Caroline ロンドンのミュージックシーンに登場した次世代のポストロック デビュー・アルバム誕生の背景とは

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   ロンドンから登場した次世代のポストロック デビュー・アルバム誕生の背景とは

 

Caroline

 

 

Caroline

 

 最近、イギリスでは五人以上のメンバーを持つ大編成のコレクティヴが数多く活躍している。以前、マーキュリー賞にノミネートされたBC,NRがその筆頭に挙げられる。これらの2020年代のロックバンドは、以前のインディーロック・バンドにあった実験性と、ミニマル・クラシカルにあるような作曲技法を巧みにオルト・ロックと掛け合わせて前衛的な音楽を作り出している。そして、次に大注目を集めるのが、マンチェスター/ロンドンから登場したCarolineとなる。

 

Carolineは、最近のコレクティヴと呼ばれる体制をとり、8人という大編成からなる。その中には、ギター、ドラム、ベースというシンプルなバンドの構成に加え、チェロ、バイオリン、アイルランドの民族楽器、フィフォルといったオーケストラの楽器まで内包される。キャロラインが目指すのは、インディーロック、フォーク、オーケストラ、民謡のクロスオーバーなのである。

 

キャロラインは、2010年代の後半にバンドを結成し、実験的なジャムを重ねた後、ラフ・トレードの創設者、ガレージロックやレゲエのムーブメントをUK国内に定着させたジェフ・トラヴィスに言わば見初められた形となった。先行シングルを発表したのち、2022年始めにセルフタイトルのアルバムを発表した。ミニマル派の音楽を特徴としながらも、ミッドウエストエモ、アパラチアンフォーク、ポストロック、様々な音楽を吸収した新しい音楽はどのように生まれたのか。

 

彼らは、デビュー作の発表により、国内に留まらず、世界的に知られるようになっている。そして、耳の肥えたファンを唸らせた実験的で情感豊かなサウンドには、エモ、コンテンポラリーフォーク、2000年代以前のケンタッキー州ルイヴィルのミュージックシーンに象徴されるミニマル構造のポスト・ロック、オーケストラの室内楽、教会で聴かれるようなコーラスチャントまで広範な音楽性が内包されている。

 

先鋭的であり、実験的なサウンドは繊細さに加えて覇気すら感じられるが、そのバンドとしての出発点は、意外にもこれらの後の成功とはほど遠いところにあった。コレクティヴとしての出発点は、実は、このバンドの中心人物である、ジェスパーですらおぼつかないものであったのだ。

 

コレクティヴとしての船出、それは数年前のクリスマスに遡る必要がある。Carolineの中心的なメンバーであるジャスパー・ルウェリン(28歳)は、両親から、自分のバンドの曲を演奏して友人たちに印象づけるようにプレッシャーをかけられていたのだという。"両親は、「キャロラインの曲をかけてみて」と言ったんだ "と彼は振り返る。「私はまず、"Dark Blue"を演奏しました。そのとき、みんな、沈黙して気まずくなってしまった。彼らは、それについてどう考えていいのかわからなかったんでしょう」


彼のバンドメイトであるキャスパー・ヒューズもまた28歳であり、同じような経験を同居人にしたそうなのだが、彼はただこう勇ましく言ってのけた。「君はこれを演奏することで僕に挑戦してきたんだ "とね」と、3人目の結成メンバーである、マイク・オマリー(29歳)は最初期を回想している。


 アルバム発表前の先行シングルとしてリリースされた「Dark Blue」は、シングル・バージョンとアルバム・バージョンの異なるパターンで発表されているが、この曲は、このロンドンのバンドの印象を明瞭に決定づけた楽曲である。ミッドウエスト・エモ、ミニマル・クラシック音楽、アパラチアン・フォーク、コーラス・チャントを融合して構築されたこの曲は、このキャロラインという存在を象徴づけており、不協和音を特性を活かしつつも、内的な喜びに溢れている。

 

シンプルなリフが執拗に繰り返され、フィドルを始めとする多くの楽器が重られつつ、反復的なラヴェルの『Bolero』やライヒの「Octet」のような構造により、盛り上がるアンセムに発展してゆく。 それは、同音反復により足がかりを付け、その内向きのエナジーを徐々に増幅させていくのだ。この曲は徹頭徹尾、通奏低音のような形で、ギターのリフを反復させているが、同じ楽節を繰り返しながらも、複雑なオーケストラの楽器がこれらのモチーフと重なりあうことで、この曲のクライマックスではイントロとはまったく異なる境地に到達するのである。

 

「Dark Blue」は、ケンタッキー州ルイヴィルのSlintのように緻密でストイックな構成であるとともに、スコットランドのMogwaiの傑作『The Hawk Is Howling』の収録曲「Thank You Space Expert」のような際限のない壮大さを併せ持つ、おそらく、これがイギリス国内の音楽メディアでも、時に、キャロラインの音楽がモグワイが引き合いに出される理由なのだと思う。しかし、Carolineの壮大さは外側にむけて轟音が膨らんでいく印象を持つモグワイとは対極にある徹底した抑制と内省にある。内側にむけてベクトルが強められていくようにも感じられるのだ。

 

 

「Dark Blue」Single Version

 

 

 

 Carolineは、2010年代半ばにマンチェスターの大学で結成された。ギター兼ボーカルのヒューズがドラム兼チェロ兼ボーカルのルウェリンと「ある種のポスト・パンク」を始めたことから誕生したグループだった。マンチェスターからロンドンに活動の拠点を移した2017年には、ジャスパー・ルウェリンの古い仲間であり、10代の頃に立ち上げた「酔っ払ったアパラチアのフォーク・グループ」で一緒だったギタリストのマイク・オマリーが加入した。これでグループの骨組みが整えられた。


そこから、キャロラインは、長い期間のジャムセッションを通じてこれらの原型となった音楽に丹念に磨きをかけていった。まず、ヒューズの友人で、トランペッター兼ベーシストでもあるフレディ・ワーズワース(26)と共に、パーカッショニストのヒュー・アインズリー(28)とフィドラーのオリヴァー・ハミルトン(28)が参加し、彼の「うっとおしいほどのバイオリン」が「Dark Blue」とその後のバンドのフォークテイストのジャムを顕著に特徴づけていたのだ。


グループの名を決定しないままで、”彼ら”は実験的なジャムセッションを続けた。その後、彼らは、1年半以上の個人的な演奏を経て、遂に、2018年にcaroline(明確に説明されることのない名前)というバンド名を名乗るようになったのである。


もうひとりのフィドラー、マグダレナ・マクリーン(28)は、オリヴァー・ハミルトンのライヴの代役を務めてグループのソックスを吹き飛ばした後に加入し、それから、フルート、クラリネット、サックス奏者のアレックス・マッケンジー(27)はバンドにDMを送った後に加入を果たしている。


「このバンドは、結成当初から実にさまざまな形態に変化してきた」とヒューズは言う。当初は、小さなアイデアやテーマをループさせながら実験して、出来上がったものに「興奮する」ことが活動の全てだったという。「それは、たくさんの人が出会って、早い段階で仲良くなり、お互いを理解するのと同じことなんだ」と彼は説明する。


一方のジャスパー・ルウェインは、多くのアーティストや影響を受けていることが、Carolineのスタイルの核になっていると説明している。


"異なるものが一緒に同時に起こっているような、同じ全体の中にすべてが含まれているような、でも、それが独自の唯一無二のキャラクターを持っているような感じだ"。

 


 2022年のはじめ、彼らはセルフタイトルのデビューアルバムをラフ・トレードからリリースした。これはロックダウン中に録音されたにもかかわらず、再生と楽観主義のメッセージが込められており、全体を通して、静寂とノイズ、光と闇、希望と実存の恐怖が交錯し、音楽のリフレインが繰り返されている。何よりも、この作品は、即興的な感じがあり、フリージャズのような自由さに象徴づけられる音楽が中心となっている。しかし、マイク・オマリーは、「意外にも、それらの実験性が実際に聞こえる以上にコントロールされている」と断言する。

 

Caroline 『Caroline』

 

例えば、アルバムの六曲目に収録されている「Engine (eavesdropping)"」のクライマックスでは、フォーリーサウンドと切り取られたサンプルが使われている。ストリングスの下で鳴る機械音は、産業と牧歌の両側面を示すサウンドスケープを生み出している。


デビュー・アルバム『Caroline』は、複数の場所で録音され、異なる場所の音響効果がそのまま生かされている。彼らは、デジタルの不自然なエフェクト処理を厭い、その場所の持つ音響効果を自然に作品の中に取り入れている。これは、UKの現代音楽家、ギャヴィン・ブライヤーズのタイタニックシリーズの演奏のように、演奏上の実験にとどまらず、音響学的な実験性も取り入れられていることが驚きだ。それにより、同一の作品でありながら、別の作品であるようにも感じられる。ペッカム・スタジオでの録音に加えて、ルウェリンのヴォーカルがフローリングの床に反響する "Desperately "や、空のプールで録音された という"Dark Blue"、"Skydiving onto the Library Roof "など、『caroline』にはリビングルームでの録音まで収録されているのだ。


去る年の1月に行われたロイヤル・フェスティバル・ホールでのコンサートでは、新譜からのカットを演奏する代わりに、その会場で5時間に及ぶ即興演奏を行い、キャロラインの活動意欲は頂点に達したのだった。

 

「このアイデアは、観客が席を立ち、戻ってきたときに、1時間か2時間、ドリンクを飲んだり、他のことをしていたときに、私たちがずっと演奏していたことに気づくというものでした」とルウェインは言います。ところが、この実験演奏に観客は釘付けになり、ほとんどの人が最後まで残ってていたので、バンドのメンバーは驚いた。彼らは、その日会場に居合わせた観客が「終わりのないプロセス」に耐えられるかどうか疑っていた。しかし、彼らの実験的な演奏は多くの観客に好意的に受け入れられた。それは、キャロラインの音楽、そして彼らの存在が認められた瞬間でもあったのだろう。


そのときのライブに居合わせたジャスパー・ルウェインの父親は、クリスマスのあの気まずい演奏があったにもかかわらず、3時間も滞在していた。つまり、彼の父親は、彼の音楽の世界一の隠れたファンでもあるのだろう。しかし、ヒューズは、この日の演奏が非常に困難をきわめたことを暗に認めている。「あのときはクールだったけど、緊張しました」と彼は後になって語っている。「本当に疲れたし、終わった後、少しおかしくなったような気がしました。精神状態がとてもおかしかったんだ」

 

さらに、もうひとりのバンドの中心人物のマイク・オマリーにとってこの日のライブは大きな手応えとなった。それは彼らが何年もスタジオに閉じこもって制作してきた音源を、たくさんのオーディエンスが一緒に共有する準備が整ったという証拠でもあった。「他の人たちがグループとしてそういうことをしているのを目撃するのは、ある種、瞑想的なことなんだ」と彼は話している。




デビュー・アルバム『Caroline』の成功で、国内にとどまらず、海外にもロンドンの8人組、Carolineの名を轟かせることになった。もちろん、日本でもすでに耳の肥えたロックファンの心を惹きつけてやまない。

 

 こういった実験的なポストロック/アヴァンギャルド・フォーク作品が、なぜ海外でも一定のリスナーに快く受け入れられたのかは、これらのエピソードに見られる豊富な演奏経験、強かな実験性に裏打ちされたものなのである。このアルバムは商業的には大きな成功を収めなかったが、次世代に聴き継がれていく作品であることに疑いはない。これからの、彼ら、いや、Carolineがどのような新鮮な息吹をミュージックシーンにもたらすのか本当に楽しみで仕方がない。

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