細野晴臣 『Undercurrent』EP  Review

 細野晴臣 『Undercurrent』EP

 

 

 

 

Label: カクバリズム

Release: 2023/10/4




Review


映画『アンダーカレント』は、フランスのアングレーム国際漫画祭にてオフィシャル・セレクションに選出され、国内外から高評価を受ける一作。


豊田徹也の長編映画『アンダーカレント」の実写化作品。真木よう子、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ等、実力派俳優が終結し、今泉力哉が監督を務めた。今回、この映像作品のための音源を細野晴臣は制作しました。EP『Undercurrent」は、来年1月にアナログ盤としても発売予定。

 

ここ数年、ボーカルトラックやジャズ等を発表してきた細野晴臣としては珍しく完全な実験音楽に挑戦した一作。リリースに関して、アーティストは、「映画用に、音の断片をシンプルにすっぴんに近い形で作りました」と説明しています。映像のイメージの換気力は十分で、多数のサンプリングやフィールド・レコーディングの手法を用いた前衛的なコラージュを散りばめている。


一例では、映画評論家であるジェイムス・モナコは、映像のサウンドトラックという形式に関して、「サウンドトラックは映像の付加物として生まれたが、その中には実際の映像を上回る意義深い作品も存在する」と著作において指摘していますが、「Undercurrent」はそういった類のEPであるようです。


無論、映像効果的な手法、コラージュにより構築される効果音としての性質を反映させた六曲は、映像のワンシーンやカットのイメージを引き出すための装置として機能する。一方で、単体の音楽作品としても聴きごたえがあり、陰影やコントラストを生かしたイメージを、流麗な音の調べを介して聞き手の脳裏に呼び起こす。かつて、吉祥寺の映画館「バウス・シアター」の閉館時のイベントに出演した細野氏ではありますが、この音源にはキネマに対する普遍的な愛情に加え、音楽制作者としての鋭い洞察力が音の片々に滲み出ています。


「Bath & Frog」は、ミステリアスであるとともに、また、いささか不気味な印象を持つ抽象的なドローン/アンビエントで始まります。


「風呂と蛙」という、日常によく見られる現実的な事物を題材に取りながらも、実際の音楽はどことなく非現実的であり、また、シュトックハウゼンに象徴されるクラスター音の技法を取り入れながら、アヴァンギャルドな空気感を生み出す。その中に、さらにアナログのシンセを用い、ノイズの歪みをもたらし、さながら空間の中に軋轢をもたらすかのようです。


一連のドローン風のシークエンスの流れは、やがて、太鼓のようなパーカッシヴな効果音を取り入れ、現実感と非現実感の間にある抽象的な音像空間を生み出す。制作法に関しては西洋的な観念をもとにしていると思われますが、しかし、それと相対する形で導入される日本の太鼓のような効果音は、松尾芭蕉の俳句の世界を連想とさせる。つまり、鈴木大拙が指摘するように、「古池や〜」の句は、蛙が水の中に飛び込むことにより、それまで自分の周りにあった静けさーーサイレンスの正体ーーをあらためて知覚し、森羅万象がその光景に含まれていることに思い至る。

 

「Underwater」は、一曲目とは対象的に、モダン・クラシカルや、ポスト・クラシカルを基調とした楽曲である。


ピアノのミニマルな演奏は神秘的なイメージの換気力を呼び起こす。ピアノは、ギャヴィン・ブライヤーズの『The Sinking Of The Titanic』や、ウィリアム・バシンスキーの『Watermusic」で好んで用いられた音像を曇らせるリバーヴ効果が取り入れられています。


しかし、これらのミステリアスな印象は、その後のシンセサイザーの導入によって、全く別の印象性を帯びるようになる。効果音的なマテリアルを配したかと思えば、その音の背後には、安らいだ感じのあるシンセの音像がその空間性を増していき、音像全体を柔らかく包み込む。


イントロの段階では、モダン・クラシカルの手法であったものが、中盤にかけてアンビエントへと緩やかに変遷を辿る様子が示されています。その後、それらの抽象的な音像は、音の解像度を敢えて落とすことにより、ドローンに近い音楽へと変化していきます。


 「Memory」では、人間の観念の中にあるきわめて得難い何かを表現しているように思えます。


前曲のある種清らかな印象を要するイントロの後に、複雑怪奇なシークエンスが連なっています。時にそれは、パンフルートを用いた効果音によって、ノイズや歪みという表現によって、また、モジュラー・シンセのフレーズによって、様々な形而下の世界が描出されている。


インダストリアル・ノイズのような硬質な印象を持つ電子音楽は、坂本龍一が遺作で鋭く描き出した人智では計り知れない無限性を解釈したような、神秘性/表現性へと繋がっていく。これまでの細野作品の中で、最も前衛的であり、また、画期的な楽曲とも言えるでしょうか。

 

「Lake」は同じように、前曲の神秘性を受け継いだイントロで始まる。ピアノの安らいだ演奏に加え、ウィンドチャイムのような音色がそれらのミステリアスな雰囲気を引き立てています。


やがてこの曲は、このアルバム全体の主要なイメージを形成しているアンビエント/ドローンのような抽象的な音像の中に縁取られていく。デチューン/リバーブ/ディレイを効果的の用いたピアノの明るさがそれらの音全体に働きかけ、水辺に満ちる清涼なアトモスフィアや空気感を綿密に作り上げる。


そして、ピアノの演奏は、背後に満ちるシンセのシークエンスに支えられるようにし、癒やし溢れる結末に導かれます。


多数の音源や楽器が使用されているとは思えないものの、音の特性や音響性を上手に活用し、美麗な印象を作り出す。この曲には、アーティストにとっての美的な感覚とは何を示唆するのかをうかがい知ることが出来るでしょう。

 

タイトル曲「Undercurrent」でもそういった美麗な感覚が維持される。


ピアノのシンプルな演奏がシンセサイザーのパーカッシヴな音色とかけ合わさることで、安らいだ水の中にある宇宙的な観念を生み出しています。ミニマリズムに根ざした親しみ易いピアノのフレーズは、クローズ曲「Reverberation」の呼び水の役割を持ち、ある種ロマンティックなイメージを擁しています。曲の中盤では、シンセサイザーの演奏の中に遊び心を取り入れ、ピアノの通奏低音のベースとなる音を基軸にしながら、物語性に富んだ音楽へと結実させています。

 

最後の曲「Reververation」ではグリッチに近い音色を取り入れて、 アルバムの序盤のミステリアスなイメージへと回帰します。


作品には仏教的な円環の考えが取り入れられ、全体の構造を強固に支えています。クローズ曲に充ちる、非現実的な印象性は、これまで細野氏があまり書いてこなかった作風であるように感じられます。


ミニアルバムという形式、さらにインストゥルメンタルという形態をとる、旧来の細野晴臣の作品で最も手強い楽曲集です。何度か繰り返して聴くと、未知の発見があるかもしれません。また、このアーティストの表向きのイメージを一変させてしまうようなアルバムです。


音楽を楽しみつつ映像作品に触れると、映画としての良さがより伝わるかもしれません。『Undercurrent』は10月6日公開予定です。シネマの予告編はこちらよりご覧下さい。 


86/100

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