops」は国際的に高い評価を受け、Pitchfork Mediaによって2004年のトップ50アルバムに選ばれた。2012年に発売されたTemporary ResidenceのデラックスLPボックスセットのリイシューは、その年のベストリイシューに選ばれ、ピッチフォークでは10点を獲得している。


Kali Malone 『Does Spring Hide Its Joy』



Label: Xkatedral

Release Date: 2023年1月日

 

Purchase(mediations)

 

 

Review


三枚組の新作アルバム『Does Spring Hide Its Joy』は、現在、スウェーデンを拠点に活動するアメリカ人実験音楽作曲家、Kali Malone(カリ・マローン)による没入型オーディオ体験で、マローンの他、スティーブン・オマリーとルーシー・レイルトンがミュージシャンとして参加している。2020年春のロックダウンの期間中に、ベルリン・ファンクハウス&モノムで制作・録音された。音楽は、音の信号として数学的な技術が用いられており、7進数のジャスト・イントネーションとビートの干渉パターンに焦点を当てた、長尺の非線形デュレーション作曲の研究となっている。これまでのこのアーティストと同様、ドローンの音響の可能性を追求している。

 

昨年、『Living Torch』というドローンの傑作を残したカリ・マローンであるが、今回、アーティストはパイプオルガンの演奏から離れ、 シンセサイザーのサイン波に焦点を絞ったドローン・ミュージックを制作している。そして、イギリスのメディア、The Quietusによれば、上記の2人のコラボレーターとしての役割は歴然としているという。ルーシー・レイトンの音楽的な背景は、コンテンポラリー・クラシックにある。一方、オマリーの方はSunn O)))の活動をみても分かる通り、ブラック・メタルや実験音楽にある。レイトンはチェロ奏者として、オマリーは、Bowed Guiterという形で作品に参加している。ある意味では異色のコラボレーションともいえるが、この三人には、方向性こそ違えど、ドローンという共通項を見出すことが出来る。


今回、パイプ・オルガンを離れ、シンセサイザーの世界に没入したことは、他の側面から見ると、既存作品とは異なるドローンミュージックのアプローチを探究したかったように思える。そして、例えば、ルネッサンス期の宗教曲のような重厚さを全面に押し出していた既存作品とは異なり、どちらかといえば今作のドローン・ミュージックはアフガニスタンの弦楽器ラバールの音色に近い音響の特性を持ち、エキゾチックな雰囲気に充ちたドローンへカリ・マローンは歩みを進めた。ただ、クラシック音楽の通奏低音のような形で常に一つの音が長く維持される点や、音の増幅と減退を用いてトーンの揺らぎを与えるという点、そして、時折、Bowed GuitarやCelloを通じてもたらされるアナログ信号のノイズのようなアバンギャルドな音の断片は、もしかするとこれまでのマローンの作品には見られなかった新鮮な要素といえるかもしれない。

 


 

今作『Does Spring Hide Its Joy』は、映画音楽のサウンドトラックとして制作された。 この映像作品に登場する1868年にエンジニアのジェシー・ハートリーによって設計された中央水力塔とエンジン・ハウスは、イタリアのフィレンツェにあるルネッサンス期の洞窟、パラッツォ・ヴェッキオを基にしている。映像作品『Does Spring Hide Its Joy』は、Abandon Normal Devicesの依頼を受け、アーツカウンシル・イングランドの資金援助を得て、オイスター・フィルムズが配給している。助監督はスウェットマザーが担当した。映像監督は以下のようなコメントを提出している。

 

  「私は、この作品に付随するフィルムを監督しました。バーケンヘッド・ドックの水圧塔とエンジンハウスの廃墟を撮影し、自然が静かにその権利を取り戻したこの工業地帯の震えるような肖像画を作りました。
私は、カメラの熱っぽい動きと彷徨によって、この荒涼とした空間に人間の存在を導入しようとした。建物を巨大な空の骨格として撮影するだけではなく、建物や崩壊した屋根、穴、床に散らばる苔や瓦礫、焼けた木片、そしてこの廃墟を彼らの王国としたすべての生き物たちと一緒に撮影しようとしたのである」

 

つまり、映像監督が語るように、これらルネッサンス期のイタリアの廃墟、他にもイギリスの古い廃墟など、古びた遺構のサウンド・スケープとして制作されている。これらはもちろん世の多くのサウンドトラックと同様、あくまで映像作品の質感を損ねないように、極力主張性が抑えられている。しかし、もちろんこのサントラの音楽は、映像の雰囲気を掻き立てるために存在するのであり、それはそのまま存在感が希薄であるということではない。それよりも実際の音楽から想起される古典的な宗教音楽の雰囲気が全面に満ち渡っているのである。

 

一方、音楽の製作者はこのサウンド・トラックについて、どのような見方をしているのか、断片的ではあるが、その一部を抜粋しておきたい。


「世界中のほとんどの人と同じように、私の時間に対する認識は、2020年の春の大流行の閉塞感の中で、大きな変容を遂げました。慣れ親しんだ人生の節目もなく、日や月が流れ、本能的に混ざり合い、終わりが見えなかった。時間が止まっているのは、環境の微妙な変化により、時間が経過したことが示唆されるときである。記憶は不連続に曖昧になり、現実の布は劣化し、予期せぬ関係が生まれては消え、その間、季節は移り変わり、失ったものはないまま進んでいく。この音楽を何時間もかけて演奏することは、数え切れないほどの人生の転機を消化し、一緒に時間を過ごすための深い方法だった」

 

カリ・マローン本人が説明するとおり、アーティストはあくまで、映像作品の付属であることを弁別しながらも、これらのドローン・ミュージックは制作時期のアーティストの感情や人生を色濃く反映している。それは孤独感に充ち、寂寥感に溢れ、茫漠とした荒野の最果てに浮かぶ霧のようである。しかし、その一方で、普通のドローンには見られない温かな感情もその冷たさの中に滲んでいる。ただ、これは表題にあるように喜びという単純な言葉ではいいあらわせないなにかがある。そして、これらの厳粛な抽象的な音楽に耳を澄してみると、没空間、没時間といった、すべてのこの世にある常識的観点から解き放たれた反転の概念が存在している。それは、チベット密教の概念、時間そのものは一方方向に流れず、円環を形成しているというニュアンスに近い。

 

そもそも、これらのドローンという実験音楽を通じての哲学的考察は、外側に流れる時を表現したものではないように感じられる。それは、人間の内側にある内的な時間の流れ、つまり、過去から現在、未来へと繋がる本来の時流とは異なる混沌とした合一の時間が、このレコードの中には内包されている。そしてまた、外的な風景ではなく、外の風景に接した際の内的風景が描写的に音の増幅や減退の反復によって永遠と続いていく。つまり、カリ・マローンが近年探究するアブストラクト・アンビエントとは、現実の物理空間に内在する法則とは異なる何かを追い求めようというのかもしれない。それはこの長大なサウンドトラックを聴いてみると分かるとおり、物質の持つ無限性や合一性、そういった超越的な観点に集約されているようにも思えるのである。

 

この新作アルバムの収録曲を逐一説明することは、あまり有益ではないように思える。その理由は、これらの四時間以上に及ぶ収録曲は、始まりもなければ、終わりもない、無限の空間とも称せるからなのだ。この最新作において、前作で金字塔を打ち立てたカリ・マローンはそれとは異なる崇高性を追い求めている。アバンギャルド・ミュージックとしては、未曾有の孤絶した領域にあり、こういった音楽について、評価付けることすら愚かしいと思える。もしかすると、今作は、前作『Living Torch』と同様、前衛音楽の伝説的な作品として後に語り継がれるような作品となるかもしれない。



98/100

 

 

Satomimagae

 

東京を中心に活動するエクスペリメンタル・フォーク・アーティスト、Satomimagaeがデビュー・アルバム『awa』の10周年記念リイシューに収録されるシングル「Tou(塔)」を公開しました。

 

今回、Satomimagaeは、10年前に自主制作したデビュー作をアートワークを一新し、リマスター盤として再編集することになった。アルバムの発表時、最初の先行シングル「Inu」が公開されています。『awa』のリイシュー盤は、RVNG Intl.から2月3日に発売されます。先行予約はこちら


 New Album Review  坂本龍一 『12』

 

 


Label: Commons/ Avex Entertainment

Release: 2023年1月17日



Review

 

これまでYMOのシンセサイザー奏者、ピアニスト、そして作曲家、様々なシーンで活動を行なう坂本龍一の待望の最新作。このアルバムは、近年、癌の闘病のさなかに書かれた彼の魂の遍歴ともいうべき作品である。そして、これらの12曲は、癌との闘いの中で、音を浴びたいという一心により書かれたピアノ作品集となっている。先日、放映されたNHKのピアノ・ライブではこの中の一曲が初めて披露された。また、その出演時のインタビューにおいて、坂本龍一はこのアルバムについてコメントしており、予め12曲を予期していたわけではなく、書き溜めていた楽曲を厳選していったところ、偶然、12曲になったという。『12』は、これ以上はない作曲者自身の選りすぐりのクロニクルとなっている。おそらくこれまで坂本氏の作品に触れてこなかったリスナーの入門としても最適なアルバムといっても差し障りはないように思える。

 

では、坂本龍一という音楽家の本質は何であるのか。先述のNHKのインタビューでは、「自分はピアニストとしてはそれほど優れているわけではないが、自分の作曲を演奏者として表現することが最適な方法だと考えてきた」というような趣旨の発言を行っている。一般に独り歩きするイメージとは裏腹に、自己に対して謙遜すらいとわない慎み深い音楽家のイメージが浮かび上がってくる。まさに、以上の言葉はこれまで明かされることのなかった坂本龍一という人物像を何よりも奥深く物語っている。そして、YMOのメンバーとして、あるいは戦場のクリスマス時の俳優として、その後のニューヨーク移住の時代、その後の音楽的な転向の時代ーーアルヴァ・ノトやクリスティアン・フェネス、ゴルトムントといったアーティストとコラボレーションを行った実験音楽家、そして文芸誌『新潮』でのがん闘病記の執筆。実は、そのどれもが坂本龍一という人物を表しているのである。

 

『12』は、プレスリリース時に発表されたとおり、制作された時期がそのまま曲名となっている。そして、その多くがパンデミックの始まりから一年あまりして書かれ、そして、およそ2年の歳月をかけてこれらの曲は書き上げられていったことが分かる。曲名は時系列ごとに並んでいるわけではなく、ランダムに配置されている。そして、作品を俯瞰してみると、その内容は、先にも述べたように、これまでの坂本龍一という音楽家のクロニクルとも捉えられないことはない。しかし、この作品を記念碑というようなかたちで解釈することは妥当とは言い難い。確かにピアノ曲、アンビエント、エレクトロニカ、この3つの柱が作品の核心にあることが理解出来る。しかし、それは、これまで彼が行ってきた事や、過去を回想するということではないように思える。坂本龍一という音楽家は、過去に埋没するわけではなく、さながら端的な日記を綴るかのようにその時々の内的な感性を探り、それらをピアノ曲、アンビエント、エレクトロニカというかたちで追究するのである。これは単なる音楽の提示ではなくて、音楽を通じての魂の探究なのだ。

 

個々の楽曲については、オーストリアのクリスティアン・フェネスとの共作の時代から探究してきたピアノ・アンビエントが作品の中心的な要素として据えられている。そして、ところどころには、近年、ご本人が探ってきた、日本的な感性や情緒というのがさり気なく込められているように思える。しかし、これまでの作風とは明らかに一線を画している。それはある意味で、オープニングの「20210310」や「20220214」で分かるとおり、神秘的な何かに対する歩み寄りが以前の作品に比べると顕著なかたちで刻印されている。それは、また、シンセサイザーのパッドを通じて、かつてのブライアン・イーノの『Apollo』の時代のようなアンビエントの厳選に迫ろうとしているとも解釈出来るのかもしれない。そして、これらの電子音楽としての間奏曲が、ソロ・ピアノをフィーチャーした楽曲の中にあって、強い生彩を放っているのである。

 

そして、これらのピアノ曲には、これまでのフランス近代和声からの影響に加えて、明らかにジャズの和音であったり、ドゥワップの時代のモード奏法の影響が取り入れられている。このジャズに対する親和性は、坂本龍一の以前の作品には求められなかった要素として注目しておきたい。これらの新味は、新作アルバムの終盤になって現れ、特に「20220404」において、これまでの戦場のクリスマスの時代のピアノ曲の作風に加えて、どのようなかたちで和音や対旋律の技法を駆使し、それらの要素を取り入れるのか試行錯誤している様子を伺うことが出来る。


不思議なことに、新作を聴いて一番驚いたのは、最後のクローズド・トラック「20220304」で実験音楽に挑戦していることである。アルバムのラストには、ピアノ曲を収録するかもしれないと考えていたが、オーケストラ楽器のクロテイルのような音(ガラスの破片がぶつかるような音)を捉える事ができる。この風鈴の音にも聴こえる音が、果たしてサンプリングによるものなのか、以前から試作していたフィールドレコーディングによるものなのかまでは定かではない。それでも、これらの全体的な流れを通じて感じられるのは、音楽家の神秘的なものに対する憧憬や親しみであると思う。そして、これらの12曲は、全体的な印象を通じ、”無限なる何か”に直結しているような気がする。もちろん、この『12』が、坂本龍一の最後の作品になるかどうかはわからない。それでも、坂本龍一さんが今もなお、新しい音楽に挑戦しつづけるだけでなく、さらなる高い理想を追い求めようとしていることだけは全く疑いないことなのだ。

 

 97/100

 


Weekly Recommendation  


Ekin Fil 『Rosewood Untitled』


 

Label: re:st

Release Date: 2023年1月13日   

 

Genre: Ambient/Drone

 

 

Review

 

2021年7月、記録的な熱波がギリシャとトルコが位置する地中海沿岸区域を襲ったことを覚えている方も少なくないはずである。


当時、地中海地域の最高気温は、何と、47.1度を記録していた。記録的な熱波、及び、乾燥した大気によって、最初に発生した山火事は、二つの国のリゾート地全体に広がり、数カ月間、火は燃え広がり、収束を見ることはなかった。2021年のロイター通信の8月4日付の記事には、こう書かれている。


「ミラス(トルコ)4日 トルコのエルドアン大統領は、4日、南部沿岸地域で一週間続いている山火事について、『同国史上最悪規模の規模』だと述べた。4日には、南西部にある発電所にも火が燃え移った。高温と乾燥した強風に煽られ、火災が広がる中、先週以降8人が死亡。エーゲ海や地中海沿岸では、地元住民や外国観光客らが自宅やホテルから避難を余儀なくされた」と。この大規模な山火事については同国の通信社”アナトリア通信”も大々的に取り上げた。数カ月間の火事は人間だけでなく、動物たちをも烟火の中に飲み込んでしまった。

 

このギリシャとトルコの両地域のリゾート地を中心に発生した長期間に及ぶ山火事に触発されたアンビエント/ドローンという形で制作されたのが、トルコ/イスタンブールの電子音楽家、エキン・フィルという女性プロデューサーの最新アルバム『 Rosewood Untitled』です。エキン・フィルは、非常に多作な音楽家であって、2011年のデビュー・アルバム『Language』から、昨年までに14作をコンスタントに発表しています。

 

電子音楽のプロデューサー、エキン・フィルは、基本的にはアンビエント/ドローンを音楽性の主な領域に置いています。昨年に発表した『Dora Agora』は、それ以前の作風とは少しだけ異なり、ドリーム・ポップ/シューゲイザーとアンビエントを融合させ画期的な手法を確立しています。


シンセの演奏をメインとするアーティストが珍しくギター演奏に挑んでいて、異質なドローン音楽として楽しむことが出来る。デモ・テープに近いラフなミックスが施されているので、以前の王道のアンビエントとは別の音楽性を模索しているかもしれないとも取れたのでしたが、今回、スイス/ベルンのレーベル”re:st”から発表された最新作『Rosewood Untitled』を聴くかぎりでは、その読みは半分は当たっており、また、もう半分では外れてしまったと言えるかも知れません。

 

エキン・フィルの最新作『Rosewood Untitled』は、英国や米国のアンビエント・ミュージシャンとは作風が明らかに異なる。それはこのアーティストを発見した前作『Dora Agora』から明瞭にわかっていたことではあるが、才覚の全貌ともいうべきものがこの作品で明らかとなっている。


エキン・フィルの制作するアンビエントは、ブライアン・イーノのようにアナログ風のシンセサイザーを貴重としたシンプルな抽象音楽が核心にあり、稀に癒やしという感慨が押し出されている点においては、他のプロデューサーとはそれほど大きくは相違ないように思える。しかし、エキン・フィルの描く表現性は、一般的な西洋的な概念に対するささやかな抵抗や反駁ともとれる何かを感じ取ることができる。


この作品全体には、トルコという土地の文化、特に、アラビア文化とヨーロッパ文化の折衝地としてのエキゾチズムが満ち渡っている。 東洋とも西洋とも異なる、いや、むしろ、東洋と西洋の双方の文化の発祥ともいえる太古から面々と続く文化性が、トルコで発生した山火事を音楽という領域から描出したこの最新アルバムでは掴み取ることが出来る。それはまた言葉を変えれば、他の地域のリスナーにとってはあまり馴染みがない、99%が回教徒で占められるというトルコ/イスタンブール、またアナトリアの土地の文化の本質へと一歩ずつ近づいていくという意味でもある。

 

実際の音楽は、アナログ・シンセの音色を生かしたシンプルなアンビエント・ミュージックとなっている。オープニング「Borealis」では、日本の伝説的なアンビエント音楽家、吉村弘の作風を彷彿とさせるレトロな雰囲気を体感することが出来る。


これはもちろん、日本の昔のレトロ・ゲームや最初期の任天堂のゲーム音楽にも近い雰囲気のオープニングとなっています。そして、エキン・フィルは、その最初の簡素なテーマからオーケストラ・ヒットなどを用いて神秘的な音楽性を引き出し、奥行きのあるストーリーを導き出していく。しかし、音楽の物語が転がりだしたとたん、いくらかの悲哀や感傷を擁する特異なアンビエンスが展開されていくことが分かる。そして、前作と同様、米国のアンビエント・プロデューサーのGrouper(リズ・ハリス)を彷彿とさせる浮遊感のあるドリーム・ポップ風のアンニュイなヴォーカル・トラックが空間性を増していき、そのまま淡々とフェード・アウトしていく。


聞き手は、手探りのまま二曲目へと移行せざるをえないが、いまだこの段階ではこの表現しようとすることが何であるのかは不明瞭のまま。もちろん、それは地上的な表現性と宇宙的な表現性を繋ぐ神秘性という形で、エキン・フィルのアンビエントは続いていくのである。ときに、絶妙なループを施しながら、奇妙なノイズを取り入れながら、「Seasick」は、あっという間に終わってしまう。


2曲目の「Disembered」では、前曲とはガラリと雰囲気が一変する。パイプ・オルガンの音色をシンセサイザーで使用し、前の2曲よりも神秘的であり、神々しいのような世界観を綿密に作り上げていく。しかし、リードシンセの音色は常に華美な演出を避け、素朴な音色であるように抑制を効かせている。ときに主旋律に対しての対旋律が奇妙な宇宙的な質感を伴って紡ぎ出される。この段階に差し掛かると、このトルコの山火事の変遷をシンセサイザーの重なりによって描出していく。


さらに、続く、四曲目のタイトル・トラックは、より神秘的な空間が立ち上がる。一見して、少し不気味な感じのあるイントロダクションから導きだされるコントロールの利いたシンセサイザーのパッドの音色は主張性を極力抑え、その場に充溢する得難い感覚を見事に表現している。時折、導入されるマレット・シンセの音色は、真夜中に燃え盛る炎が地上を舐め尽くす様子が描かれているように思える。それはまたその山火事を見る者にとっても信じがたいような瞬間でもある。

 

これらの描写的な抽象音楽は、常に、トラックが一つずつ進むごとに深化していき、例えるなら、それは内側にある奇妙な空洞のような場所へ、深く、深く降りていくかのようである。そして、5曲目の「Hidden Place」まで来ると、聞き手はオープニングで居た場所とは異なる空間性を見出す。


大げさに言えば、最初にいた空間とは異なる別領域に居るように思える。この曲は、アルバムの中で、次の曲と共に最もドローンの要素が強いトラックとなっていますが、まさに2021年当時の夏のトルコの空気の流れのようなものを、パン・フルートの音色を介して丹念に空間として表現していく過程を捉えることが出来るのです。


そして、そのシンセのフレーズは寂寥感にあふれているが、その半面、どっしりした安定感も感じ取ることができる。ドローンの広がりは宇宙的な神秘性に直結している。そして、この曲のクライマックスは、前振りというか、アルバムのハイライトとなる次曲への連結部の役割を果たす。

 

さらに、エキン・フィルの音楽性の真骨頂ともいえるのが、つづく「Who Else」となるでしょうか。ここでは、ドローンの最北の表現性が見いだされますが、そこにはオープニングに呼応する形で、エキン・フィルのボーカルが異質な浮遊感を伴い乗せられている。そして、このドローンの中には非常にか細い、西洋主義とは異なるアラビアの文化性を読みとくことが出来る。それはなにかしら回教徒のいる天蓋にモザイク模様を頂くモスクの下に反響するコーランの輪唱を遠巻きに聴くかのようなエキゾチズムが、これらのアンビエントには揺曳している。


そして、「Meyen」に差し掛かると、神秘的な雰囲気は、突如として山火事の情景へと変貌を遂げる。曲のクライマックスでは、地中海沿岸地方の山全体を炎が舐め尽くす様子が描出されているように思える。ここに来て、信じがたい驚異的なサウンド・スケープはさらに奥行きを増していくが、それと同時に、人智では計り知れない神秘性が作品の核心のテーマにあることに気づく。アルバムのクローズ「Meyen」に聞こえるアンビエンスは筆舌に尽くしがたいものがあり、まさに圧巻というよりほかなく、鳥肌が立つような異質な感覚が充溢しているが、このクライマックスにこそプロデューサーの天才性が表れ出ているように思える。この劇的なエンディングにおいて、エキン・フィルは、人智を越えた神秘の源泉にたどり着いた。今作は、ドローン・ミュージックの最高峰に位置付けられる衝撃的なアルバムといっても過言ではないでしょう。


100/100



Weekend Featured Track #7「Meyen」

 

 

Moby

米国のテクノ・ミュージックの大御所プロデューサー、Mobyは、「ambient23」と題された新譜を公開し、幸先の良い2023年をスタートさせた。今作はなんと、モービーがアンビエントに挑戦した一作となっている。アルバムのリリースと同時に、「amb 23-1」のMVが公開されていますので下記よりご覧下さい。


ここ数ヶ月、Mobyはアルバムの制作過程を詳しく説明する投稿を何度も行い、その進捗状況をファンと共有して来た。先週、彼はインスタグラムに書いている。「2023年1月1日にリリースする新しいアンビエント・アルバムを仕上げているところだ。明らかに奇妙な理由で『アンビエント23』と名付けたんだ。今回のアルバムは、最近のアンビエントのレコードとはちょっと違う。なぜなら、ほとんど、この写真のような奇妙な古いドラムマシンと古いシンセサイザーだけで作られているから...。もちろん、僕の初期のアンビエントヒーローに触発されてね...」


 

 

「amb-23-1」

 

 

 

Mobyの新作アルバム『Ambient 23』の各種ストリーミングはこちらから。

 

ポーランドのアンビエント・プロデューサー、Tomasz Bednarczyk(トマス・ベドナルチク)が新作アルバム『Music for Balance and Relaxation Vol.3』のリリースを発表しました。この告知に合わせて、最初のシングル「Real Adventure Ⅱ」が12日にリリースされ、さらに、本日、二作目のシングル「Imaginary TripⅠ」がストリーミングで公開されています。

 

『Music for Balance and Relaxation Vol.3』は、「Real Adventure」と「Imaginary Trip」の2つの楽曲のバリエーションによって構成され、ヤマハのシンセサイザーのレトロな音色が活かされた作品です。

 

この新作は、これまで、ニューヨークの”12k”等から複数のアンビエント作品をリリースしてきたプロデューサーの豊富な経験が生かされており、ベドナルチェクが音楽と環境音を改めて主観的に解釈した作品となっています。ROLAND jp-8000、YAMAHA dx11、AMAHA QY70、KORG DDD-5、MOOG GRANDMA等の音色を加工した8曲で構成される。ニューエイジ/アンビエントファンは要注目の新作となります。 

 

 


今年1月、Tomasz Bednarczyk(トマス・ベドナルチク)は、最新作「Windy Weather Always Makes Me Think Of You』を12kから発売しています。この作品のレビューはこちらからご一読下さい。

 

 

Tomasz Bednarczyk 『Music For Balance And Relaxation Vol.3』

 

 

Label: Somewhere Nowhere

Release: 2022年12月30日

 

Tracklist:


1.Real Adventure Ⅰ

2.Real Adventure Ⅱ

3.Real Adventure Ⅲ

4.Real Adventure Ⅳ

5.Imaginary Trip Ⅰ

6.Imaginary Trip Ⅱ

7.Imaginary Trip Ⅲ

8.Imaginary Trip Ⅳ

 

 

Pre-order:

https://somewherenowhere.bandcamp.com/ 


 

 

Tomasz Bednarczyk

 

 トマシュ・ベドナルチクは、ポーランドのヴロツワフ在住の電子音楽家、サウンドデザイナー。 

 
2004年以来、前衛的なアンビエントサウンドの解釈を通して、新鮮で親しみやすい性質を持った楽曲を数多く生み出して来ました。

 
ベドナルチクは、アコースティックループ、そして、自身のスマートフォンで録音したフィールドレコーディングをトラックとして緻密かつ入念に重ね合わせていき、奥行きがあり、時に暗鬱で、時に温かな、叙情性あふれるデザイン性の高いアンビエント音楽を数多く作り出しているアーティストです。


Wire Magazineは、トマス・ベドナルチクの音楽について、「・・・彼の作品は、音の断片に光に当て、それらの幾何学性を与え、音は絶妙な均衡を保っている。彼の作品は、アレクサンダー・カルダーの彫刻のように平均感覚を呼び覚ますものである」と2009年のレビューにおいて評しています。

 
ベドナルチクのデビュー作「Sonice」はAvangarde Audio Recordsからリリースされています。2007年、彼は、他のアーティスト、Flunk,Gusky,Mr.S、Novika,Old Time Radio、3 Moon boysの作品を取り上げ、独自のスタイルを追求しました。上記のリミックス作品のコンピレーションにより、彼は電子音楽家、サウンドプロデューサーとして注目を集めていきます。


オーストリアの著名なレーベルRoom 40からリリースされた二作目のスタジオアルバム「Summer Feeling」は、これまでのキャリアにおいて代表作の一つに挙げられる。穏やかさと繊細さを兼ね備えたアンビエントのサウンドアプローチは、Wire Magazineを始め、多くの音楽評論家から好評を受けました。その後、「Wire Magazine MP3 Special」、「Shortcut to Polish Music」をはじめとするコンピレーション作品、日本のポスト・クラシカルシーンのアーティスト、Kato Sawakoのリミックス作品を始め、多くのリミックス作品を手掛けていくようになりました。

 
その後、Tomasz Bednarcsy名義のソロアルバムの発表を重ね、「Painting Sky Together」「Let's Make Better Mistakes Tomoroow」2009、を始めとするアンビエント作品をRoom 40,12Kといった、著名な電子音楽専門レーベルからリリース。二作目のアルバム「Painting Sky Together」は、BBCラジオ3でオンエアされ、アンビエント作品として好評を受けています。

 
その後、三作目のスタジオアルバム「Let's Make Better Mistakes Tomoroow」発表後、2010年にトマス・ベドナルチェクはソロ活動を引退すると発表しましたが、その後、その宣言を撤回、ソロ活動を再開。2018年に「Music For Balance and Relaxation Vol.1」をリリースした後、2021年までに四作の素晴らしいスタジオ・アルバムを発表しています。