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Gia Margaret

 

シカゴ出身のピアニスト/アーティスト、ジア・マーガレットは、2018年に発表した素晴らしいデビュー作『There's Always Glimmer』に続いて、ちょっと意外な作品をjagujaguwarから発表した。


これは『Glimmer』のリリースとその後の成功後、ジアの人生における試練の時期から生まれた美しく瞑想的で癒しのアンビエント・アルバムです。病気で1年近く歌えなくなり、ツアーもキャンセルせざるを得なくなったジア・マーガレットは、シンセとピアノを中心とする、さまざまなファウンドサウンドやフィールドレコーディングを加えたインストゥルメンタル曲を、セラピーとしての音楽実験のような形で作り始めた。


「これらの作曲は、音楽制作者としてのアイデンティティを保つのに役立ちました」とジアは説明している。「時にはこの音楽は、セラピーや他の何かよりも、私の不安を和らげてくれた...。私は希望が持てるようなものを作りたかったんだけど、このプロセス全体において私は本質的に絶望感を感じていたからちょっと皮肉ね。私は自己鎮静のために音楽を作っていたのです」


その結果、光り輝く、温かく感情的で、穏やかなカタルシスをもたらす曲のコレクションは、ジア自身の自己治癒の旅を楽にしてくれ、私たちがこの怖い不確かな時代を乗り切ろうとするとき、新たなレベルの親近感と重みを帯びてくる。「私の人生の中で、完全に忘れてしまいたいような、本当に奇妙な時期の感覚をとらえたかったのです」と彼女は言った。「このプロセスは、私自身について何かをより深く理解するのに役立ちました」これは「悪夢の追体験のようだった」と回想する数年前の出来事から完全に立ち直るためには是非とも必要な事だったのだ。


「ロマンティック・ピアノ」は、エリック・サティ、エマホイ・ツェゲ・マリアム・ゲブロウ、高木正勝の「Marginalia」などに通じるものがあると説明されている。「ロマンティック」はドイツの古典的な意味を示唆し、その構成は、ロマン派の詩人たちの崇高なテーマ、自然の中での孤独、自然がもたらす癒しや教え、満足感に満ちたメランコリーなどを想起させるものがある。


「結局は、人の役に立つ音楽を作りたかったのです」とマーガレットは言い、このレコードの魅力を表現している。「ロマンティック・ピアノ」は好奇心旺盛で、落ち着きがあり、忍耐強く、信じられないほど感動的である。しかし、1秒たりとも曲を長引かせ、冗長に陥らせることはない。


デビュー作「There's Always Glimmer」もまた叙情的で素晴らしい内容だったが、ツアー中の病気で歌えなくなり、アンビエントアルバム「Mia Gargaret」を制作したところ、「There's Always Glimmer」の叙情的な曲では発揮しきれなかったアレンジや作曲に対する鋭い直感が現れた。


同様に「Romantic Piano」もほとんど言葉がない。「インストゥルメンタル・ミュージックの作曲は、一般的に、叙情的な曲作りよりもずっと楽しいプロセスです」と、彼女は言う。「そのプロセスが最終的に私の曲作りに影響を与える」そして、マーガレットにはもっとソングライター的な作品がある一方で、「Romantic Piano」は彼女を作曲家として確固たるものにしている。


幼少期からピアノを演奏しており、当初は作曲の学位を取得しようとしていたマーガレットだったが、音楽学校を途中で退学する。この時期について、「オーケストラで演奏するのが嫌で、映画音楽を書きたかった。そして、ソングライターになることに集中するようになった」と語っている。その後、ジア・マーガレットは録音を行い、youtubeを通じて自分のボーカルを公開するようになる。当初はbandcampで作品の発表していたが、その成果は「Dark & Joy」で実を結んだ。以後の「There's Always Glimmer」からは自らの性質を見据え、本格的な作品制作に取り掛かるようになる。近年は、より静謐で没入感のあるアンビエントに近い作風に転じている。

 

 

『Romantic Piano』jagujaguwar

 

ツアー中の病により、治癒の経過とともに発表された前作アルバム『Mia Margaret』は、オープナーのバッハへの『平均律クラヴィーア』の最初の前奏曲のオマージュを見ても分かる通り、シンセを通じたクラシカルミュージックへのアプローチや、フィールド・レコーディング、ボーカルのサンプリングを織り交ぜたエレクトロニカ作品に彼女は取り組むことになった。制作者は、この音楽について、”スリープ・ロック”と称しているというが、電子音楽を用いたスロウコア/サッドコアや、オルタナティブ・フォーク、ポピュラーミュージックの範疇に属していた。

 

そして、今回のアルバムでも、そのアプローチが継続しているが、今作は、アコースティクピアノという楽器とその演奏が主役にあり、その要素がないわけではないにしても、シンセ、アコースティックギター、(他者のボーカルのサンプリング)が補佐的な役割を果たしている。そして前作アルバムと同じように、制作者自身のボーカルが一曲だけ控えめに収録されている。

 

このアルバム全体には、鳥の声、雨、風、木の音といった、人間と自然との調和に焦点を絞ったフィールド・レコーディングが全体に視覚的な効果を交え、音楽の持つ安らいだムードを上手に引き立てている。アルバムの制作段階で、制作者はピアノを用い、(まずはじめに楽譜を書いて)、その計画に沿って演奏するという形でレコーディングが行われた。前作のアルバムは、最初にボーカリストとしてのキャリアを始めた彼女が立ち直るために制作されたと推測出来る。しかし、二作目で既にその遅れを取り戻すというような考えは立ち消え、より建設的な音楽としてアルバムは組み上げられた。それは制作者が語るように、「人の役に立つ」という明確な目的により、緻密に構築されていった作品である。それはもちろん、制作者自身にとっても有益であるばかりか、この音楽に触れる人々にも小さな喜びを授けることになるだろう。言い換えれば、氾濫しすぎたせいで見えづらくなった音楽の本当の魅力に迫った一作なのである。

 

人間と自然の調和というのは何なのだろう。そもそも、それは極論を言えば、人間が自然を倣い、自然と同じ生き方をするということだ。ある種の行動にせよ、考えにせよ、また長いライフプランにせよ、背伸びをせず、行動はその時点の状況に沿ったものであり、無理がないものである。例えば、それは木の成長をみれば分かる。木は背伸びをしない。その時々の状況に沿って、着実に成長していく。苗が大木になる日を夢見ることはない。なぜなら他の木と同じように、大きな勇ましい幹を持つ大木に成長することを、彼らは最初から知っているではないか。それと同じように、この回復の途上にある二作目のアルバムの何が素晴らしいのかと言えば、音楽に無理がなく、そして、音の配置の仕方に苦悩がないわけではないというのに、制作者はそれに焦らず、ちっとも背伸びをしようとしていないことなのである。これが端的に言えば、「Romantic Piano」に触れる音楽ファンに安らいだ気持ちを与える理由である。はじめに明確な主題があり、そして計画があり、それに準拠することにより、 ささやかな音楽の主題の芽吹きを通じ、創造という名の植物が健やかに生育していく過程を確認することが出来るのである。


「Hinoki Woods」


自然との調和という形はオープナーである「Hinoki Wood」に明確に表れている。シンセサイザーを用いた神秘的なイントロから音楽が定まっている。制作者は、予め決めていたかのように、緩やかで伸びやか、そして情感を込めたピアノ曲を展開させる。ピアノの音のプロダクションは、レーベルが説明するように日本のモダンクラシカルシーンで名高い高木正勝の音作りにも近似する。加えて、徹底して調和的なアンビエント風のシンセがその音の持つ温もりをより艷やかなものとしている。そして聴き始めるまもなく、あっという間に終了してしまうのである。

 

すべての収録曲が平均二分にも満たない細やかな作品集は、このようにして幕を開ける。そして、なにか得難いものを探しあぐねるかのように、聞き手はこの作品の持つピアノの世界へと注意を引きつけられ、その世界の深層の領域へと足を踏み入れていくことを促されるのである。そして二曲目の「Ways of Seeking」では、より視覚的な効果を交えたロマンティックな世界観が繰り広げられていくことになる。二曲目では、足元の土や葉を踏みしめる足音のサンプリングが聞き手の興味を駆り立て、前曲と同様、シンセサイザーの連続した音色と合わさるようにして、ロマンティックなピアノが切なげな音の構図を少しずつ組み立てていく。ピアノのフレーズは情感に溢れ、ドビュッシーのような抽象的な響きを持つ。催眠的なシンセは、そのピアノのフレーズの印象を強め、それまでに存在しなかった神秘的な扉を静かに押し開き、フレーズが紡がれるうち、はてしない奥深い世界へと入り込んでいく。また、例えれば、茫漠とした森の中にひとり踏み入れていくかのような不可思議なサウンドスケープが貫かれている。ピアノとシンセの合間には高い音域のシンセの響きが取り入れられ、視覚的な効果を高め、聞き手の情感深くにそれらの音がじっくり染み渡っていくかのようである。

 

その後も素朴で静かなピアノ曲が続く。「Cicadas」では、Peter Broderick(ピーター・ブロデリック)のピアノ曲のように抽象的でありながら穏やかな音の構成を楽しむことが出来る。ピアノの音は凛とした輝きを持ち、建築学の構造学的な興味を駆り立てるような一曲である。もちろん、言わずもがな、ロマン派としての情感は前曲に続いて引き継がれている。イントロに自然の中に潜む虫の音のサンプリングを取り入れ、情景的な構造を呼び覚ます。まるで前の曲と一転して夜の神秘的な森の中をさまようかのように、それらの静かな雰囲気は、ジア・マーガレットの悩まし気なピアノの演奏によって引き上げられていく。そして、ひとつずつ音符を吟味し、その音響性を確認するかのように、それらの音符を縦向きの和音として、あるいはまた横向きの旋律として、細糸を編みこむかのようにやさしく丹念に紡いでいく。そしてそれはボーカルこそないのだが、ピアノを通じて物語を語りかけるような温和さに満ちているのである。

 

その後の2曲は、澄明な輝きと健やかな気風に彩られた静謐なピアノ曲という形で続いていく。「Juno」はアルバムの中で最もアンビエントに近い楽曲であり、自然との調和という感覚が色濃く反映されている。ジア・マーガレットはシンプルでおだやかな伴奏を通じて、「間」を活かし、その休符にある沈黙と音によって静かな対話を繰り返すかのようでもある。そして、禅の間という観念を通じて、自らそれをひとつの[体験]として理解し、その間の構造を介して、一つの緩やかな音のサウンドスケープを構成していく。そして、曲の後半部では、シンセのサウンドスケープを用いることにより、微笑ましいような情感が呼び覚まされ、聞き手は同じように、その安らいだ感覚に釣り込まれることになるだろう。さらに続く、「A Strech」は、日本の小瀬村晶に近い繊細な質感を持った曲であり、日常の細やかな出来事や思いを親しみやすいピアノ曲に織りこもうとしている。分散和音を基調にしたピアノの演奏の途中から金管/木管楽器の長いレガートを組みあわせることで、ニュージャズに近い前衛的かつ刺激的な展開へと繋がる。


「A Stretch」

 


前作のアルバムと同じように、ボーカル入りのトラック「City Song」が本作には一曲だけ控えめに収録されている。しかし、タイトルにもある通り、アルバムの中では最も都会的な質感を持ち合わせ、そして他にボーカル曲が収録されていないこともあってか、全体を俯瞰してみた際、この曲は力強いインパンクトを放っている。アルバムの前半部と同様、ピアノの伴奏を通じて、ジア・マーガレット自身がボーカルを取っているが、オルトフォーク/アンビエントフォークのようなアプローチを取り、古びたものをほとんど感じさせない。ジア・マーガレットのボーカルは、Grouperことリズ・ハリスのように内省的で、ほのかな暗鬱さを漂わせる。不思議とその歌声は心に染み渡ってくるが、しっかりと歌声に歌手の感情が乗り移り、それらが完全に一体化しているからこそ、こういったことが起こりうるのだ。つまり、当たり前ではあるが、歌を歌う時に言葉とは別のことを考えていたら、聞き手の心を捉えることは不可能である。これはシンガーソングライターとして声を失った経験が、彼女にその言葉の重み、そして、言葉の本当の意義を気づかせるに至ったのではないだろうかと推察される。

 

「Sitting Piano」はアルバムの中で間奏曲のような意味を持ち、米国のモダンクラシカルシーンで活躍するRachel Grime(元Rachel's)のピアノ曲を彷彿とさせる。例えば、20世紀のモノクロ時代の映画のサウンドトラックの要素が取り入れられ、それが製作者の一瞬のひらめきを具現化するような形で現れる。前半部と後半部を連結させる働きを持つが、おしゃれな響きを持ち合わせ、聴いていて、気持ちが沸き立つような一曲となっている。続いて、アルバムの中で唯一、ジア・マーガレットがギターを通してオルトフォークに取り組んだのが「Guitar Piece」である。

 

ここでは、黄昏の憂いのような雰囲気があらわされ、それがふと切ない気持ちを沸き起こらせる。シンプルなアルペジオで始まるアコースティックギターは途中で複雑な和音を経る。英語ではよく”脆弱性”とも称される繊細で切ない感覚は、レイヤーとして導入されるアンビエントのシンセパッドとピアノの装飾的なフレーズにより複雑な情感に導かれる。内省的で瞑想的な雰囲気に満ちているが、その奇妙な感覚は聞き手の心に染み入り、温かな感覚を授けてくれる。


「La langue de l'amitie」では、モダンクラシカルとエレクトロニカの融合が試みられる。基本的には、アルバムの他の収録曲のようにシンプルなピアノ曲ではあるが、トラックの背後にクラブ・ミュージックに代表される強いビートとグルーブ感を加味することで、クラシカルともエレクトロともつかない奇異な音楽が作り出される。ここではローファイ・ヒップホップのように、薄くフィルターを掛けたリズムトラックが軽快なノリを与え、シンプルで親しみやすいピアノの演奏にグルーブ感を与えている。例えば、日本のNujabesのようなターンテーブル寄りの曲として楽しむことが出来る。ここにはピアノ演奏者でもソングライターでもない、DJやエレクトロニックプロデューサーとしての制作者の一面が反映されている。


アルバムの終盤に到ると、前作の重要なテーマであったスポークンワードのサンプリングという形式が再び現れる。「2017」では、ポスト・クラシカルの形式を選び、多様な人々の声を出現させる。そこには、壮年の人の声から子供の声まで、幅広く、ほんとうの意味での個性的な声のサンプリングが絵画のコラージュさながらに散りばめられ、特異な音響空間を組み上げてゆく。年齢という概念もなければ、人種という概念もない。ピアノの伴奏は、それらのスポークンワードの補佐という形で配置され、様々な人々の声の雰囲気を引き立てるような役割を果たす。

 

「Apriil to April」は、エイフェックス・ツインの「April 14th」に対するオマージュであると推察されるが、ピアノの演奏にエレクトロの要素を重複させ、実験音楽のような音響性を作り出している。Aphex Twinの「aisatosana[102]」と同じように、鳥の声のサンプリングを取り入れ、アンビエントとエレクトロの中間点を探る。この曲は前者の二曲と同様に安らいだ感覚を呼び覚ます。


アルバムの最後に収録されている「Cinnamon」では、雨の音のサンプリングをグリッチ・ノイズの形で取り入れ、このアルバムの最初のテーマであるピアノの演奏に立ち返る。おしゃれな雰囲気に充ちたこの曲は、視覚的なサウンドアプローチにより映画のエンディングのような効果がもたらされている。そして、それはアルバムの序盤と同じように、徹底して制作者自らの感情を包み込むかのような温かさに満ちている。もちろん、それは細やかな小曲という形で、これらの音の世界は一つの終わりを迎え、更に未知なる次作アルバムへの期待感を持たせるのだ。


しかしながら、これらの調和的な音楽が、現代の人々に少なからず癒やしと安心感をもたらすであろうことはそれほど想像に難くない。それは現代人の多くがいかに自分の感覚を蔑ろにしているのかに気づく契機を与えることだろう。このアルバムでピアノを中心とし、制作者が追い求めた概念はきっと自らの魂を優しく抱きしめるということに尽きる。そしてそれは彼女自身が予期したように、多くの心に共鳴し、癒しと潤いの感覚を与えるという有益性をもたらすのだ。

 


88/100

 


Weekend Featured Track 「City Song」



Gia Margaretの新作アルバムはjagujaguwarより発売中です。ご購入/ストリーミングはこちらからどうぞ。

 

Anat Moskovski


Anat Moskovskiはイスラエル/テルアビブを拠点に活動するミュージシャンです。アラビア語とフランス語を駆使し、ミステリアスな音響世界を作り出します。


Anat Moskovskiは ヴォーカリスト、作曲家、ピアノとクラリネットを演奏する。彼女のデビューEP "Happy as a Dog "は2017年にリリースされました。セカンドEP「Loud & Clear」は2019年にリリースされ、両EP-sはShuzinがプロデュースを行った。

 

フランス語でリリースした最初の作品「La Petite Fille La Plus Jolie Du Monde」はイスラエルで大成功を収め、2020年12月に最もシャザームされた曲となり、Spotifyの数千のプレイリストに追加されました。


近年では、Yoni Rechter、Nurit Hirsh、Shlomi Shabanと共演し、The Hazelnutsと世界ツアーを行うなど、活躍の場を広げています。現在、3枚目のアルバムを制作中です。(アラビア語で宣伝が記載されているので、定かではありませんが、アルバムが完成し、発売間近との情報もあり)

 

©Ascaf Avraham

Yehezkel Raz(1980年生まれ)は、作曲家、ピアニスト、サウンドアーティストです。彼のソロ・デビュー・アルバム「för Nils」は、シンプルな美しさ、親密なピアノ演奏、ミニマリズム、音と沈黙に対する彼の情熱が反映されています。


5歳から音楽教育を受け、バイオリン、ギター、ピアノを弾く。2003年、テルアビブのイスラエル音楽アカデミーを優秀な成績で卒業し、電子音楽への情熱を見出した。2005年と2006年にヴィルクローズ音楽院(フランス)の作曲家賞を受賞し、現在、イスラエルで最も優れた教育者の一人です。またAbeletonで教育プログラムを担当しており、プロデューサーとしても活躍しています。


Yehezkel Razの作品は、映画、演劇、ダンスのための音楽だけにとどまらず、エレクトロニクスやシンセサイザーを使ったライブパフォーマンスも行っています。

 

今回、AnatはYhezkelと組んで、「J'Oublie(Remake)」というタイトルのニューシングルをリリースしました。


ニューシングルは、Yehezkel Razが原曲を制作し、Anat Moskovskiによる編曲がなされ、彼女がピアノに合わせてフランス語で歌っています。フレンチポップとポスト・クラシカルを融合させた上品なナンバーです。

 

この短調の曲には、ピアノの分散和音とがもたらす哀愁とそれと相反する低音の和音の凛とした気品が全体に漂っています。ECMのエキゾチック・ジャズに代表されるアラビアの雰囲気もわずかに内在しています。


Anat Moskovskiの作曲/編曲は、ギリシアの国民的な女流作曲家、Eleni Karaidrouの方向性に近く、映画のような視覚的な効果を与えています。シングルと同時に公開された映像も公開されています。下記よりご覧下さい。 

 


「J'Oublie(Remake)」


 

©Ash Dye

シカゴを拠点に活動するマルチ・インストゥルメンタリスト、Gia Margaret(ジア・マーガレット)がニューアルバム『Romantic Piano』を発表しました。

 

2020年に発表したセルフタイトルアルバムに続くこの作品は、ミュージシャンの新しい所属レーベルであるJagjaguwarから5月26日に到着する。

 

リード・シングル「Hinoki Wood」には、Gaia Alariによるクレイ・アニメーションを使用したストップモーション・ビデオが収録されています。また、アルバムのアートワークとトラックリストは以下の通りです。

 

この新曲について、マーガレットは声明の中で次のように述べています。「ヒノキの木 "は、私が使ったことのない色で作られたように感じる。(そして、レコーディングの時、たまたまヒノキのお香を焚いていました)ヒノキの香りは、ストレスや疲れを軽減し、脳を刺激することで知られています。ある意味、この曲は自分自身/聴いている人にとっても同じような効果があると思ったんだ」

 

「ロマンティック・ピアノは初心者を意識して書いた」とマーガレットは説明する。この曲集では、"もし私がピアノについて学んだすべてのことを、頭の中から消し去ることができたら?その曲はどんな音になるのだろう」と。さらに彼女は、「役に立つ音楽を作りたかった」と付け加えた。

 

 「Hinoki Wood」




Gia Margaret 『Romantic Piano』


Label: Jagujaguwar
 
Release: 2023/5/26

Tracklist:

1. Hinoki Wood
2. Ways of Seeing 
3. Cicadas 
4. Juno 
5. A Stretch 
6. City Song 
7. Sitting at the Piano 
8. Guitar Piece 
9. La langue de l’amitié [feat. David Bazan] 10. 2017 
11. April to April
12. Cinnamon 
13. A Hidden Track (vinyl only)

 


映画、アニメ、CMなど多方面で活躍する中井律子によるソロ・プロジェクト、Rayons(レイヨン)がニューシングル「Luminescence」を本日発表した。アーティストのオリジナルとしては8年ぶりの新作となる。

 

彼女の尊敬するJóhann Jóhannssonへのオマージュともいえるような壮大な世界観の中、繰り返されるムーブメントと余韻、絶えず図と地が入れ替わっていくように展開する美しいリフレインが生き生きと交わり合っていく感動的な楽曲に仕上がっています。配信リンクは以下より。

 

 

Rayons 「Luminescence」 New Single

 


発売日:2023年3月22日
フォーマット:DIGITAL
レーベル:FLAU


配信リンク:https://rayons.lnk.to/Luminescence



Rayons(レイヨン)


音楽家・中井雅子のソロプロジェクト。

 

音大にて、クラシック、管弦楽法、ポップス、スタジオワークなどを学び、卒業後、音源制作を中心に据えた活動を開始。作曲、ストリングスアレンジ、ピアノ演奏等を行う。彼女が紡ぎ織りなす世界は、ファンタジーとダークネスな感情が重なり共鳴し特有の美しさとノイズを生み出している。

 

デビューミニアルバム『After the noise is gone』、Predawnをゲストに迎えたファーストアルバム『The World Left Behind』(2015)をリリース。映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」「サヨナラまでの30分」、TVアニメ「サクラダリセット」の音楽を手がける他、ゴンチチ、ももいろクローバーZ、小山田壮平、majikoらの作品に参加。Rayonsとは、フランス語で「光線」「半径」の意。

 Hanakiv 『Goodbyes』


 


Label: Gondwana Records

Release Date: 2022年3月10日



Review


エストニア出身、現在、ロンドンを拠点に活動するピアニスト/作編曲家、ハナキフの鮮烈なデビューアルバム。マンチェスターの本拠を置くGondwana Recordsは、同国のErased Tapesとならんで注目しておきたレーベルです。最近では、Olafur Arnolds、Hania Raniらの作品をリリースし、ヨーロッパのポスト・クラシカル/モダンクラシカルシーンにスポットライトを当てています。

 

ハナキフの記念すべきデビューアルバム『Goodbyes』は一見すると、ポスト・クラシカルを基調においた作風という点では、現代の著名なアーティストとそれほど大きな差異はないように思えます。多くのリスナーは、このアルバムの音楽を聴くと、アイスランドのオーラヴル・アーノルズ、ポーランドのハニア・ラニ、もしくは米国のキース・ケニフを始めとする音楽を思いかべるかもしれません。しかし、現在、停滞しがちな印象も見受けられるこの音楽シーンの中に、ハニキフは明らかに鮮烈な息吹をもたらそうとしているのです。

 

ハナキフの音楽は、アイスランドのヨハン・ヨハンソンのように映画音楽のサウンドトラックのような趣を持つ。ピアノのシンプルな演奏を中心に、クラシック、ニュージャズ、エレクトロニカ、これらの多様な音楽がその周囲を衛星のように取り巻き、常に音楽の主要な印象を曲ごとに変えつつ、非常に奥深い音楽の世界を緻密な構成力によって組み上げていきます。特筆すべきは、深いオーケストレーションの知識に裏打ちされた弦楽器のパッセージの重厚な連なりは、微細なトレモロやレガートの強弱のアクセントの変容によって強くなったり、弱められたりする。これらがこのアルバムを単なるポストクラシカルというジャンルにとどめておかない理由でもある。

 

アーティストはそもそも、エストニアが生んだ史上最高の作曲家、アルヴォ・ペルト、他にもジョン・ケージのプリペイドピアノ、ビョークのアートポップ、エイフェックス・ツインの実験的なエレクトロニック、他にもカナダのティム・ヘッカーのノイズ・アンビエント等、かなり多くの音楽を聴き込んでいる。それらの音楽への深い理解、そして卓越した作曲/編曲の技術がこのデビュー作ではいかんなく発揮されている。このアルバムには、現代音楽、ニュージャズ、エレクトロニカ、アンビエントと一概にこのジャンルと決めつけがたいクロスオーバー性が内包されているのです。

 

オープニング「Godbyes」において、ハナキフはみずからの音楽がどのようなものであるのかを理想的な形で提示している。ミニマルなピアノを根底におき、ポリリズムを用いながら、リズムを複雑化させ、リズムの概念を徐々に希薄化させていく。最初のモチーフを受けて、ハナキフは見事なバリエーションを用いている。最初のプリペイドピアノのフレーズをとっかかりにして、エレクトロのリズムを用い、協和音と不協和音をダイナミックに織り交ぜながら、曲のクライマックスにかけて最初のイメージとはかけ離れた異質な展開へと導く。モダンクラシカルとニュージャズを融合させた特異な音楽性を最初の楽曲で生み出している。曲のクライマックスではピアノの不協和音のフレーズが最初のイメージとはまったく別のものであることに気がつく。

 

続く二曲目の「Mediation Ⅲ」は、ジョン・ケージのプリペイド・ピアノの技法を用いている。ポピュラーな例では、エイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェイムス)の実験的なピアノ曲を思い浮かべる場合もあるでしょう。そもそもプリペイド・ピアノというのは、ピアノの弦に、例えば、ゴム等を挟むことで実際の音響性を変化させるわけなんですが、演奏家の活用法としては、必ずしもすべての音階に適用されるわけでありません。その特性を上手く利用しつつ、ハナキフは高音部の部分だけトーンを変化させ、リズムの部分はそのままにしておいて、アンビバレンスな音楽として組み上げています。特に、ケージはピアノという楽器を別の楽器のように見立てたかったわけで、その点をハニキフは認識しており、高音部をあえて強く弾くことで、別の楽器のように見立てようとしているのです。その試みは成功し、伴奏に合わせて紡がれる高音部は、曲の途中でエレクトロニカのサウンド処理により、ガラスのぶつかるような音や、琴のような音というように絶えず変化をし、イントロとは異なる印象のある曲として導かれていくのです。

 

3曲目の「And It Felt So Nice」は芳醇なホーンの音色を生かした一曲です。前の2曲と同様、ピアノを基調にしたトラックであり、ECMのニュージャズのような趣を持った面白い楽曲です。ピアノの演奏はポスト・クラシカルに属するものの、複雑なディレイ処理を管楽器に加えることでサイケデリックな響きをもたらしている。ピアノの叙情的な伴奏やアレンジをもとに、John Husselのような前衛的な管楽器のアプローチを踏襲しています。ここでも前曲と同じように、電子音楽で頻繁に用いられるエフェクトを活用しながら管楽器の未知の可能性を探求している。


4曲目の「Lies」では、二曲目と同じプリペイドピアノ技法に舞い戻る。一見して同じような曲のようにも思えますが、エストニアのアルヴォ・ペルトの名曲「Alina」のように、低音部の音響を駆使することにより、ピアノそのものでオーケストラレーションのような大掛かりな音楽へと導いていきます。前曲とミニマリズムという点では同様ですが、印象派の音楽として全曲とは異なる趣を楽しめるはずです。特に、ミニマルの次のポストミニマルとも称すべき技法が取り入れられている。ここで、ハナキフはプリペイドピアノの短いフレーズをより細分化することによって、アコースティックの楽器を通じてエレクトロニカの音楽へと接近しているわけです。

 

5曲目の「No Words Left」は、Alabaster De Plumeをゲストに迎えて制作されたミニマルミュージックとニュージャズの要素を絡ませた面白い楽曲です。ハナキフはジャズとクラシックの間で揺らめきつつ抽象的な構成を組み上げている。特に、「Goodbyes」と同様、モチーフのバリエーションの卓越性がきらりと光る一曲であり、時にその中に予期できないような不協和音を織り交ぜることにより、奇妙な音階を構成していきます。 時には、ホーンの演奏を休符のように取り入れて変化をつけ、そのフレーズを起点に曲の構成と拍子を変容させ、映像技術のように、印象の異なるフレーズを組み上げています。これが、比較的、ミニマル・ミュージックの要素が強い音楽ではありながら、常に聞き手の興味を損なわない理由でもあるのです。

 

6曲目の「Mediation Ⅱ」はおそらく二曲目と変奏曲のような関係に当たるものであると思いますが、ダイナミックなリズムを取り入れることにより、二曲目とはまったくその印象を変え、 作曲家/編曲家としての変奏力の卓越性を示している。時には、弦楽器のピチカートらしきフレーズを織り交ぜ、シンコペーションを駆使しながら、本来は強拍でない拍を強調している。そこにプリペイドピアノの低音を意図せぬ形で導入し、聞き手に意外な印象を与える。ある意味、バッハの鏡式対位法のように、図形的な作曲技法が取り入れられ、カンディンスキーの絵画のようにスタイリッシュでありながら、数学的な興味を駆り立てるようなトラックに昇華されている。

 

7曲目の「Home Ⅱ」は、このデビュー・アルバムでは最も映画のサウンドトラックのような雰囲気のある一曲で、アイスランドのヨハン・ヨハンソンやポーランドのハニア・ラニの音楽性に近いものを多くの聞き手は発見することでしょう。ピアノの演奏はすごくシンプルで簡潔なんですが、対比となるオーケストラレーションが叙情性を前面に押し出している。特に弦楽器の微細なパッセージの変化がまるでピアノ演奏と呼応するかのように変化する様子に注目です。

 

8曲目の「Home I」は、ポスト・クラシカルの曲としては王道にあるような一曲。日本の小瀬村晶の曲を彷彿とさせる。繊細でありながらダイナミックス性を失わず、ハナキフはこの曲をさらりと弾いていますが、その中にも他の曲にはないちょっとした遊び心が実際の鍵盤のタッチから感じ取ることが出来ます。フランスの近代の印象派の作曲家の作風に属するような曲ですが、それはやはり、近年のポスト・クラシカル派の楽曲のようにポピュラー・ミュージックのような形式として落とし込まれている。演奏の途中からハナキフはかなり乗ってきて、演奏そのものに迫力が増していく。特に、終盤にかけては演奏時における熱狂性すら感じ取ることが出来るでしょう。

 

近年、 ポストクラシカルシーンは似通ったものばかりで、少し停滞しているような印象を覚えていましたが、先日のポーランドのハニア・ラニとエストニアのハナキフを聴くかぎりでは、どうやら見当違いだったようです。特に、ハナキフはこのシーンの中に、ニュージャズと現代音楽という要素を取り入れることで、このデビュー作において前衛的な作風を確立している。MVを見ると、前衛的なバレエ音楽として制作されたデビューアルバムという印象もある。

 

エストニア出身のハナキフは、作曲家/編曲家として卓越した才覚を持ち合わせています。今後、映画のスコアの仕事も増えるかもしれません。活躍を楽しみにしたいアーティストです。

 

 

90/100

 


 



ドイツ/ハンブルクのポストクラシカルシーンに属する作曲家、Niklas Paschburg(ニクラス・パシュブルグ)が3rdアルバム『Panta Rhei』の最新シングル「Delphi Waltz」を公開しました。このシングルは先月公開されたシングル「Darkside of the Hill」に続く作品となる。新作アルバムは2023年3月17日に7K!からリリースされます。


タイトルと音楽は、ヘラクレイトスの「すべては流れる」というギリシャ哲学からインスピレーションを得ており、ハンブルク出身のアーティストが自身の奥底から引き出された電子音楽とポストクラシック音楽の無制限の世界を探求している。


現在ベルリンを拠点とするパシュブルグは、過去2枚のアルバムを通じて、バルト海の動き(2018年『Oceanic』)と北欧の冬の闇(2020年『Svalbard』)に魅了されてきた。パンデミック時に旅を断念した結果、この最新アルバムでは彼自身の心の内側を見つめることになった。「それは音楽で表現された内省であり、また一方ではポジティブな感情、他方ではダークな感情という2つの異なる顔を見せることになった」



2016年のデビューEP『Tuur mang Welten』で注目を浴びて以来、Paschburgはその独創的な作曲スタイルで人々を魅了してきた。


これまでのキャリアを通じて、アンビエント、ポップ、クラシック、エレクトロニック・ミュージックを現代的に融合させてきた彼は、今回、中心的な楽器であるピアノを通して深い感情を伝えようとしている。RY X、Hania Rani、Robert Lippok、Ah! Kosmosとのコラボ、2021年のフランス映画「Presque」(「Beautiful Minds」)のサウンドトラックを作曲している。新作では、エレクトロニック・デュオ、ÂmeのFrank Wiedemann、Jóhann JóhannssonからThom Yorkeの作品までを手がけた敏腕サウンドエンジニア、Francesco Donadello(フランチェスコ・ドナデッロ)と共に制作した1曲が収録されているのに注目したい。


『Panta Rhei』は、ニクラスが概念的な境界を取り払い、直感に従ったサウンドである。彼はまずピアノでそれぞれの曲を書き、ドラマー、サックス、シンガー、アコーディオンを加え、さらにエレクトロニクスによってユニークな質感を加えている。


「これらの新曲は、私が自分の中で訪れた場所、私が持っているもの、または他の人の中で観察したものを描写しています。ヘラクレイトスのPanta rheiの理論にあるように、同じ川に2度入ることはできないという事実を念頭に置きながら、すべてを含む1つの川につながれたさまざまな音楽の場所や雰囲気を探求することが目的だった」


ニクラスの個人的な旅は、彼のメランコリックで繊細なピアニズムとシンセや電子ビート、示唆に富むアンビエント、ドイツ人シンガー、lùisa、スペイン人、Bianca Steck、アイスランド人ポストパンクバンドFufanuのフロントマン、Kaktus Einarssonの喚起的な声が融合した魅惑的でカラフルな音楽の旅であり、親密で瞑想的でありながら、ポジティブで高揚したヴァイブスを持つアンビエント・ポップへの移行でもある。

 

Masakatsu Takagi

ピアニスト、作曲家、プロデューサーとして活躍する高木正勝がピアノの演奏を基調としたささやかなボーカルトラックを発売しました。「Marginalia #122」は木々のせせらぎや鳥のさえずりのコラージュが施されており、このアーティストならではのナチュラルかつ癒しあふれる一曲となっている。


2017年の第一弾プロジェクトから122作目となるニューシングルについて、アーティストは以下のようにプレスリリースで説明しています。


兵庫県の山々に囲まれた私のプライベート・スタジオで録音された、日々のピアノ・レコーディング。窓を開け放ち、自然の音を聞きながら、オーバーダビング、作曲、編集、修正など、何の準備もなく、ありのままにピアノを弾きました。


今、みなさんが聴いているのは、自然の音と音楽が織りなす生の即興ピアノ録音です。自然の音と音符が同時に録音され、何の差別もなくハーモニーを奏でています。自然も私のピアノを聴いているかもしれないと思うのが好きなんです。自然がメロディーで、ピアノはハーモニー。

 Weekly Recommendation  


Hania Rani 『On Giacometti』

 



Label: Gondwana Records


Release: 2023年2月17日



ハニャ・ラニの言葉 

 

 "ジャコメッティについて" 


 ジャコメッティの家族についての映画のサウンドトラックを依頼されたとき、私は考えもしなかった。


 アルベルト・ジャコメッティはスイスの芸術家で、主に画家と彫刻家として活動し、長い間、私のお気に入りの芸術家の一人だった。彼のスタイル、美学、創作活動の特徴には、今でも様々な面で魅了されています。ですから、彼の世界にさらに深く入り込み、彼だけでなく彼の家族も知ることができるのは、私にとって見逃せない機会でした。


 この「イエス」という言葉が、私を精神的、創造的なレベルだけでなく、肉体的にもどこまで導いてくれるかは、まだ分かっていませんでした。ドキュメンタリーの監督であるスザンナ・ファンツーンのおかげで、そして幸運といくつかの追加質問のおかげで、私はジャコメッティが生まれ、彼が住んでいなかったにもかかわらず故郷と呼んでいた場所からそう遠くないスイスの山々に数ヶ月間移り住むことにした。スザンナは、彼女の故郷の近くに、スタジオを借りてサウンドトラックだけでなく、他のプロジェクトもできる場所を教えてくれた。その日は真冬で、辺りは氷と雪で覆われていて、山の中ならではの光景でした。レジデンスハウスは高い山に囲まれた谷間にあり、冬の季節の太陽は日中あまり長く昇ってきませんでした。彼女はそのことを私に話し、「そこでみんなが元気になっているわけではないけれど、元気になってほしい」と付け加えたのを覚えています。もちろん私はそうするつもりでした。


 現実からほとんど切り離されて、街や娯楽、急ぐ人々、普段私の注意を引くあらゆるものから、私は音楽やサウンドトラックに完全に集中し、一日の大半を自分の考えで過ごし、創造的なプロセスで実験し自由になるための十分なスペースを持つことができた。このサウンドトラックは、私が普段生活している場所で作曲したら、おそらく全く違うものになったでしょう。私はこれを、作曲家として、また人間としての自分について、何か新しいことを探求するチャンスと捉え、普段の自分とは逆の方向を選び取りました。


 アルバム「ジャコメッティについて」には、サウンドトラックからの抜粋、代表的な曲、声そのものが強くなった曲などが収録されています。即興的なメロディー、シンプルなハーモニー、構造、そして静寂をベースにしたこのアルバムは、私のデビューアルバム「Esja」を思い起こさせるものです。精神的にも肉体的にも、これらの要素が私を主要な楽器であるピアノへと導き、私は自分が作業している空間の言語を用いて再び定義しようとしました。空間は通常、プロジェクトの配置や性格について私に答えを与えてくれる重要な要素です。空間は最初に現れるようで、音楽はその天使を変化させる目に見えない力なのです。


 かつてアルベルト・ジャコメッティが手紙の中で書いた有名な言葉があるように、山に囲まれて生活していると、視点やスケール感の捉え方が変わってくる。


 山のように遠くにあるものが近くに感じられ、人間のようにそれほど遠くないものが、遠くから見ていると小さく感じられるようになるのだ。


 指で山の頂上を触るのが、鼻先に触れるくらい簡単なことのように感じられる。


 雪が積もっているためか、音は静かに地面に落ち、計り知れない空間の響きを伴っている。ひっかき傷やささやき声のひとつひとつが自律した存在となり、幽霊や迷子の世界への入り口を開いている。一見、何も動いていない、何も変わっていないように見えるが、そこには時間が止まっているように見える。


 しかし、氷と雪は時間の流れを明らかにし、凍りついた水路は、一日、一時間、一秒ごとに荒々しい水の流れに姿を変える。溶けては消え、白い粉やノイズに覆われた空間がクリアになる。一晩の旅行者には見えないが、長く滞在する人にとっては痛いほどリアルなプロセスなのだ。


 時間は、川を流れる音の新しい波とともに流れ、私たちが限りなく繰り返されるサイクルの一部であることを思い起こさせる。私は春の息吹とともにこの谷を後にした。


プレスリリースより。


Hania Rani

 

  大胆な細いフォルムを採用することで知られるスイスの造形作家、アルベルト・ジャコメッティの映画のサウンドトラックのために制作された全13曲に及ぶ、ピアノ、オーケストラレーション、エレクトロニカのコラージュ、アンビエントのようなディレイ効果、様々な観点から組み上げられたポーランドのハニャ・ラニの『On Giacometi』は、ポスト・クラシカルの快作のひとつで、作者自身が語っている通り、制作者が置かれる環境により実際に生み出される作風は著しく変化することを端的に表しています。アイスランドのピアニスト/作曲家Olafur Arnoldsのピアノ作品の再構築『some kind of piece-piano reworks』(2022)にも参加しているハニャ・ラニは、今作で視覚的な音響空間を生み出していて、アルバムの収録曲は細やかなピアノの演奏に加えて、空間にディレイを施したアンビエント効果、さらに作曲家の管弦楽法の巧みさが絶妙な合致を果たすことで、静謐に富み、そして内的な対話のような奥深い世界観がかなり綿密に組み上げられている。

 

 ハニャ・ラニは、具体的な場所こそは不明であるが、友人の所有するスイスの山間部にあるスタジオに滞在し、これらの映画のサウンドトラックとして最適なピアノとオーケストラにまつわる壮大なアルバムを製作することになった。そして実際に、この作品を聴くと分かる通り、 作曲家の紡ぎ出す音楽は、さながらこの山間部の冬の季節における変化、それと反対に山脈の向こう側から日が昇り、そして夕暮れをすぎて夜がふけていき、まさに風の音しか聴こえないようになる非常に孤独ではあるが潤沢な1日という短い時間を、ピアノ/オーケストラという観点から丹念にスケッチしているように思える。ジャコメッティと同じような内的に豊かな時間を過ごすことを選択し、芸術家が彫刻刀により造形のための材質をひとつひとつ繊細に削り取っていったのと同じように、ハニャ・ラニもまたピアノのノートを丹念に紡ぎ出していきます。制作者はその録音スタジオの外側の世界にある様々な自然現象、山岳に降り積もる雪や風の音や雨音、急に晴れ間がのぞく様子など、外側の天候の変化をくまなく鋭い感性により捉えることで、それらを内省的な音響空間として組み上げていくのである。

 

 サウンドトラックの大部分を占めるピアノ音楽は、抽象的なフレーズや、もしくはニルス・フラームのような深い哀感に富んだミニマル・ミュージック、それに加え、上記のアーノルズのような叙情的なフレーズが中心となっている。だが、そこには時にブラームスの音楽にあるロマン派に対する親和性のような感慨が滲んでいる。アルバムの序盤こそ、近年のポストクラシカル/モダンクラシカルの作曲家/演奏家の作風とそれほど大きな差異はないように思えるけれど、中盤のアンビエントに近い先鋭的な空間処理が実際のピアノ演奏の情感を際立たせているため、さらりと聴き通すことが出来ない部分もある。それはスイスの巨匠の創作の際の苦悩に寄り添うかのような深く悩ましい感慨が、さほど技巧を衒うことのないシンプルな演奏の中に見いだされる。これがサウンドトラックとして、どのような効果を発揮するのかまでは不透明ではあるが、単体の音楽作品として接した際、音響に奥行きと深みをもたらしている。映画音楽のサウンドトラックとして、その映像の効果を引き出すにとどまらず、その映像の中にあるテーマともいうべき内容を印象深くするための仕掛けが本作にはいくつか取り入れられているようにも思える。

 

 アルバムに収録された曲が進むたびに、まさに、作曲家が滞在した山間部の冬の間に景色が春に向けて少しずつ移ろい変わっていく様子を連想させる。山間部に滞在すると、見えるものが明らかに変化すると作者が語っているが、その言葉が音楽そのものに乗り移ったかのようでもある。実にシンプルなフレーズであろうとも、短い楽節のレンズを通して組み上げられていく音の連続性は、この作曲家が自らの目で見た景色、憂いある様子、喜ばしい様子、人智を越えた神秘的な様子、それら多彩な自然的な現象がアンビエンスとして緻密に処理され、それがピアノ演奏と合わせて刻々と移ろい変わっていくかのようである。言い換えれば、都会に住んでいると、誰も目にとめないような天候の細やかな変化、それがもたらす淡い抒情性について、印象派の音楽という形で緩やかに紡がれていきます。それはまた、美術家であるアルベルト・ジャコメッティが彼自身の目で物体に隠れた細いフォルムを発見したということに非常に近い意味合いが込められているように思える。そして、これとまったく同じように、隠された本質的な万物に潜んでいる美しさを、ハニャ・ラニはこのピアノとオーケストラ音楽を通じて発見していくのである。


 もしかすると、音楽も造形芸術とその本質は同じかもしれません。制作過程の始めこそ、自分の目に映る美しさの正体を見定めることは困難を極めるけれど、ひとつずつ作業を進めていくうち、そして作者自らの生み出すものをしっかりと見定めつつ、その核心にあるものを探し求めるうち、その作業に真摯なものが伴うのであれば、優れた芸術家はどうあろうとも美しさの本質に突きあたらずにはいられないのである。


 『On Giacometti』は、音楽作品として高水準に位置づけられており、美術家ジャコメッティのミニマルな生活とスタイリッシュさをモダン・クラシカルという形で見事に再現しています。特に音楽としては、アルバムのラストに注目しておきたいところでしょう。ベートーベンやブラームス、シューベルトのドイツ・ロマン派の作風の余韻を残した凛として高級感溢れるピアノ曲は、作品の終わりに近づけば近づくほど迫力を増していき、聞き手を圧倒するものがある。ハニア・ラニのピアノ曲は、映画音楽にありがちな大掛かりなまやかしにより驚かせるという手法ではなく、内的な静かな思索の深みと奥深さによって聞き手にじんわりとした感銘を与える。もちろん、映画から音楽を抜粋する形で発表されたアルバムであるため、必ずしも、トラックリストの順序通りに曲が制作されたわけではないと思われますが、「Anette」、「Alberto」において、アルベルト・ジャコメッティの彫刻における美学と同じように、それまで見出すことが叶わなかった本質的な美しさの真髄をハニャ・ラニもきっと見出したに違いない。

 

 

94/100

 

 

Weekend Featured Track #12「Anette」 

 

 

 

 

Hania Raniの新作アルバム『On Giacometti』は2月17日にGondawana Recordsより発売。ストリーミング/ご購入はこちら

 

 

Hania Rani


 1990年、ポーランド音楽シーンの重要人物を多数輩出した北部のバルト海に面した湾都市グダンスク生まれ。

 

ピアニスト、作曲・編曲家。基本的にはクラシック畑の奏者だがそのキャパシティは広く、ポスト・クラシカルからチェンバー・ジャズ、アンビエント、フォーク他を幅広いヴィジョンで捉えている。


現在はワルシャワとベルリンをベースに活動。学生時代はショパン音楽アカデミーで学び、2015年に同世代のチェロ奏者ドブラヴァ・チョヘル(1991年生まれ)と共に、ポーランドのカリスマ的ロック・ミュージシャンであるグジェゴシュ・チェホフスキのメモリアル・フェスティヴァルに出演、チェホフスキのナンバーを斬新に解釈した演奏がもとで、2015年『ビャワ・フラガ(白い旗)』を発表し一躍注目を集める。


その後は2018年に女性ヴォーカリストのヨアンナ・ロンギチと組んだユニット、テンスクノによる『m』を発表、コンテンポラリーな要素を持つ室内楽サウンドでジャンルを越えたその才能がさらに開花する。2019年には、ゴーゴー・ペンギン他を輩出したUKマンチェスターの先鋭的レーベル"Gondwana Records"から初のソロ・アルバム『エーシャ(Esja)』を発表する。同年50ケ所以上のヨーロッパ・ツアーを重ねながらワールドワイドな知名度となりつつあり、2019年12月には東京で開催された「ザ・ピアノ・エラ2019」に出演し大反響を呼んだ。


スワヴェク・ヤスクウケのピアノソロにも通じる美しい音楽世界は官能的で繊細、リズミカルで独特の空気感を纏わせ、Z世代に近いミレニアル世代らしい新しさに満ちた活動を続けている。ピアニスト、コンポーザー、アレンジャーという枠も越えた「アーティスト」として認知されている。

 

Anna Maggý 


ポストクラシカルシーンの新星、アイスランドのピアニスト兼作曲家のEydis Evensen(アイディス・イーヴェンセン)がセカンドアルバム「The Light」を発表し、そのリード曲としてニューシングル「Tephra Horizon」をリリースしました。


「Tephra Horizon」は、昨年10月にリリースされたÓlafur Arnaldsの 「Loom」をピアノでリワークして以来の新作で、Einar Egils監督によるビデオも公開されています。


E・はこのニューシングルについて、「2021年の火山噴火を経験したとき、私は噴火に大量に引き寄せられるように感じたの。ここアイスランドで経験した過去のすべての噴火と、今見ているこの新鮮なイメージとのつながりを考えるために、『Tephra Horizon』を書いたんだ。噴火の体験は、別世界のようなものです。生命の源、地球の源を見つめているような感覚、そして私たちがいかに小さな存在であるかということを、言葉で言い表すことはできません。この美しい国の気象条件や、何百年もかけて噴火してできた素晴らしい景観にとても刺激を受けています」と説明している。


ニューシングルのストリーミングはこちら。Eydis Evensenは昨年にフルアルバム『The Light I』、続いて『Frost』を発表しています。


「Tephra Horizon」




Edis Evensen 『The Light』




Label:  XXIM Records

Release 2023年5月26日



Tracklist:

Anna’s Theme
The Light II
17.3.22
Tranquillant
Disturbance
Transcending
Tephra Horizon
Fragility
Near Ending
Full Circle
Dreaming of Light
Resolution


Pre-order:



 

©Kim Jacobson


Patrick Wolfが、近日発売予定のEP『The Night Safari』からニューシングルを公開しました。10年ぶりの新曲となった「Enter the Day」に続き、「Nowhere Game」はJoseph Wilsonが監督を務めたビデオ付きでリリースされます。ミュージックビデオは下記よりご覧ください。


パトリック・ウルフはこの新曲について次のように語っています。


クリミアの黒海に面したステージでのコンサートの帰り道、私はラップトップにメロディーを録音し、帰りの飛行機の中でプログラミングを始めました。
それから何年も経って、The Night Safari E.P.を完成させようとしていた時に、その未完成のプロジェクトと、私が「nowhere game」と名付けた人生の一時期の新しいストリングスセクションや歌詞を発見しました。
最終的にこの曲は、悪循環に陥っていることにゆっくりと気づき、助けを求める方法を知るにはまだ長い道のりがあることを教えてくれるものです。Nowhere Gameとe.p.のヴィオラとヴァイオリンのパートは、最初の2枚のアルバム以来、初めて自分で演奏したもので、最終的に自分自身の悪循環を断ち切り、自分の技術に戻ったという証拠です。


このビデオについて、Wolfは次のようにコメントしています。


このビデオは、The Night Safari E.P.の最初の2曲を通して旅をするJoseph Wilson監督によるフィルムの第2部で、この第2部は、私が前曲の黒い凍った川を漕いで下り、Josephと私がお互いのどこでもない経験から着想した「Nowhere Game」へと入っていくところから始まる。
ビデオに登場する私自身の服や衣装、そしてどこにもいない生き物たちも、私と空想家マルコ・トゥリオ・シヴィリアの手によるもので、ビデオに関わったすべてのクリエイターとダンサーとのコラボレーションは、偶然にも感動的でありながら、魔法のようなものになったのです。真夜中の12時を過ぎると、2022年の最も寒い夜にビーコンヒルの廃墟で撮影した連帯感のある行為のように感じられるようになりました。


『The Night Safari EP』は、Wolfの自主レーベル”Apport”から4月14日にリリースされる予定です。


 



本日、ロンドンを拠点とするアーティスト、Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)は、新曲「Echo」とそれに付随するショートフィルムを公開し、さらに3月24日に4ADからリリースするソロ・デビュー・アルバム『YIAN』を発表しました。また、ルシンダは5月9日にロンドンのICAで、これまでで最大のヘッドライン・ショーを行うことも発表しています。


2022年にリリースされた『Golden』が、若き日の自分自身の視点から書かれた曲で、『YIAN』の世界への瞑想的な前奏曲であるとすれば、彼女のニューシングル『Echo』は、その第1章にしっかりと位置づけられるはずだ。先祖代々のトラウマを歌ったポップソング「Echo」は、過去への敬意と新しい未来を切り開く自由との境界線を歩く、アンチヒーローの旅路でもある。(私はあなたの恥を背負わない/二度とあなたのエコーにはならない...私は他の誰にもなれない/あなたを見て、自分を見る」)。この曲では、官能的なエコーのハーモニーと繊細なソウルを感じさせるピアノが、彼女独特の親密でありながら別世界のようなサウンドを生み出している。


「Echo」

 


中国舞踊を徹底的に学んだルシンダ・チュアは、映画監督のジェイド・アン・ジャックマン、ムーブメントディレクターのチャンテル・フーとともに、振り付けを施したポップなMV「Echo」のビジュアルを制作しました。このショートフィルムは、中国のファンダンスと武術へのオマージュであり、移り変わる感情の季節を旅するような、感動的で革新的な作品となっています。ストーンサークルを土台に、手作りの中国製シルクの扇子を使って、茨のバラ園から吹雪へと移り変わるムードの中で、Chuaはダンスを披露している。「私たちは皆、雪の中の足跡に過ぎないのだと思うことがあります」とルシンダ・チュアは言います。


今回のリリースは、ロンドンのパーセルルームでのソールドアウト公演と、昨年のウィリアム・バシンスキーのオープニングを飾ったピッチフォーク・ロンドンへの出演に続いて発表されました。


Lucinda Chua 『YIAN』


 


Label: 4AD

Release: 2023年3月24日


Tracklist:

1. Golden 
2. Meditations On A Place 
3. I Promise 
4. You 
5. An Ocean 
6. Autumn Leaves Don't Come 
7. Echo 
8. Do You Know You Know 
9. Grief Piece 
10. Something Other Than Years 


Pre-order:


 

©Ash Dye


近年、Makaya McCraven, Whitney, Circuit des Yeux, Claire Rousay等と仕事をしているシカゴのチェリスト兼作曲家のLia Kohl(リア・コール)が、2枚目のアルバム制作完了を発表した。


『The Ceiling Reposes』は、2023年3月10日にAmerican Dreams Recordsから発売される。さらに、この告知と併行して新曲「sit on the floor and wait for storms」が発表されました。この曲は、コールによると「天気予報の断片が含まれており、それを書き起こすと、素敵で奇妙な小さな詩の骨格になる」という。

 

『The Ceiling Reposes』のレコーディングは、主にワシントン州のヴァション島で録音されたラジオの生サンプルから構成されています。Koh(コール)は、これらのサンプルを「found lyrics」として捉え、Kurt Chiang, Alyssa Martinez, Elizabeth Metzger, Corey Smith, Macie Stewart, Marvin Tate, Karima Walkerといった詩人や作詞家を招いて、その内容を練り上げていきました。出来上がった詩は、アルバムと共に、オンラインやジンとしてリリースされる予定です。


「sit on the floor and wait for storms」

  

 

Lia Kohl 『The Ceiling Reposes』 

 

 

Label: American Dreams Records

Release: 2023年3月10日

 

Tracklist:


1. in a specific room

2. sit on the floor and wait for storms

3. when glass is there, and water,

4. or things maybe dropping

5. the moment a zipper

6. became daily today

7. like time (pretending it had a human body)

 

Pre-order:

 

 https://liakohl.bandcamp.com/album/the-ceiling-reposes

 

 



ドイツの音楽家、Niklas Paschburgのサードアルバム『Panta Rhei』を発表しました。2023年3月17日に7K!からリリースされます。


タイトルと音楽は、ヘラクレイトスの「すべては流れる」というギリシャ哲学からインスピレーションを得ており、ハンブルク出身のアーティストが、自身の奥底から引き出された電子音楽とポストクラシック音楽の無制限の世界を探求していることがわかります。


現在ベルリンを拠点とするパシュブルグは、過去2枚のアルバムを通じて、バルト海の動き(2018年『Oceanic』)と北欧の冬の闇(2020年『Svalbard』)に魅了されてきた。パンデミック時に旅行ができなかった結果、この最新アルバムでは彼自身の心の内側を見つめることになった。"それは音楽で表現された内省で、一方では暖かくポジティブな感情、他方ではダークな感情という2つの異なる顔を見せることになった。"


2016年のデビューEP『Tuur mang Welten』で初めて注目を浴びて以来、Paschburgはその独創的な作曲スタイルで人々を惑わせ魅了してきた。


アンビエント、ポップ、クラシック、エレクトロニック・ミュージックを現代的に融合させた彼は、中心的な楽器であるピアノを通して深い感情を伝えていることがわかる。RY X、Hania Rani、Robert Lippok、Ah! Kosmosらとのコラボレーションや、2021年のフランス映画「Presque」(「Beautiful Minds」)のサウンドトラックを作曲している。この新作では、高い評価を得ているエレクトロニック・デュオÂmeの片割れFrank Wiedemannと、Jóhann JóhannssonからThom Yorkeまでを手がける受賞歴のあるサウンドエンジニアFrancesco Donadelloと共に制作した1曲が収録されています。


Panta Rheiは、ニクラスが概念的な境界を取り払い、直感に従ったサウンドである。彼はまずピアノでそれぞれの曲を書き、それにドラマー、サックス、シンガー、アコーディオンを加え、エレクトロニクスがレコードの音を導き、ユニークにしています。「これらの新曲は、私が自分の中で訪れた場所、私が持っているもの、または他の人の中で観察したものを描写しています。ヘラクレイトスのPanta rheiの理論にあるように、同じ川に2度入ることはできないという事実を念頭に置きながら、すべてを含む1つの川につながれたさまざまな音楽の場所や雰囲気を探求することが目的だった」


ニクラスの個人的な旅は、彼のメランコリックで繊細なピアニズムとシンセや電子ビート、示唆に富むアンビエント、ドイツ人シンガーlùisa、スペイン人Bianca Steck、アイスランド人ポストパンクバンドFufanuのフロントマンKaktus Einarssonの喚起的な声が融合した魅惑的でカラフルな音楽の旅となるのである。親密で瞑想的でありながら、ポジティブで高揚したヴァイブスを持つアンビエントポップへの移行である。



 



Niklas Paschburg『Panta Rhei』



Label: 7k

Release: 2023年3月17日


1. Sunrise

2. Zimt

3. Flâneur

4. Interlude 1

5. Darkside Of the Hill feat. lùisa

6. Delphi Waltz

7. Serafico

8. Lunatic Circus

9. Istria

10. 21st Of June

11. All The Secrets Left Untold feat. Bianca Steck

12. Interlude 2

13. Every Morning (Night 6) feat. Kaktus Einarsson 




Pre-order:



https://7k.lnk.to/PantaRhei



 Weekly Recommendation

 

Cicada 『棲居在溪源之上 (Seeking the Sources of Stream)』 

 


  

Label: FLAU  

Genre: Post Classical/Modern Classical

Release Date: 2023年1月6日   


 

Listen/Purchase


 

 

Featured Review

 


台湾/台北市の室内楽グループ、Cicada(シカーダ)は、2009年に結成され、翌年、デビューを果たしています。 当初、五人組の室内楽のバンドとして出発し、インスタントな活動を計画していたといいますが、結果的には10年以上活動を行っており、台湾国内ではメジャー・レーベルのアーティストに匹敵する人気を獲得しています。

 

現在のCicadaは、ピアノのJesy Chiang、アコースティック・ギターのHsieh Wei-Lun、チェロのYang Ting-Chen、バイオリンのHsu Kang-Kaiというラインアップとなっています。メンバーの多くは芸術大学で音楽を体系的に習得した本式の演奏者が多いそうです。

 

2013年にリリースされた『Costland』以来、Cicadaは、台湾という土地をテーマに取り上げ、本島を取り巻く海の想いや人々の温かな関係性を演奏に託した楽曲スタイルを確立し、実際の風景をもとにオーケストラレーションを制作している。シカーダのメインメンバー、メインメンバー、作曲者である、Jesy Chiangは、スキューバ・ダイビングと登山をライフワークとしており、『Coastland』では、台湾西岸部へ、さらに、その続編となる『Light Shining Through the Sea』で、台湾の東岸に足を運んで、海や山を始めとする風景の中から物語性を読み解き、その風景にまつわるイメージを音楽という形で捉え直しています。台湾の穏やかな自然、また、それとは対象的な荘厳な自然までが室内楽という形で表現される。さらに、2017年の『White Forest』では、町に住む猫たちや林に棲まう鳥など、Cicadaの表現する世界観は作品ごとに広がりを増しています。


その後、2019年のアルバム『Hiking in The Mist』では、Jesy Chiangみずから山に赴いて、小川のせせらぎや木々の間を風が通り抜ける様子などをインスピレーションとし、室内楽として組み上げていきました。とりわけ、”北大武山”での夕日の落ちる瞬間、”奇來山”と呼ばれる山岳地帯の落日に当てられて黄金色に輝く草地に心を突き動かされたという。言わば、そういった実際の台湾の神秘的な風景を想起させる起伏に富んだオーケストラレーションがCicadaの最大の魅力です。

 

さらに追記として、2022年、Cicadaは、日本の文学者、平野啓一郎の『ある男』の映画版のサウンド・トラックも手掛けています。

 

 

Cicada
 

 

東京のレーベル、FLAUから1月6日に発売されたばかりの新作アルバム『Seeking the Sources of Streams』においても、アンサンブルの主宰者、作曲者、ピアノを演奏するJesy Chaingは、台湾の自然の中に育まれる神々しさを再訪し、それを室内楽という形式で捉えようとしています。

 

このアルバムについて、Jesy Chaingは次のようにバンドの公式ホームページを通じて説明しています。

 

「2年ほど前、私達、Chicadaは、前のアルバム『Hiking In The Mist』を完成させた。そして次は何をしようかと考えはじめた。やはり、山について書きたい。だが、前作とはちょっと違う観点を探してみたい。

 

迷ううちに、ずいぶんと長い時間が過ぎた。2020年10月、私は中央山脈の何段三と呼ばれるトレイルを10日かけて歩いた。登ったり降りたりが延々と続く長い山道を、毎日ゆうに10時間は歩き続けた。ついに中央山脈の心臓部にたどり着き、果てしなく広がる丹大源流域と呼ばれる谷地(やち)を目にした時の感動は筆舌に尽くしがたい。そして、そのとき、ふと悟ったのだ。ここが私達の次の作品のインスピレーションを与えてくれる場所なのだということを・・・」

 

 

Cicadaの音楽は、ピアノを基調とした、チェロ、バイオリン、ギターによる室内楽であり、映画のサウンドトラックのような趣があります。彼らは、坂本龍一、高木正勝の音楽に影響されていると公言していますが、実際のバンド・アンサンブルは、さらに言えば、久石譲の気品溢れる誠実なモダン・クラシカルや映画音楽にもなぞらえられるかもしれない。「源流を訪ねもとめて」と題された新作アルバムのオープニングを飾る「Departing In The Morning In The Rain」は、一連の物語の序章のような形で始まる。これは、『Hiking~』の流れを受け継いだ音楽性であり、親しみやすく穏やかな世界観を提示している。さらにピアノの演奏とギターの音色は、聞き手の心を落ち着かせ、そして、作品の持つ奥深い世界へ引き入れる力も兼ね備えています。

 

二曲目の「Birds-」からは、上記の楽器の他、オーボエ/フルートといった木管楽器が合奏に加わり、まさにジブリ・ファンが期待するような幻想的なサウンドスケープが展開される。演奏が始まる瞬間には、どのような音楽が出来上がるのか、演奏者の間で共有されているため、四人が紡ぎ出す音楽は、清流の中にある水のように自然かつ円滑に流れ、作品の持つ現実的な風景と神秘的なファンタジーの合間にある平らかな世界観が組み上げられていく。そして、前二曲の前奏曲の流れを継いで、三曲目の「On The Way to the Glacial Cirque」では、それらのストーリーが目に見えるような形で繰り広げられる。ピアノとギターに、チェロとバイオリンが加わり、4つの楽器により幅広い音域をカバーすることで、楽曲そのものに深みが加えられています。

 

特に、注目したいのは、ジブリの劇伴音楽を彷彿とさせる神秘性や幻想性はもちろん、チェロとバイオリンの微細なパッセージの絶妙な変化、クレッシェンド/デクレッシェンドの抑揚により、楽曲は情感が加わり、琴線に触れるような感慨がもたらされること。弦楽器の和音のハーモニーと併行する形で、楽曲の持つ世界感を押し広げているのがJesy Chiangの情感豊かなピアノの演奏であり、 そしてまた、Hsieh Wei-Luの繊細なアコースティック・ギターの演奏なのです。

 

アルバムの中に内包されている世界観は、どのように形容されるべきなのか。少なくとも、これらのオーケストラは現実的であるとともに幻想的でもある。台湾の山間部の神々しく神秘的な風景と同じように、時間とともに、その対象物の観察者しかわからないような、きわめて微細な形で、序盤の音楽は変化していきます。音楽として、急激な展開を避けることにより、その瞬間の真実性に重点が置かれていますが、それは生きているという感を与え、また、聞き手に大きく呼吸する空間性を与える。続く、四曲目の「Foggy Rain」では、華やかな前曲の雰囲気とは打って変わって、それと別の側面を提示しており、ピアノと弦楽器を基調にした淑やかなポスト・クラシカルの領域に踏み入れる。上品な弦楽のトレモロを始めとする卓越した演奏力は言わずもがな、木琴(マリンバ)、鉄琴(グロッケンシュピール)の音色は、お伽話のような可愛らしい印象を楽曲に付加するにとどまらず、アイスランドのフォークトロニカの幻想的な空気感に溢れている。それはまた、山間の夕暮れの烟る靄の中に降り注ぐ小雨さながらに、繊細で甘美な興趣を持ち合わせている。これらの瑞々しい情緒は他の音楽では得難いものなのです。

 

続く、五曲目のタイトル・トラックは、このアルバムの中での大きなハイライトでもあり、山場ともいえ、11分以上にも及ぶ大作となっています。ここでは、坂本龍一、久石譲の系譜にある柔らかな表情を持った繊細なピアノ曲が展開されますが、室内楽のアンブルやギターのソロにより、中盤部に起伏のある展開が設けられています。その後、中盤での大きなダイナミクスの頂点を設けた後に訪れるピアノの静謐でありながら伸びやかな演奏は、彼らの創造性の高さを明確に象徴づけているように思えます。この曲は、Jesy Chaingが台湾の山間部を歩いた際の風景をありありと想起させ、聞き手は心地よい癒やしの空間に導かれていきますが、それは、果てしない神秘的な空間に直結しているかのよう。まさに、ここで、表題の『Seeking the Sources of Streams』に銘打たれている通り、Cicadaはアンサンブルの妙味を介して、台湾という土地の源流を訪ね求め、さらに、その核心にある「何か」を捉えようと試みているのかもしれません。

 

そして、今作の多くの山の中にあって、谷地のように窪んだ形で不意に訪れるのが、六曲目の「Encounter at the Puddle」となります。これは、前半部のテーマの提起を受け、その後に訪れる束の間の休息、または間奏曲のような位置づけとして楽しむことができるはずです。この曲もまた、前曲と同様、オリヴィエ・メシアン等の近代フランス和声を基調にした坂本龍一の繊細なピアノ曲を彷彿とさせ、とても細やかで、驚くほど切なげであり、なおかつ、儚いような響きに彩られている。とても短い曲ではありながら、このアルバムの中にあって強いアクセントをもたらす。なにかしら深い落ち着きと平らかさが、聞き手の心に共鳴するような佳曲となっています。

 

アルバムの後半部に差し掛かると、楽曲は、精細感を増し、物語性をよりいっそう強めていきます。聞き手は、神秘的な山間の最深部に足を踏み入れ、そして、きっと、その自然の中にある何がしかの神秘性を目の当たりにすることでしょう。「Raining On Tent」は、マリンバとチェロを主体に組み上げられた一曲であり、その後にバイオリンやピアノが最初のモチーフを変奏させていく。そして、それは確かに、山間部の天候の急な変化と同じように、上空を雲がたえず流れていく際の景色の表情が、時間とともに刻々と移ろう様子が音楽として克明に捉えられている。


さらに、それに続く、8曲目の「Remains of Ancient Tree」は、スペイン音楽、ジプシー音楽の影響をほのかに感じさせ、Hsieh Wei-Lunのアコースティック・ソロと称しても違和感がないような一曲となっている。ガット・ギターのミュート奏法を介して繰り広げられる華麗な演奏は、聴き応えがあるため、かなりの満足感を与えると思われますが、このギターの卓越した演奏を中心にし、ピアノやバイオリン、チェロのフレーズが、調和的に重なり合うことによって、曲そのものの物語性やドラマ性がより強化されていきます。もちろん、それはまた、表題曲とまったく同じように、台湾の自然の源流の神秘性に接近しながら、自然の奥底にある神々しさに人間が触れる瞬間の大いなる感動とも称せるかもしれない。特に、クライマックスにかけてのチェロの豊潤な響きは、この音楽が途切れずに延々と続いてほしいと思わせるものがあるはずです。

 

これらの8つの神秘的な旅を終えて、最後の曲「Forest Trail to the Home Away Home」によって、物語は、ゆっくり、静かに幕引きを迎えます。この最後の曲は、アルバムのオープニングと呼応する形のささやかなピアノを中心とする弦楽アンサンブルとなっていますが、この段階に来て、聞き手はようやく神秘的な旅から名残惜しく離れていき、それぞれの住み慣れた家に帰っていく。しかし、実のところ、不思議なことに、Cicadaの最新作で織りなされる幻想的な感覚に触れる以前と以後に見えるものは、その意味が明らかに異なっていることに気がつくはずなのです。


 

92/100


 


 amiina 『Yule』

 

 

Label: Aamiinauik Ehf

Release: 2022年12月9日


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mumの後に続き、アイスランドのフォークトロニカ・シーンに台頭した、国内の音楽大学で結成された室内楽団、amiina(アミーナ)。

 

基本的に、室内楽の多重奏の形式をとるが、首都レイキャビクのfolktronica(フォークトロニカ)のシーンの気風をその音楽性の中に力強く反映しており、もはや、このジャンルのファンにとって、2007年の「Kurr」、2013年の「The Lightning Project」といった作品はマスター・ピースと化している。ロシアの発明家が考案した高周波振動機の間に手をかざすことで音を発生させるテルミン等のオーケストラ発祥の楽器を使用し、既存の作品中で、子供むけの絵本にあるような幻想的な世界観を確立している。上記のmum、シガー・ロスとの共通点は見いだされるものの、体系的な音楽教育に培われたオーケストラ寄りの音楽性がamiina(アミーナ)の特徴と言えるだろう。

 

近年、レイキャビクでは、レイキャビク・オーケストラを始め、国家全体としてオーケストラ音楽を独自文化として支援していこうという動きがあるが、オーラブル・アルナルズやビョークを始め、どのような音楽形式を選んだとしても、古典音楽や現代音楽の要素はアイスランドのアーティストにとって今や不可欠なものとなりつつある。他の地域に比べると、ポピュラー・ミュージックとオーケストラの区別がなく、双方の長所を引き出していこうというのが近年のアイスランドの音楽の本質である。そして、もちろん、アミーナはもまた同じように、古典音楽に慣れ親しんで来たグループだ。近年、エレクトロニカと弦楽器の融合にメインテーマを置いていたアミーナではあるものの、この12月9日に自主レーベルから発売された最新EPでは、電子音楽の要素を排して、チェロ、ビオラ、バイオリンをはじめとする室内楽の美しい響きを探究している。このリリースに際し、アミーナは、クリスマスの楽しみのために、これらの細やかな室内楽を提供する、というコメントを出しているが、その言葉に違わず、クリスマスで家庭内で歌われる賛美歌に主題をとった聞きやすい弦楽の多重奏がこのEPで提示されている。

 

アルバムの全7曲は細やかな弦楽重奏の小品集と称するべきものだろう。厳格な楽譜/オーケストラ譜を書いてそれを演奏するというよりも、弦楽を楽しみとする演奏者が1つの空間に集い、心地よい調和を探るという意味合いがぴったりで、それほど和音や対旋律として難しい技法が使われているわけではないと思われるが、長く室内楽を一緒に演奏してきたamiinaのメンバー、そしてコラボレーターは、息の取れた心温まるような弦楽器のパッセージにより美麗な調和を生み出している。それらは賛美歌のように調和を重んじ、amiinaのメンバーは表現豊かな弦のパッセージの運びを介し、独立した声部の融合を試みている。これらの楽曲はほとんど3分にも満たない小曲ではあるけれど、クリスマスの穏やかで心温まるような雰囲気を見事に演出している。

 

連曲としての意味合いをもつ六曲は、流麗な演奏が繰り広げられ、クリスマスの教会で歌われるようなミサの賛美歌の雰囲気に充ち、何かしら心ほだされるものがある。演奏というものの本質は、演奏者の心の交流で、彼らの温和な関係がこういった穏やかな響きを生み出したと推察される。


それに対して、最後の一曲だけは曲調が一変し、旧い教会音楽やグレゴリオ、さらにケルト音楽に根ざした精妙な弦楽のパッセージが展開される。全6曲は、弦楽のハーモニーの妙味や流れに重点が置かれているが、他方、最終曲だけは、澄んだ弦楽の単旋律のユニゾンがこれらの調和的な響きとコントラストを成している。もし、前6曲が細やかな弦楽の賛美歌と解釈するなら、最終曲は古楽や原初の教会音楽に挑戦しており、この室内楽団のキャリアの中では珍しい試みと言える。

 

音楽は単一旋法がその原点にある。原初的なユニゾンの響きにあらためて着目するラスト・トラックは、複雑化し、枝分かれした現代の無数の音楽の混沌の中にあって、逆に、新鮮に聴こえるかもしれない。『Yule』は、浄夜のムード作りにうってつけの作品と言えるのではないだろうか??

 


78/100


 


ウクライナのピアノ奏者、映画音楽などを中心に活躍する、Natalia Tsupryk(ナタリア・ツプニク)がLeiterから二作目のEPを発売した。アルバムの購入/全曲ストリーミングはこちらから。試聴は下記より。

 

ナタリア・ツプニクは、ポスト・クラシカル/モダン・クラシカルシーンの新進気鋭のアーティストで、ミニマル派のピアノ・ミュージックを特徴とする。本作は、このアーティストが直面したウクライナ侵攻の事実を元に、それらを思索的なピアノ・ミュージックとして組み上げた作品となっている。

 

「When We Return To The Sun」は、Natalia Tsupryk(ナタリア・ツプニク)による最新の音楽集で、今年初めに発表されたコンピレーション「Piano Day」に続き、LEITER(ニルス・フラームが主宰するベルリンのレーベル)での2作目のリリースとなる。このEPの4つのトラックを通じて、ロンドンを拠点に活動するウクライナ人作曲家は、故郷の戦争を遠くから目撃し、突然に、そして痛ましいほどに変化した現実を処理し、対処するという非常に個人的な経験を共有している。


LEITERのベルリンのスタジオで録音されたEPは、12月9日からすべてのストリーミング・プラットフォームでダウンロードが可能。すでに「Mariupol」と「Son Kolo Vikon」の2曲がリリースされています。


「When We Return To The Sun」は、クラシックな楽器とエレクトロ・メカニカルな要素を組み合わせた、瞑想的で親しみやすい美しいセットとなっている。「Son KolVikon」や「The Sun Was Low」といったピアノを中心とした室内楽から、「We Are Born」や「Mariupol」の深く暗いシンセサイザーまで、ツプリクの悲しみと絶望の感情を呼び起こす。戦争の時代における意志と愛の力について考察している。


弦楽器とピアノの独特な使い方が特徴的なNatalia Tsuprykの音楽は、クラシックのバックグラウンドを生かし、フォーク、エレクトロニカ、クラシック音楽の要素を融合させている。ローン・バルフ、ジェシカ・ジョーンズ、アンガス・マクレーなどのアーティストや作曲家と仕事をし、2020年にソロ・アルバム「Choven」、2021年にEP「Vaara」をリリースした。また、合唱団や劇場のために作曲し、フィクション、ドキュメンタリー、アニメを問わず、複数の映画祭で国際的に上映され、BAFTAの最終選考にも残った受賞作の音楽を担当しています。更に、ヴァイオリニストとしても、ソロ、室内楽団やオーケストラのメンバーとして、世界中で演奏している。

 

この新作についてナタリア・ツプニクはプレスリリースを介して次のように説明する。


「ある朝、ウクライナの人々は、爆発音と戦車の光景で目を覚ましました。家族や多くの大切な友人が母国にいるため、最初の数時間、数日間、その場にいられないのは苦痛でした。

 

首都であり、故郷であり、私が生まれて初めて歩いた街であるキエフが、3日以内に陥落するという世界のメディアの報道を見ることは、私の人生で最も辛い経験でした。もう二度と自分の家を見ることができないかもしれない、家などないのかもしれない、もう戻れないかもしれない、と思うと、この上なく悲しくなった。あの日、私が一番後悔したのは、遠くに行ってしまったことです。この先も、このことが最大の後悔であり続けることを願っている。


あれから、いろいろなことが変わりました。私は2度ウクライナに行き、自分の目で現実を見た。要するに、私たちにとっては何も変わっていないのです。私たちはまだ2月24日の生活を続けている。食べること、寝ることに罪悪感を感じている。侵略者とまだ戦っている。外国人と話すたびに、自分たちのことを説明したり、正当化したりしなければならない。朝一番にニュースをチェックし、愛する人に生きているかどうかを尋ねます。予定も立てない。時には会話もままならない。


この数ヶ月間、言葉で伝えることができなかったことを、この音楽で伝えることができたことを、LEITERとそのチームにとても感謝しています。嫌なことがあると、脳が麻痺して、涙ひとつ流せなくなることがあります。これを共有できるのは幸せなことです。おそらく、今までで一番もろい音楽を発表する機会に恵まれたと思います。


 この文章を書いている時点では、戦争がどのように終わるかはわからない。しかし、最悪の事態はすでに過ぎていることを強く願っています。"


-Natalia Tsupryk(ナタリア・ツプリク)-

 

 

 

 

 

 

 

 

Natalia Tsupryk(ナタリア・ツプニク

 

 

弦楽器とヴォーカルを用いた独特な音楽が特徴的なナタリア・ツプニクの音楽は、クラシックのバックグラウンドを生かし、フォーク、エレクトロニクス、クラシックの要素を融合させている。最近のソロ作品「Elegy for Spring」は、ニルス・フラームのレーベルLeiterからリリースされた「Piano Day Vol.1 Compilation」の一部である。


ナタリア・ツプニクは、フィクション、ドキュメンタリー、アニメーションの各映画のスコアを担当し、Palm Springs、Indy Shorts、PÖFFなどの映画祭で国際的に上映され、BAFTAの最終選考に残った。2017年以降、ナタリアは、キエフ国立アカデミック・モロディ劇場とコラボレーション、「The Master Builder」や「Ostriv Lyubovi」など、いくつかの劇のスコアを担当しています。


ヴァイオリニストとしてのナタリアは、ウィーン楽友協会、ウィーン・コンツェルトハウス、ORF RadioKulturhaus、Synchron Stage Vienna、ウクライナ国立交響楽団などの会場で、ソロ、室内楽団やオーケストラのメンバーとして世界各地で演奏している。


また、作曲家ローン・バルフ、オーリ・ジュリアン、ジェシカ・ジョーンズ、アレックス・バラノウスキーらとセッションバイオリン奏者、ヴィオリストとして活動、「The Wheel of Time」(2021~)「Dopesick」(2021~)「The Tinder Swindler」(2022)といったプロジェクトに参加している。


ナタリアは、キエフのリセンコ音楽学校を卒業後、ウィーン市立音楽芸術大学でクラシックの教育を受ける。その後、国立映画テレビ学校で映画とテレビのための作曲の修士号を取得し、ダリオ・マリアネッリの指導を受けた。レコーディング・アーティストとして、ナタリアは2020年にデビューLP『Choven』を、2021年にEP『Vaara』をリリースした。また、アンガス・マクレーと2枚のEP「Silent Fall」(2021年)、「II」(2021年)でコラボレーションしている。

 


 先々週の10月28日、アイスランドのモダンクラシカルシーンの代表格、Ólafur Arnalds(オラファー・アルナルズ)は、2020年にスタジオ・アルバム「some kind of peace」をピアノ編曲により再構築した「some kind of peace-piano reworks」を発表しました。

 

この作品は、 Alfa Mist、Yiruma、Dustin O'Halloran、tstewart (Machinedrum)のが、原曲をピアノで再演した模様が収録されています。それぞれのミュージシャンはピアノを使用しており、多彩な演奏が楽しむことが出来ます。

 

クラシック音楽では、よく再構築という試みが行われますが、今回の作品もリミックス作というよりも、この再構築という形容がぴったり当てはまります。Ólafur Arnaldsは、オリジナル作品をリワークした動機について、次のように語っています。「曲というのは、決して完成しないんだ。曲はどんな形にもなり、演奏する人によって進化し、呼吸する。曲の心は演奏者の中にあるんだ」

 

このリワークの発表に続いて、オラファー・アーナルズは、先週、お気に入りの特製ピアノを探求する様子を収めた新しい映像「Piano Portrait」を公開しています。同じメーカーのピアノでも生産が自動なのか、それとも手作りなのかで、ピアノはまったく違う音色になります。オーナルズもまたライブセッション等で特注のピアノを使用することで知られ、また自身が演奏などで使用するピアノに一方ならぬこだわりを持っています。この映像では、彼の音楽制作の過程を垣間見ることができ、美しく撮影された細やかなパフォーマンスと会話が楽しめる映像でもあります。

 

「私のお気に入りのピアノを紹介しましょう」とアーナルズは話しています。「デンマークからDHLで発送した小さなピアネッタです(実際は1つのパレットに2台)。このピアノの可愛くて大胆な個性に惚れ込んでしまいました。決して完璧ではないけれど、ちょっと気にならない程度の欠点はありますね」

 

 Olafur Alnorlds 『some kind of peace - piano reworks』

 


 

 Label:  Mercury xx/Universal Music

 Release:  2022年10月28日

 

 

Listen/Stream




Review   


 

 今週、皆様にご紹介するMercury xxから今週金曜日に発売された『some kind of peace - piano reworks』は、2020年にオーラブル・アルナルズが発表したオリジナルアルバムのピアノのリワーク作品/再構築である。このオリジナル作品は、2020年以前にレイキャビクのハーバースタジオで制作されたが、今作はパンデミックの最初期にリリースされた。発表当時は世界中でロックダウンが敷かれ、およそアイスランドも同じような状況にあったものと思われる。

 

オーラブル・アルナルズは、タイトルに表されている通り、アルバムのコンセプトに「ある種の平和を見出す」という主題を置いている。

 

2020年のリリース時、オーラブル・アルナルズは、Apple Musicのインタビューで、「パンデミックは、私達にコミュニティの重要性を思い出させます、そして、それは私たちの毎日の伝統的かつ宗教的な儀式と、私達の相互の重要性を思い出させる、それが私がここで探求していることです」とコメントしている。2020年代の世界的な状況を鑑み、結束力を取り戻すことの大切さについて述べている。ロックダウンや隔離は、世界の人々の間に一種の分離状態を惹起させた。しかし、当時、オーラヴル・アルナルズは、その状況に反し、今一度、人々がコミュニティの重要性に気が付き、そして、今一度、結束力を取り戻すことを呼びかけていたのだ。

 

2020年発表のオリジナル盤『some kind of peace」は、Bonobo(サイモン・グリーン)を始め、秀逸なエレクトロニックプロデューサーがコラボレーターとして参加し、ポスト・クラシカル寄りの作品でありながら、モダンなエレクトロの雰囲気も併せ持つ快作であったが、今回、発表されたリワーク作品は、全く同じ楽曲構成であるものの、全曲がピアノのみで構成され、原曲の持つ抽象的な情感が前作よりも引き出されている。今回の再構築時に曲の順序が入れ替わったことも、音楽を聴くに際してオリジナルとは異なる印象をおぼえることになるだろう。

 

リワークに参加したコラボレーターも豪華である。同じくアイスランド、レイキャビクのポスト・クラシカルシーンの旗手で、音楽家になる以前、NYでファッションモデルを務めていたEydis Evensen、ポーランドのピアニスト、Hania Rani、アイスランドのシンガーソングライター、JFDR(ヨフリヅル・アウカドゥッティル,オーストラリアのシンガーソングライター、Sophie Hutchingsと、アイスランド国内のアーティストを中心に、世界の個性的なアーティストがこの作品に参加しており、オーラブル・アルナルズのピアノ演奏に深い情感を付け加えている。

 

原曲はBonoboとのコラボレーションでエレクトロの雰囲気を擁する「Loom」を始め、アルバムにゲスト参加したアーティストを中心に、ピアノのみで原曲の意外なリワークがなされている。これらは、アルナルズのピアノ演奏を始め、他のコラボレーターのアレンジや演奏によって、その魅力がわかりやすく示されており、繊細なメロディーの運びにより、豊かな詩情が丹念に引き出されている。それは、やはり、彼の故郷であるアイスランド・レイキャビクの海沿いの風景や、豊かな自然をありありと想起させるものがある。

 

本作の中で、ボーカル・トラックは、ピアニストとしてポーランド国内で活躍するハニヤ・ラニのハミングを収録した「Woven Song」、同郷アイスランドのシンガーソングライター、JFDRの伸びやかで清涼感に満ちたボーカルが収録された「The Bottom Line」の二曲となる。ポスト・クラシカルとして王道ーー静謐であり内省的な質感を持った美麗な楽曲ーーの中にあって、これらの二曲は、アルバム全体の印象に変化と抑揚をつけるものであるとともに、よりドラマティックな雰囲気を擁する。全体的に、エレクトロニックなエフェクトが施された楽曲群の中で、これらのボーカルトラックは、聞き手に癒やしをもたらしてくれるものと思われる。

 

 「Woven Song-piano reworks」 

 

 

 

そのほかにも、抽象主義の近代フランスの作曲家、クロード・ドビュシーの晩年の作品を思わせる「Undone」も、静謐かつ色彩的な音の運びがあり、澄明な響きが感じられる秀逸な一曲であるが、やはり、このアルバムで傑出しているのは、#9「We Contain Multitudes」とになるだろう。

 

今回の再構築では、原曲の印象的な部分を形成していたイントロの朗らかな対話のサンプリングを排していることに注目したい。オーラヴル・アルナルズは、楽曲の構成自体を完全に組み替えただけでなく、この静謐で繊細な性質を擁するピアノ曲に、以前のバージョンに比べ、よりゆったりとしたテンポを与え、さらに調性まで変え、この曲の持つ自然味と純粋かつ豊かな情感を引き出そうと努める。さながら、ひとつひとつ心の中で音をじっくり噛みしめるかのようなオーラブル・アルナルズの演奏は、同年代のポスト・クラシカルシーンのアーティストをはるかに凌駕している。

 

ここで、オーラヴル・アルナルズは、コラボレーターである韓国のミュージシャン、Yirumaの助力を得ることにより、アイスランド/レイキャビクの海岸近くのコンサートホールで録音された「Sunrise Session」の時と同様、ピアノの蓋を外し、ハンマーの軋む音を活かしたプロダクションを志向しているものと思われるが、しかし、ほとんど信じがたいことに、アルナルズは、時にはこのジャンルの欠点となる窮屈な表現、萎縮した感覚をここで軽やかに乗り越え、この原曲を伸びやかさのある藝術の領域に引き上げている点が見事というよりほかない。


全般的に、この作品はただ美しい旋律を紡ごうという意図が込められているだけにとどまらず、オーケストラの再構築のように、曲の持ち味をより繊細な形で表現しようとしている。そして、これらの曲の雰囲気は細やかなものであるからこそ心にじんわり響くのである。そのため、何度も聴く返したくなるような深みを持つ。そして、今回、クラシック音楽のcodaのように、このリワーク作品になんらかの言い残したメッセージを付け加えたかったようにも思える。

 

総じて、Olafur Alnorlds(オーラヴル・アルナルズ)は、このピアノによるリワーク・アルバムを通じ、オリジナルアルバムとは異なる鮮やかな命を吹き込んでみせた。さらに、2020年のパンデミック期と同様、戦争やエネルギー供給、物価高騰問題により真っ二つに離反するにとどまらず、俄に剣呑な雰囲気になりつつある現今の世界情勢に蔓延する憂いに際し、それとは対極にある価値観、「人間として結束すること」の大切さと「ある種の平和の見出すこと」の尊さをより大衆に理解しやすいかたちで再提示したかったのかもしれない。仮に、もし、そうであるとするなら、今作は、現代のミュージックシーンの中においてきわめて重要な意義を持つと言える。

 

 

97/100

 

 

Weekend Featured Track 「We Contain Multitudes - piano reworks」

 



 
*現在、本作は、日本国内で、Tower Recordsにて海外盤がお買い求めいただくことが出来ます。

 

Lucinda Chua

 UK、ロンドンのモダンクラシカル/ポスト・クラシカルシーンを象徴する音楽家、Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)がニューシングル「Golden」を4ADから発表しました。(各種ストリーミングがこちらから)

 

ルシンダ・チュアは中国人としてのルーツを持つ。元々は写真家として活動していたが、その後、2010年代に音楽家に転身を果たす。この転向について、写真では対応しきれない多彩な表現性を音楽に求めたと語っている。

 

「才媛」と称されることからも分かる通り、ルチンダ・チュアは若い時代からスズキ・メソッドで培ったピアノ、そして、チェロを始めとする複数の楽器を自在に弾きこなす。近年ではアンビエント・プロデューサー、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーのツアーにチェロ奏者として参加し、知名度を高めていった。

 

昨年には、イギリスの名門レーベル”4AD”と契約を交わしたのち、2019年のEP『Antidotes』の続編『Antidotes-2』を5月に発表する。ピアノ、チェロを活かしたモダンクラシカルな楽曲にとどまらず、ポピュラー・ミュージックに近いヴォーカル・トラックにも取り組んでいる。この作品で、ルシンダ・チュアは、ヨーロッパのモダンクラシカルシーンに新風を吹き込んでみせた。

 

5月の「Another Day」に続くニューシングル「Golden」は、このアーティストらしい、内省的かつダイナミックなトラックとなっている。エレクトリック・ピアノとシンセサイザーの幽玄なシークエンスにより、ルシンダ・チュアのR&B調のソウルフルなボーカルが絶妙に引き立てられ、ゴスペルのように清涼感のあるコーラスワークがドラマティックな雰囲気を演出している。

 

10月19日に発表されたニューシングル「Golden」について、ルシンダ・チュアは以下のように説明している。


「Golden」は、ロールモデルがいない中、自分らしさを追求する、若き日の自分の目線で書いた曲です。この曲をリリースすることで、若き日の自分を誇りに思うことができればなと思います。

 

 

 

Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)は、 2021年の5月に前作EP『Antidotes-2』を4ADから発表している。MUSIC TRIBUNEはWeekly Recommendationに選出しています。レビューはこちらからお読み下さい。


Sylvain Chauveau「I'effet  rebound(version silisium/version iridium)

 

 


 

 

Label: Sub Rosa

Release: 2022年10月14日

 

 

 

 Sylvain Chauveauは、フランス出身、現在、ベルギー在住の音楽家で、アンビエントやポスト・クラシカルのジャンルにおいては中心的な役割を担う人物です。2000年代から活動を行っており、その音楽性は、実験音楽から、ポスト・クラシカル、また、アンビエントに近い電子音楽のアプローチにいたるまでそのアプローチは幅広い。ピアノ作品としての傑作としては、2003年の「Un Autre Decembre」がある。その他にも、アイスランドのヨハン・ヨハンソンと同時期にモダンクラシカルの領域を追求した2004年の「Des Plumes Dans La Tete」といった傑作も残しています。

 


先週の10月14日、お馴染みのベルギー/ブリュッセルのレコードレーベル”Sub Rosa”から発売となった最新アルバム「I'effet  rebound(version silisium)」は、12曲入りのアルバム、と24曲入りのアルバム、2つのバージョンでリリースされています。今回、主にレビューを行ったのは、12曲入りのストリーミングバージョンversion silisiumで、24曲入りのバージョンversion iridiumはより、モダンクラシカル/アバンギャルドミュージックの色合いを持つアルバムとしてお楽しみいただけます。

 

 

「I'effet  rebound」は日本語に訳すと、「リバウンド効果」。本作は、2012年に発表されたニルス・フラームの「Screws」に近い、連曲形式で書かれた作品ですが、今回、シルヴァン・ソヴォは、同じくポストクラシカル/モダンクラシカルのシーンで象徴的なアーティスト、Peter Broderick(ピーター・ブロデリック)ほか二人の音楽家をゲストに招き、ポスト・クラシカル/モダン・クラシカルのアプローチを探求する。

 

 Sylvain Chauveauは、これまでの二十年のキャリアの蓄積を踏まえつつ、アコースティックギター、ピアノ、そして、シンセサイザーのシークエンスを中心に作品の全体構造を組み上げていきます。アルバムの収録曲は、オープニングの17分にも及ぶ「SCG」を除いて、一分以内のトラックで構成されていますが、それらはデモトラックのようであり、また、新たな形式の変奏曲のようでもある。

 

これまでの Sylvain Chauveauの作品と同様、今作においても緩やかな音楽観や抒情性は健在で、それらが美麗な自然を思わせるインストゥルメンタルとして昇華されている。基本的には、ミニマルミュージックの構造を持つイージーリスニングのように癒やしを目的として制作された作品のようにも感じられますが、一方で、このアーティストらしい実験的なアプローチの才覚の輝きも随所に迸っている。Machinefabriekをゲストに招いた壮大なオープニング「SCG」では、アコースティックとピアノのみで楽曲のクライマックスまで引っ張っていきますが、およそ一小節にも満たない反復構造のアコースティックは心地よいもので、昼下がりの太陽の光を反映する木の葉のきらめきのごとく伸びやかであるとともに、渓流の水のように清冽な雰囲気に満ちている。

 

その他、残りの連曲では、電子音楽、ポスト・クラシカル、ジム・オルークのGaster Del Solが1996年に発表した「Upgrade & Ufterlife」の作風を彷彿とさせるアヴァンギャルド・フォークに至るまで、幅広いアプローチが取り入れられている。器楽的な楽曲の他にもボーカルトラックが収録されていて、さらに、 Sylvain Chauveauは、#6「MB」において日本語のボーカルに挑んでいる。

 

ここで、シルヴァン・ソヴォは、日本の俳句や短歌のような言語的な実験を行いたかったものと思われますが、日本人から見ると、その試みは、少し言語的な誤解があるため、残念ながら不発に終わったという印象です。これらの実験的なアプローチの合間を縫って、実験的なピアノ曲「IA」のような楽曲と、Jim O'Rourkeのアヴァンギャルドフォークの色合いを持つ「LN」、「JG」といった楽曲を織り交ぜつつ、おぼろげだった音楽観が中盤に差し掛かると徐々に明瞭となっていく。

 

「I'effet  rebound(version silisium)」に収録される曲は、ひとつずつ再生するごとに、その向こうがわにある定かならぬ世界を、一つずつ恐る恐るどんなものだろうと垣間見るかのようではあるが、それらはカメラのフラッシュのように一瞬で終わり、また、次の世界は矢継ぎ早に立ち現れてくる。 Sylvain Chauveauは、ボーカルのつぶやきをふいに楽曲の中に取り入れていますが、それらは最終的に、クラシカル/エレクトロニックのバックトラックの中に溶け込むようにしてすぐに消え果てる。それは主張性を表現するためでなく、没主張性をこれらのトラックの中に込める。それは何かこの世の儚さというのをこれらの音楽で表現しているようにも見受けられる。

 

瞬間的ではあるが、断続的でもある不可思議な世界。これらの螺旋状の多次元的な構造を、アヴァンギャルド/ポスト・クラシカルという、このアーティストの長年の符牒を通して、リスナーにスライドショーのように提示していく。 Sylvain Chauveauの描出しようとする音響世界は、抽象的であり、それは時に、絵画芸術でいえば、シュルレアリスムに近い意義を有している。これらの表現は、さながら、シュルレアリスムのアンドレ・ブルトンの自動筆記による小説のように、即興の演奏を組み合わせたような趣がある。ひとつの側面から音楽をじっと見ると、その裏側にもそれとまったく異なる印象を持つ音楽が存在することを明示しており、したたかな経験を持つ音楽家だからこそ生み出し得る秀逸な表現をこのアルバムに見出すことができる。

 

2つのバージョン共に、オーケストラのバレエ音楽の組曲のような手法で書かれた作品であり、それは、現代的なバレエの振り付けの音楽のような意図が込められているように思える。そして、もうひとつ、指摘しておくべき点は、この作品に触れるにつけ、これまでとは異なる音楽の聴き方を発見できることでしょう。造形的なモダンアートや舞台芸術を音楽という切り口から解釈しているようにも感じられますが、これは、一見、奇をてらっているようにも思えて、よく聴くと、単なるスノビズムに堕しているわけではありません。それは、このフランス/ベルギーのアーティストが、現代社会というレンズを介し、何かを大衆に深く問いただしているようにも感じられるのです。


しかし、製作者として、問いこそ提示するが、答えは出さないという、きわめて曖昧な手法をシルヴァン・ショボーは選んでいるため、最後の答えはリスナーの手に委ねられる。そして、「リバウンド効果」という意味や正体はミステリアスな雰囲気に包まれたまま、 Sylvain Chauveauがこのアルバムで何を表現しようとしたのか、それは一聴しただけではわからないだろうと思われます。 


 

89/100

 

 

 

 

 

 

 

 

Sylvain Chauveau  Profile

 


 Sylvain Chauveauは、FatCat, Sub Rosa, Type, Les Disques du Soleil et de l'Acier, Brocoli などのレーベルからソロ作品を発表している。



フィリップ・グラス、マックス・リヒター、ギャビン・ブライヤーズ、坂本龍一&アルヴァ・ノト、ハウシュカなどとともに、コンピレーション『XVI Reflections on Classical Music』(デッカ/ユニバーサル)に作品が収録されている。



彼の音楽はBBCのジョン・ピールの番組で演奏され、The Wire, Pitchfork, Mojo, The Washington Post, Les Inrockuptibles, Libérationなどの雑誌で批評された。


ヨーロッパ、カナダ、アメリカ(ニューヨークのLe Poisson RougeとKnitting Factory、シアトルのDecibel festival、シカゴのThe Wire festival)、ロシア(モスクワ)、アジア(日本、台湾、シンガポール)でライブを行う。



彼は、2012年6月1日から2019年5月31日の間にインターネット上で配信された、ほとんど沈黙に満ちた「You Will Leave No Mark on the Winter Snow」というタイトルの7年間の作品を作曲しているほか、長編映画やダンスショーのサウンドトラックの制作を手掛ける。

シルヴァン・ショーヴォーは、アンサンブル0(ステファン・ガラン、ジョエル・メラらと共演)、アルカ(ジョアン・カンボンとの共演)の一員でもある。1971年、バイヨンヌ(フランス)生まれ、ブリュッセル(ベルギー)在住。