CHAI 『CHAI』

CHAI 『CHAI』




Label: SUB POP/Jisedai Inc.

Release: 2023/9/22



Review

 

チルアウト風のリラックスした感じで始まる「MATCYA」を始め、4作目のセルフタイトルアルバムで、日本語と英語の歌詞を巧みに織り交ぜ、CHAIはネオカワイイ旋風を巻き起そうとしている。


四人組はこのアルバムで、日本語の可愛らしい響きと英語のクールな響きを掛け合せ、シンプルで親しみやすいポップ・バンガーを生み出している。加えて、『Punk』のリリース時代とは異なり、渋谷系のラウンジ・ジャズに触発されたサウンドをスタイリッシュなポップサウンドに昇華している。

 

彼女たちが掲げる「ネオカワイイ」とは、原宿の竹下通り近辺のサブカルチャーのノリを指し、それらのポップで個性的な概念性をこのアルバムで体現しよう試みている。すでにバンドは、世界的なフェスティバルにも出場し、サマーソニックにも出演。今作では、世界における日本のサブカルチャーがいかほど通用するかどうかの分水嶺となろう。プロデューサーを務めた高橋龍さんがおっしゃるように、「海外のフィルターを通した日本的なサウンド」という点に、4thアルバムのメインテーゼは求められる。さて、その試みは果たして成功するのだろうか?


少なくとも、このアルバムには従来のCHAIの魅力を凝縮したキャンディー・ポップのような甘々のサウンドがダイヤモンドさながらに散りばめられている。「From 1992」では、平成時代のエイベックスサウンドやダンスグループ、MAX、SPEEDといった一世を風靡したダンス・ポップを英語と日本語のリリックを交え展開している。そこには軽さやチープさもあり、乗りやすさと親しみやすさに重点が置かれているが、それらの要素は、パブリーな時代の雰囲気を思わせると共に、経済成長が堅調であった(と表向きには見なされていた)時代の気風の余韻をわずかに留めている。平成時代の音楽は一部の例外を除いて、K-POPのような形で大きな注目を浴びることはなかったものの、そのサウンドを今一度構築しなおし、プロデューサーの高橋氏と協力し、これらのサウンドがどの程度世界に通用するのかを彼女たちは試みようというのだ。

 

 「PARA PARA」も日本で一世を風靡したカルチャーに根ざしている。当時、原宿や竹下通り近辺にはわざと日サロで肌を焼いたガングロ・ギャルが誕生したが、これらの若者たちに親しまれていたのが、ユーロビートに合わせて踊るパラパラだった。しかし、「PARA PARA」は、パラパラとは相容れず、「ウチくる、えっちょっと」というイントロに続いて、チルアウト風のリラックスしたナンバーが続く。この曲でもJ-POPを下地にして、軽快なダンス・チューンを展開する。『PUNK』の時代のファンシーさこそなりをひそめているが、メロディーラインには以前より円熟味が増している。それらの親しみやすさのあるメロディーは、ダンス・ポップという形と掛け合わされ、CHAIらしいパワフルなサウンドが確立されている。そしてそれらは、クインシー・ジョーンズのようなダンサンブルでスタイリッシュなビートを内包させているのだ。

 

これらのダンスビートの反映は、Beatmaniaのような音楽のエンタメ性を上手い具合に取りこんでいる。軽やかなダンス・ポップが続き、アルバムのハイライトの一つ「GAME」では、ジャクソンの「Thriller」のようなユニークなダンス・ビートを踏襲している。もちろん、CHAIの手に掛かると、それはニューウェイブ系の音楽に組み合わされ、オリジナリティ溢れるサウンドに昇華される。もしくは、Pink Ladyのヒット曲「Monster」のようなファンシーなアイドル・ポップに変貌する。テック・ハウス・サウンドを下地にして、日本語のフレーズをリリックに巧みに織り交ぜ、それらをどのようにアンセミックなフレーズに組み上げていくのか。そういった試行は効を奏しており、ネオカワイイの断片的なテーゼを生み出している。曲の後半では、YMOのようなサウンドも登場して、以前よりも多角的なサウンドが追求されていることが分かる。


「We Are The Female!」はダンスビートの探求が一つの完成を見た瞬間である。この曲では英語の歌詞によるダンスビートのアンセミックな瞬間を生み出そうとしている。カッティングギターのファンクの要素はもちろんのこと、マナ・カナのボーカルの掛け合いは、ある種のウェイブやグルーヴを感じさせる瞬間がある。ステージ映えするような一曲であり、ダンス・ポップバンドの意地を見せる。曲の中盤からは、DEVOのようなスペーシーな展開力を交え、大掛かりなテクノ・ポップへと転じる。「Shut Up」、「Follow Us」といったシンプルなフレーズを交えつつ、宇宙に対して、CHAIは「私達はフェミニストである」と訴えかけるのだ。これらの歌詞とスペーシーなテクノ・ポップの融合は、ロック・バンガー的な雰囲気を帯びる瞬間もある。

 

Chaiの重要な表明である「Neo Kawaii, K?」では、ガチャ・ポップをKAWAIIという概念によって縁取ってみせる。それはやはり、原宿の竹下通りのサブカルチャーのノリがあり、プレスリリースのコメントで再三再四示された明るくハッピーな姿勢を反映させている。それらは時に、テクノの要素と掛け合わされて、日本のインターネット・カルチャーの電波系のノリへと転じてゆく。Dwangoのニコニコを中心とするサブカルチャーである。気になる点は、これらのノリは面白さがあるが、他方では、アルバムの序盤のメロディーの良さが潰れていることである。かといって、マッドな熱狂性を沸き起こすには至っていない。もうひとつの難点は、ネオカワイイという言葉が音楽に乗り移らず、言葉が上滑りしていることである。この曲では、前の曲のようなアンセミックかつインフルエンサー的なノリがいまいち伝わってこないのが惜しい。

 

むしろ、その後の「I Can't Organizeee」のほうが、ネオカワイイの雰囲気がガツンと伝わってくる。アルバムの冒頭や序盤の収録曲と同じように、リラックスしたチルアウトの要素とダンスビートが綿密に組み合わされ、キュートという言葉では補いきれないKAWAIIという言葉の核心が生み出されている。甘いキャンディーのようなメインボーカルと対比的に組み合わされるコーラスワークが頗る秀逸で、夏のラムネのようなシュワシュワ感のある一曲として楽しめる。マナ・カナのヴォーカルの掛け合いも絶妙であり、渋谷系のメロディーラインと組み合わされる事によって、CHAIが標榜するジャパニーズ・カルチャーの一端がスムーズに表現されている。

 

「Driving 22」、「Like, I Need」では軽快なノリと現行のガチャ・ポップを融合させた甘いポップが続き、「Karaoke」では、Perfumeのダンス・ポップ、 Rosaliaのアーバン・フラメンコを踏襲し、KAWAIIとして昇華している。クローズ曲のサウンドには、たしかにカラオケみたいな楽しい雰囲気がある。アイドル・ポップ、ガチャ・ポップ、ダンス・ポップをクロスオーバーしたカラフルなサウンドで、CHAIは「ネオカワイイ」の想いを全世界に向け全力でアピールしている。



78/100