Beach Fossils 『Bunny』 / Review

 Beach Fossils 『Bunny』

 

 

Label: Bayonet(日本国内ではP-Vine Inc.より発売)

Release: 2023/6/2


 

Review

 

2010年代のニューヨークのインディーシーンの象徴的な存在、Beach Fossilsは、以前から何度も述べているが、Wild NothingやDIIV、Mac Demarcoと並んで、キャプチャード・トラックスの代名詞的なバンドとして活躍してきたことは疑いがない。モダン・オルタナティヴの文脈におけるスケーター・ロックとローファイ、ドリーム・ポップを融合させた独特な音楽性を引っさげて彼らは地元を中心に魅力的なシーンを形成していった経緯がある。


最初のドラマーが脱退した後、『Somersault』からCapured Tracksのスタッフとして勤務していたジャスティン・ペイザーのガールフレンド(現在は妻)と設立したレーベル、Bayonet Recordsから作品のリリースを行うようになった。2017年のアルバム『Somersault』では、ネオソウルやローファイホップなどの要素を織り交ぜ、インディーロックバンドとしての枠組みにとらわれない新鮮なポピュラーミュージックに取り組んだ。その後、アメリカから中国に転居したオリジナルメンバー、Tommy Gardner(トミー・ガードナー)とジャスティンが二人三脚で既存の楽曲のジャズ・アレンジしたアルバムを発表している。ジュリアード音楽院の出身であるジャズマンとしてのトミー・ガードナーのサックスの手腕を楽しむことが出来る一作となっている。

 

今回のアルバムは一転して、バンドの出発点に立ち返ったかのような懐かしい作風に回帰を果たした。ニュージャージのインディーロックバンド、Real Estateのコアでノスタルジックなサウンドを彷彿とさせ、つまり、サーフ・ロックを基調とした懐古的なサウンドの風味を織り交ぜ、ビーチ・フォッシルズらしい繊細なメロディーラインやコード感を搭載した作品となっている。リリースこそ二年と、それほど大きなスパンは開いてはいないが、近年のビーチ・フォッシルズの作品の中でも最も難産なアルバムとも称せるものとなったかもしれない。『Bunny』を制作するに際して、ジャスティン・ペイザーの人生がミュージシャンであることをより困難にした。彼はミュージシャンであるとともに立派な家庭人でもあった。子育てを続ける傍ら、夜から明け方にかけて詩を書き続けた。翌朝すぐに、子供の送り迎えをしに行った。加えて、彼自身の持病の克服の必要性もあった。投薬治療を重ねながら、自らの特性との折り合いをつける必要に駆られた。このアルバムの背後の時間には、フロントマンの様々な人生が流れており、従来より遥かにジャスティン・ペイザーという人物が身近に感じられる作品となっていることも、今作を聞く限り疑いを入れる余地はないのだ。

 

そういった忙しない日常の合間を縫って制作されたアルバムではあるものの、それほど音楽自体は気忙しいわけではない。むしろ、どっしりと腰を据えたような音楽性が貫かれている。アルバムのオープニングを飾る「Sleeping On My Own」は旧来のフォッシルズのファンで嫌いという人を見つけるのは難しいだろう。これまで彼らがニューヨークのミュージック・シーンに何をもたらしてきたのか、そのことが顕著にうかがえるようである。Real Estateを彷彿とさせるディレイ/リバーヴを掛けたギターラインに、以前と同じように浮遊感のある抽象的なジャスティン・ペイザーのヴォーカルが搭載される。ここに旧来のファンは2011年の頃からビーチ・フォッシルズはメンバーを入れ変えようとも、音楽性の核心については大きな変更を加えなかったこと、あるいは、以前から同じバンドでありつづけたという事実の一端を発見することになる。そこには以前と同じように、ローファイの影響を突き出し、完璧主義を廃した少し気の抜けたようなオルタナティヴロックサウンドの幻影を捉えることも出来る。

 

『Somersault』を含め、従来のビーチフォッシルズの最大の魅力としては、メロディーラインの淡い叙情性があった。そしてそれはとりも直さず、2010年からこのバンドの重要な骨格を形成していたのだったが、その点は今作にもしたたかに受け継がれており、オープニングトラックや「Don't Fade Away」にその魅力の一端を見出すことが出来るはずである。そして、そういった旧来のオルタナティヴ・ロックの方向性に加え、カントリー調のアプローチが見られ、二曲目の「Run To The Moon」では、ニール・ヤングの「Harvest Moon」の時代の古典的なフォークミュージックをバンドサウンドの中に取り入れようとしている。これは、旧来のファンとしては目から鱗ともいうべき新鮮な印象を受けるであろうし、ビーチ・フォッシルズの音楽が円熟味を増したことの証左ともなりえるのではないか。そしてそこにはジャスティン・ペイザーのロマンチストとしての視点がわずかながら伺える気がする。リスナーは1970年代のサウンドと2020年代のサウンドとも付かない時代を超えたアメリカン・ロックの真骨頂を、この曲の中に見出すことだろう。

 

そういった新旧の米国のロック・ミュージックの影響を織り交ぜながら、「(Just Like The)Setting Sun」では、盟友であるWild Nothingの稀代の傑作「Gemini」への親和性を示している。そして以前のように、適度に力の抜けたゆるいインディーロックソングを提示し、季節外れのビーチの海辺を当てもなく彷徨うような、このバンドの代名詞となるサウンドの真骨頂へと迫っていく。サウンドのアプローチとしては、現代の米国のオルタナティヴ・ロックと乖離しているというわけではないが、この曲に象徴されるように、ビーチフォッシルズの志向するサウンドはデビュー時から一貫しており、チェンバー・ポップ/バロック・ポップに象徴される60~70年代のノスタルジックなロックサウンドをいかなる形で現代に復刻させ、それを彼らの理想とする音楽として組み上げるのかということに尽きる。そして、そのサウンドの風味は、現代のミュージックファンのみならず、旧来のビートルズ・ファンをも懐かしい気持ちにさせ、時間性を亡失したかのような陶酔的な甘美さの中に聞き手を招き入れるとともに、しばし、その緩やかで穏やかな時間の最中に留まらせることを促すのである。

 

アップテンポのナンバーはそれほど多くないが、旧来のようなドライブ感のある楽曲「Tough Love」がアルバムの中で強い印象を放つ。これは「Clash The Truth」とともに彼らの代表的な作品として名高い「Somersault」において若干の音楽性の変更を試みたバンドの次なる挑戦となり、まったりとしたサウンドの妙味に加え、 繊細なエモーションを織り交ぜた彼ららしいサウンドがドライブ感のあるリズムに支えられ、ライブ感のあるサウンドへと昇華されている。これまでフォッシルズはレコーディングバンドであるとともに、ライブバンドとしても活躍してきたわけで、実際のライブセットに取り入れることを想定した一曲とも言えるのではないか。ファンとしては、ぜひこの曲を実際のステージで聞いてみたいという欲求に駆られることだろう。

 

アルバムの後半では、ビーチ・フォッシルズは新旧の要素を変幻自在にクロスオーバーさせている。「Seconds」や「Numb」は、デビューアルバム「Beach Fossils」に収録されていたとしても違和感がなく、小気味よいインディーロックソングとして楽しめる。一転してアルバムのクローズを飾る「Waterfall」では、「Somersault」におけるスローテンポのネオソウル、トリップホップ、オルト・ロックを融合させたモダンなアプローチへと歩みを進めている。また、最後のトラックでは、例えば、デビュー・アルバムのクローズ「Gathering」の人気のない夕暮れの浜辺のサウンドスケープを思わせる、青春の淡く儚い雰囲気を再び呼び覚まそうとしていることに注目したい。

 

78/100