Weekly Music Feature -Girl Ray  トリオ編成ならではのユニークなディスコサウンド 『Prestige』

Weekly Music Feature


Girl Ray


Girl Ray

 

ポピー・ハンキン、アイリス・マッコネル、ソフィー・モスからなる3人組、ガール・レイは、前衛芸術家、マン・レイ(Man Ray)にあやかって名付けられた。結成当時、トリオはそれ以前の教育を終了し、大学に進学しようとしていた。特に、マッコネルは、大学で人類学とマコーネル美術に親しむはずだったという。ところが、アカデミアへの道は、そのままムジカへの道へと続いていたのだった。

 

2016年、最後の学校の日、彼らはデビュー・シングル「Trouble」をレコーディングし、ロンドンの気鋭のレーベル、Moshi Moshi Recordsと契約を交わし、晴れて、このレーベルの一員となった。その年の後半には、「I'll Make This Fun」をレコーディングした。2017年には、アルバム『Earl Gray』を発表し、デビューを果たす。レコーディングに伴い、広範囲でのライブ活動を開始し、イギリスとヨーロッパでは、Let's Eat Granma、Ezra Furman等のサポート・アクトを務めた。またアメリカでは、Porchesのサポート・アクトを務めた。この頃、Brooklyn Vegan、Stereogum等、ニューヨークの気鋭の音楽メディアに注目を受けるようになった。

 

Girl Rayのソングライティングの主導権を握ってきたのは、ポピー・ハンキンだった。ギターを習い始めた頃、既存の曲を覚えるのが面倒で、演奏するために自分で曲を書き始めた。何かソングライティングの中に曲の枠組が出来上がると、他のメンバーのところへそのデモを持ち込んだ。しかし、ハンキンがリードシンガーなのは明確だが、当時、彼女はこう話している。「なぜ、私がリードシンガーなのかよくわからない。明らかに私は歌えないのです」と。というのも彼女は自分の声が男っぽい感じがするので、その低い声質に嫌悪感を抱いていたというのだった。

 

デビュー・アルバムを通じて、ガール・レイは2020年代のフェミニズムに関して言及している。「今日の音楽業界において、 女性だけでトリオを結成することが何らかのステートメント代わりになるのか?」という問いに対して、ハンキンは答えた。「それはステートメントとなると思います」と。「ただ」と、ハンキンは続けた。「議題を押し付けたり、それを大々的に取り上げようとする意図はありません。バンドに参加する女の子は、バンドに参加する男の子と同等であるべきです」と。この意見に関してマコーネルは補足している。「わたしたちはただ曲を作っているわけではありません。と同時に政治的になることもありません」さらにマコーネルは語った。「仮にわたしたちが、男性であった場合とは異なる視点で、わたしたちの音楽をきかないことを本当に願っています」と。つまり、ガールレイは性差という考えに対し、それらを均等化することを何より音楽活動を通じて望んでいるようだ。

 

 

 

もうひとつ、Girl Rayというガールズバンド、ないしは、トリオの全般的な音楽性を捉える際に抑えておいてもらいたい点がある。 それはポピー・ハンキンが同性愛者であるということである。しかし、今やグローバリズムの広告塔と堕しつつあるLGBTQという観念が、バンドの音楽に影響を及ぼしていると考えるのは早計だろう。確かに、これまで「Preacher」というような曲では、同性愛的なテーマがユーモラスに織り交ぜられているが、これがレインボーカラーのステートメント代わりと考えるのは、浅薄な考えを露呈させることになるかもしれない。 ガール・レイが訴えたいことがあるとするなら、性差の均等化、また、それらの客観的な概念の均等化なのであり、よりフラットな概念をリスナーにも持ってもらいたい、ということでもある。

 

さて、本日、Girl Ray(ガール・レイ)は、待望のサード・アルバム『Prestige』をMoshi Moshiからリリースします。

 

グラミー賞受賞プロデューサーのベン・H・アレン(M.I.A、Gnarls Barkley、Christina Aguilera、Deerhunterなどの作品を手掛ける)とポピー・ハンキンが共同プロデュースした『Prestige』は、デビュー作『Earl Grey』(2017年)と2019年発表の『Girl』のインディーズR&Bのシンボリックな魅力を取り入れ、Hi-NRGの80年代ディスコ・ポップのブースターショットを注入している。


『Prestige』は、ディスコ・ミュージックがセクシュアリティとアウトサイダー・カルチャーの賛美として始まったことを取り戻すガール・レイのサウンドにより彩られている。80年代のニューヨークのクィア・ボールルーム・シーンを描いたテレビ・ドラマ『Pose』に深くインスパイアされた『Prestige』は、幻想的なクラブ・ランドへの逃避行であり、友人たちと踊り、恋に落ちる。実際、『Prestige』の包括的な物語は、愛そのものである。また、それは、愛に落ち、愛によって傷つくことを恐れ、孤独でありながら愛に憧れ、愛と自分が想像していたものとの間にわだかまる緊張感でもある。

 

 


『Prestige』 Moshi Moshi Records

 

2020年頃から70年代のディスコ全盛期の音楽性に触発を受けた”Nu Disco”なるウェイブが到来した。厳密に言えば、このウェイブは今も続いており、UKを中心に多数のミュージシャンが活躍している。

 

ジェシー・ウェアを筆頭に、デュオのJUNGLE、それから、まもなくニンジャ・チューンから新作アルバムを控えているアイルランド出身のロイシン・マーフィーもこれらのNu Discoの系譜にある。これらのアーティストに共通するのはエンターテインメントが華やかりし時代の愉楽を取り戻そうという意図である。70年代後半は世界的に見て、経済成長の余地のある時代であり、比較的、物質的にも人々に余裕があったので、享楽に勤しむことが出来た。ミラーボールやボールルームの時代は音楽はもちろん、その場にいた人々のファッションも華美で派手だったが、それはまだ見ぬ21世紀の希望に満ち溢れた時代であったと解釈することもできる。


ガール・レイもまたミラーボール華やかなディスコ全盛期のエンターテインメント性を復刻しようというトリオであり、その点は三作目のアルバムでも変わることがない。しかし、ガール・レイは、上記のジェシー・ウェアやジャングル、ロイシン・マーフィーと同じく、「ディスコ時代の復権」というテーゼを掲げながらも、その中には若いインディーポップ性が綯い交ぜとなっている。ガーリーとも、カワイイとも違う、独特なインディー性がトリオの音楽の核心を形成している。もし、上記のアーティスト群をオーバーグラウンドで起きるアリーナ級の観客を相手取ったディスコと定義付けるとするなら、ガール・レイは、小さなフロア向けのファンとの距離が近いディスコという見方をするのが妥当かもしれない。この点について、フロントパーソンのハンキンは、トリオの音楽について、「エストロゲン・ポップ」というように呼んでいる。

 

さて、この聞き慣れない「エストロゲン・ポップ」というのは、どういった音楽なのだろう。 ある意味では非常に生々しく、そして女性的であるということ。そして、音楽的には、カッティング・ギターを主体にしたファンクの色合いが強いサウンドとして表れ出ている。これはスライ&ザ・ファミリーストーンやファンカデリックをはじめとするディスコ・ファンクの要素を突き出したインディーポップということになる。その中には、マーヴィン・ゲイのような甘美な雰囲気もあり、そしてザ・エモーションズ、ザ・ノーランズのようなガールズ・ディスコとしての系譜にある女性的な雰囲気も漂う。ギターサウンドにはこだわりがあり、それはフェンダーのシングルコイルのギター、ダン エレクトロ 56によって生み出されるが、そのカッティングの巧みさは精妙であり、コモン・スケールやガーデン・スケールを意識したハネの強いベースラインと掛け合わさり、心地よい空気感を作り出している。20代前後で、カーティス・メイフィールドに匹敵するグルーブ感を生み出すというのは、不可能に近いようにも思えるが、トリオはこのアルバムでその離れ業をなんなくやってのけてしまっている。本当にすごい。

 

 

アクの強いディスコ・ファンクをバンドサウンドの骨組みとして展開されるインディーポップサウンドは、よく聴くと分かるとおり、細部に至るまでミニチュア模型のように精巧に作り込まれており、鮮烈かつ痛快な印象をもたらす。


アルバムのオープナー「Intro」は、ディスコ・フロアがある地下へと足を踏み入れていく瞬間が、情景的なサウンドスケープとして描き出されている。オープニングは、今からディスコサウンドが始まる、という予感を聞き手にもたらす。

 

続いて、二曲目の「True Love」では、ビーチ・ボーイズ風の清涼感のあるコーラスワークに導かれるようにして、ドゥービー・ブラザーズ(Doobie Brothers)の名曲「Long Train' Running」を彷彿とさせる心地よいカッティング・ギターを背後に、艷やかなインディーポップ・サウンドが目くるめく様子で展開される。カッティングのフレーズを規則的に刻むギター、そして、階段状に降りていくベースラインは見事としか言いようがないが、その2つのパートの合間を縫い、ロールを交えたドラムの演奏が立ち現れると、ダイナミックなグルーヴが形成される。これらのパワフルなグルーヴをもとにし、土台となるバンドアンサンブルの上部を軽やかに流れていくポピー・ハンキンの柔らかいボーカルがさらなる心地よさをもたらす。すでにこの段階で、バンドサウンドとしては完璧だが、そこに、「get It up」というディスコ風の乗りやすいコーラスワークが加わり、多角的かつ重層的なサウンドが生み出されている。


続く「Up」は、ソウル/ファンクを下地にしたベースラインとカッティングギターが軽快なナンバーである。ここでは例えば、JUNGLEのようにターンテーブルとしてのビンテージ・ソウルを実際のライブサウンドで再現しているが、「True Love」と同じく、ディスコ風のコーラスワークを取り入れることによって、軽やかなサウンドを生み出している。曲調で言えば、明らかにスライ&ザ・ファミリー・ストーンが基調となっているが、ハンキンは両親がDJをしていたこともあり、その中にクラブ・ミュージックの乗りを付け加え、その上に、ガーリーなインディーポップサウンドが展開される。軽口のインディー・ポップではあるものの、それが全然チープな感じならないのは、ベースラインとドラムの演奏に安定感があるからだろう。ギターのミニマルなカッティングは、稀にダブのような巧みな刻みへと変化し、曲全体にグルーブ感をもたらしている。



「Everybody's Saying That」

 

 

 

スペーシーなシンセのイントロから一転してディスコのリズムを基調としたインディーポップサウンドへと変遷を辿る「Everybody's Saying That」は、序盤のハイライトとなる。ボールルーム・ディスコのノスタルジックなリズムが取り入れられているが、不思議とこの曲は、アナクロニズムに堕することはなく、新鮮な印象を残す。ロイシン・マーフィーに倣い、モダンなポップスの要素を散りばめ、癖のあるボーカルフレーズを駆使し、ガール・レイらしい軽妙なサウンドへと昇華させている。「皆はそんなふうに言うけれど・・・」という内側に溜め込んだ愚痴を、さらりと吐き出すかのようなナンバー。しかし、この歌詞には一定数の若者の感性に沿った内容が歌われ、表向きには言いづらいこともあるのだということを暗示している。曲調はアップテンポだが、途中からエレクトリック・ピアノを交え、メロウな展開力を見せる。 特にサビに関しては独特なボーカルの節回しがあり、これが妙に耳に残る。

 

 

 

「Love Enough」は同じくカッティングギターを主体としたポップナンバー。ギターの専門マガジンや教則本を開くと、カッティングという項目のページの一番最初に載っているような基礎的な演奏の模範例が曲の中で示されている。ただ、これらはギター単体の演奏のみではまったく面白くないものであるのに、いや、それどころか、時には実際の演奏者にとって、このような反復の演奏はもう二度としたくないと思わせるような苦行の瞬間になる場合もあるのに、なぜかガール・レイの手にかかると、意外なほど楽しげな雰囲気に充ちた一曲へと変化する。これは、無個性なカッティングの要素に、ヨットロックやトロピカルの影響を加え、無個性になりがちな演奏に、個性味を付け加えているから、こういった面白さを感じさせる瞬間を見いだせる。また、イントロやメロのファンクを基調としたベースラインに続き、サビでは、ボーカルのラインはツイストを意識した軽妙なソウルへと急激な展開力を見せる。特に、この曲の展開の主導権を司っているのがドラムだ。イントロやメロのパーカッシブな演奏力も見事だが、ロールのみで次の展開へと繋げていく瞬間は天才的としか言いようがない。また、歌詞についても秀逸なものがある。シンプルに愛情という観念を広めようというバンドのコンセプトが最もわかりやすい形で現れたナンバーといえるのではないだろうか。

 

「Hold Tight」

 

「Hold Tight」は、ディスコ時代の曲のタイトルを彷彿とさせる。ポンゴ風のパーカッションで始まる一曲で、他曲よりもリズミカルな要素が前面に押し出されている。メロディーラインは、昨日解散を発表したマンシー・ガールのボーカリストのLande Hekt(ランデ・ヘクト)のようなポップス性が感じられる。それに加え、サビでは、オーケストラヒット風の強調が見られるが、この点をエスニック風にやっているのが見事だ。そして、ちょっと切ない感じのフレーズも込められているのに、このパーカッシヴな要素が曲そのものにダイナミックな効果を与え、ポップ・アンセムとして申し分ない水準にまで引き上げている。さらに、この曲では、懐かしのAOR/ソフト・ロック風の清涼感のあるメロディーが継承され、それが往年のこの音楽特有の軽快な雰囲気を生み出している。聴いて良し、踊って良しの非の打ち所のないダンス・ポップナンバーだ。

 

「Begging You Now」は、ダンス・ポップ/シンセ・ポップにおけるトリオのマニアックな趣味が伺える一曲である。聞き方によっては、YMOやKraftwerkを思い浮かべる人もいるだろうし、よりマニアックなところで言えば、Black Marble、Partimeのコアなテクノを思い浮かべる人もいるかもしれない。 これらのレトロなテクノの曲調は、他にも、LAのAriel Pinkに象徴されるローファイ/サイケと結びついて、乗りやすいガールズ・ポップの形でアウトプットされる。ノスタルジアとモダニズムの中間層を行く、ほどよくワイアードなサウンドは、一定のリスナーを魅了するに値するものである。


「Easy」も同様に、ランデ・ヘクトの最新アルバム『House Without A View』に収録されている「Backstreet Snow」を彷彿とさせるものがある。これは憶測に過ぎないものの、もしかすると、ボーカルのポピー・ハンキンはランデ・ヘクトの音楽性に触発を受けているのかもしれない。特に、ボーカルの節回しに近いものがあり、同じようにほんわかした気分にさせられる。しかし、もちろん、それは単なるイミテーションにはならず、Girl Rayらしさのあるディスコポップ/ダンス・ポップという形で昇華されている。聞きやすくもあり、耳に残るメロディーはもちろんだが、ほのかな切なさとエモーションに縁取られた秀逸な一曲と言えるだろう。

 

中盤のインディーポップサウンドの後には、やはりこのバンドらしいディスコサウンドへと舞い戻る。「Tell Me」ではJUNGLEを思いこさせる軽快なディスコナンバーで聞き手を惹きつける。その中にはやはりシンセ・ポップの要素が織り交ぜられている。ドライブ感のあるメロに続き、サビではアンセミックなポップスを意識したフレーズへと移行していく。これらのバブルガム・ポップにもよく似た高揚感はコーラスが合わさった途端、最高潮に達する。現実的な側面を直視しながらも、その中に楽しさを見出そうとするトリオの考えが表れ出た一曲だ。

 

 

 

その他にも、「Wanna Dace」では、Doobie Brothersのウェストコースト・ロックやブルーアイド・ソウルを基調にして、それらをガールズ・ポップというフィルターを介してアウトプットしている。 いわばワイルドな男臭い感じがドゥービー・ブラザーズの最大の魅力だったと思うが、他方、ガールズ・レイはそれとは対極にある感性を追求していてとても面白い。タイトルからして、ダンスミュージックへの普遍的な愛着に満ちあふれ、その楽しみは万人に通じるところがあると思う。

 

アルバムの終盤に至っても、ガールズ・レイは世の中の暗澹たる側面ではなく、その向こうにある光明を見出そうとしている。「Space Song」は2010年代のディスコ・ポップのリバイバルを彷彿とさせ、セイント・ヴィンセントがミュージックシーンに登場した時代を思わせるものがあり、シンガーとしてのハンキンのオーラの大きさがこの曲には見いだせる。しかし、華やかさやセレブリティーへの憧憬はそれほど感じられない。これはガールズ・レイが常に等身大としてのガールズ・グループとして活動しているのであり、また、目の前にいるファンや観客、そしてまだ見ぬリスナーと同じ位置から歌をうたっている証拠でもあるのだろう。

 

「Give Me Your Love」

 

 

そういった感じの穏やかさはクローズ「Give Me Your Love」にも見受けられる。ここでもハネ感の強いファンクを下地に置いたディスコ・ポップが展開され、陽気な感じでアルバムは終わる。途中でのスティール・パンの導入はトロピカルな要素を加え、最後の印象を楽しげにしている。 サビのコーラスワークは、やはりアルバムの二曲目と同様、ビーチ・ボーイズの黄金期を彷彿とさせる。これらの温和に充ちた雰囲気はガールズ・レイの音楽性の核心を形成するとともに、アウトプットさせる音楽にエンターテインメント性を付与している。クライマックスに、暑い夏を涼やかにする軽妙なポップナンバーを持ってきたのが勝利の要因である。

 

また、ガールズ・レイは、本日、イギリスのラフ・トレード・イーストでインストア・ライブを開催します。レコード・ファンにとどまらず、今後、多くの支持層を獲得していったとしても何ら不思議ではないでしょう。

 

 


87/100

 

 

Girl Rayの新作アルバム『Prestige』はMoshi Moshi Recordsより発売中。

 

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