Gina Birch 『I Play My Bass Loud』/ Review

Gina Birch 『I Play My Bass Loud』


 


Label: Third Man Records

Release: 2023年2月24日




Review



ジーナ・バーチはレインコーツのメンバー、ベーシストとしてお馴染みである。レインコーツは合唱のイラストのデザインで有名なセルフタイトルが代表作に挙げられる。が、印象としては日本でCD盤の流通が一般的だった00年初頭の頃、レコード店に毎日のように通っていた学生時代、なかなかレコードストアで入手しづらかった記憶もある。今では、どの曲をよく聴いていたのかもよく覚えてはいませんが、少なくとも、Raincoatsは、スコットランドのPastelsとともに私の記憶に強烈に残っている。そして、今でもよく思うのは、レインコーツというバンドは掴みどころがないというか、ジャンルを規定することがすごく難しいガールズバンドだったのです。


レインコーツはポスト・パンク・バンドのノイジーな部分もあり、いわゆるネオアコにも近いキャッチーさもあり、かと思えば、ガールズバンド特有のファンシーさも併せ持つ奇妙なバンドというイメージを私自身は抱いていた。それはたとえば、The Slitsのわかりやすいパーティーを志向したダブよりもはるかにレインコーツという存在に対して不可解な印象を持っていました。

 

時代を経て、ベーシストのギーナ・バーチはソロ転向し、サード・マン・レコーズからデビュー・アルバム『I Plat My Bas Loud」をリリースしている。既にそれ以前の時代に有名なバンドのメンバーがソロ転向して何かそれまでと異なる新しい音楽性を生み出すことは非常に稀有なことである。それは以前の成功体験のようなものがむしろ足かせとなり、新しいことにチャレンジできなくなる場合が多いからです。もちろんすべてがこのケースに当てはまるとは言えません。ザ・スマイルのトム・ヨークは少なくとも、レディオヘッドとは違い、ポスト・パンクやダブ、エレクトロの要素を上手く取り入れており、そして、ギーナ・バーチも同様にこのソロ・デビュー作で見違えるような転身をみせています。いや、それは前時代の延長線上にあるが、少なくともレインコーツの時代を知るリスナーに意外性を与えるような新鮮味に富んでいる。そしてかのアーティストが傑出したベーシストであることを対外的に示し、さらにレインコーツの時代見えづらかった副次的なテーマのようなものが随所に感じ取れる作品となっているのです。

 

一曲目のタイトルトラックでギーナ・バーチは分厚いベースラインとともにダブを展開する。そしてかつてのポスト・パンクの実験性、そしてスリッツのような痛快なコーラスワークを通じて現代のポピュラー・ミュージックを踏まえつつも、それとは異なる側面を提示しています。そして、ギーナ・バーチは裏拍を強調したツー・ステップに近いビートを交えつつ、ダブとレゲエの中間を行くようなトロピカルなボーカルを披露します。ヴォーカルのトラックにディレイを分厚くかけることにより、自分の声そのものを背後にあるビートのように処理している。時に自分の声を主役においたかと思えば、他の部分ではベースが主役になったりするのです。


これらのサウンドはいつも流動的な立ち位置を示し、一つのパートに収まることがない、ボーカルは軽妙でキャッチーさを意識してはいますが、何十年も音楽を愛してきた無類の音楽愛好家にしか生み出すことの出来ないコアなサウンドをギーナ・バーチは提示しています。続く「And Then〜」では、ポエトリー・リーディングの手法を見せ、未だにポスト・パンク世代の実験性を失っていないことを示している。

 

このデビュー・アルバムには面白い曲が満載です。没時代的なロックバンガー「Wish I Was You」は、キム・ディール擁するBreedersにも比する快活なオルタナティヴサウンドとなっている。ポストパンクの実験性を交え、ガールズバンドの出身者らしくロックンロールの見過ごされてきたユニークな魅力を再提示する。まさにこの曲はステージでのライブを意識しており、近年のポストパンクバンドにも引けを取らない迫力満点のロックサウンドを生み出してみせたのです。

 

続く、ダブのリズムを突き出した「Big Mouth」は近年のトレンドのポピュラー・ミュージックを意識し、ボコーダーを取り入れつつ、ロボット風のボーカルとして昇華し、SF的な世界観を提示し、特にアルバムの中では1番ベースラインのクールさが引きだれた一曲となっている。驚きなのは、つづく「Pussy Riot」であり、ダブ・ステップに近いビートをイントロに取り入れてレゲトン風のノリを生み出している。これはギーナ・バーチが少し前に流行ったレゲトンや、最近話題に上るアーバン・フラメンコのようなサウンドをセンスよく吸収していることを表しています。


そこには例えば、トーキング・ヘッズに象徴される旧来のポスト・パンクサウンドの影響もあるにしても、旧時代の音楽に埋もれることなく最新鋭のサウンドを刺激的に取り入れている。これはいまだにギーナ・バーチがミュージシャンとしての冒険心を忘れていないことの証となる。おそらく新しいものを古いものと上手く組み合わせることの重要性を知っているのでしょう。

 

 「I Am Rage」、「I Will Never Wear Stilettos」、「Dance Like A Devil」などなど、その他、レインコーツの時代のジャンルレスの要素を継承するかのように、アートポップ、ノイズポップ、アヴァンギャルドポップを始めとする、最近のジョックストラップのような前衛性を感じさせる特異な音楽が続く。


ギーナ・バーチは、テクノ/ハウスのシンプルな4ビートを踏まえながら、それをポピュラーミュージックの領域にある音楽として解釈していますが、これらの曲は常に表面的な音楽の裏側にこのアーティストの主張性や考えのようなものが暗示的に込められているような気がして、なかなか一筋縄ではいかないサウンドとなっています。そして、かつてのレインコーツの時代と同様、規定できない要素を実験的に掛け合わせることで、未曾有のサウンドが随所に生み出されているような気もします。とりわけ、圧巻なのは、アルバムの10曲目を飾る「Feminist Song」で、この曲はアーティストが70年代からポスト・パンクの気鋭としてシーンに台頭し、いまだに主体的な考えや主張性を失っていないことを表しています。音楽シーンや社会に対しての提言や意見を持ち合わせているからこそこういった表現が生み出されるのだろうと思われます。

 

 

84/100

 

 

Featured Track 「I Play My Bass Loud」

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