New Album Review- Vagabon  『Sorry I Haven't Called』

 Vagabon  『Sorry I Haven't Called』


Label: Nonesuch

Release: 2023/9/19



Review


現在、ニューヨークを拠点に活動するVagabonこと、ラティティア・タムコは、実はカメルーン出身のシンガーであることをご存知だろうか。


幼い頃はフランス語を母国語としていた。機運が変わったのは、17歳の頃。母親が法律の勉強をするため、ニューヨークに渡った関係で、彼女も家族とともに米国に移住。かなりのカルチャー・ショックを受けたというが、その後、英語を習得し、ハイスクールに進学し、シティ・カレッジ・オブ・ニューヨークでエデュケーションを受けた。最初に楽器を触ったのは17歳のときだ。コストコで購入したFenderのギターを演奏しはじめ、その後、シンセ、ドラムといった楽器にも慣れ親しむようになり、DIYベースでの音楽制作に熱中するようになった。2014年にVagabon名義で最初の作品を発表する。17年にフルレングス『Infinite Worlds』を発表。続いて、セルフタイトルの2ndアルバムを発表した。以上の二作のフルレングスでは、ベッドルーム・ポップのアプローチに加え、シンセ・ポップをベースにした作風でSSWとしての才覚の鋭さを見せた。


続く「Sorry I Haven't Called」もベッドルームポップ、シンセ・ポップという2つのジャンルの中間点にあるモダン・ポップであることにそれほど大きな変更はない。ただ、前作のアルバムとは歌い方に若干の変更が見られる。前作までは少しハスキーなボーカルを特徴としていたが、この最新作では少し癖が抜けて、清涼感のある声質が力強い印象を放っている。スタイリッシュでヌケの良い音楽性に関しては、ベッドルームポップの象徴的なアーティスト、Clairoに比するものがあり、同時に、Arlo Parksの最新作『Soft Machine』に近い音楽性である。

 

従来の2作のフルアルバムでは、ギターを中心にして、シンセ・ポップという型を組み上げている印象もあった。これはたぶん、セイント・ヴィンセントの影響下にある音楽をどのような形で昇華するのか、またそれはブラックミュージックという観点から新しい要素を付け加える余地があるのかという試みでもあり、さらに、カメルーンのルーツ的なものを音楽に取り入れようと試みたり、ビヨンセのようにディープ・ハウスへのアプローチや、ネオソウルの影響下にあるリズムの心地よさを追求していこうという気配もあった。けれど、すでにそういった気負いは感じられなくなくなっている。アーティストは、シンプルなシンセ・ポップ/クラブ・ミュージックに取り組んでいる。音楽自体もオープンハートな感覚に浸され、アクセスのしやすさがある。


今作の最大の特徴は、ハウス/テクノへのヘヴィーなアプローチが取り入れられ、なおかつダンス・ミュージックとポップスの融合が主眼に置かれている点にある。特に、ローエンドの響きが強調され、「You Know How」ではディープ・ハウスに近い強烈なビートが全体を跳ね回る。「Do Your Worst」でのドラムンベースへのアプローチは従来にはなかった作風であり、次なるフェーズへと歩みを進めた証拠となるだろう。ダンスミュージックに関する感覚の鋭さは、「Made Out With Your Best Friend」でも示されている。Modern Lovers周辺のダブステップのリズムをセンス良く吸収し、前作のシンセ・ポップと結びつけている。「Carpernter」では、民族音楽的な変則リズムとハウスのビートを融合させ、斬新なビートを生み出す。以上の4つのトラックでは、旧来のメロディアスなポップの型に縛られず、リズムの面白みを探求している。そして、そのリズムの複合的な構成は、アシッド的なコアなグルーヴを生み出すことに繋がったのである。


こういったコアなクラブ・ミュージックへのアクセスに加えて、もうひとつこのアルバムの最大の特色となっているのが、ネオ・ソウルやベッドルーム・ポップのハートウォーミングな感覚を持つバラードやポップスである。Krafwerkのジャーマン・テクノへのオマージュが捧げられた「Autobahn」は、意外にも神妙なハモンド・オルガンで始まり、しっとりとしたバラードに移行していく。この曲には近来になくセンチメンタルかつナイーヴなアーティストの感覚がシンプルに示され、その歌声が胸に迫る。こういったオルタネイトなアプローチはやはり『Soft Machine』の音楽性を踏襲しているが、それをバラードや哀愁のあるポップとして昇華しているのが興味深い。一方、センチメンタルで内省的な感覚は、前作までのシンセポップの文脈の延長線上にある「Nothing To Lose」で花開き、ダンス・ミュージックという今作の重要なアプローチを介し、洗練された作風へと昇華している。つまり、Avalon EmersonのようなDJのフロア音楽をベースに置いたアヴァン・ポップという形で中盤以降の展開を強固に支えているのである。

 

「Passing By Me」はアルバムのハイライトの一つとして注目しておきたい。クラブ・ミュージックを主体にしたポップソングではあるが、従来まで追求してきたこのアーティストのアフリカ音楽の変則的なリズムが強固なグルーヴを生み出し、それが軽快かつ爽やかなシンセ・ポップという形でアウトプットされる。旧来までは、シンセ・ポップといえば、ローエンドが薄いテクノに近い作風が主流派だったが、Vagabonはそれを、ローエンドを強調したディープ・ハウスに傾倒したポップという形に反転させている。おそらく、アーティストが敬愛していると思われる、Beyonce、Nia Archieveが示した型を、より親しみやすいメロディーを擁するポップスとして構築していこうというのかもしれない。そして、ハウス・ミュージックとポップの融合というスタイルは、今後のブラック・ミュージックの範疇にあるシンガーのトレンドとなっていきそうな気配もある。無論、今作を見ても分かる通り、その中には、ドラムンベース、ベースライン、ダブ・ステップ、ディープ・ハウス、テクノが含まれ、これらのジャンルが渾然一体となり、ブラック・ミュージックの2020年代のニュートレンドを形成しようとしているのである。



84/100