Sylvain Chauveau「I'effet rebound(version silisium/version iridium)
Label: Sub Rosa
Release: 2022年10月14日
Sylvain Chauveauは、フランス出身、現在、ベルギー在住の音楽家で、アンビエントやポスト・クラシカルのジャンルにおいては中心的な役割を担う人物です。2000年代から活動を行っており、その音楽性は、実験音楽から、ポスト・クラシカル、また、アンビエントに近い電子音楽のアプローチにいたるまでそのアプローチは幅広い。ピアノ作品としての傑作としては、2003年の「Un Autre Decembre」がある。その他にも、アイスランドのヨハン・ヨハンソンと同時期にモダンクラシカルの領域を追求した2004年の「Des Plumes Dans La Tete」といった傑作も残しています。
先週の10月14日、お馴染みのベルギー/ブリュッセルのレコードレーベル”Sub Rosa”から発売となった最新アルバム「I'effet rebound(version silisium)」は、12曲入りのアルバム、と24曲入りのアルバム、2つのバージョンでリリースされています。今回、主にレビューを行ったのは、12曲入りのストリーミングバージョンversion silisiumで、24曲入りのバージョンversion iridiumはより、モダンクラシカル/アバンギャルドミュージックの色合いを持つアルバムとしてお楽しみいただけます。
「I'effet rebound」は日本語に訳すと、「リバウンド効果」。本作は、2012年に発表されたニルス・フラームの「Screws」に近い、連曲形式で書かれた作品ですが、今回、シルヴァン・ソヴォは、同じくポストクラシカル/モダンクラシカルのシーンで象徴的なアーティスト、Peter Broderick(ピーター・ブロデリック)ほか二人の音楽家をゲストに招き、ポスト・クラシカル/モダン・クラシカルのアプローチを探求する。
Sylvain Chauveauは、これまでの二十年のキャリアの蓄積を踏まえつつ、アコースティックギター、ピアノ、そして、シンセサイザーのシークエンスを中心に作品の全体構造を組み上げていきます。アルバムの収録曲は、オープニングの17分にも及ぶ「SCG」を除いて、一分以内のトラックで構成されていますが、それらはデモトラックのようであり、また、新たな形式の変奏曲のようでもある。
これまでの Sylvain Chauveauの作品と同様、今作においても緩やかな音楽観や抒情性は健在で、それらが美麗な自然を思わせるインストゥルメンタルとして昇華されている。基本的には、ミニマルミュージックの構造を持つイージーリスニングのように癒やしを目的として制作された作品のようにも感じられますが、一方で、このアーティストらしい実験的なアプローチの才覚の輝きも随所に迸っている。Machinefabriekをゲストに招いた壮大なオープニング「SCG」では、アコースティックとピアノのみで楽曲のクライマックスまで引っ張っていきますが、およそ一小節にも満たない反復構造のアコースティックは心地よいもので、昼下がりの太陽の光を反映する木の葉のきらめきのごとく伸びやかであるとともに、渓流の水のように清冽な雰囲気に満ちている。
その他、残りの連曲では、電子音楽、ポスト・クラシカル、ジム・オルークのGaster Del Solが1996年に発表した「Upgrade & Ufterlife」の作風を彷彿とさせるアヴァンギャルド・フォークに至るまで、幅広いアプローチが取り入れられている。器楽的な楽曲の他にもボーカルトラックが収録されていて、さらに、 Sylvain Chauveauは、#6「MB」において日本語のボーカルに挑んでいる。
ここで、シルヴァン・ソヴォは、日本の俳句や短歌のような言語的な実験を行いたかったものと思われますが、日本人から見ると、その試みは、少し言語的な誤解があるため、残念ながら不発に終わったという印象です。これらの実験的なアプローチの合間を縫って、実験的なピアノ曲「IA」のような楽曲と、Jim O'Rourkeのアヴァンギャルドフォークの色合いを持つ「LN」、「JG」といった楽曲を織り交ぜつつ、おぼろげだった音楽観が中盤に差し掛かると徐々に明瞭となっていく。
「I'effet rebound(version silisium)」に収録される曲は、ひとつずつ再生するごとに、その向こうがわにある定かならぬ世界を、一つずつ恐る恐るどんなものだろうと垣間見るかのようではあるが、それらはカメラのフラッシュのように一瞬で終わり、また、次の世界は矢継ぎ早に立ち現れてくる。 Sylvain Chauveauは、ボーカルのつぶやきをふいに楽曲の中に取り入れていますが、それらは最終的に、クラシカル/エレクトロニックのバックトラックの中に溶け込むようにしてすぐに消え果てる。それは主張性を表現するためでなく、没主張性をこれらのトラックの中に込める。それは何かこの世の儚さというのをこれらの音楽で表現しているようにも見受けられる。
瞬間的ではあるが、断続的でもある不可思議な世界。これらの螺旋状の多次元的な構造を、アヴァンギャルド/ポスト・クラシカルという、このアーティストの長年の符牒を通して、リスナーにスライドショーのように提示していく。 Sylvain Chauveauの描出しようとする音響世界は、抽象的であり、それは時に、絵画芸術でいえば、シュルレアリスムに近い意義を有している。これらの表現は、さながら、シュルレアリスムのアンドレ・ブルトンの自動筆記による小説のように、即興の演奏を組み合わせたような趣がある。ひとつの側面から音楽をじっと見ると、その裏側にもそれとまったく異なる印象を持つ音楽が存在することを明示しており、したたかな経験を持つ音楽家だからこそ生み出し得る秀逸な表現をこのアルバムに見出すことができる。
2つのバージョン共に、オーケストラのバレエ音楽の組曲のような手法で書かれた作品であり、それは、現代的なバレエの振り付けの音楽のような意図が込められているように思える。そして、もうひとつ、指摘しておくべき点は、この作品に触れるにつけ、これまでとは異なる音楽の聴き方を発見できることでしょう。造形的なモダンアートや舞台芸術を音楽という切り口から解釈しているようにも感じられますが、これは、一見、奇をてらっているようにも思えて、よく聴くと、単なるスノビズムに堕しているわけではありません。それは、このフランス/ベルギーのアーティストが、現代社会というレンズを介し、何かを大衆に深く問いただしているようにも感じられるのです。
しかし、製作者として、問いこそ提示するが、答えは出さないという、きわめて曖昧な手法をシルヴァン・ショボーは選んでいるため、最後の答えはリスナーの手に委ねられる。そして、「リバウンド効果」という意味や正体はミステリアスな雰囲気に包まれたまま、 Sylvain Chauveauがこのアルバムで何を表現しようとしたのか、それは一聴しただけではわからないだろうと思われます。
89/100
Sylvain Chauveau Profile
Sylvain Chauveauは、FatCat, Sub Rosa, Type, Les Disques du Soleil et de l'Acier, Brocoli などのレーベルからソロ作品を発表している。
フィリップ・グラス、マックス・リヒター、ギャビン・ブライヤーズ、坂本龍一&アルヴァ・ノト、ハウシュカなどとともに、コンピレーション『XVI Reflections on Classical Music』(デッカ/ユニバーサル)に作品が収録されている。
彼の音楽はBBCのジョン・ピールの番組で演奏され、The Wire, Pitchfork, Mojo, The Washington Post, Les Inrockuptibles, Libérationなどの雑誌で批評された。
ヨーロッパ、カナダ、アメリカ(ニューヨークのLe Poisson RougeとKnitting Factory、シアトルのDecibel festival、シカゴのThe Wire festival)、ロシア(モスクワ)、アジア(日本、台湾、シンガポール)でライブを行う。
彼は、2012年6月1日から2019年5月31日の間にインターネット上で配信された、ほとんど沈黙に満ちた「You Will Leave No Mark on the Winter Snow」というタイトルの7年間の作品を作曲しているほか、長編映画やダンスショーのサウンドトラックの制作を手掛ける。
シルヴァン・ショーヴォーは、アンサンブル0(ステファン・ガラン、ジョエル・メラらと共演)、アルカ(ジョアン・カンボンとの共演)の一員でもある。1971年、バイヨンヌ(フランス)生まれ、ブリュッセル(ベルギー)在住。