Art Moore  デビュー作『Art Moore」で繰り広げられる豊かなイマジネーションの源泉


Art Moore Photo:Ulysses Ortega

 

 今週末にデビューを控えているArt Mooreのヴォーカリスト、テイラー・ヴィックは、「最近、私は知ったのですが、たとえば、目を閉じてリンゴを想像してくださいに言っても、何のイメージも浮かばない人がいるそうです。ところが、私の場合、目を開けても、閉じても、頭の中にあるものがはっきりと見える。私はよくその中で迷子になることがよくあるんです」と話す。


この偉大な想像力は、8月5日にリリースされるこのカルフォルニア州オークランドを拠点に活動するトリオのセルフタイトル・デビューアルバム『Art Moore』に反映されている。過去10年間、Boy Scoutsという名義でフォーキーなシンガーソングライターとして活動してきたヴォーカリストのテイラー・ヴィックは、Ezra Furman(エズラ・ファーマン)とのコラボレーションとしてお馴染みのSam Durkes(サム・ダークス)とTrevor Brooks(トレヴァーブルックス)とタッグを組んで、インディー・ポップのヴィネットを喚起するこの記念すべきデビューレコード『Art Moore』の制作を行った。その中のシングル「Snowy」では、ヴィックは、最大限に自信の持ちうる想像力を発揮し、それは文学的な表現性にまで到達しようとする。

 

テイラー・ヴィックは、作曲の際に文学的な創造性を元に何らかの楽曲を生み出す。彼女はあろうことか未亡人になった自分を空想し、冬のドライブに出かけるというイマジネーションまで溢れ出てくる。また、他の曲、"Muscle Memory "では、半ば偶然に元ボーイフレンドの家を通りかかり、昔の待ち合わせ場所に腰を下ろし、失ったものを再び取り戻そうとする様子を描いている。そこにはまプルースト的な連想作用が音楽上のストーリーとして紡ぎ出され、繰り広げられていく。


ボーイ・スカウツで題材に置くような個人的かつ実際的なエピソードとは異なり、これらの出来事は彼女の空想であり、実際に起こったことではないと付け加えておく必要がある。しかし、その中にある感情的な真実は、とてもリアルなものとして描き出される。夢見がちでありながらそこには現実性が淡々と表現されているのだ。一体、これはどういうことなのだろうか??


テイラー・ヴィックは次のように話す。「私は、頭の中に、あらかじめイメージを用意しておいて、それを元に話をじっくりと組み立てていくんです。例えば、散歩をしてて、"しまった、また、この人の前を通ってる "と思ったら、頭の中で "言いたいけど、絶対言えない "という奇妙な会話を一人でする。それでも、私生活と距離を置くことで、このことをさらに実験してみようと思ったんです。これは私が経験したこと "というのとは違う意味で、とても個人的なものなんです」



アート・ムーアは、どのようにトリオとして活動するに至ったのか。テイラー・ヴィックとトレヴァー・ブルックスは数年前、コーヒーショップで一緒に働いているときに出会い、もうひとりのサム・ダークスは、ブルックスと一緒にエズラ・ファーマンのツアーに参加したときに彼女の音楽に初めて出会い、長い間、テイラーヴィックのソロ・プロジェクト・Boy Scoutsの大ファンであった。彼は、テイラー・ヴィックが彼とエズラ・ファーマンのスタジオに参加し、『セックス・エデュケーション』のサウンドトラックの曲を共同制作したとき、最初に共同作業を行った。

 

サム・ダークスとトレヴァー・ブルックスは、今回のデビューアルバム『Art Moore』を、それぞれの自宅からインストゥルメンタルで曲を完成させ、それをテイラー・ヴィックに音源ファイルとして送り、バックトラックが完成した後にヴォーカルラインを書き下ろしてもらった。レコーディングの際には、シンセサイザーやドラムマシンが使用されている。そして、彼女のソングライティングに影響を及ぼしたのはインディーロックではなく、むしろメインストリームにあるポピュラー音楽、Tears For Fears、Beyoncé、Carly Rae Jepsenの楽曲であったという。


テイラー・ヴィックは、音楽を咀嚼する上で、自分で実際にその音楽を声に出して歌ってみる。聴くという行為は受動的であるが、歌うという行為は能動的なものである。ギタリストが実際のリフを弾いて演奏して上手くなっていくのと同じように、このアーティストも実際に歌うことで、これらのビックアーティストの音楽を体感的に習得している。しかし、それはそれほど深刻なものではなく、心楽しい趣味のような形で彼女の音楽性の中に取り入れられている。それは、ヴィックの実際の話しからも汲み取れるものである。「私は、いつも他人の音楽に合わせて歌うのが好きで、特に自分の音楽と違うものほど好きなってしまうんです。特に、自分の曲と全然タイプが違う曲なんかは。しかも、歌を歌うことのほとんどがパンデミック発生後だったので、本当に楽しくてたのしくて、歌うことは、地獄からの脱出のような気分でできることだった」


一方、このデビュー・アルバム制作のもうひとりの重要な立役者といえる人物がサム・ダークスである。最初のヴィックのデモトラックをより洗練された音楽性を引き出すいわばプロデューサー的な役割を担うダークスは、「アルバムの制作は自由で、本当に実験的なことだった」と説明している。「自分たちが思うやりたいことは何だってできたし、何の目的もなかった。ただ楽しむために、創るためにこれらのトラックリストを制作した。このアルバムを作るまでは、ドラムマシンやシンセサイザーをほとんどいじったこともなかった。でも、何も知らない状態でとりあえずそれをやってみて、みんなが”すごい!”って言ってくれるのは、本当に気持ちがいい。すると、不思議なのは、その後より良いアイディアがどこからともなく次々に生まれ出てくる」


また、『Art Moore」が制作される過程で、トリオ間での人間関係の適度な距離感というものがむしろより良い作品が生み出される段階において功を奏したとも言える。2020年のパンデミック混乱と恐怖の中、フロントパーソン、ヴォーカリストとしてこのトリオの音楽に鮮やかな息吹をもたらすテイラー・ヴィックにとって、それほど親密さを必要としない音楽にじっくり取り組んでいくことは、自己の音楽性にしっかりと向き合う時間を持てたということもあって、かなり安心感を与えられるものとなった。アート・ムーアの面々は、オンライン上で楽曲のやりとりを重ねながら、互いの人間関係を尊重し、ほどよい距離を保ちながら音楽を作り上げることが出来た。

 

 Anti-から今週金曜にリリースされるデビュー・アルバム『Art Moore』は、テイラー・ヴィックの創造性が生み出したものであり、文学的な才覚がいかんなく発揮されたものとなっている。それは言い換えれば、つかず離れずの適度な人間関係の距離感、おおらかな気風、過度なライブツアーを避けることによりもたらされた時代的な偶然の産物といえるのかもしれない。また、他者からの過度な影響や干渉を避けたことにより、このテイラー・ヴィックというアーティストの他では見出すことの出来ない性質のようなものが絶妙に引き出された作品と呼べる。

 

「とても自由な感じがしたのは、このアートムーアというプロジェクトに惹かれた大きな理由だった」とテイラー・ヴィックは話している。

 

「私は、個人的な出来事を歌詞として書きとめるのがすごく好きなんです、人生の中で、このパンデミックの時期にはちょっとだけ休憩を取りたいと思っていた。そういうのも良いんじゃないかって。パンデミックに巻き込まれた気持ちなんてそのまま書きたくなかったし、書いたとしても、どんなふうに書けば良いのかわからないと思って。でも、もしこれらの曲を(ツアーで)ノンストップで演奏していたら、このデビュー・アルバムは、多分、全然雰囲気の異なる作品になったと思う」とテイラー・ヴィックは、以前のボーイ・スカウツの音楽性を引き合いに出すかのように次のようにジョークを交えて語っている。「もちろん、アート・ムーアの音楽は、私の強烈な失恋ソングを毎晩のように演奏するのとは、時々、まったく意味合いが異なるわけで・・・」

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